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ファイン・ワインへの道vol.24

プチ・アフリカ化するバルバレスコ

 季節感がない、(もしくは過剰な?)話で申し訳ないですが……、やはり暑さの話です。

「地球温暖化は大きな利益だぁ~! 1970年代まで、バルバレスコでもバローロでも。ブドウは10年に3、4回完熟すればいいほうだった。それが80年代は半分以上が当たり年。さらには1996年から2001年まで。6年も連続で当たり年だ。温暖化で、ランゲの未来はさらに明るい!」

 かのアンジェロ・ガイアが、今となっては脳天気千万にそう明るく豪語したのは2010年。私が同社を訪問した際のインタビューで、でした。愛すべき、正直なガイアは、その時試飲した2007と2008のバルバレスコについて私が「2007年は暑さでパワフルだけど味がやや単調。2008年のほうが冷涼で、より陰翳と奥行きがある」とコメントすると、

「そのとおり。2007年みたいな暑い年は、味が“フラット”になりがちだ。2008年はクラシックな年。でもアメリカ市場は相変わらずパワー志向で、2007年はすぐ売り切れた」と、また屈託なく笑った。

 その舌の根も乾かぬうちに・・・・・・、そんな“フラットな”ワインが、2年に一度も現れるかもしれないとの心配で胃が痛くなる世が来るとは、かのガイアも想像しなかった? ようです。

 ランゲでは2007や2003ほどではないとしても、2011、2013も、かなりの暑さ。さらに2015年は、夏は場所により40℃、バルバレスコの収穫は通常より3週間以上も早まったという猛暑。その結果、先日現地で試飲した約80種のバルバレスコ2015は、多くの生産者が暑さで酸が落ちるのを恐れ、収穫が早すぎたよう。ゆえ、未熟な種子からと思われる、攻撃的かつ青く尖った酸とタンニンが目立つものが予想外に多く“困難な年”とさえ思えるものでした(もちろんロアーニャ、リヴェッラ・セラフィーノなど、今回の試飲会にサンプルを送らない生産者のものは未試飲ですが)。

バローロ、モンフォルテ村のすぐ南東から始まるアルタ・ランガ地区。写真の畑は標高 750m。この地区のプチ・アフリカ化は、ランゲ地区より遅くなることが期待される。

 さらに2017年も。7、8月は通常の平均気温を約8℃上回る35℃に達する日が非常に多く「例外的に暑い年」だった上、5月から11月まで、ほとんど雨が降らなかった(!)そう。

例外的に暑かった年が、2011、2013、2015、2017。

 それはもう、暑さは異常ではなく通常。ランゲのプチ・アフリカ化が進行している、とさえ・・・・・言えませんか? そして、そんな現象はランゲだけ、なのでしょうか?

 で、現地でささやかれ始めていたのは、より標高の高いアルタ・ランガにネッビオーロを植えるという案。標高380m前後までのバルバレスコ、550m前後までのバローロと異なり、そのすぐ南側のアルタ・ランガは900m前後まで畑があります。ま、その多くは伝統的にはヘーゼルナッツ畑なのですが・・・・・・そのナッツをガンガン引き抜き、今、シャルドネやピノ・ノワールでのスプマンテ造りがさかんに広がってるのはご存じのとおり。そこに、将来の地球温暖化の激化に備え、ネッビオーロを植えておこうという考えは、非常に合理的とさえ思えます。

 実際、数年前にアンジェロ・ガイアが獲得したアルタ・ランガの畑は、現在も栽培ブドウ不明とのこと。もしかすると、ネッビオーロが候補に残ってるかもしれない、ですね。

なんといっても標高100mアップで気温0.65℃ダウンが物理法則。デリケートなブドウ品種にとっては、300mどころか100m少々の差でも大きい訳ですよ。

 もちろんバルバレスコでも、例えばロアーニャでは、本人が誇りとする「メソポタミア状態の畑」、つまり雑草を刈らず、人の腰あたりどころか、時には背丈まで届きかねないほど草を伸ばす畑では、雑草が作る陰によりブドウへの熱暑は和らげられると考えられます。つまり、栽培法でも暑さには手を打つ余地はあるのですが、そこに気付く叡智と洞察力を持つ生産者は現時点では、自然派の名手の中でも少数のようです。

 そして。100m少々の差が生きた畑、といえばブルゴーニュではサン­=トーバン、サン=ロマン、オーセイ・デュレスかもしれません。ご存じのとおりブルゴーニュのたいていの1級、特級畑は標高180~300m前後ですが、サン=トーバン、サン=ロマンは主に300~420m前後。それゆえ歴史的には「標高が高すぎてブドウがうまく熟さない」とされましたが・・・・・、近年。酷暑の2015を含まずとも、2012、2013にも非常に魅力に富む、格調ある酸の上にほどよい果実の豊かさがあるワインが生まれています。

 特にサン=トーバンは今や「飛ぶ鳥を落とす勢い」とジャンシス・ロビンソン。実際その“勢い”は、あきれるほど迅速に市場価格にも反映され、優良ドメーヌのサン=トーバン1級は1本1万円を超える勢い。この村では総栽培面積の2/3が1級でも、です。またジャンシスは、標高400mまで畑が達するマランジュも、同じ理由で推奨しています。

 そして続けて「ブルゴーニュの地理的な理解を整理し直す必要がある。歴史的に、白ワインに特に好ましいとされていた場所、つまりムルソー、シャサーニュ、ピュリニー、それにコルトンなどでは近年の気候変動のためブドウは早く成熟しすぎてしまい、酸が危険なまでに落ちてしまう可能性がある」とさえ、ジャンシスは提言しています。加えて「この地理的理解の再構築は他の産地でも同様のことが言える」とたたみかけます。

 東京の気温がとうとう40℃を越えた日本で聞いても、この提言はなかなかに、ずっしりと重みのあるものじゃないですか?

20年後、いや10年後。ネッビオーロはバルバレスコよりゲンメやガッティナーラ(北ピエモンテ)を選ぶべきなのか? アルト・アディジェとヴァッレ・ダオスタ・ワインの時代になるのか。最後に笑うのはイギリスのスパークリング・ワイン生産者なのか・・・・・・???。

ともあれ、いよいよ待ったなしの温暖化。その元凶、CO2の二大排出国、アメリカと中国(二国で世界の40%以上)が、ともにその削減・完全無視の態度を大いに愛し謳歌し続ける以上、不肖、私は本気で電気自動車購入を考える毎日です(将来も、いいワインが飲みたいので)。

皆さん、何か対策は、考えられてますか? 貴方が愛するブドウ畑を、グリル/ロースト状態から救うための。

追伸:

バルバレスコ2015、約80種類の試飲は雑誌「ヴィノテーク」での2018年5月の現地取材で行ったものです。他にバローロ2014、同リセルヴァなど計300種類のランゲ、ロエーロ新着ヴィンテージの詳細、および現地の近況については9月1日発売のヴィノテークで詳述しています。是非、ご覧いただければ幸甚です。

 

今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
音で映すイタリア、ビーチリゾートの情景。

Fabrizio De Andre 『RIMINI』

 これは、音楽の形をとった絵画。アドリア海に面したエミリア・ロマーニャ州の一大・ビーチリゾート“リミニ”をタイトルに、イタリアの神話的大御所シンガーが、ほのぼのと。夏のビーチリゾートの光景を音に映した1978年の名作です。基本、アコースティック・ギターとヴォーカルが軸のシンプル編成で、穏やかにゆったりと紡ぐ夏の海辺の情景は、しみじみしたサウダージ感もたっぷり。

 あくまで穏やかで落ち着いた曲調も、イタリアならではの“大衆リゾートでも、大人感・大”という雰囲気たっぷり。特にアルバム最終曲の「Folaghe」は、夕暮れ時のビーチの気だるさと、淡い喪失感のようなものまでが美しく切り取られた名曲中の名曲。カチンと冷やしたアルト・アディジェのシルヴァネールやナチュラル・プロセッコと共に、幸せな暑気払いになってくれます。

https://www.youtube.com/watch?v=-Ja866gk7GA
https://www.youtube.com/watch?v=K_MLcSplK7s

今月の、ワインの言葉:
「自然は人間に刃向かうもの」ガストン・バシュラール(20世紀フランスの哲学者、科学者。シャンパーニュのバール・シュル・オーブ生まれ)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。


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