*

『ラシーヌ便り』no. 151 「Maziere」

Maziere

Vin l’ancienne a Padern / Momoko et Fabrice Monnin

ヴァン・ナチュールの生ける伝道師といえば、少なくともわたしにとっては、ファブリス・モナン以外には考えられません。ワインバー“Les Zinzins du vin”(レ・ザン・ザン・デュ・ヴァン)を創った人物であり、わたしの恩人の一人です。そのファブリスが造っているマズィエールのワインが入荷します。南仏のマズィエールといえば、熱狂的なヴァン・ナチュール・ファンにとっては、ヴァン・ナチュールの原点であり、伝説のワインです。そこで、今月はファブリスとそのワイン「マズィエール」についてのお話しです。

1)ファブリス・モナンとの出会い

 ファブリスに初めて会ったのは、2000年の少し前だったと思います。当時わたしはパリに行くたびに、ブルス近くにあった、いまや伝説と化したワインバー、“L’Ange Vin”( ランジュ・ヴァン)に通っていました。この “angevin”「アンジュ人」をもじって、「アンジュのワイン」と銘うったワインバーは、ジャン・ピエール・ロビノーが構えていた店で、極上ヴァン・ナチュール・コレクションで溢れかえる店でした。

 ある日その店で、大学を出てまもないファブリスに出会いました。ちょうどファブリスが、ここでソムリエとして働き始めたころです。そのころパリには、ランジュ・ヴァンを除くと、ヴァン・ナチュールのワインバーは数軒しかなく、まもなくしてル・ヴェール・ヴォレがオープンしました。

 当時わたしは、電車とバス、タクシーを乗り継ぎ、重い荷物を引きずりながら、造り手をまわっていました。今のようなネット環境もなく、車を運転できない者が、各地を回ることは大変でした。そして2003年にはからずもル・テロワールを急に去ることになったので、それまで取引をしていた造り手すべてを訪ね、ラシーヌとしての取引を再度お願いする旅を始めました。その際に、労を惜しまずに手伝ってくれたのが、ファブリスでした。彼のおかげで、フランス中を北から南まで、短期間に訪問することができ、本当に助かりました。

 

2)Les Zinzins du vin / ブザンソン とサヴァニャン・ヌーヴォー造り

 その後ファブリスは、日本人の留学生、桃子さんと結婚し、故郷のブザンソンでLes Zinzins du vinというワインバーを始めました。瞬く間に大人気店となり、ファブリスの選ぶワインは、ブザンソンの地元でヴァン・ナチュールを知らなかった人々をも惹きつけ、それだけでなく、フランス各地のヴァン・ナチュール愛好家にとって聖地となってゆきました。

 ジュラに近いため、ファブリスはピエール・オヴェルノワのもとへ、足しげく通っていました。サヴァニャンが大好きなファブリスは、Les Zinzins du vinの地下でサヴァニャンの新酒「Plou Plouヌーヴォー」を造り始め、これがフランスのワインバーで大変人気のワインとなりました。このファブリスは、ピエール・オヴェルノワとエマニュエル・ウイヨンに多くのことを教わりながら、このワインを造ったようです。

 

3)マズィエール 

 ファブリスが敬愛するもう一人の造り手が、コルビエールのパデルヌ村にあるマズィエールのJean-Michel Labouygues ジャン=ミシェル・ラブイグでした。ホームページwww.vin-maziere.fr/  に書かれているように、ファブリスにとって、マズィエールは、時を刻むようにして仕上げられた特別な存在で、最上のクリュで生まれるワインを想わせるものでした。繊細で、余韻に感じられる柔らかな甘さとともにかすかな塩味があり、夢み心地とともに感情を高みへと導く、無比なワインでした。2006年にジャン=ミシェル・ラブイグが亡くなり、しばらく娘のジュディスさんが継いでいましたが、ファブリスはマズィエールに通い、ビン詰めを手伝う日々が続きました。信頼関係が深まるとともに、長い話し合いの末、2013年にファブリスが譲り受けることとなりました。冬の寒さは大変厳しく、家族三人で改造トレーラー住まいをしていたので、冬の間はブザンソンに帰るという生活でした。

 ジャン=ミシェルのワインにずっと、心を奪われてきたファブリスですから、彼以上に最適な後継者はいません。引き継いだ当初は、畑とセラー内の環境が、共に荒れていたために、難儀な作業を乗り越えなければなりませんでしたが、2015年に訪問した ときには、少しずつビン詰を始めると話していました。「ファブリスからオファー来ないなー」と、2年ほど心待ちにしていました。今年の4月になって、「お待たせしました。ようやく自分でも納得のいくワインが出来たので、合田さんにお知らせします」と、2014ヴィンテッジの案内が届きました。

 

4)マズィエールのワイン

 畑へ向かうまで、四駆でなければたどり着けない荒れた道で、畑は草が生い茂り、南仏ならではの様々なハーブ(ガリーグ)に覆われ、それらの香りが確実にワインに感じられます。遠くから彼の畑をみると、周りにはテラス状の古い畑の跡は残っているものの、現在パデルヌの村でワインを作っているのは彼だけなのだと知れます。樹齢も60歳~90歳と古いものばかりで、感心しました。

醸造は樽ごと、醗酵槽ごとに、まったく異なり、マセレーションの期間も2日間~9ヶ月間(書き間違いではありません、念のため)と大きく幅があります。同じ畑でもブドウ果を熟度で分けて、何度も収穫をするのです。補酒も、極端な酸化や揮発酸を感じないかぎりしない、避ける方針です。マセレーションは基本全房で、醗酵前に手回しの破砕機でつぶします(一部だけ全房無破砕で発酵するときもあるよし)。絞った白品種の果皮を、黒ブドウと一緒に漬け込んで造るキュヴェもあり、味わいは樽ごとに異なります。

 とど、4種類のキュヴェをつくっており、キュヴェは品種ごとに分かれています。同一のブドウ品種でも、様々な醸造手法をためして、それらをブレンドさせることでより、複雑で奥行のある味わいに仕上がっています。ときにはVTも跨いでブレンドする自由さで、目指すのは地域全体を表すような味わい。《ブレンド前のワイン》には、それぞれ次のようなものがあります。

 *平均的な熟度で通常期間のマセレーションを行い、極端な味わいの感じられない落ち着いた雰囲気のベースワイン。
 *熟度がやや低くマセレーションの短い、フローラルなワイン。
 *完熟度と、やや熱を帯びたニュアンスを感じるワイン。甘いベリー系の風味をおびています。セラーの中でも特に温度差の激しいところに、補酒をせずに仕上げた《ランシオ》に、特に南のハーブのニュアンスがそなわっています。醗酵が終わりきらなかった、甘めのワインになります。

    クロード・クルトワがいつも言っていますが、「亜硫酸ゼロで醸造されたワインは、最低そのワインが樽に入っていた時間と輸送期間(例えばマズィエールの2014年は、44か月かけて醸造されたので、輸送2か月とあわせて46か月)を待ってから、ようやく本来の味わいを楽しむことができる」。ですから、今回ラシーヌに案内されたこのワインを手にされた方は、是非2022年5月まで辛抱強く待ってから、楽しんでください。きっと、感動の嵐があなたを待っていること、請け合いです。

 


PAGE TOP ↑