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エッセイ:Vol.132 ワインの道――脱・神話化をめざして

 ワインとワイン界には、たくさんの神話が付きまとっている。
 怪しからぬことに、現代のとりわけ日本にだけ横行し、流布されている、思わず吹き出しかねない神話や脚色もある。いったい日本は、神話に弱い、あるいは神話好きなお国柄なのだろうか。そういえば、戦前には根拠のない日本神話がまかりとおっていた(今ですら…)。

 そこで、わかりやすいように、「たとえば、……」といって、身近に思い当たるワイン界の神話や神話もどき、事実と異なる巧妙なフィクションの例を挙げることは簡単至極。

 で、神話などに騙されないようにする対策も、なくはない。なにごとによらず、自分の目でものを見て考える習慣を身につけ、事実とフィクションの境目に敏感になることが、先決だろう。
 そのうえで、ワインにはあくまで身銭を切りつづけ(タダ酒を飲まないこと。世にフリードリンクは無いと心得ること)、まっとうな(本物にこだわり、畑や造りの現場からほど遠からぬ所で)ワイン経験を身につけ、あらゆるワイン情報の出所や根拠を問うようにすれば、騙されないことはさほど難しくあるまい。もっとも人さまざまで、騙されていることが心地よく快適で、好きなご仁もいるかもしれない。

 他方、あたりを見渡せば、雑駁なワイン神話につけ込み、神話のおかげで生き延び、助かっているワイン・ビジネスもあるようである。はては、職業的に神話を作り出しているとみえる人にも思い当たらなくもない。とかく、説教師には要注意である。
 だれでもインターネットでたやすく情報発信ができる時代だから、どこかの大統領や首相にならって、フェイクニュースを手掛けたり、他の情報をフェイクと決めつけて別のフェイクニュースを流したりすることは、雑作もない。しかも、神話メーカーのつくった巧妙あるいは下手な神話の信奉者も、少なからずいるようだから、なんと世もさまざま。

 このような仕事の流儀を麗しい「神話ビジネス」と呼ぶとすれば、これはまた、情報化時代にふさわしい「職業の自由」なのかもしれない。あらゆるビジネスに相応の敬意を払うべきだとすれば、そんな仕事ぶりを虚業と決め付け、彼や彼女らの商売の邪魔をするようことは、いちおう(「いちおう」は、「泡」とならんで、ラシーヌでは禁句である)慎まなければならない。

 でも、そんなワイン神話がなんであり、どんなものなのか、およそ見当をつけるお手伝いはしたい。とすれば、ここはまあ遠慮したふりをして、《神話そのもの》と思われる実例はあげずに、《どんな領域に神話現象が見られるか》をあげよう。
 幽霊や怪物の《姿恰好や名前》をださずに、幽霊や怪奇現象が《出没する場所》をあげるようなものだけれど、勘のよい人ならば見当はつけられるだろう。それを期待しつつ…。

神話や幽霊の出没場所
1.ワインの理解の容易さや難度にかかわるもの。
2.ワインの評価やワイン評論の方法、難易度にかかわること。
3.ワインの「権威」や資格保有者(MWを含む、だれが?)の実力や、仕事ぶり(情報や資金の出どころと独立性の有無、仕事レヴェル)にかかわること。
4.ワイン造りの難易度と実情(実際になにをどうやっているか)にかかわること。《情報と事実の落差》の有無といってもよい。
5.ワインの質・レヴェルと、その価格づけとの関係について。(例:国産ワインの価格の合理性の有無と背景)
6.世界と日本とのあいだにおける、ワインの品質、ワイン評論・ジャーナリズムやワイン情報の確度について、彼我で落差の有無と程度。(例:ブルゴーニュワインや日本ワインの品質や「美味しさ」について、誰がどうのように、なぜそのように評価しているか)
7.輸入ワインについては、世界と日本のインポーターの仕事ぶりと水準、彼我におけるワインの品質差と保存状態差の有無。
8.国内における輸入作業について、個別インポーターの仕事の目標や水準と仕事ぶり(言葉と実情の差の有無)、彼らの間における落差や較差の有無や程度。
9.輸入ワインの価格は、どの程度品質差を反映しているかどうか。
10.いわゆる自然派ワインは、世界でも日本においてでも、本当に自然に造られ、自然な味わいを保有しているのか、また、欠陥が美点だとされるような思い込みや思い込ませ、誤解はないか。
11.「日本は、自然派ワインの天国だ」とされることの、意味と実情、背景はなにか。
12.ワインとペアリングの関係、料理とワイン・ペアリングをすることの必然性や合理的な理由、背景の有無。ペアリングの難易と方法を論じ、書いている人の、職業的な利害関係や背景の有無。
13.ワイン情報は、だれがどのように発信し、その確度と信頼性はどのように担保されているのか、いないのか。広告とジャーナリズムは峻別されているか、記事に紛らわしさはないか。
14.インターネットや、ブログなどで発信されている情報のレヴェルと確度。だれの受容感覚が、どの程度であり、どのように信頼できる(できない)ワイン情報の発信者であるか。その発信理由や背景、経済的な利害関係の有無。
15.日本のワイン界には、どの程度正確で根拠のある(ない)ワイン情報を、だれがどのような意図で、どのように発信しているのか。
16.とど、世界と日本で、信頼できるワイン情報の発信者はだれか。

 以上、意識的に抽象的なレヴェルに仕立てて述べきたりましたので、読者は具体的な神話や幽霊の名前と姿を、各自で思い描いてください。固有名詞を当てはめると、面白いかもしれませんが、そのヒントは申し上げません。
 ここで、カール・マルクスの『共産党宣言』冒頭の一文を思い出すのも一興でしょう。「ゴーストがヨーロッパを徘徊している、コミュニストという幽霊が」。決して古すぎる叙述ではありません。どっこい、幽霊はしぶとく生きていて、どこにでも見つけられるのですから。ワイン界に徘徊している幽霊や神話を探るのも、夏の夜の一幕になるかもしれません。

 
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