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合田玲英のフィールド・ノートVol.61 《 ワインの味の背景 》

 近年のナチュラルワイン試飲会では、開催地以外の国から参加する生産者も増えている。例えば6月に、トスカーナ州のモンタルチーノであった試飲会では、イタリアを筆頭に、スロヴェニア、スペイン、ジョージア、ドイツ、フランスの計6カ国から生産者が顔をそろえた。

参加生産者 48 名。わくわくしてくる顔ぶれ。残念ながら、行くことは出来なかった。

 国境を超えるとき、自然の景色は緩やかに変わっていくけれど、言葉と人造物はすぐに大きく変わる。そして、ワインの造り手はその地域や文化で生まれ育てられた人や、それらに魅せられた人たちなど、さまざまだけれども、どのワインも造り手の味がする。

 ラシーヌが取引をしている造り手たちは、いずれも個性的な人が多いうえ、仕事先も各国・各地域と多方面にまたがっている。なので、ワインの紹介役として、理解する入り口となれるよう、造り手だけでなく、その造り手が生まれた文化や風景にも触れながら、しっかりと考えて紹介につとめたい。

 そこで今回は、ギリシャについて、これまでの社内資料や『オックスフォード・コンパニオン』をふまえ、自分の体験を交えながらまとめてみた。目を通されるかたは、一気に全体を通読するよりも、例えばワインを飲んだ時や知りたいと思った時などに、生産者や生産地について読み返していただけたら幸いです。

ギリシャ
 15世紀から数百年続いた、オスマン帝国(オスマン朝トルコ)によるギリシャ支配は、ギリシャのブドウ栽培とワイン造りを衰退させた。20世紀に入ってもその状況はすぐには変わらず、キリスト教徒はワイン造りを禁じられてはいなかったが、トルコの支配者にとってワイン造りの認可は、増税手段の一つでしかなかった。
 1937年にワインの品質向上を目的とした《アテネ・ブドウ研究所》が創設されたが、ほとんどのワインがバルクワインとして販売されてきた。1970年代になってようやく近代的な醸造設備と、教育を受けたギリシャ人の醸造技術者によるワイナリーから、高品質のワインが生まれるようになっていった。
 前述のとおり長期間の技術的空白はあるが、ギリシャにはそれを補って余りある、可能性が眠っている。数々の島々が有する、固有のミクロクリマとテロワール。また、ギリシャ北部(バルカン半島南部)では、その風景は島々のそれとは一変する。そして、それぞれの地域に順応した300種を超えるブドウ品種からは、唯一無二の個性を持ったワインが生まれる。

《 サントリーニ島 》
 エーゲ海の青と、色鮮やかな白に彩られた村が、多くの観光客をひきつけるサントリーニ島。3800年前の大噴火は、中央部を陥没させて現在の環礁形をした島々を作り上げた。現サントリーニ島には40mもの火山灰が積り、景色は灰色一色になった。自然環境は厳しく火山質土壌そのもので、火山灰と赤黒い火山岩がゴロゴロと転がっている。最高標高地点は367mと高くはないが、一日中海風が吹きすさいでいる。
 サントリーニ島の一番背の高い植物はオレガノだ、と言われるほど、自然環境は植物にも動物にも厳しい。けれども、この環境で育った農産物は、トマト、玉ねぎ、豆・芋類、オリーブなど、どれも凝縮感を伴った個性的な味わいがあり、特別な商品としてギリシャ国内で取引されている。
 ワイン造りにおいてもそれは同様で、火山灰のおかげで、フィロキセラ禍を免れた100年を優に超える古樹。アシリティコを初めとする、アティリ、アイダニ、マンディラリアなどの固有の品種からは、力強い飲みごこちと、強烈なアロマを備えたワインが出来上がる。

ドメーヌ・ハツィダキス
 当主のハリディモス・ハツィダキスは、クレタ島の出身。アテネの醸造学校を卒業後、28歳の若さでサントリーニ島の協同組合の醸造長をつとめ、その後独立した。小さなセラーからのスタートだったが、2015年には伝統的な作りの洞窟セラーを建設。島全体が火山灰に覆われているので、崖を掘るだけで天然の冷涼なワインセラーができあがる。収量が多くなりがちな、伝統のバスケット仕立てにはこだわらず、彼自身が植えた新しい畑には、ゴブレ仕立てを採用した。ビオロジック栽培を徹底し、収量を制限した、高品質なブドウによるワイン造りに情熱を注ぎ続けてきた。そしてそんなハリディモスに多くの人が惹かれ、仲間となり、手伝ってきた。
 鋭い感性と繊細な心をあわせ持つハリディモス、類まれなる力強さと品位を持ち合わせたアシリティコ品種、そして火山島という特殊な環境が合わさり、比類のないアロマの強さと塩味と酸を基調にした、スケールの大きなワインが生まれた。
 感性が鋭すぎ、あまりにも人間的なハリディモスは、2017年の早きにこの世に別れを告げたが、彼の功績はサントリーニ島だけでなくギリシャ全土と世界中でもって、永遠に語り継がれるであろう。はたして、誰がよくハリディモスの魂を受け継ぐことになるだろうか。

《 ケファロニア島 》
 多くの島々が点在する、ギリシャ西岸のイオニア海の中でも、ケファロニア島はそのワインの質において際立ち、名を知られている。イタリアはプーリア州からイオニア海で250kmほど隔てられ、南東の奄美大島より少し大きいほど。山岳地帯が多く、最高地点のイノス山頂は1600m以上もある。平地は沿岸部のみで、中には切り立つ崖の下は海、という地形も珍しくない。
 沿岸部は粘土層が厚く、その下に石灰質の層があるが、標高300mを超えると、石灰質の層がむき出しの土壌も見受けられる。この島の固有品種であるロボラは、その真っ白な石灰岩を多く含む土壌の斜面が好適地とされ、今でも多くの樹が自根で植えられている。ロボラから生まれるワインは、力強い味わい、黄色い色調と、鉱物感が特徴的。
 ギリシャの中でも西の端の方に位置するため、歴史的にはオスマン朝よりもヴェネツィア共和国の支配の影響が強い。ヴェネツィア人たちはケファロニア島のロボラを飲むや、“Vino di Sasso!(石のワインだ!)”と声を上げたそうだ。

ドメーヌ・スクラヴォス
 島の半島の街、リクスーリに住むエヴリヴィアディス(愛称:ヴラディス)は、父親が大手ワイナリーに売っていたブドウを自分で引取り、家のガレージで少しずつワイン造りを始めた。家族の起源は、ウクライナに発し、13代前すでにワインを造っていたという記録が残っている。ヴラディスは徴兵され、僻地で従軍したりもしていたが、生まれ育った島、動物とブドウ畑に囲まれた生活へと戻ってきた。起床とともに家から五分のセラーと畑へと向かい、敷地内で飼うヤギの乳を搾り、チーズを造るのが日課だ。

ブドウ畑は、父親の代では慣行農法だった。が、ヴラディスは家業に戻ってすぐバイオダイナミック農法を取り入れた栽培を始め、畑は現在では活力にあふれている。ロボラをはじめ、ツァウスィやモスカテーラなどの白品種が多く、塩見を帯びた華やかなアロマを持つ。本土では甘口に仕上げられる赤品種のマヴロダフネは、ケファロニア島では辛口に仕上げ、果実味とハーブのニュアンスが特徴だ。

《 ナウサ 》
 ギリシャ北部、ヴェルミオ山南東のこの地域は、ギリシャからイメージする島々の風景とは一変し、平野部から北にむかうほど山間部へと入っていき、緑も濃く、比較的多雨な地域だ。まさしく石灰土壌の広がるエリアで、地下の石灰土壌が溶けて洞窟(地下水道)となり、その地下水が滝となって、街の中心地に現れる。このことからも分るように、水不足に悩まされることは稀な地域だ。

桃などの果物も盛んに栽培されるが、ワイン用の最重要品種は、クシノマヴロ(日本語で「黒い酸」)と呼ばれる赤ワイン品種だ。その名が意味するとおり、酸味をしっかりと感じさせる、穏やかなタニンと豊かな果実味のある品種で、地域の山の幸とともに楽しまれて来た。ヴェルミオ山から朝夕に吹き下す風は、クシノマヴロに美しい酸味をあたえる。軽い砂質の土壌と、粘土石灰質の土壌とで、ワインが造り分けられることが多い。前者はより華やかですぐに飲め、後者はより抽出をしっかりとした熟成型だ。

ドメーヌ・ダラマラ
 1840年から5世代以上も続くワイナリーで、現在はヤニスとコスティスの父子でワインづくりをしている。コスティスはボーヌの醸造学校を卒業後、ブルゴーニュや南仏のナチュラルワインメーカーのもとで経験を積み、2010年に20代でワイナリーに戻り、本格的に働きだした。古くからの農家であるダラマラ家は、小さな畑をいくつも持っており、樹齢40年を超える古い樹も多く、自根の畑も少し持っている。マケドニア地方の主要赤品種であるクシノマヴロの他では、ネゴスカやマラグズィアなどの地品種のみを栽培している。ナウサの涼しい気候からくる冷涼な酸と、主要使用品種であるクシノマヴロの果実味と強めのタンニンが、バリック醸造や熟成を経て、高いレベルでしなやかにまとまっている。
 昔ながらの小規模で家族経営型のワイナリーで、コスティスは地域の若手農家と協力して収穫祭なども行い、地域文化を保存する運動の中心人物になっている。

ドメーヌ・ティミオプロス
 現在ワインを造っているのは、アポストロス・ティミオプロス。その父は、ナウサエリアで最も有名なブドウ栽培家として知られていた。アポストロスは醸造学校を卒業後、2004年に栽培を引き継いで醸造を始めた。徐々に近隣の畑を買い増し、現在では30haのブドウ畑を所有しており、彼のワイナリーがあるトリロフォス村の、丘の畑全てを所有している。畑の周り全体を小川や森などの自然に取り囲まれ、獣害は悩ましい問題だが、オーガニックをしている畑と森しかないという環境は、ブドウ栽培にとっては最高だ。
 生産量にしてはあまりにも小さなセラーで、カジュアルなものから上級キュヴェまで一貫して、地域性と造り手の個性を感じさせるワインをつくっている。完熟させるのが難しいとされるクシノマヴロという品種だが、樹齢の若い樹のブドウから造られたロゼと、ジューヌ・ヴィーニュ・ド・クシノマヴロは、どちらも熟した果実味をしっかりと感じさせる。また品種由来の酸により、後味は繊細で長い。

《 クレタ島 》
 クレタ島はギリシャ最大の島で、地中海最南端の地域の島である。岩肌の目立つ土地には、多くのオリーブの樹が植わっており、沿岸部の気候は一年中温度変化が少なくて暖かい。しかし、海岸沿いの街から少し離れると、10kmもしないうちに山道に入り、気温は一気に下がる。山間部では、数百メートルおきに土壌の色が変わり、地層がうねっている様子がはっきりと見え、標高の高いところでも貝殻がよく見つかる。
 主要品種としては、レアティコやマンディラリアなどの力強くて野性的な赤品種や、香り豊かなヴィラーナ(白品種)、また、甘口用のブドウも多く栽培されている。島の最高峰は2300mと高く、ブドウ畑は山と海からの風に常にさらされ、畑の昼夜の寒暖差も大きい。例えば、レアティコは早熟ですぐにアルコール度数が上がると言われているが、高地の環境ではゆっくりと果実が熟成する。また、夏の間は目眩がするほど地中海のハーブが豊かに香り、ワインに固有のアロマを与える。

ドメーヌ・エコノム
 ドメーヌの当主ヤニス・エコノムは、ピエモンテではスカヴィーノとチェレッタ、ドイツとボルドー(1993年という難しい年のシャトー・マルゴー)でも経験を積んできた。が1994年、クレタ島に帰郷してワイナリーを興した。素晴らしいブドウができる環境であるクレタ島の中でも、ヤニスはさらに標高600メートル以上の地に樹齢の高い自根のブドウ畑を見出し、名だたるワイナリーで働いた経験をワイン造りに活かしている。
 クラシックなワイン造りを学んだ後で、彼が辿りついたワイン造りは、極めて無理のないもので、醸造過程での亜硫酸の添加もしないことが多い。また、ヨーロッパ各地で学んだ、ワインのブレンドによる味わいのグラデーションや変化、熟成の仕方などの経験は、最終的な味わいの微調整に活かされる。長期の熟成をおこない(ワインの個性により、ステンレスタンクや、木樽で4〜6年)、ビン詰め後の熟成にも時間をかけている。なので、リリース直後から熟成感を感じられるところも大きな魅力の一つだ。

~プロフィール~

合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修 
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 

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