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『ラシーヌ便り』no. 150 「エンビナーテ」

ワインの仕入れ
 1988年秋にワインの輸入会社に勤めて以来、ずっと仕入れに携わってきました。仕入れの仕事は、時間・手間・費用がかかるわりに、いつもうまくいくとは限らず、むしろ、うまくいかないことの方が多いくらいです。
 造り手本人の感覚がよく、初回はいいワインが入荷しても、設立まもないワイナリーでは、醸造環境が十分に整っていないために、次回からは不良品が入荷してしまうことも少なくありません。
 ヴィンテッジに左右される以上に、他の要因からも影響を受けます。また、残念なことに倒産や廃業してしまうこともあります。最近では、ラ・ポルタ・ディ・ヴェルティーネの親会社の倒産と、ラファ・ベルナベの倒産は、大変悲しいできごとでした。
 ですから、無名のワイナリーの素晴らしいワインとの出会いや、数年後に世界的に高い評価を受けるようになった場合は、喜びもひとしおです。今月は、最近の嬉しい出会い「エンヴィナーテ」について、お話しします。

Envinate エンヴィナーテ(「ワイン、あなた自身」という意味)との出会い

 ラシーヌがエンヴィナーテをご紹介して、3度目のヴィンテッジが入荷しました。今年は少し入荷量が増えたので、お手元に届いた方も多いと思います。彼らとの出会いは、滅多にない幸運であり、彼らと仕事ができる幸せを噛みしめています。欧米での熱狂的なエンヴィナーテ人気と、ジャーナリズムによる絶賛の波は、間違いなく近いうちに日本にもやってくることでしょう。
 「スペインにも、面白い造り手が登場してきてるらしい」と、2014年の秋にスペイン探訪を再開。情報収集を重ねて訪ねたのが、エンヴィナーテです。
 “エンヴィナーテ”はロベルト・サンタナ、アルフォンソ・トレンテ、ラウラ・ラモス、ホセ・マルティネスの4人組からなるワインメーカー・グループです。アリカンテの大学で醸造学を学んでいた4人が意気投合し、2005年に結成されました。大学卒業後、ワインインの販売は2008年から)。彼らは、リベイラ・サクラやカナリア諸島といった、主に大西洋気候から影響を受けた地域で、個性的な畑に焦点を当ててワイン造りをしています。
 エンヴィナーテの志は、スペインに古くから伝わるブドウ栽培文化を背景とした、その土地固有の味わいを感じさせるワインを造ることです。「どんなところでも、良いワインはできるんだ。ましてやスペイン各地に残っている、すごい畑を見てくれ」という熱意にあふれています。4人それぞれに担当地域があり、畑と醸造所は同じ地域内にありますが、基本的なアイデアは、4人でワインを造るということです。密に連絡を取り合い、毎シーズン4人が時期を変えて各生産地に集まり、栽培・醸造の方針を決めています。
 誰がどのワインを造っているの? という質問には、いつも「4人で造っている。僕ら4人でエンヴィナーテだ」と答えます。歴史ある産地で、新たな味わいを生み出し、この地域の可能性を実現している4人の若者たち―何十年後かに彼らは間違いなく伝説となるに違いありません。何と素敵なプロジェクトでしょうか!

◆Ribeira Sacra リベイラ・サクラ(ガリシア地方) 

 主にアルフォンソ・トレンテが担当する畑で、スペインの西端、ポルトガルの北にあるD.O.リベイラ・サクラのワインです。ドイツのモーゼルのようにシル川に沿った急斜面に、ブドウ畑のテラスが連なっています。立っているだけで、河の方へと落ちてしまいそうな斜面に、狭いテラスがいくつも重なり、そこにゴブレ仕立ての自根ブドウが植わっている光景には、説得力があり、彼らがなぜここでワインを造りたいと思ったのかを、一目で感じられます。Lousas ( 砕けたスレート) という キュヴェ名どおり、スレート土壌の急峻なテラス から生まれます。
 2015年秋にマドリードで開催されたSalon de Los Mejores Vinos de Espana をテイスティングして、とても壮麗な味わいに驚きました。緻密なテクスチュアでフィネスそのものです。翌日500km離れたガリシア地方へ、飛んでいきました。

◆Almansa アルマンサ
 今後、エンヴィナーテのなかでは、輸入量が最も多く期待できます。主に、ホセ・マルティネスが担当しています。聞きなれない地方ですが、スペインの東側、バレンシア近くに位置します。平地の畑が多く見られる地域で、ラ・マンチャのように安いスペインワインが大量に造られる産地ではあります。しかし、国土の平均高度が660mであるスペインには、ラマンチャのように標高が700mを超える地域がたくさんあるのです。平地であっても手入れを必要とせず、特別に健康なブドウができるという、栽培環境に恵まれています。

◆Canaria (カナリア諸島・テネリフェ島)
 カナリア諸島は、ヨーロッパ最南端の地域で、少し東に行けばモロッコがあり、日本でいえば奄美大島と同緯度にあります。樹齢の高い自根ブドウがたくさん残されており、かなり高温多湿な地帯で、ブドウ栽培をしています。
 エンヴィナーテがブドウを買っているのは、テネリフェ島という一番大きな火山島にある畑で、そのなかでもより涼しい環境にある、北向き斜面の畑タガナンと、オロターヴァ(パロ・ブランコとミガン)、サンティアゴ・デル・テイデ村にある1000mを超える高い標高の畑(ベンヘシリーズ)のブドウを購入しています。エンヴィナーテ所有の畑はなく、どれも各地域の栽培者とともに、作業をしながら栽培指導をしつつ、ブドウを購入しています。
 畑のある村や地区の出身でない彼らが、カナリア諸島の人たちのブドウを買わせてもらうことは、最初は難しかったそうです。けれども、一緒に作業をして考え方を共有してもらい、収量による変動のない一定額を支払うことにより、少しずつ信用を得て来ました。  
 手入れの仕方はリュット・レゾネで、ビオロジックな栽培を指導していますが、まだ全ての畑でそれが実現できているわけではありません。
  カナリアは主に、個性的きわまる風貌をしたロベルト・サンタナが担当しています。ロベルトはテネリフェ島の生まれで、両親は中心街でレストランを経営しています。
 昨年6月終りにテネリフェ島を訪ねました。バルセロナ20時発で、まだ明るい空を飛び、22時ごろの夕暮れ、1時間の時差で22時50分に、カナリア諸島の中心地、テネリフェ島に着きました。翌朝、標高400m ほどのタガナンの畑に向かいましたが、トンネルを抜ければ気候は一変、霧で真っ白です。
 2015年はうどん粉病がひどく、全滅でした。収穫したブドウを運ぶための小さなロープウェイが崖に繋がれています。チンクエテッレよりワイルドな畑で、写真だと斜度がどれほど急かわかりにくいと思いますが斜度は厳しく、私は上の方の畑に行くのを途中であきらめました。

 斜面の岩の間に生き延びているブドウは、正確な樹齢はわかりません。300年の樹があって、そこから自然にマルゴタージュで増えるので、若い樹も交じっています。タガナンの街は、マデラに似た建物が続く、迷路のような街です。
 「それにしても天気わるいなー」とロベルト。この日は、煙のような小雨が降っていました。ここでは、小さなヴァンでブドウを運び、ヴァンも入らない所は馬で運び、広い道路に冷蔵トラックを止めて、セラーにまで収穫を運びます。

 2000年代、ブドウ栽培は次第に消え行く一途でした。2012年に始めたころは大変でしたが、今ではタガナン村の95%の栽培家と契約しています。

山肌に遺る古いブドウ畑、収穫の厳しさは、 計り知れない。

島の北側中央に位置するラ・オロターヴァ

村にある古い畑。

崖を登ってパルメントへ。大昔はパルメント方式 で、足でブドウを潰し、動物に載せてセラーにま で運び、醸造してイギリスに輸出した

 2016年から醸造を始めました。リスタンブランコ5%とリスタンネグロ95%、 トレンサード(三つ編み) と呼ばれる、低く枝を三つ編みのように絡ませて15m ほどの長さで仕立てる珍しい栽培方法。実は小粒で、隙間がある房は健康そのもの。年に一度ボルドー液にシリカを混ぜて撒くのみ。収量は40-60hl/ ha。大企業の畑では、除草剤を撒いて灌漑し、化学肥料を撒いて150hl/ ha もの収量。
 富士山とほぼ同じ標高のテイデ山麓1000mに広がる イスタンプリエト(パイス種)、 訪れた日は大変暑く、アフリカに近いことを実感しました。ロベルトにとって特別なパロ・ブランコの畑。ここから、鋭い酸と大きな骨格を備えた、高貴な味わいの白ワインが生まれます。ロベルトは優れたテイスターで、明るく、聡明。地元の栽培家たちを巻き込みながら、確実にナチュラルで稀有な個性のワインを生み出しています。2017年は初収穫から5年目のヴィンテージ。少し遅霜にみまわれましたが、順調な生育となりました。
 今年の秋には、アルマンサのワインが再入荷します。リベイラ・サクラとカナリア諸島のワインは、今年の割当量は販売が終了しましたが、来年はもう少し入荷量が期待できそうです。本格的な日本への入荷にご期待ください。

 
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