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ドイツワイン通信Vol.79

ドイツワインの方向性

 3月から4月にかけてドイツワインに関係のある見本市が続いた。
 3月上旬に幕張メッセで開催されるフーデックスを皮切りに、3月中旬のデュッセルドルフのプロヴァイン、そして4月上旬の東京ビックサイトのワイン&グルメである。

 ドイツで開催されるプロヴァインが、世界各地の生産者の出展する大規模な展示会であることはよく知られている。幕張メッセのフーデックスのドイツパヴィリオンはドイツ連邦食糧・農業省が運営していて、ソーセージから乳製品、お菓子など食品関連の様々な企業が出展しているが、ワインに関しては比較的規模の大きな醸造会社が、パートナーとなる日本の輸入商社を探して出展するケースが主だ。中には中規模の醸造所や協同組合も2、3軒いて、彼らの日本市場にかける熱意と期待が伺えるが、取引先が見つかるかどうかはワインの品質次第である。

 一方、今年で開催9回目を迎える比較的新しい展示会が「ワイン&グルメ」だ。ドイツパヴィリオンを仕切っているのはソペクサ・ジャポンが運営する「ワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィス」(以下WOGJ)である。出展企業はレストランや小売店などの取引先を探す国内のワイン輸入商社で、今年は9社。一昨年WOGJが主催した業界向け試飲商談会「リースリング&Co.」や、リースリングの振興団体「リースリング・リング」が開催する試飲会に比べると規模は小さいものの雰囲気は似ている。

・いま飲むべきドイツワイン

 さて、ワイン&グルメのドイツパヴィリオンに立ち寄るとまず目に入るのは「いま飲むべきドイツワイン2018」のコーナーだ。今年新たに選ばれた20品目(http://winesofgermany.jp/contents/2018/wine_election_2018_Japan_JP/)は、辛口か中辛口(リースリングはファインヘルブまで)という条件で、国内のワイン輸入商社から応募のあった中から選ばれたものだ。うち10品目本は希望小売価格3000円以下と、普段飲みにも使えるエントリーレヴェルのワインに絞ったことは評価したい。試飲した印象では軽くて口当たりのやや柔らかい、和食やお惣菜にもあわせやすそうなものが多かった。WOGJ代表の松村さんによれば、今年から5人の審査員に女性が一人加わったので、彼女の判断が結果に影響しているそうだ。この3000円以下で上質なドイツワインが、とりわけこれまでドイツワインの取り扱いに二の足を踏んでいたレストランや小売店に普及することを期待したい。

・シュペートブルグンダーの向上

 一方3000円以上の10品目のうち1本はロゼのスパークリング、3本は赤で、品種はいずれもシュペートブルグンダーだ。この、フランスではピノ・ノワールと呼ばれる品種のドイツにおける近年の品質向上には目を見張るものがある。数年前までは高品質なシュペートブルグンダーとえば高価で樽香が強く、飲み頃になるまで何年も待たなければならないようなものが多かった。しかし近年は日本国内の小売価格2000円前後からもう既に、赤いベリーの果実味の心地よい、ピュアで素直に楽しめるものが増えている。

会場に来ていたとあるワインバーのオーナーは、「ドイツの赤のコストパフォーマンスはブルゴーニュに比べると実に素晴らしい」とうれしそうだった。彼の店ではこれまでドイツワインの扱いはなく、お客さんにはブルゴーニュ好きが多いのだが、近年ブルゴーニュは高くなりすぎた。でもドイツのシュペートブルグンダーもこの味なら、お客さんにもきっと喜んでもらえるだろうと、その場で出展していた輸入商社に注文を入れたそうだ。

・いま飲むべきリースリング

 3000円以上の10品目のうち5本がリースリングで、うち4本がVDPに加盟している生産者のものだ。周知の通りVDP(正式名称はVDP. Die Prädikatsweingüter、プレディカーツヴァイン醸造所連盟)は、ドイツ国内に約200のトップクラスの生産者をメンバーとして抱えている。VDPに加盟していることは多かれ少なかれ、そのワインの品質保証のようなものだが、一方で創設100年以上の由緒ある団体だけに保守的な体質も若干ある。ラシーヌ(株)の扱うA. J. アダムは2001年に設立されたばかりでVDPには加盟していないが、VDPと同様にグーツヴァイン(=エステートワイン)、オルツヴァイン(=村名ワイン)、ラーゲンヴァイン(=畑名ワイン)と、テロワールを基準にした商品構成をとっている。「いま飲むべき」20本に選ばれたホーフベルクは、19世紀に作成されたブドウ畑の格付け地図でグランクリュに相当するとされた畑のもの。風化した粘板岩に珪岩と酸化鉄が混じる土壌で、独特の華やかさと気品が魅力となっている。昨年選ばれた2011年産に続く今年の2012年産は、若々しさとほのかな熟成感、熟したリンゴやハーブなどの香りの深さ、余韻の長さが印象的だった。

・ドイツワイン市場の縮図

 ワイン&グルメのドイツパヴィリオンは多かれ少なかれ今の日本のドイツワイン業界を反映していて、その縮図に例えることが出来るかもしれない。ドイツワインで定評のある古参のワイン輸入商社は、定番の生産者を重視した安定感のある品ぞろえともに、若干のマンネリ感が否めない。生産者や販売店との間で長年かけて築いて来た信頼関係もあり、仮に魅力的な生産者が新たに見つかったとしても、すでに飽和気味のポートフォリオに追加することは容易ではないという事情があるそうだ。とはいえ同じ生産者を長年にわたり扱っていたならば、その生産者の中での世代交代や、例えばビオロジックへの転換といった新しい展開もあるだろうし、昔から変わらない生産者の新しい生産年のワインと毎年出会えることも魅力となっているのだろう。

 今年新たに出展したインポーターで、2007年に会社を設立して以来フランスとイタリアのファインワインを中心に展開してきたF社は、昨年から本格的にドイツワインを扱い始めた。かつて他社が扱っていた大御所生産者が2社、スポットで輸入されたことのある生産者が少なくとも1社あるが、昨年ドイツで話題となった、自根の古木を大切にしているモーゼルの家族経営の生産者が採用されたのは喜ばしい。いくつかの生産者名が英語読みなのが個人的には若干ひっかかるが(例:マルクス→マーカス、レーヴェン→ローウェン)、こうした高品質なドイツワインが増えてくれば、いまだに根強い「ドイツワインは甘口で初心者向け」という先入観も近い将来払拭されることだろう。

・リースリングと中華料理

 ところで気になったのは、F社はもとよりWOGJもドイツワイン普及のターゲットとして中華料理店を挙げていたことだ。確かにフランスやイタリアのワインの強みは、それぞれの国の料理を供するレストランが多数あることである。逆にドイツ料理店の数は圧倒的に少ない。その弱点を補完するのが中華料理を含めたアジア系レストランの取り込みである。

確かに中華料理にあうワインはリースリングという意見は、これまでもしばしば聞かれた。例えば北米のソムリエに中華料理にあうワインのアンケートしたサイト(https://drinks.seriouseats.com/2013/04/ask-a-sommelier-wine-to-go-with-chinese-food-mapo-tofu-peking-duck-mushu-riesling-slideshow.html)では、回答した14人のうち10人がリースリングを挙げている。曰く「ほとんどのアジア料理とあう世界で唯一のワインはドイツ産リースリングだ」、「四川料理にはオフドライのリースリング、特にモーゼル産があう。ワインの甘味と冷たさが味覚を冷やして、クリスピィな酸味が口中をリフレッシュして食欲を増進する」とか、「リースリングのフルーツ感と軽い熟成感が、ヘヴィで複雑な風味の中華料理のソースにあう」、あるいは「アジア料理は非常に多様なフレイヴァーがあって複雑だが、リースリングはそのすべてに合わせやすい」「一般的に言って、きくらげと豚肉の卵炒めや北京ダックのソースの甘味は、リースリング以外と組み合わせると失敗する可能性がある」「様々なテクスチュアが混在する中華料理には、基本的に酸味のあるワインを合わせると良い。こってりした料理や揚げものの脂こさを酸味が洗い流しつつ料理を引き立てる」「本当に辛い料理には口中の炎をしずめるためにアルコール濃度が低め(がぶ飲みできるから!)のワインが良く、特にモーゼルのカビネットやシュペートレーゼがおすすめだ」という回答もあって、中華料理にはリースリングが本当にあうのかもしれない、という気にさせられる。

 中華料理とワインに関してもうひとつ、台湾の東海大学のホスピタリティーマネジメント学科が2016年に発表した、地方別の中華料理とワインのペアリングをテーマにした研究レポートも興味深い(https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1878450X16300531)。実験ではのべ30人の被験者(学生と大学の近郊に住む一般男性12人、女性18人、うち56.7%にあたる17人が20代で、69%にあたる20人がワインを飲む頻度は月に一回程度)が、4週間にわたり週1回づつ、2種類の料理につき品種の異なる4種類のワインを組み合わせて、1~7の7段階で好感度を判定した。

8種類の料理(地方別):
 1.広東省:アヒルのロースト、アヒルの手羽肉の塩味(調理法の記載なし、蒸したものか)、塩と胡椒で味付けした鶏のから揚げ
 2.江蘇・浙江省:魚の甘酢あんかけ、湯通ししたエビ
 3.四川省:麻婆豆腐、鶏肉とピーナツと唐辛子の炒め物
 4.全国共通:チャーハン

4種類のワイン(ブドウ品種別):
 リースリング:2007 Schmitt Söhne, Mosel(残糖66g/ℓ)
 シャルドネ:2007 Palmira, Chile
 メルロ:2008 Gallo Family, California
 カベルネ・ソーヴィニョン:2008 Canyon Road, California

 実験結果はリースリングが高得点を獲得したが、組み合わせの中では2.の魚の甘酢あんかけと湯通ししたエビが、風味上の類似性から最も高評価となった。これらは江蘇・浙江省の料理で、淡水魚やエビなどの素材の味を生かし、塩味でさっぱりとした味付けが特徴とされる。次に評価が高かったのは塩気の効いた広東料理(1.のアヒルの手羽肉の塩味と、塩と胡椒で味付けした鶏のから揚げ)で、逆にスパイスの効いた四川料理とリースリングの相性評価はほかに比べて低く、ワインの甘味が料理のピリピリ感を和らげるという通説と異なる結果となった。リースリングに次いで好評だったのはカベルネ・ソーヴィニョンで、シャルドネとメルロと料理の組み合わせ評価は低かった。

・リースリングと料理のペアリング

 この台湾の実験結果から見えてくるのは、1. 確かにアジア系の料理にリースリングは合わせやすい傾向はあるということと、2. あまりスパイシーではなく、素材の味を生かしてほどよく調味した料理にあわせやすい、ということだろう。とりあえず思いつくところでは、例えば参鶏湯、生春巻き、ささみ肉の焼き鳥などがあいそうだ。ただ、この実験に使われたのは残糖のある軽いタイプのリースリングで、北米(NY)の小売価格は8ドル前後である。

 それとは別の、残糖が低めの辛口(トロッケン)のリースリングは一般に酸味とミネラル感が明瞭で凛々しく、最初の一杯はとっつきにくく感じられるかもしれないが、飲み進むうちに舌が慣れて次第においしくなる。とりわけ抜栓直後は酸味が他の要素よりも際立っていることがあり、試飲の一口だけでは良さが伝わらないことが多い。一方、いわゆるオフドライ(ハルプトロッケンやファインヘルブ)は、適度な残糖と果実のアロマが酸味とミネラルの緊張感を緩めているので、最初の一口から飲みやすく、中華はもとより和食などの甘味のある料理にも幅広くあわせやすい。厳密にいえば食材やソースとの相性もあるけれど、ここではひとまず脇に置いておく。

・リースリングの独自性と変化

 また、甘口でも辛口でも高品質なリースリングは収穫量を低く抑え、他のどの品種よりも遅くまで完熟を待ってから収穫しているので、ブドウに土壌から吸収・生成されたミネラルや微量元素などのエキストラクト(ワインの中の非揮発性性成分)がより多く蓄積され、ミネラル感と複雑さや深みが増し、酸味の角を丸くして甘味にも奥行きを加えるので、スケール感のある味わいとなる。VDPのグローセス・ゲヴェクス(グラン・クリュの辛口)がその一例だ。

 またもう一点、ドイツ産リースリングの特徴は乳酸発酵を行わないことが多いことにある。だから果汁に含まれるリンゴ酸と酒石酸がそのまま生きている一方で、他の産地のワインにはない明晰さと緊張感を備え、合わせる料理を選ぶ傾向があるように思う。1990年代まではそれでも一向に問題はなかったし、当時はステンレスタンクで培養酵母を使って低温発酵した「フレッシュ&フルーティ」なスタイルがもてはやされていた。ドイツ人達はレストランではフランスやイタリアのワインを注文し、自国のワインはもっぱら家族や友人との語らいの潤滑油として楽しんでいたのである。

 だが近年は辛口化と健康志向や食生活の変化で、ドイツでもドイツワインを料理とともに楽しむことがごく普通になっている。一方で彼らの嗜好には未だに乳酸発酵を行わない、果実味の明瞭なスタイルを好む傾向があるのではないかと思う。赤ワインや樽熟成した白ワインで行われる乳酸発酵のやわらかい酸味は、日ごろ我々が味噌や漬物などで慣れ親しんでいる風味であり、和食にも馴染みやすい。しかし乳酸発酵を行わない辛口のリースリングは一般に、料理のほうでワインにあうよう、柑橘系の酸味や塩で少し調整したほうが良いかもしれない。

 もっとも、最近はリースリングの醸造も多様化している。約20年前からテロワールの表現を目指すようになって以来、野生酵母による発酵がその手段として浸透しつつあることがひとつ。そして2010年の除酸騒動――10月の収穫期に入っても酸度が一向に下がらず、生産者は単純除酸やドッペルザルツ法など化学除酸を余儀なくされる中、発酵前のマセレーションや乳酸発酵も酸をやわらげる手段の一つとして注目された――以来、酸度の調整が巧みになった。そして、介入を控えてなるべく時間をかけた醸造に価値がおかれるようになった現在、伝統的な大樽による醸造で、樽の中でワインが春を迎えると自然に起こる乳酸発酵も見直されている。さらにオレンジワインやナチュラルワインが市場で次第に受け入れられつつある状況の中で、「リースリングで乳酸発酵をあえてしようとは思わないが、自然に起こったらそれはそれで良い」という生産者も増えつつあるという感触を、個人的には持っている。

 ドイツのリースリングもフードフレンドリーな方向へと少しずつではあるが進んでいる。ただ、何をもってワインと料理が合うと言うかには許容範囲と個人差があり、一概には言えない。中華料理をはじめとした和食を含むアジア料理系レストランへの浸透をはかることも、ドイツワインの需要を増やす方向性としては間違ってはいないだろう。個人的にはとりあえず、グラスでワインを頼めるワインバーなどでドイツワインがもっと増えてくれたらと思う。

(以上)

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。


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