ファイン・ワインへの道vol.21
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
世界の名ソムリエが選ぶ、自然派ワイン
これは大きく出ましたね~~、な著書名と、内容が合致してるのか、小さな(いや大きな?)論議が出そうな気はしますが・・・・・・、ともかく。
ユニークな本が届いたので、この本で興味深かった点を、今回はご紹介したいと思います。昨年ロンドンのJacqui Small社から出版された『ワイン革命。世界のベスト・オーガニック、ビオディナミ&自然派ワイン』(※1)。著書はジェーン・アンソン(Jane Anson)。英:デキャンター誌などに寄稿し、『ボルドー・レジェンド』などの著書もあるワイン・ライターです。とにかく、派手な書名ですね。全256ページ、世界各地約250の生産者が紹介されるこの本の中で、僕としては最も興味深かったのは、世界の有名ソムリエが個人的に選ぶお気に入りオーガニック/自然派・ワインのコーナーでした。
例えばシャンパーニュ地方で(泣く子も黙る)最高峰グランメゾン「レ・クレイエール」のシェフ・ソムリエ、フィリップ・ジャメスが選ぶのは、
ドメーヌ・ヴァシェロン(Vacheron) サンセール
フルーリー シャンパーニュ
ブノワ・ライエ シャンパーニュ
ブノワ・マルゲ シャンパーニュ
オステルタッグ ピノ・グリとリースリング(アルザス)
でした。
残念ながら個別のワインについてのコメントがないのですが、ジャメス氏は「オーガニック、およびビオディナミ栽培は、石灰土壌のテロワールの特徴を、より強調する力がある」と語っています。ちなみにこの人、フランスの中では比較的、自然派ワイン後発地域と言わざるを得ないシャンパーニュにあって、いち早く自然派をプッシュした先駆の一人。例えば先日来日したブノワ・マルゲ氏さえ「2008年にビオディナミを始めた時、周囲の農家から奇人扱いされた」と語るほど・・・・・・シャンパーニュ地方は長く自然派に猜疑心があったとさえ感じるのですが、その中で、筆者が2006年にこのレストランを訪れた際すでに、フランソワーズ・ベデルを抜栓。「今後、ドラピエなどのメジャーどころも自然派を手がけるらしく、とても楽しみだ」と語っていました。ゆえ、やはり。現在の自然派シャンパーニュ・チョイスもさすが、じゃないですか?
もう一つ、僕とジャメス氏の見解が合ったのは“いいシャンパーニュは、ボルドー用赤ワイングラスで飲む”という嗜好。氏のレストランで、ボルドーグラスでベデルを飲んでいると、「名案! 僕も自分で飲む時は、こうするよ!」とウインクしてくれました。
そしてもう一人。ニュー・ヨーク、チェルシーのレストラン「ルージュ・トマト」のマスター・ソムリエ、パスカリーヌ・レペルティエが選ぶ5本はコレ。
ブノワ・クロー アンジュ・ラ・クーレ
ドメーヌ・ド・ベリヴィエール コトー・デュ・ロワール
フランツ・シュトロマイヤー フリッツァンテ(オーストリア)
ジュゼッペ・リナルディ バローロ
フェルディナンド・プリンチピアーノ フレイザ(ピエモンテ)
彼女は「活力あるフレイヴァと、フレッシュで引き締まった味わいの職人的赤ワインが、しばしば安易に軽く、単純で、簡単なワインだと考えられているのはひどすぎる話だ。このカテゴリーには、今では世界で最もコンプレキシティーのあるワインが含まれているのに!」と、熱く語っています(が、日本ではもう、そのあたりは常識ですかね)。
また彼女は、ライトでフレッシュな赤ワインと魚のペアリングも強く推奨しており、地中海の魚とフラッパート(シチリア)、川魚のバターソースとロワールのカベルネ・フランが、特に「ワンダフル」とのこと。僕は、フラッパート(または軽めのピノ・ノワール)は、鯖の塩焼きに、極々わずかにクミンとチリをふりかけ、醤油なしでいただくのが・・・・・、好きです。(是非、お試しください)。
この書籍にはあと3名、ロンドンやカリフォルニアなどのマスター・ワインのお薦めも出てるのですが・・・・、それは割愛(!)。なぜなら、この本はタイトル通り、「オーガニック、ビオディナミ&自然派ワイン」を非常に広く(ゆるく)扱い、いわゆる自然派ワイン・ラヴァーが蔑むような、インパクトある亜硫酸量を感じるオーガニック・ワイン、ビオ・ワインもかなり散見するから、です。
土俵際で(??)、この本は、オーガニック・ワイン、ビオディナミ・ワイン、自然派ワインを区別し、それぞれをマーク化。生産者紹介では、読者はそのマークを見ただけで、自然派か単なるオーガニックか、分かるようになっています。この本で自然派とするワインは、AVNの規定と同様に亜硫酸添加が赤30mg/l、辛口白40mg/l以下という矜持はあるのですが・・・・・、それゆえ自然派マークがつく生産者は、紹介する全250生産者の中で、パッと見た感じ50社前後ぐらい? という少なさです。(ジェラール・シュレールも、ジュリアン・メイエも扱われてないのに、ルイ・ロデレールやフロッグス・リープは大々的に喧伝されています)。
それが、今回のコラムで、著者自身が推薦するワインにふれなかった理由です。
しかし、豊富な生産者取材による、有名生産者の名言の数々は、読み応えがありました。例えば、「ワイン生産者とは、大地の証人であり番人である。それが大地を尊敬するための、唯一の道である」(アンセルム・セロス)などなど。
僕は次の日曜日に、もう少々、時間をかけじっくりと。その名言たちを、かみしめてみたいと思っています。
※1:原題『Wine Revolution. The World’s Best Organic,Biodynamic & Natural Wines』
今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
瀬戸内のエリック・サティ。
春のそよ風のような、素朴な白ワインのような、叙情的ピアノ。
Hideyuki hashimoto 『Out room』
この作品は堂々、ピアノ・アンビエントの世界的名作でしょう。香川県在住、まだ32歳のピアニストが昨年リリースしたこの作品。シンプルに淡々と、音の隙間を聞かせる、静謐かつ空間的、絵画的なピアノは、まるで瀬戸内海の島々にゆったりとふく、穏やかな春風そのもの。海を望む小高い丘から、いい天気の瀬戸内と自然の風景を一望するような心地よささえあります。CDをプレイするだけで、泡の弱いペティアンや、ロワールの素朴な白を傾けてる気にさえ、なることがありますよ。
https://www.youtube.com/watch?v=U3sa24rafEU
今月のワインの言葉:
「自然がものを言っているのに、人間は聴き取ることができないと考えると、悲しみがつのってくる」。 ヴィクトル・ユーゴ
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。