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合田玲英のフィールド・ノートVol.58 《 十人十色のナチュラルワイン vol.2 》

《 十人十色のナチュラルワイン vol.2 》
 前号に引き続き、このシリーズです。造り手の来日があったので、それにあやかって、シャンパーニュ のナチュラル・ワインなどと書き始めてしまいました。
 またいつか、加筆 ver.を書きたいと思います。
 前号→《 十人十色のナチュラルワイン vol.1 》:(http://racines.co.jp/?p=10385)

 

◆シャンパーニュのナチュラル・ワイン
 シャンパーニュがどうしてもナチュラルワインとみなされないのは、やっぱり瓶内 2 次醗酵のための補糖と酵母の添加が一番の大きな理由でしょうか。そもそもシャンパーニュの要件として人工的な工程を含 んでいる以上、それがナチュラルワインかどうかを論じることに意味がないように思います。早速白旗を 上げてしまったけれど、やはり亜硫酸以外の添加物の有無は大きなポイントでしょう。
 ワイン醸造にはふつう、さまざまなモノが添加されています。補糖や補酸などは目につきやすいもので すが、ナチュラルワインを考える場合には使用する醸造設備も問題となりますが、エネルギーや思想にま で考えを広げてしまうと、終わりのない議論が始まってしまいます。シャンパーニュというワインはその 点、わかりやすい基準があるので考えやすいのかもしれません。 いちばん馬鹿らしいのは、「どちらの方がよりナチュラルか」という思考回路になってしまうこと。極論が苦手な僕は、いいくらいのところで歩み寄り、多くのものを楽しめるようにしたいです。少なくとも、自 分の足元で線引きをして、線の外側の人やモノを、あーだこーだいうようにはならないようにしたいと思います。

 瓶内 2 次醗酵の話はこの際置いておいて、“ナチュラル”な栽培・醸造のシャンパーニュを造りたいと考 える造り手たちは、シャンパーニュ地方には着実に増えています。体感的にはブルゴーニュよりも圧倒的 にそのスピードは早く、柔軟性があります。どこの国でも、レストランにはシャンパーニュリストがある 場合が多いので、影響力もあります。
 今年 3 月初めにシャンパーニュ・マルゲのブノワ・マルゲが来日しました。ナチュラルワインの先駆者 たちもそうであるように、ブノワはフランス本国でもかなり変わった人物扱いされていますが、落ち着い た声でゆっくりと話す彼の様子からは、伝えたい!という意志を人一倍感じます。

 

◆シャンパーニュ・マルゲのナチュラルワイン
 「シャンパーニュはナチュラルではない。瓶内 2 次醗酵というものは、人工的に起こすもので糖分と酵母 の添加があるから」と、ブノワ・マルゲも言っていました。歴史あるドメーヌに生まれ、そのワイン造りの 方針を大きく変えたブノワですが、何か大きなきっかけがあって、ワイン造りの方針を変えたわけではあ りませんでした。幼い頃から感受性豊かだったブノワは誰に言われることもなく、自然と人間との関係へ と興味を惹かれていきました。シャンパーニュはナチュラルなものではないとは言いながら、栽培・醸造 においてナチュラルなアプローチを試みています。
 そのブノワが、わざわざ他の造り手からブドウを買って、造ったシャンパーニュ「キュヴェ・サピエン ス」。その誕生理由を話してくれましたが、とても興味深いものでしたので、テープを起こしたものを紹介いたします。

ちょっと落ち着いた声で、ゆっくりと読んでみてください。

 「2006 年にサピエンスのファースト VT を作り始める前に、多くのシャンパーニュ・メゾンの醸造家たち の元を訪ねた。僕は嬉々として、ビオ栽培のブドウからグラン・ヴァンを造りたいという話を彼らにした けれど、嘲笑されただけだったよ。ただ一人、エルヴェ・ジェスタンを除いてね。彼らのなかの一人は、 “ビオのブドウからグラン・ヴァンができたことはいまだかつてない”とさえ言った。僕にとって、グランと は計算能力でも、分析能力でも、マーケティングの巧妙さでもなく、自然に対する畏敬の念がどれだけ大 きいのかということなのだけれど。

 サピエンスだけでなく、シャンパーニュ・マルゲのワインのテーマの一つに、調和というものもある。 僕よりも先に、ナチュラルな方法でシャンパーニュを造り始めた、生産者達たちへの尊敬の意を込めて、 また、違う 3 つの村の三者三様の育てられ方をしたブドウに調和を与えて、シャンパーニュ仕上げるとい うのも、サピエンスの大事なテーマだ。

 シャンパーニュというのは、今やワインのスタイルを表す言葉になってしまっているが、僕が造りたい ものは Vin de Champagne:シャンパーニュ地方のワインだ。

 ワインというものは、大地のエネルギーを飲み手に伝えることができるものだと、僕は考えている。そ してヴィニュロンという仕事は、天と地とブドウ樹のメッセージを飲み手に、時間と場所を超えて、伝え ることのできる、稀有な職業だ。

 この社会の中でのワインの存在理由、そしてビオ認証の入ったグラン・ヴァン・ド・シャンパーニュを 造るという意味は、ここにある。ある一定以上の価格帯であるサピエンスのようなシャンパーニュは、そ の価格帯のシャンパーニュを飲み慣れている人に対して、物事の考え方を変えることも目的の一つなのだ。

 例えば、顧客の中には、出所の汚いお金でシャンパーニュを買いに来る人もたくさんいるだろう。ただ、 わざわざ僕のセラーにまで足を運んでくれる人には、伝えられることは伝えているつもりだ。それを聞い た人が、自分の国へと帰り、少しでもその話をしてくれればと思っている。そうでなくても、この世の富 の大部分は一部の人によって支配されていて、そういう人たちに、世の中のシステムとか、物事の考え方 を変えて欲しいんだ。
 サピエンスが泡を持っている、シャンパーニュであるということの意味も、そこにある。コトー・シャ ンプノワであっても良かったのかもしれない。けれども、シャンパーニュであるということで、前に進む 事柄もあるはずだ。自然のエネルギー、大地からのメッセージがシャンパーニュという形を取っているの であって、大事なのはメッセージだ。」

 話す内容は抽象的な事柄が多いブノワ。
 馬での耕作、100%樽醗酵、樽熟成、ドザージュ0はその考えをワ インへの味わいへと具体化する手段のひとつ。
 ※撮影 Tagma Hiroki(下 2 枚)

 

~プロフィール~

合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2007年、2009年:
フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫
2009年秋~2012年2月: レオン・バラルのもとで研修
2012年2月~2013年2月:ギリシャ・ケファロニア島の造り手 (ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修
2013年2月~2015年6月:イタリア・トリノ在住
2017年現在、フランス在住

 
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