*

ファイン・ワインへの道vol.19

“ワインの価格と品質”観のミステリー。

 東京でも、大阪でも、よく目にしますね。一台約2,000万円ほどのクルマ。しかしこのクルマ、2,000万円だから、200万円のクルマの10倍、スピードが出る!! と思ってる人は、まぁほぼいないでしょう(たまにいる??)。
 ところが不思議千万なことに、ワインに関してはどうも、1本100万円のワインは10万円のワインの10倍、2万円のワインの50倍! 美味しいはず! そうに決まってる。だってそれだけ高価なんだから。と、信じて疑わない方々がたいへん多いように・・・・・、思えるのですがどうでしょうか。
 たいへん世俗的かつ初歩的すぎる話で恐縮ですが、今回はそんなワインの“価格と品質”観についての手短な確認をさせていただければと思います。
 ま、もう既に結論は言ってしまったようなものですが、100万円のワインが10万円のワインの“10倍”、1万円のワインの“100倍”美味しいということは、金輪際ありません。クルマの話に戻ると、200万円のクルマでも近年時速150kmは出ますが、2,000万円でも3,000万円でもクルマは絶対に時速1,500kmは出せないのと同様に。
 また逆に、こうも言えるかもです。2万円のワインの10倍美味しい20万円のワインを探すより、20万円のワインに限りなく近い、時には凌駕するとさえ思える2万円のワインを探すほうが、また5万円のワインに近い5,000円のワインを探すほうが、はるかに容易であると。
 おそらくこのメール読者の皆様は、既に、凡庸な5万円ワインより美味しい5,000円のワインを、日常的に(もしや毎日?)お飲みになっていることと想像します。

 ではなぜ、30万円のワインと隣り合う畑のワインが100万円なのか。その差はワインの質として、いかほどのものなのか? 例えるなら、ヒマラヤ山脈の山々、という感じじゃないでしょうか。ヒマラヤにひしめく高峰の数々。例えば高さ第2位の山、カンチェンジュンガ(8,586m)と、第3位のローツェ(8,516m)との差は、たったの70mです。ところが、このわずか70mぐらいの差に対して、ワインの場合は「いや、もうワン・ランク上のものじゃないとイヤだ。もっと上のものがあるじゃないか!」との“とても真面目な”(?)人々、もしくはその極々僅かな差に意義を感じ、巨額の出費を惜しまぬ美意識を持つ人々が殺到する結果、古典的経済の需給原理で、モノ自体の品質は変わらなくても価格だけが跳ね上がっていく、ということになるのでしょう。
 もちろん! 味覚は個人的なもの。カンチェンジュンガとローツェの差が、例え1mでも、いくら払ってでも1mでも高い山を知りたいという、純朴な気持ちの方がいても、それはそれで美しいことかもしれません。

 ともあれ今回、どうしてこんな俗っぽい話を持ち出したかと言うと、つい先日、私の恩師で、DRCの大コレクターの一人がポロリと、弱々しくこんなことをおっしゃったからです。
 「ロマネ・コンティのワイン会なんて、いつでも何回でも、安い位値段でできるんだよ。でも年々、気が進まなくなってきた。みんな、飲んでも(価格からの)期待ばかりが大きくて、がっかりした顔になるんだよ・・・・。なんだぁ、こんなもんなのかぁ、って感じでね。だから、いくら安く出しても、逆に僕が申し訳ない気持ちになるんだ」と。
 もし私がもう少々若ければ、すかさず「おかしいですねぇ。ロマネ・コンティなんだから、全員“さすがコンティ!”こんなに美味しいんだったら、是非また次回、100万円出して買いたい! 買おう! と言わないといけないはずなんですけどねぇ。誰も、そうは言わなかったんですか?? 変だなぁ」と助け船のふりをしたダメ押し毒を吐いてたかもですが・・・・・、その時は、年の功か、その発言をこらえられました。

 ちなみに個人的に何度か経験のあるDRCの全グランクリュのブラインド試飲では、試飲者がもし「一番激烈に華やかでゴージャスで美味しい」ワインがコンティのはずだという尺度を基準にすると、たいていその人は、ラ・ターシュかグラン・エシェゾーをコンティと間違えます。(私たち古狸連は、なんだかぼや~んとしてつかみ所のない、ゆらゆらした感じ、をコンティの手掛かりにするので、当たります)。
 そういえば、僕が駆け出しで、シャトー・ペトリュスを何度か飲み始めたころ、ワインがとても時速1,500kmも出てるとは思えず、釈然としない気持ちでした。「もしや僕の味覚が乏しく、このワインの良さを感知できてないのか」とさえ、狼狽したものです。なのでその頃このワインを大量に飲んでいた諸先輩方に、「ペトリュスって、希少価値を除いて純粋に味だけで値段をつけると、いくらぐらいのワインだと思われますか?」と聞いてまわったことがあります。
 当時1982年の1級シャトーが2万円前後、ペトリュスは15万円前後でした。すると、多かった答えは4万円前後。最もこのワインに肩入れしていたコレクターでも、8万円という答えだったのを記憶します。つまり、たくさん飲んでる人ほど、「15万円のワインなので15万円の価値(=味)がある」とは、誰も言わなかった訳です。
 つまりはこういうことです。次回、期待満々で臨んだ高価なワインを開けて、肩すかしを味わった際、どうぞ「状態が悪かった」(熱劣化等は別として)、「ボトル差で、悪いのに当たった(=ホントはもっと美味しいはず)」、ましてや「私の舌ではまだ分からない」なんて落ち込まないでください。
 そのワインはおそらく、その程度のワインなのです。いくら値段が高くても。

 

今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
「年を経て、熟成したワインみたいになった」
コンゴ、73歳の大御所、“春の”声。

ブンバ・マッサ 『V70』

ブラジル、キューバなどと並ぶ、偉大な音楽大国ですよね。西アフリカ、コンゴ(旧、ザイール)。暑い国だからこそ、その暑さを少しでも和らげようとするかのような、爽やかで流麗、クールな音楽の宝庫でもあります。そのコンゴで、1960年代からアフリカのリズムにジャズやルンバを取り入れ、畏敬される大御所の最新作です。齢、73歳。しかしその声の艶、軽妙さ、シルキーさはまさに驚異的。本人自ら「わしの声は、年とともに熟成するいいワインのようになってきたんじゃ!」と、周囲にいいふらしてるそうです。ゆったり、穏やかな曲調の中にも、時折メロウなキューバ的なおセンチ感が漂うのも、かわいい73歳的。
 ともあれ、その艶やかさ、やっと訪れた春の、屋外で傾ける自然派ロゼなどと、たまらなくマリアージュ、いたしますよ。

https://www.youtube.com/watch?v=5vJS91Y9ZF0

 

今月の「ワインの言葉」:
「ボルドー・プリムールというシステムは、クズである」
スティーブン・ブルック(英国のワインライター)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。

 
PAGE TOP ↑