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ファイン・ワインへの道vol.18

公開日: : 最終更新日:2018/02/01 寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

花形サンジョヴェーゼ、ルーツのどんでん返し。

 イギリスのエリザベス女王やダイアナ妃が、実はイギリス人ではなくポルトガル人だった・・・・・、なんて話が仮にあれば、ちょっとたじろぎますよね、多分。ところが、サンジョヴェーゼについては、ある意味で、そんな感じです。現在のトスカーナ内サンジョヴェーゼの最重要・花形クローンの幾つかは、どうもトスカーナ原産ではないようなのです。
 ここで「いや~、クローンの話とか、専門的すぎて興味ないなぁ」と思われます? しかしトスカーナ人たちは近年、いよいよこんな言葉まで口にし始めています。
 「近年の優良クローンへの植え替えで、今のキアンティは、1980年代、90 年代のキアンティとは全く別のワインとさえ思えるほどだ」。キアンティ・ルフィナで1882年以来の歴史を持つ名門中の名門、コローニョレの(いかにも貴族然とした)オーナー、チェーザレ・コーダ・ヌンツィアンテの言葉です。「別のワイン」とは・・・・・、大きく出たものですね。
 しかし実際、古木を大切にするランゲなどと異なり、トスカーナ、特にキアンティ・クラシコやモンテプルチャーノでは、サンジュスト・ア・レンテンナーノやブローリオなど大御所生産者でも、この30年ほどの間、優良クローンへの植え替えを行っていない生産者はほとんどない、と言っていいほどです。そこまで徹底的にトスカーナで植え替えが進む(もしくは、進まなくてはならない)理由は、1960年代~70年代にトスカーナ中を席捲した(のに、今では悪名高き)クローンR-10ゆえ。いわば究極の“質より量”の多産型クローンが、この州の隅々まで広がりに広がり、根を張った負の歴史を、どの生産者も挽回する必要があったから、のようです。

 ともあれ優良クローンの特徴は、概ね樹1本あたりの収穫量が少ない、房が小さい、果皮が厚い、果粒の間隔が粗である、ポリフェノールの含有量が多い、といったところ。その代表格は、R-24,R-23,CC-2000/1~2000/7、BBS-11、VCR-102あたりでしょう。
 BBS-11は、栄えある“ブルネッロ・ビオンディ・サンティ”の略。かのビオンディ・サンティの畑から選別されたもので、現在はモンタルチーノ以外にキアンティ・クラッシコや、コッリ・セネージなどでも活躍します。CC-2000/1~2000/7は、1980年代末以来、キアンティ・クラシコ品質委員会が大々的に先導した優良クローンの選別プロジェクト“キアンティ・クラシコ2000”で選び抜かれた7つのクローン。そのうちいくつかは、かのイゾレ・エ・オレーナの畑から選抜されたものです。CC-2000/3,6,7はアヴィニョネージなど、モンテプルチャーノでも輝かしい成果を見せています。
 R-24は、故ジュリオ・ガンベッリが監修したビッビアーノ、先述したコローニョレなどなど、多くのトップ・ワイナリーが採用する、押しも押されもしないスター・クローンの一つです。

 ところで、このR-24、およびこれと同様に華々しくトスカーナで活躍するR-23、R-19などにつく“R”・・・・・・、このRとは“ロマーニャ”、つまりエミリア・ロマーニャ州で発見されたクローン、という意味なのです。
 これは筆者にとっては、かなりの晴天の霹靂、でした。トスカーナを代表するトップワインのサンジョヴェーゼが、実はエミリア・ロマーニャ原産とは・・・・・・。
 しかし、エミリア・ロマーニャのサンジョヴェーゼといえばやはり、極一部の例外を除き、無表情で画一化された(取るに足りない、語るに足りない?)量産型ワイン、というイメージも、全く払拭された、とは言えない状況ですよね。
 ならば今一度、その“極一部の例外”的、エミリア・ロマーニャのサンジョヴェーゼに注目してみるのも、趣深いかもしれません。

 のんべんだらりとした平地が続く、真っ平らな州、というイメージがネガティヴに作用するかもしれませんが、実はトスカーナとの州境に広がるアペニン山脈の麓には、標高250~500mといった高地を選び、気概ある生産者が畑を広げています。中でも先日の試飲で印象的だったのが“ノエリア・リッキ”。ビオロジック栽培でわずか35~42hl/haに抑制した収穫量、総亜硫酸添加量も45mg/Lが上限という気概と情熱で生むサンジョヴェーゼはいずれも、目覚ましい純度あるチェリーとカドの丸いスパイスのアロマが多層的に美しく重なり、ほどよい芯のある果実とミネラル感と共に、長くドラマチックな余韻へとつながるビューティフル・サンジョヴェーゼでした。
 若きオーナー、マルコ・チレーゼによると「ここまでの低収穫、低亜硫酸に挑むようになったのは2013年以降。しかし結果には大いに満足している。今、ロマーニャでも僕らのような若い世代が、やっと真摯に品質指向に目覚め始めて、いいワインを造り始めているよ」と目を輝かせてくれました。もちろん、ノエリア・リッキが使うクローンも、ロマーニャの誉れ、R-24であります。

 ともあれ今回、ロマーニャのサンジョヴェーゼの“日陰者”的立場に、わずかでも光をあてるための、長い長い前置きとして、クローンの話をしたようにも思えますが・・・・・。
 そうではなく。
 再度感じた「先入観(と偏見)でワインを選んではいけないなぁ。今まで軽視してた地域でも、ある日突然、見事なフィネスある堂々のファイン・ワインが出てくることがあるんだなぁ。ワインはラベルじゃなく、味で選ばないとなぁ」という思いをお伝えしたく、今回の稿としました。
 同様の思いは今年1月、ドイツ・ファルツのとある生産者のヴァイサーブルグンダーからも、雷に打たれたように感じられたのですが・・・・・・、そちらのお話しは、また近々に。

 

今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
冬の透明な空気と共鳴。
フィンランドの“弦・ナチュール”

カルデミンミット『ONNI しあわせ』

 寒いですが・・・・・、このピンと張りつめた冬の空気の透明感は、この季節ならではの風情ですよね。そのほのぼのした透明感を、そのまま音にしたようなフィンランドの女性ユニットがこの“カルデミンミット”。
 フィンランドの素朴でほっこりした伝統弦楽器“カンテレ”だけをバックに、ゆったりと聞かせる女性コーラスは、のどかな北欧の田舎の冬と、そのすぐ先に待つ春の息吹そのもののような響きです。
 この“カンテレ”という弦楽器、似た楽器がバルト海沿岸諸国で大いに愛され、例えばエストニアの“カンネル”という楽器も、同じく透明感と温かさが素晴らしく溶け合った、優しく美しい音を出します。カンネルでも、カンテレでも。
 北欧のヴァン・ナチュールならぬ弦ナチュールな音。ほんとうに心温まりますよ。ほのぼのと。

https://www.youtube.com/watch?v=8_cwVUor0ac

 

今月の「ワインの言葉」:
「1990年代の末ごろ、私の友達はそろって、ヨーロッパのワインとはきっぱり縁を切ってしまったように思えた。(イギリスの)あらゆるディナー・パーティーでは(中略)オーストラリア・ワインが供されていた」 ジャンシス・ロビンソンM.W.

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。

 
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