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Sac a vinのひとり言 其の十二「+ - × ÷」

公開日: : 最終更新日:2018/02/01 建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

常日頃仕事をしていて思うこと。
一つのお皿が卓上にある、それをお客様が楽しむ。レストランにありふれた光景であるが、そこに至るまでの工程をリストアップしていくと、なんというか気が遠くなる。

まず素材。メインに上がる肉を育てるのには、何年も過酷な環境の中、たゆまずに動物と向き合わないと上質な食肉は手に入らない。致命的な病害があれば一瞬でその努力は露と消える。
野菜ならば害虫や伝染病に怯え、晴れの日も雨の日も毎日世話をして、じっと実りを待つ。これも台風が来たら一瞬で水泡と化す。儚い。

調理を行う器具も重要だ。刺身を引く包丁を鍛えるのには、何十年にも及ぶ過酷な修行が必要であり、打ったものがすべてお金になるわけではない。怪我でもしようものなら二度と一線には戻れない。
大量生産のフライパンなどであっても、その形状や素材は研究と検討を重ねたものであり、対費用効果を考えるとよくもああいった値段で卸すことができるものである。
食卓を飾る食器なども重要だ。グラスは素晴らしい耐久力を誇り、機能的にしてかつ美しい。
食器も、受け継がれてきた技術と経験から、艶やかな姿でテーブルを彩る。
また、そのテーブルを覆うクロスも、そういったプロフェッショナルの成果の一つである。
そしてシェフは、受け継がれてきたバトンを最高の形でお客様のもとに届けるべく、自身の全精力で仕事に向き合い、その一皿を作り(創り)だす。

なぜこのようなことを長々と書いたか?
我々はお客様に楽しんでいただくべく、常に最高の仕事を行っている!! と言った類のことを説明したいわけではない。ここに至るまでに述べてきた人たちには、共通点があるのだ。それは何か?

「何かを作りだす」という工程を行っているのである。

野菜を育て、包丁を打ち、テーブルを組み上げ、皿を焼き上げ、料理を仕上げる。
もちろん原資はあるのだが、何らかの手を加えることにより、明らかに違う(それがレベルなのか方向性なのか価値なのかは場合による)ものに仕上げている。クリエイターなのかメーカーなのかというレベルの違いはあるにせよ、「商品」を作り上げる能力を持っている。簡単に言えば開発能力を有している。

そんな彼らを見ていて思うのが
私は何か生み出しているのだろうか? 
ということである。

別に自分の仕事に自信がないわけではないし、お客様にも満足していただけるように努めているつもりではある。ただ、ソムリエの仕事は決して作り出す仕事ではない。
会社でいえば営業、販売であり、商品を作り出すことはない。
もちろん素晴らしい時間の演出や、お客様との信頼関係を作り出しているのは、サービスやソムリエなのだが、物質的な意味では我々が何かを生み出すことはない。

私はソムリエという職業に誇りを持っているし、サービススタッフがいなければ機能不全に陥り、飲食店は決して成り立たないと信じている。
だが、我々の仕事はあくまで営業、販売。一言でいうならば仲介者である。フィルターである。
お客様に提供される商品の最終プロセスに関わっているプロフェッショナル、それが我々である。
お客様の印象は、この最後のほんの一瞬の提供方法で決まるのである。
提供される商品を魅力的にするのも、お客様の不興を買うのも、全てこの末端で決まる。
どんなに素晴らしいワインと料理でも、組み合わせを間違えれば満足していただけないし、
逆に安価なワインとそこそこの食材でも、適切な提供を行えばお客様には喜んでいただけることもある。
以前私が述べた、どうしても合わない料理とワインの組み合わせ、例えば火を入れたクレソンとフレッシュなソーヴィニョンブランの組み合わせなどを前菜に提供すれば、お客様は不快な思いをするとともにそれから出てくる料理全てに不信感を持つことだろう。
逆に、濃厚な牡蠣にたいしてフレッシュなボジョレを合わせたりすると、お客様には新鮮な驚きを与え、期待感を増すことが出来る。
加えて重要なのが、お客様の満足度を上げることとともに、その商品(お店とワイン)のコンセプトから逸脱しないことであろう。
例を挙げてみると、
レストランでいうならば、グランメゾンでクラシックな料理を出すお店で明らかな接待の席ならば、ペアリングでも魚にムルソー、牛肉にボルドーなどが求められるだろうし、
逆にイノベーティブな店ならば、あまりクラシカルな組み合わせは避けるべきだろう。例えばシカに対して白ワインを合わせてみたり、タコに赤ワインなど。
ワインに目を向ければ、生産者がどのような思いで育て上げ、かもしたのか。
気軽に楽しんでもらいたいワインを仰々しいサービスで提供するのもナンセンスであるし、
グランヴァンを一気飲みするのも又、どうしようもない。

ここで重要なのは、組み合わせ云々ではなく、その店の肝、エスプリを理解して、それに沿ったものを出しているか否かである。
それに沿っているのならばよいのである。
お客様は、その店のコンセプトとクォリティーに期待して来店される。その期待には応えるべきであるし、裏切っていいのは予想だけである。
そういったサービスを行うためにも、厨房とのディスカッションは密に行わなければならないし、ワインならば生産者とコミュニケーションを持ち、生産地を訪れていわゆるテロワールを知り、ベストな状態がどういうものかを把握することに努める。

我々が卓上の一皿に関わるのは、そこに至るまでを思えば、本当に一瞬である。
而して印象は我々次第なのである。
作り出すことのできないジレンマとコンプレックス、これは我々が常に持たなければならず、忘れてはならないものであると私は考える。
商品のポテンシャルから、プラスにするもマイナスにするも、何倍もパフォーマンスを上げるも何分の1に抑制されてしまうのかも、すべては私たちの仕事で決まってしまう。
これは何と厳しく、何と素晴らしいことだろうか。
このような重要で素晴らしい仕事で働けることを、私は幸せに思う。

 

~プロフィール~

建部 洋平(たてべ ようへい) 
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー


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