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ファイン・ワインへの道vol.17

公開日: : 最終更新日:2018/01/12 寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

旧世界の中の新世界。ギリシャ・ワインの“福音”と“刺客力”。

 ちょっと目先の変わった、エキゾチックな(ニッチな)ワイン産地・・・・・・、という印象ですかね?ギリシャ・ワイン。ワイン会等々には、あくまで“小ネタ”、もしくは“珍品”として持参する感じ・・・・・、だったり、とか?
 ところが、例えばこんなフレーズを目にされると、どうでしょう?
「年月を経る中で、魅惑的なブーケを身につけ、それと比肩しうるものは最上のバローロぐらいである」。はい。ギリシャ・ワインについての記述です。この記述からすると“魅惑的なブーケ”という点では、ギリシャの一部のワインは、ボルドーさえ越える潜在力がある、ということになります。このフレーズは、ジャンシス・ロビンソン/ヒュー・ジョンソン、両M.W.のもの(註:1)。ギリシャ北部、ナウサ地区の赤ワイン、クシノマヴロについての見解です。ちなみに両氏は、このナウサ地区のクシノマヴロ品種を「この国で最も印象的なワイン」。ナウサ地区のことを「この国で最重要の原産地呼称」と、褒めに褒めちぎっております。

 筆者も遅ればせながら2017年6月にギリシャを訪れ、約1週間かけ彼国南北のワインを試飲した中でも、ナウサのクシノマヴロは、赤の中で堂々と、最も卓越したワイン、でした。スミレの花、タール、なめし革、美しいミネラル感を伴った赤系フルーツ、紫系フルーツのトーンに、かすかにシガーと枯れ葉のトーンが、なんとも妖艶至極に絡み合い、美しい余韻となって伸びに伸びる。ジャンシス&ヒュー・コンビは“比肩するのはバローロぐらい”と言いますが、今回現地で試飲した中では、ドメーヌ・ダラマラ(DARAMARA)などナウサのトップ生産者のもの感には、良質のピノ・ノワールとネッビオーロを2:3でブレンドしたようなニュアンスさえ感じられました。
 このドメーヌ・ダラマラのクシノマヴロ(パリオカリアス)、幸運にも現地のレストランで2006、2008、2010も試飲できたのですが、その際に感じられたのは、この10年間の同ドメーヌのさらなる進歩と洗練ぶりです。2006、2008は、きれいな熟成香はあるものの、やや酸化のニュアンスも強め。2010は、開けた直後は、強烈にフラワリーなアロマが、隣の席の人にまで伝わるぐらいに豪快、華麗に開いたのですが、大ぶりのブルゴーニュ・グラスで10分ほどで、急に静かになってしまいました。
 それに対し、日本の自宅セラーで数本を寝かせている2014、2015は、抜栓後3日目でも、高貴なタンニンと官能的なアロマが雄大に香る見事なファイン・ワインです。このドメーヌ、ナウサ地方で1840年以来、5代の歴史を持つ名門だそうですが、今回のギリシャ・ツアーに同行してくれた現地ワイン・エキスパート、マリアンナ・マクリニアーニ(ギリシャ初のMW、コンスタンティノス・ラザラキスのアシスタント)によると「6世代目として近年ワイン造りを任されつつあるコスティス・ダラマラスの才能と力量が傑出しており、ブルゴーニュや南仏の自然派生産者の元で学んだ経験を元に、歴史あるドメーヌの力量を、一気にアップさせている」とのこと。その説に、素直に舌で共感できました。
 もちろん、ナウサのクシノマヴロは、他にもキリ・ヤーニ(醸造長はカリフォルニア、デイヴィス校卒業)、ティミオプロスなどの生産者が、見事なファイン・ワインを生んでいます。

ナウサから約40km南、ギリシャ神話の神々が住むと言われるオリンポス山。標高900m付近まで畑が広がり、樹齢50年以上の古木も多く残る。

 そしてもちろん、忘れてはいけないのはギリシャ固有品種の白の偉大さ、であります。そのスター格の筆頭は、今日ではまずアシルティコなのですが・・・・・・、今回の取材でのそれ以上の発見は、クレタ島、ドメーヌ・ドゥルファキスによるダフニオス。ヴィディアーノ(VIDIANO)というクレタの土着品種100%の白なのですが・・・・・、2012の、壮大なスケールの奥行きとドラマ性あるミネラルの重層性、フルーツの多彩な万華鏡のようなトーンと妖艶に一体化した酸の表情の豊かさ、その全てがキレイに整って伸び響く神妙な余韻は・・・・・・、どう控えめに表現しても、コシュ=デュリのムルソーさえ彷彿とさせるほど。個人的にはプルミエ・クリュにさえ相当するように感じたのですが・・・・・、後日、何人かのイギリスやカナダのジャーナリストとこのワインのことを話していると、僕がプルミエ・クリュ説を出す前、「コシュ=デュリの・・・・・・」と言い始めたとたん、向こうから「プルミエ・クリュだよね!」と先制攻撃を撃ってくるのにも、驚かされました。
 ちなみにこのドゥルファキスのオーナーもピエモンテ、アルバで醸造学を学び、チェレットなどで働いた経験あり。ギリシャ・ワイン造りの“新しい血”は、どんどん国の隅々、クレタ島山間のほんとうに僻地にまで、届いているとも実感しました。
 そしてドゥルファキスのダフニオスについてもう一点、激しく大きく強調したいのはギリシャ国内の酒販店でわずか8~10ユーロという価格。これはもう奇跡を越えた、神様からワインファンへの最後で最大の“福祉”にして“福音”ですよ。ほんとうに。

ともあれギリシャ・ワイン。“ワインファンへの最後の福音”としてのコストパフォーマンスのけた外れの高さの話を抜きにしても。ファンイン・ワイン、ひいてはグラン・ヴァンの産地としての潜在力は、この数年の間で、全くの“顕在力”として、世界に大いなる存在感を放っていることは間違いありません。そう。今やトップ・ドメーヌのギリシャ・ワインは十分、ヨーロッパのファイン・ワインとして仏、伊の名品と並列に考えるべき存在。(なのに価格は1/5~1/10以下)。ちょっと目先の変わったワイン、エキゾチックなワイン、珍品として軽視するのは、本当に・・・・・・勿体ない(失礼だと思うほど)ですよ。
 少し付け足すと、先日インタビューした、2016年世界優秀ソムリエ、ジョン・アーヴィッド・ローゼングレン氏などもキッパリ、こう言ってました。「近年、ボルドー・ワインは価格は上がるばかりで、品質はむしろ下がっているようにさえ感じる。そんな中、今、お客により薦めたいワインの大きな柱の一つはギリシャ。特に白は、自分でワイン造りをする際の、候補地の最有力候補の一つだよ!」。
 
どう思われます? 皆さん。

クレタ島、ドゥルファキスの畑周辺。石灰質豊富で土壌は白っぽい。島には 2,000m 以上の山が3つもあり、葡萄も 標高 800m 前後まで栽培される。

 それにしても、フランスやイタリアよりはるかに古い、6000年のワイン造りの歴史を持つ国がなぜ「旧世界の中の新世界」なのか、ですって? それは、先述したような“神話と哲学の国が誇る栄光のグラン・ヴァン”が現れ始めたのは、長く見積もってここ20年、シビアに見てここ10年のことだから。「ギリシャ・ワインの真のクオリティ・ルネッサンスが結実したのは、ここ10~20年」という話は、現地も行く先々で生産者が率先して口にするフレーズでもありました。

 ちなみにギリシャには、こんな諺もあります。
「10人の狂った友人より、一人の正気の敵のほうがよい」。
 個人的には、時折(往々にして?)“狂った”価格の仏、伊の内実の伴わないブランド・ワイン(もちろん日本の極一部の真摯な輸入商社が吟味したワインは別として)よりも、仏伊の正気の敵にして刺客、ギリシャのトップ生産者のワインを選ぶほうがより“報われ”、より多くの頻度と回数で、家族と友人を幸せにできるんじゃないか? と、思いますね。

 もちろん、同じくギリシャの諺は、こうも戒めます。
「人を知るには、船一隻分の塩を嘗めなくてはならない」(=人を理解することは難しく、多大な苦労が必要だ)。
ワインも当然、同様でしょう。

 来年もこの“哲学と賢人の国”の諺を忘れず、謙虚にワインに向き合いたいと思います。
あ、毎回“ワインは味よりラベルのブランド性が大切!”って人には全く関係のない話で、申し訳ないですが。

ソクラテスの像(中央)。 「真摯に質で選べば、名ばかりのフランス・ワインと、 気鋭生産者のギリシャ・ワイン、どっちを選ぶのが賢者 かのぅ・・・・?」と語りかけてきた気がした。

(註1:「世界のワイン 第6版」ヒュー・ジョンソン、ジャンシス・ロビンソン)

追伸:
より詳細、広範な2017年ギリシャ取材レポートは、間もなく発売の「ヴィノテーク」2018年1月号に掲載されます。是非、ご高覧いただければ幸甚です。

今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
お正月の澄んだ空気を、さらに澄ます、ピアノ・ソロ。

キース・ジャレット 『メロディ-・アット・ナイト、ウィズ・ユー』

 お正月の、なんともいえない凜と静かに澄んだ空気。まるで、その清澄感のようであり、またジェラール・シュレールの偉大な白ワインや、ヴェット・エ・ソルヴェのシャンパーニュのような、神妙な余韻と、心の沐浴のようなスピリチュアルな響きのあるピアノ・ソロです。ジャズ・ピアノの神様、キース・ジャレット、1999年の作。キース・ジャレットと言えば何と言っても1975年発表の「ザ・ケルン・コンサート」がジャズ・ピアノ・アルバムのロマネ・コンティ級に有名ですが、この作品の、傑出してメロウで静謐な美しさも、是非ともご体験いただきたい至高の甘美さです。他にも、彼の2000年代のアルバムは、メロウに音と音の隙間を聞かせる神話的なタッチに磨きがかかった名作が多く、進歩を止めない巨匠の近況に、感嘆させられます。

http://www.dailymotion.com/video/x2o24kr

今月の「ワインの言葉」:
「一皿ずつ上品に盛られたコース料理をみなでお行儀良くナイフフォークで食べながら飲むワインよりも、昔からのギリシャ流に、大皿にあれこれ盛った料理を、みんなでつつきながらダラダラと、時には5時間もかけて、時には指でつまんだりして食べるようなスタイルのほうが、ワインの良さ、楽しさが分かると思うよ」 コンスタンティノス・ラザラキス(ギリシャ人M.W.)

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。


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