*

合田玲英のフィールド・ノートVol.54 《 樽試飲とボトル試飲 》

 先日、初めてミアーニの訪問がかなった。かなったというと、なかなか訪問を受け入れてくれない造り手だという印象を与えてしまうでしょうか。実際は、ワインの雰囲気や周りの評価で勝手に判断して、自分から訪問していなかったのです。電話をするといつも当主であるエンツォ・ポントーニの母上が電話にでて、「エンツォなら畑にいるよ」と答えてくれます。本当にいつ電話をしても、です。
 実際に会うと、”あぁ、この人は畑の人だ”ということが一目でわかりました。握手をした時にわかる分厚い手には、細かなしわにまで土が入り込んでいて、眼差しはこちらをみているようで、どこか遠くを見ている。饒舌とは正反対の、とても静かなたたずまい。こちらの意見にもしっかりと耳を傾けてくれて、すぐに引き込まれてしまう人柄でした。
 現在は22haからわずか20,000本という少量生産。訪問した11月中旬、白ワインはマロラクティック発酵がほぼ終わりかけている頃で、ほとんどのワインは透明に澄み渡っていました。驚いたことに(収穫後2ヶ月弱の)この時期ではまだ亜硫酸無添加で、超低収量による凝縮感とは裏腹に、驚くほどの飲み口の良さと後味の長さでした。しっかりとした飲みごたえなのに、全く体にこたえない。このままビン詰できないものなのだろうか、と、おこがましくも思ってしまいます。

 ワイン生産地訪問の醍醐味の1つである樽試飲。カーゼ・バッセのジャンフランコ・ソルデラも、ワインの真実は樽の中にしか無い、というけれど、1年のうちの数時間の樽試飲だけでは、やっぱりワインは全く分からないなぁと、この間も反省したことがありました。
 暑かった2015年のブルゴーニュ。2016年4月頃に複数生産者を訪問して試飲をしたものの、特にシャルドネにおいてベタつく酸に不安を覚えました。ところが今年の秋に入荷したものはダヴィッド・モローを始め、暑い夏を思わせない美しい酸が全体に調和を与えていて、本当にワインは分からないなあと、あらためて実感。樽試飲をたった一回しただけで、そのヴィンテッジが分かったような気になるのは浅はかだったな、と猛省。

 それから例えば、80年代のサンセールを飲んで、うっとりとしてしまうと同時に、この感動は、これだけたくさん亜硫酸を入れて(実際にどれくらい入っているかも、醸造方法も分からないにもかかわらず!)何十年もおいたものでなければ味わえない感動なのかなぁ、などと考えてしまいます。
 ミアーニでの樽試飲は特別なものでしたが、亜硫酸を添加して30年後に飲むのと、無添加で10年後に飲むのと、どちらが美味しい(感動する)のだろうか、なんていう意味のないことを考えてしまいます。本音はどちらも飲んでみたいですが、とりあえずは、彼のボトルが手に入ることがあるのならば、少しでも長く寝かせてから飲むようにしなくては。

穏やかなまなざしの
エンツォ

セラーを見守る守護聖人サン・ヴィンチェン

セラーは簡素。整然としている。

ポンカ(泥炭と砂の混ざるコッリ・オリエンターリの土壌)

(*エディター注) 樽試飲には、もうひとつ問題があります。それは、あるキュヴェについて、ふつう一樽だけしかピペットで試飲しないこと。多くの場合、生産者は樽ごとのワインの味筋と状態をつかんでいるはずなのに、生産者は必ずしもそのキュヴェ最上の樽を選んで試飲に供してくれるわけではありません。だいいち、すべての樽を試飲させられる時間があるわけがないから、それも仕方がないのでしょう。でも、ときに驚くほど奇妙な味わいがする樽があることも事実です。そういうときに、渡されたワインをそのまま受入れているかのように、黙ってノートを取っている人がいます。そんなことをしたら、そのキュヴェについて間違った判断をし、それを社内やお客様にお伝することになるのではないでしょうか。注解者は、こういう味のするワインを即座にはねつけて、必ず別の樽から試飲をさせてもらうことにしていますが、さて、これを若い筆者(合田玲英)がしようとしても許されるのでしょうか?

 どの樽を試飲用に選ぶかは重要で興味深いことなのですが、現実には難しい。それに、樽ごとにワインの興隆(evolution)のサイクルが違うので、今はサイクル上のどこに位置しているのかを、個別に推測しなければならない。とすれば、そんなことは特別に注意深い生産者にしかできない。だから、ピペットを手にもち、あるいはタンクの栓を緩めようとしている生産者には、いま最上のキュヴェを選んでもらうしか、ないでしょう。問題は、最上が一種類とは限らないこと。最終的に樽寄せを
するとしたら、それを試飲するのが最上になりますが、運よくその時期に遭遇するとは限らない。それに、樽寄せを待っていたら、早耳情報には間に合わないかもしれない。

 そこで、次の問題に移ります。「いつ、樽(あるいはセラー内)試飲させてもらうべきか」。生産サイクルが異なる以上、それは生産者ごとに違うはず。また、もしインポーターが樽選びをして、《オリジナル・キュヴェ》を造ってもらおうとしたら、チェックすべき時期はステップに応じて年に何回もあるはず。だから、この樽試飲も、簡単ではありません。ワイナリーを訪れる人はとかく舞い上がりがちだし、職業人は意図的あるいは常習的に点数が甘くなる傾向が強いから、そんな【実況レポート】や【報告談】に惑わされてはいけません。樽は嘘をつきませんが、人間は嘘をつけるのです。(塚原・記)

 

~プロフィール~

合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2007年、2009年:
フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫
2009年秋~2012年2月: レオン・バラルのもとで研修
2012年2月~2013年2月:ギリシャ・ケファロニア島の造り手 (ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修
2013年2月~2015年6月:イタリア・トリノ在住
2017年現在、フランス在住

 
PAGE TOP ↑