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ドイツワイン通信Vol.74

日本市場の現状にまつわる雑感

 先日、ドイツワイン統計情報2017/2018がマインツのDWIドイツワインインフォメーションセンターから公表された。毎年大体10月中頃に発表される。一昨年まではDWIのサイトの最新情報で大々的に宣伝していたものだが、ここ2年間はひっそりと人知れず発表されていて、そろそろかな、と思って検索すると案の定出ていた。(http://www.deutscheweine.de/fileadmin/user_upload/Website/Service/Downloads/PDF/Statistik_2017-2018.pdf

 統計情報の項目は毎年同じで、ブドウ栽培面積や生産量の経年変化を追跡出来る。巻頭には前年の生産・輸出・消費動向のまとめがあり、おおざっぱな傾向を把握出来るようになっている。独・英二カ国語併記だが、いずれDWIの日本支部であるワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィスから公式な日本語版が出ることを期待しつつ、以下で拙いながら一部翻訳を試みる。

 「世界的な生産過剰と、とりわけヨーロッパの伝統的なワイン生産国におけるワイン消費の減少に伴い、ドイツのワイン生産者は厳しい競争にさらされている。2016年の収穫量は910万ヘクトリットルと満足のいくものだったが、それでも過去10年の平均値である900万ヘクトリットルの水準をわずかに上回るに留まった。生産の58%と大半がクヴァリテーツヴァインである。プレディカーツヴァインは38%。ラントヴァインや「ドイッチャー・ヴァイン」のカテゴリー(訳註:ここでは特定生産地域の外や複数の生産地域で栽培されたワインをブレンドしたもの)は4%であった。

・輸出市場における厳しい競合
 約100万ヘクトリットル、金額にして2億8800万ユーロ(訳註:約377億2800万円)のドイツワインが130カ国に輸出された。これは金額で4%、量では3%の減少である。クヴァリテーツヴァインは2016年は輸出売上高の85%、輸出量の85%を占めた。2016年のクヴァリテーツヴァインの蔵出し平均価格は3.23ユーロ/ℓだった一方、全てのワインの平均価格は1セント値下がりして2.88ユーロ/ℓとなった。

 ドイツの輸出ワイン商社は、長年その4分の1以上の売り上げを北米であげている。2016年は18万7000ヘクトリットルのワインを、金額にして総額8000万ユーロ、平均単価4.26ユーロ/ℓで、このトレンドを左右する重要な市場に送り込んだ。第二位はオランダで、輸出ワイン全体に占める割合は金額ベースで11パーセント、量で17パーセント。ノルウェイは、2016年は61,000ヘクトリットル、2500万ユーロで英国を上回り、三番目に重要な輸出市場にのし上がった。スイスも同様にダイナミックに発展している。2012年以来輸出量は倍増して25,000ヘクトリットル、金額でも75パーセント伸びて1,000万ユーロ、平均単価は4.14ユーロ/ℓに達した。26,000ヘクトリットルの輸出量を1,000万ユーロで購入する日本は9番目に重要なワイン輸出市場で、中国に次いで二番目に大きいアジアの市場である」。(翻訳以上)

 

日本を追い越した中国市場

 この後にドイツ国内の消費量と販売動向の記述があるが、ここでは割愛する。日本は中国に次いで二番目に大きいアジアの市場であるが、中国に追い越されたのは2014年と最近のことだ。以来その差は開く一方である。中国における中産階級のワイン消費者数も2014年の3,800万人から2016年には4,800万人と急増し、経済成長とEコマース分野の急速な発展、二国間貿易協定による関税の引き下げなどがワイン消費の追い風になっているという(参照:DWI  25.1.2017)。

表1:日中ドイツワイン輸入金額・量比較2014~2016年

 

2014

2015

2016

 

金額
(千Euro)

量(hℓ)

単価
(Euro/hℓ)

金額
(千Euro)


(hℓ)

単価
(Euro/hℓ)

金額
(千Euro)


(hℓ)

単価
(Euro/hℓ)

中国

13,000

32,000

412

14,000

31,000

449

14,000

32,000

422

日本

11,000

28,000

397

11,000

27,000

414

10,000

26,000

394

(DWI Deutscher Wein Statistik 2016/2017及び2017/2018、Table 21参照)

 DWIで長年アジア市場を担当してきたマニュエラ・リープヒェンさんは、アジア市場は国によって事情が異なるため一概には言えないが、その人口からして、現在一人当たりの消費量が1ℓを下回っている状況からすると今後の伸びしろは大きいと、2016年2月にDLGドイツ農業協会が運営するサイトで述べている(https://www.wein.de/de/allgemein/deutscher-wein-im-export-in-asien-statussymbol/)。そして日本と香港は成熟したワイン市場で、消費者はワインの細部にまでこだわって向き合い、高度な専門知識を有しており、競争が非常に厳しいと指摘。一方、広大な国土を有する中国は地方によってワインの嗜好が異なり、北部では南部よりも辛口で力強いワインが好まれ、また赤は幸運の色であるとともに健康に良いことから、市場の85パーセントを赤ワインが占めているそうだ。白ワインはまだようやく伸びてきたところで、高貴な甘口が贈り物にされるようになった。主要消費地は上海などの大都市圏だが、その他にも人口百万人を超える大都市が多数あり、ワインへの関心が高まっている。ワインを飲むことはステータスシンボルのひとつで、ビジネスに付随する会食では代表者がワインリストに掲載されている最も高額なワインを注文し、参加者全員が一緒に飲むことがよくあるという。

 一方日本では赤ワインの割合は約65%で、トレンドを発信する東京と大阪では辛口の人気が非常に高いが、地方では甘口が好まれている。10年前にはアルコール濃度の高いワインが求められたが、今では軽めのワインに嗜好が移りつつある。また、ドイツワインはスーパーマーケットやコンビニでよく売れる価格帯の上位に位置しており、主にワイン専門店、百貨店、オンラインショップやレストランで販売されている。アジアでドイツワインを購入するのは熱心なワイン愛好家か、観光か留学でドイツに良い思い出を持っている人々が多い。また、とりわけ女性はドイツ産リースリングへの関心が高く、マーケティング上の重要なターゲットである。甘口のリースリングは初心者に人気だが、愛好家は辛口を好む。アジア市場はドイツワインにとって発展のポテンシャルはあるが、そこに入り込むには大きな労力と忍耐力を要する、とドイツのワイン生産者に向けた同記事の中でリープヒェンさんは述べている。ドイツ人から見たアジアと日本市場の認識として興味深い。

 

伸び悩む日本市場

 人づてに聞いたところでは、リープヒェンさんは来年から日本市場担当を外れてロシア、ポーランド、ベルギー、台湾などを担当するそうだ。2016年1月からワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィス(以下WOGJ)がSOPEXA JAPON内に開設されたので、日本国内のマーケティング実績のある彼らに任せようということなのかもしれない。とはいえ、40万ユーロ(約5200万円)の予算が計上された初年度の成果が統計上は出なかったのは惜しまれる。WOGJのロイック・ブリュノ氏によれば、6~7月は数字が伸びたという。盛況だった業界向け試飲会Riesling & Co.やGerman Wine Weeksでキャンペーンを展開した成果が短期的ではあったが出たのだろう。ただ、年間トータルではマイナス成長になったのは何故なのか。1月にオフィスを立ち上げて、3月のFoodexのセミナー、ジェネレーション・リースリング・ワインの選定と5月のWine & Gourmet出展、6月にはロマナ・エヒェンスペルガーMWと大橋健一MWによるセミナー、11月にはVinexpo東京への出展とセミナー開催など、様々なプロモーションを展開したにもかかわらず、結果に結びつかなかったのはどうしてなのか。

 日本市場の動向について、K社が毎年公開している「ワイン参考資料」(2017年6月)によれば2015年までワイン消費数量は過去最高を4年連続して更新し、2009年以降は毎年5.6%の割合で拡大を続け、7年間で1.5倍になったという(http://www.kirin.co.jp/company/data/marketdata/pdf/market_wine_2017.pdf)。消費を牽引しているのはチリを中心とした新世界ワインで、日本産ブドウ100%で造る「日本ワイン」への人気も高まり、ワインは日常飲まれる酒として定着しつつあるそうだ。2015年の一人あたりの年間消費量は2.98ℓで、酒類全般に占めるワインの割合は4.37%、うち輸入ワインの占める割合は70.2%。2016年の出荷数量は前年比96.2%とマイナスだが、酒類の中では順調に数量は拡大しており、中長期的な伸張傾向には引き続き力強いものがあるという。

 さて輸入ワインの中のドイツワインについて見てみると、2016年は量ベースで前年比91.6%で26,650ヘクトリットル、輸入ワインの中に占める割合はわずかに1.5%と心許ない。2011年に前年比119.5%、2012年に102.5%と増加したのを最後に2013年以降減少を続けており、2016年は過去10年の中でも最低となっている。一体これはどうしたことなのか。大量生産された廉価なワインが淘汰されたのならば、上記表1の統計で単価が上昇しなければならないのだが、逆に下がっているのも不可解な点だ。

表2:スティルワイン国別輸入数量一覧におけるドイツワイン

ドイツ

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

2015年

2016年

量kℓ

2,922

3,493

3,580

3,324

2,980

2,909

2,665

前年比

98.1%

119.5%

102.5%

92.8%

89.7%

97.6%

91.6%

構成比

2.0%

1.9%

2.0%

1.8%

1.6%

1.6%

1.5%

参照:ワイン参考資料メルシャン株式会社2017年6月表3-2

統計と実感の乖離

 実感としてはこの数年で、日本のドイツワインは元気になってきている。WOGJが行ったプロモーション活動もそうした印象を与えているし、いまどきのドイツワインを良く知っている業界関係者や愛好家は着実に増えていると確信を持って言える。2014年に知人が設立したドイツワイン専門のインポーターも、全部一人で切り盛りしているので大変そうだけれど、着実に顧客を増やし続けているようだ。彼は11月初旬に都立青山公園で開催されたドイツフェスティバルにも出店したが、ビールを提供する屋台が5軒以上あってしのぎを削っているのに対して、ワインを売っている屋台は彼の店一軒だけで、一杯100ccで600~800円のワイン約11種類が飛ぶように(と書くと少し大げさかもしれないが)売れていたという。一昨年横浜にオープンしたドイツワインバーも常連のお客が次第に増えていると聞くし、少なくとも私の回りではドイツワインが売れなくて困っているという話は、最近ほとんど聞かない。またドイツワインに対する関心の高さを示す例としては、毎年秋に「ドイツワインケナー」という、ドイツワインの知識を競う認定試験があるのだが、とあるワインスクールがその対策講座を10月半ばから約半月で9回実施したところ、定員15~30名がほぼ毎回満席になった。ドイツワインが日陰者だった時代は、とうの昔に終わっている。

 にもかかわらず、統計上の数字が減少しているのはどうしたことか。考えられる理由としては、2015年産のドイツワインの生産量が890万ヘクトリットルと、前年比マイナス4%、平年のマイナス2%と少なかったため、輸出量が減って日本への割り当てが削られたのかもしれない(日本向け輸出は金額ベースで前年比マイナス9.6%、量ではマイナス4.9%。輸出全体ではそれぞれマイナス3.7%、マイナス3.4%)。とりわけ需要の大きな高品質なワインが他国へ輸出されたか、あるいは国内で消費されたことで、単価も下がったのだろう。WOGJの仕事はおそらく無駄ではなかった。しかし成果に結びつきにくい状況だったものと思われる。とはいえ、個人的には彼らの活動にいくつか思うところがある。

 

Wines of Germany日本オフィスへの個人的な要望

 ひとつは情報発信の中途半端なこと。プロフェッショナルに向けた情報発信を意識して、サイトには「For PROFESSIONALS」というカテゴリーを設けているものの、今年発信された記事はわずか10本以下。”News”と”Wines of Germany Japan Column”の振り分けの基準もよくわからない上、海外のイベントの告知やその散漫な報告だったり、現地情報には誤訳があったり訳文がこなれていなかったりで、プロ向けと言いつつ発信側のプロフェッショナリズムに、つい、疑問符をつけたくなってしまう。(http://winesofgermany.jp/professional/)

 フェイスブックの投稿も一貫性がなく、写真に簡単なコメントをつけたりキャンペーンやイベントの告知だったりして、内容が希薄で表面的なものが多い気がする。そして読者からコメントがついても返信が(ほとんどの場合は)ない。私はマーケティングに関しては素人だから口を挟むのは気が引けるのだけれど、もしも情報発信を通じた親近感の獲得が目的ならば、コメントがあったらせめて返信はしたほうが良いと思うし、毎週とは言わないけれど、月に1, 2回はドイツワインの理解を深めるような記事を読ませてほしいと思う。それはそんなに面倒なことではなくて、例えば「これは!」と思う英語の記事をリンクで紹介して、簡単な要約を添えるだけでも十分だ。いわゆる「中の人」のドイツワインへの情報感度の高さと理解の深さが伝わるような投稿であれば申し分ない。例えばWines of Germany USA、同Canada、Riesling Week HK、Riesling and German Wine Lovers、Drinking German Wine in AmericaのFBの投稿を参考にしてみると良いかもしれない。

 最後にもうひとつ要望を付け加えるならば、「プロ向け」にこだわるだけではなく、一般向けの情報発信とイベントにも力を入れて頂ければと思う。たとえば先日、表参道のCommune 2ndというイベントスペースでボジョレヌーボーの試飲イベントが開催されて、大勢の若者で賑わっていた。ドイツワインの一般向けキャンペーンといえばGerman Wine Weeksが思い出されるが、参加する店舗がグラスでドイツワインを提供するというコンセプトなので、どこに行けば飲めるのか、いちいちリストから探さなければならないし、イベント自体の存在感が薄いように感じる。来年は業界向けの一大イベントRiesling & Co.が開催されるので相応の盛り上がりも期待されるが、出来れば表参道のCommune 2ndのような若者の集まるスペースで、Generation Rieslingのワインを提供してみてはどうだろうか。
 いずれにしても、来年こそ日本のドイツワインにとって飛躍の年となることを願っている。

(以上)

 

 北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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