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Sac a vinのひとり言 其の九「色眼鏡の掛け外し」

 「なんというか、こう、ガツンとした重い赤ワインをくれないか?」
 「キリッとしたドライな白が呑みたいな。」「変わったワインを試してみたい。」
上記のセリフはワインビジネスに携わったことのある人間が毎日の様に聞く台詞であり、悩みのタネでもある要望だ。
此方では飲みごたえのあるワインという事でバロッサのシラーを出してみたら樽が全然聞いて居ないと言われ、あちらでは新樽のサンテステフを注いだら渋味が強すぎると言われ、これ又他方ではナパのピノを出したらこんなに重くなくて良い、Gevrey chambertinくらいのボディが飲みたかったな、とか言われ...
皆様も似た様な経験は少なからずあるだろう。
単なる経験不足ならば徐々に減って行くものなのだが、これ等の行き違いは表面上は自身のリカバリー能力の上昇で見えなくなるが、根本的な意味合いでは全くと言って良い程減ってはくれない。
「いいや、私は努力(経験、才能、環境など好きな文言に置き換えて構わない)の結果、そのような状況になることは無くなった!」等と言える方はよほどの天才か自信家だろう。
私にはそんな恐ろしい言葉は吐けない。
とまあ、勝手にグジグジと自身を詰っていても埒が開かないので、せめて如何なる理由や原因でこの種の悲しい行き違いが起きるのか考察してみるとしよう。

結論から言おう。
簡単に言えばコミュニケーションを取っている両者の間で「共通の言語」が用いられていない為、この様な行き違いが起きる。

何を言っている、同じ言語を使う者同士の間で起きている問題であり、何を言われている(言っている)か位理解しているわ!
と言われる面々も居られよう。
一々ごもっとも。で、あるからしてもう少し詳しく説明しよう。

想像して欲しい。
「重い赤ワインが呑みたい」
と下記の人間からそれぞれに言われた場合、どの様なワインを用意するか?
1.ワインを飲み始めたばかりの風体らしき20代前半であろう青年。新卒か?若干緊張した様子であり、フードメニューの値段の辺りをためつすがめつしている。
2.eau de colonne の香りを漂わせている妙齢の女性達。 ワインも普段からご馳走になっているのかカベルネがーシラーがーなどという会話が漏れ聞こえる。ワインスクール帰りか?
3.コイーバの香りを纏ったダンディーな紳士。可也ワインを飲みなれている様子で醸造元の名前やヴィンテージに関する話題がポンポン出てくる。既に他店である程度飲んできた模様。
4.同業者。貴方とは昵懇の間柄で好みも良く知っている。なんだか今日はくたびれている様だ。

是に対する答えは「人それぞれ」と言えるが、それぞれの顧客に対する最も重視されるプライオリティーとして考えられるのが
 1、ワインのコストパフォーマンスとわかり易さ
 2、意外性と蘊蓄、後今風に言うと所謂「インスタ映え」 オリジナリティ
 3、何故顧客に対してそのワインを選んだかを的確かつ手短に説明するプレゼンテーション。後ほんの少しのおだて。サスティナビリティ
 4、貴方の気持ち。
とでもなるだろうか?
何をサーブするかは皆様自身に考えて頂くとして、此処で注視したいのが、4者とも「重い赤ワイン」を頼んでいる、「同じオーダー」のはずなのだが、我々がそれぞれに提供するであろうワインは全く異なってくる。
要するに
言葉は通じ合っているのに心は通じ合っていないのだ。
だからといって
全ての顧客と心を通じ合せ
最適なワインをサービスすべき、
なんていうのは一部の店舗を除いて現実的には難しい。
複数のテーブルを観なくてはならないし、お客様も此方と交流を持とうとするとは限らないし、そもそも予算の希望も見当がつかない。
はてさてどうしたら良いのかしらん?
正直なところ解決方法は無いが解決策に近いモノならある。但し可也リスキーな方法であり、余りおススメは個人的にはしたくは無い。然しながら有用で有る為敢えて記させて貰う。

解決策とはタイトルにもある「色眼鏡」でお客様を見ることである。
もっと厳密に言えば
「対象のパラメータを詳細に把握し、それを踏まえてある程度当て推量で要望内容を検討する」とでも言おうか。
此方が持つお客様の情報と状態から自分の独断と偏見でお客様の注文に応える、敢えて色眼鏡で見る事に依り対応の効率化を図る。
具体的に説明してみたい。
 情報 ① 30台後半の男性 洒脱な装い。 タイはしていない。
 情報 ② 喫煙者。 オーデコロンもやや強い。
 情報 ③ 他所で食事は済ませてきた模様。 〆の一杯を引っかけに。
とした場合、それぞれに対応して
 ① プライベートでリラックスした場であり、ある程度の知名度、ネームバリューを持つワインだと喜ばれる?
 ② 芳香性は強い方が良い。また樽やアルコールなどの揮発性もしっかりとしていると尚良い
 ③満腹であり、食欲を増進させるようなイキイキとした酸味や若々しさは此処では求められず、ふくよかさや滑らかさ等の睡眠な誘う類のワインが好ましい。

と言った感じのバイアスをワインの選択にかけることが可能である。
コレ自体は別に真新しいことでも何でもなく皆様も前提条件を元にしたサービスの判断をされているだろう。
だが上記の情報バイアスをかけた選択、言うなれば「色眼鏡をかけたお勧め」=情報運用をテンプレート化したサービスを用いると、可也効率的にサービスが行うことが出来る。
サービススタッフが潤沢ではない店舗や、繁忙期には非常に有用であるし、マルチタスクでサービスする場合に思考の割合を上手く調整出来る。
但し是は、ファーストコンタクトやお客様と充分に時間が取れなかった場合に限って用いないと、マニュアル通りの選択と受け取られかねない。
飽くまで緊急処置。
色眼鏡を掛けるのは最初だけで良いのです。
目標は色眼鏡を掛けずにお客様と向き合い、言葉と心を通じ合わせ、お客様に満足して頂くことなのですから。

 

~プロフィール~

建部 洋平(たてべ ようへい) 
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー。


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