合田玲英のフィールド・ノートVol.52 《 十人十色の収穫模様 》
公開日:
:
ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート
《 十人十色の収穫模様 》
どこの生産者も例年よりも概ね1週間から2週間、収穫を早めている。夏の間の乾燥でいうと、2015年並だったらしい。ブルゴーニュだけはシャブリを除けば悪くない年のようだ。気候のほかに野生動物による収穫減も増えているようで、金網などで畑を囲んでいな人のところに被害が集中しだしているみたいだ。ヨーロッパ中の畑が金網で囲われるなんてことにならなければいいけれど。
・セップ・ムスター(シュタイヤーマルク)
畑は森のような雰囲気。スロヴェニア国境の山の近くで、地域全体が多くの森に覆われ、標高が高く、湿度も高くて鬱蒼としている。2年おきに耕す畑には、数多くの植物が生えている。
土もふかふかで、何をしたらこうなるのか聞くと、理由いろいろあるだろうが、草を長く刈ることに気をつけているそうだ。短く刈ると全ての草を刈ってしまい、成長の早い草のみが支配的になってしまう。長めに刈ると、背が低くて成長の遅い草は無傷でのこるため、その分色々なハーブが生き残ることができる。
去年、ある植物学者がムスターの畑の調査にやってきた時に、慣行農法の畑では5~10種類、ビオロジックで20~30種類の草花が畑には生えているといっていたが、ムスターの畑には72種類の草花が生えていることがわかった。
たぶんペルゴラと言って良い独特の仕立て方で、枝先を切らずに上から垂れさせると、自重で自然に枝の成長が止まるらしい。ブドウはどれも小ぶりで小さく、収量も少ない。節の間隔が短く、葉っぱも小さい。耕作放棄された、手入れがされていないブドウ樹のような様相で、野性的。
同じ年に植えたソーヴィニョンでも、土壌によってかなり様子が違い、水はけの良い土地では、糖度の上がり方がゆっくりで、香り高い。表土が厚く水持ちの良い土地では、前者に比べると香りが控えめで、甘みが目立つ。その違いは葉の色の違いにも現れていて、水はけの良い土地のブドウ樹は葉色が薄く、マセレーションを行うキュヴェはこの葉色が薄いものを使う。高台から、葉の色をチェックして、摘むブドウの区画を決めている。
セップの雰囲気は、レ・ドゥエ・テッレのフラヴィオがもつ雰囲気に似ている。畑とワインの説明が本当に好きなことが伝わってくる。セップは完熟させて果皮の香り成分が果汁に移っていくまでしっかり熟させたい。けれども、待てば待つほど収量が減ることが奥さんのマリアは我慢できず、早く収穫してほしい。それを、「いやあもう少し待ってみようよ」と、笑顔で説得しながら収穫時期を決めている様がおかしい。
・シュレール(アルザス)
畑の様子は草ボーボーで、野性的。セップ・ムスターのブドウ樹の雰囲気と似て、節の感覚が短く、葉も小さい。ピノグリ・ピジェとリースリング・ビルドは、ブルーノが植えた畑で、ブルゴーニュのように密植で低く仕立てた。ピノグリは粘土の多い土壌のせいもあるけれど、他の畑のピノグリよりも皮の色が濃く、ぱっと見はピノ・ノワールかと思うほど。他の畑にも増して果実が小ぶりで、収量はかなり低い。といっても、年によってそれぞれの畑の収量には大きな差があるらしく、毎年同じ量のブドウが取れることなんてないよ、とブルーノ。宣伝文句に使われるのが嫌だから、と畑名やVTは教えてくれなかったが、まったく農薬をまかない年もあるそうだ。ボルドー液の醗酵阻害や土壌残留の話を僕でも近年耳にするようになった。今年は撒くが翌年は撒かない、など、数年サイクルで農薬をまくことを視野に入れている。
それでも2017年全体としては、この5年の中で一番収量があり、25hl/haくらいはありそう。去年までは15hl/haもない年もあったので、喜んでいた。
収穫人に出すご飯に、ものすごく力を入れている。昼も夜も皆で食事をとり、夜は遠慮なく古いワインを開ける。ブルーノの母のクロディーヌは、この時期はひたすら肉を煮込み、お菓子を焼いている。どの料理もクロディーヌのアルザス料理で、いろんなところで収穫をしている人も、こんなにお金をかけているところはないと言う。なんというか、こういう風景を大事にしているのだろうと思う。大抵のところでは収穫の最後の日に皆で一緒に食べるだけで、毎日というのは珍しい。
アルザス人は、カタルーニャやイタリアの南の人たちと同じように、地元意識が強く、収穫の間もフランス人やドイツ人でジョークが飛び交っていた。アルザス人はアルザスのことを「フランスの外側」、アルザス以外を「フランスの内側」というのだそう。沖縄のような感じだろうか。
ドイツ占領時代に彼らの白ワインにボリュームを与えるために、赤ブドウが引き抜かれて白ブドウに植え替えられた。昔は赤ブドウが多く植わっている土地で、オーストリア品種となっているサンローランなども、アルザス原産なのだそう。
・シルヴァン・パタイユ(ブルゴーニュ)
テイスティングのために訪問する際は、いつも熟成庫でのテイスティングなので、醸造所自体を見たことはなかった。コンサルタント業もしているので、醸造設備もそれなりに整ったセラーなのかと思ったら、グラスファイバー・タンクが所狭しと並ぶセラーなのには驚いた。パタイユだけではないけれど、収穫中は次から次へとブドウが着くので、使える容器はなんでも使うような状況。45hl/haと、そこそこの収量もあったのでせわしない。北部ブルゴーニュなので心配したけれど、ひとまず良かった。
全房醗酵もしているが、1キュヴェをつくるのに5つほど醗酵槽があり、それぞれ全房率や、抽出の方法を変えている。除梗の際も、同じ除梗機を2台使いながら回転率を変えて、熟れている実とそうでない実を選り分けている。灰カビのついたブドウも、集めて醸造し、ブルゴーニュやマルサネとしてブレンドされることも。一粒たりとも無駄にするつもりが無いことが伝わってくる。
・ライエッタ(モンタルチーノ)
まだ30代前半のフランチェスコだが、18歳から醸造をしているので、経験は10年選手以上。ブルネッロ用のブドウを8月に収穫することがあるなんて、と驚きを隠せない。それだけの猛暑と乾燥だった。
彼の畑は金網で囲ってあるが、そうでない作り手は、イノシシにブドウを食べられる前にという理由で、1週間収穫を早めた人もいるそう。また、金網を張っても、わずかな隙間を見つけて頭をねじ込んで来るので、少なからず被害は出る。それでもフランチェスコは、今年は馬で工作した畑の収穫が思うように取れたので、そこそこ満足そうだ。
・リヴェッラ・セラフィーノ(バルバレスコ)
8月末に訪問した際には、早くもドルチェットの収穫を終えていた。すこし駆け足の訪問だったが、最後に「これをご覧。僕の最初のヴィンテージだ」と、古いボトルを見せてくれた。ボトルには1967年と書かれていた。年齢を聞いてもいつも答えてくれないけれど、「今年2017年でワイン造りを始めて50年」と、ジェスチャー入りの大きな声。日焼けした肌は、まだまだ疲れを感じさせない。試飲会で出展者ではなく、訪問客としてよく見かける彼は、誰よりも積極的に若い人たちのワインをテイスティングして、意見交換している。テオバルドのヴァイタリティーは、尽きることがない。
50回ヴィンテージを迎えられる人は、そうそういない。昨今では、南北半球を跨いで醸造をすることが珍しくなくなった。けれど、やはり1年間を同じ畑のそばで過ごすのと、醸造だけをしに行くのとでは、また違う。モンテステーファノの丘の2haのみを耕してきたテオバルドのワインには、我の抑えられた普遍性が感じられる。
最近の天候について尋ねると、テオバルドは次のように答えてくれた。「僕が醸造を始めた頃は、10年あったらそのうち、3年はいい年。4年はそこそこの年。残りの3年は悪い年で収穫なんてほとんどなかった。それからすれば、この10年は全ていい年だ。」
テオバルドは、収穫前に徹底的に収量と品質調整をしている。だから、収穫期間中でも働いているのは少人数で、テオバルドと奥さんのマリア、それと友人一人のみだ。
・エステザルグ
10軒のブドウ栽培家たちが関わっている、フランス最小の協同組合。ということなので、栽培家たちも積極的に醸造・運営に関わっているのかと思っていたけれど、醸造と運営のどちらも、経営者兼醸造家ドゥニス・デシャンと事務方の人たちで、切り盛りされている。
タンクなどの容量はそれぞれ大きいけれど、550ha分のブドウを亜硫酸添加量をいわゆるヴァン・ナチュールのレベルで仕上げているのはすごい。キュヴェは20種類くらい作っているが、どれもきっちり仕上がっている。栽培家たち全員がオーガニック栽培というわけではなくて、収穫も手摘みではなく機械収穫。仕込みの日は、ビオロジック栽培のブドウとそうでないもの完全に分けている。
ドゥニスは、気取らない笑顔の素敵なおっちゃんという感じ。すべてのブドウをビオロジックで栽培できたらと考えてはいるが、「まあ、ワイン造りが盛んであったわけでもない田舎だからなぁ」と、ニカッと笑っていた。一昔前まで、地域の主要生産物はアンズだったのだそう。またいつかゆっくりお話を聞きたい人でした。
~プロフィール~
合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2007年、2009年:
フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫
2009年秋~2012年2月: レオン・バラルのもとで研修
2012年2月~2013年2月:ギリシャ・ケファロニア島の造り手 (ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修
2013年2月~2015年6月:イタリア・トリノ在住
2017年現在、フランス在住