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ドイツワイン通信Vol.72

ベルリンのナチュラルワイン

今年の収穫状況
 それにしても、今年のドイツの収穫は早い。9月下旬だというのに早くも佳境に入りつつある。モーゼルではベルンカステル=クースの醸造所が20日からリースリングの収穫に入る旨フェイスブックに投稿していた。収穫と言ってもいわゆるフォアレーゼで、健全な房を残す為に傷みのある房や果粒を取り除く作業である。例年だと10月上旬に始まるものだが、今年の開花は6月6日頃だったので確かに平年よりも2週間くらい早く、糖度の蓄積も相応に早い一方で酸度は昨年並の状態に留まっている。だから完熟はまだしばらく待たねばならないが、ボトリティス菌がついた房は甘口用に収穫してしまうことをモーゼルの農業指導所の週報でも勧めていた。

 モーゼルよりも温暖なファルツの中部では、月末までにリースリングを含めて収穫を完了する予定だという。こちらは酸の分解が速やかに進んだようだ。ラインガウでは22日からリースリングにとりかかったそうだ。8月1日に降った雹でダメージを受けた房は、夏にしばしば雨が降ったのでしっかりと乾かず、房も果粒が詰まった状態で、非常な早さで腐敗が広がってしまった。これ以上の損失を避けるためにも素早く、しかも丹念に選別しながら収穫しなければならないので、収穫量の減少は避けられない模様だ。

 天気予報によれば9月末まで晴れ間はあるものの変わりやすい天気が続く見込みだ。今年はどうやら2014年に似た、生産者によって多かれ少なかれ試練の生産年となりそうだ。

 

ベルリンにて
 8月末にベルリンに一週間弱滞在する機会があった。1990年に東西ドイツが再統一されてから既に27年を経ているが、未だに再開発が進みつつある未完成の都市のように見えた。2006年に落成した中央駅はまだ新しさを残し、再統一後に大規模な改修工事を経た国会議事堂の上に被さったガラスドームは1999年には既に完成していたというが、まるでつい先日出来たかのような輝きを放っていた。ペルガモン博物館の改修や新しい地下鉄路線の建設など、街のあちこちに工事現場があって、それが出来上がった暁には昔の趣きを残しつつ、また新たな景観が出現するのだろう。その一方で東西ベルリンを隔ていた壁の一部は、そのまま保存されたりストリートアートが延々と続く屋外ギャラリーになっていたりと、分断されていた頃の面影が意図的に、そして色濃く残されているのもまた印象的だった。

 せっかく一週間近く滞在するのだからと、私はベルリンのワインショップかワインバーを最低でも一日一軒訪れることにした。北ドイツにあるこの街はワインの生産地域からは離れているけれど― 車で行けば一時間ほどのヴェルダーに、旧東独のザーレ・ウンストルートの飛び地のブドウ畑はあるものの ―、ワインの消費地としてはドイツで最も重要な都市の一つと言って良いだろう。かつて西側の消費文化を東独にアピールしていた百貨店カー・デー・ヴェーKaDeWeのワイン売り場は、今もおそらくベルリンで一番の品揃えだ。ここには生牡蠣などを供するシャンパンバーが併設されているが、旧東ベルリンにある百貨店ギャラリー・ラファイエットでも、広々としたワイン売り場にバーカウンターとキッチンがありワインと料理を楽しむことが出来る。ベルリンにはラインガウフィアテルという地区があるのだけれど、そのリューデスハイマー・プラッツの公園には5月から9月まで仮設のワイン居酒屋「ラインガウアー・ヴァインブルンネン」が開設されて、毎日がワイン祭りのような雰囲気となっている。トップクラスの生産者が集まるVDP.プレディカーツヴァイン醸造所連盟が、グローセス・ゲヴェクス、つまりグラン・クリュの辛口の新酒を9月上旬に全国に先駆けて公式に披露するのもベルリンであり、ロンドンが本拠のナチュラルワインの見本市RAW Wine Fairも、2016年11月にベルリンで開催されている(次回は2018年5月13、14日)。

 

ベルリンのワインショップとワインバー
 以上は誰でも容易に知って参加できる情報だが、ベルリンとその近郊にはワインショップやワインバーが約350軒もあり、そのガイドブックまで刊行されているというから奥が深い(http://www.berliner-weinfuehrer.de/。1999年から毎年出版されていたが、2015年版以降更新されていない模様)。かつてベルリンを本拠にしてたロンドン出身のワインジャーナリスト、ストゥアート・ピゴットは、旧東ベルリンのプレンツラウアー・ベルク地区のワインバー「ヴァインシュタインWeinstein」(http://www.weinstein.eu/)で、生産者とワイン仲間を集めて「ドイツワインの長い夜」と銘打ったワインパーティを長年主催していた。プレンツラウアー・ベルク地区は近年再開発がすすみ、かつての労働階級の集合住宅だったという界隈は、街路樹の木陰がすずやかな落ち着いた町並みとなっていた。グラスワインを提供するワインショップ(Weinladen Schmitt, http://weinladen.com/weinhandlung/prenzlauer-berg/)があったり、公園の近くの通りでは近郊のビオロジックの農産物や古本を売るストリートマーケットが開催されていたりして、幼い子供を連れた家族連れで賑わっていた。ベルリンは思いの外に住みやすそうな街だった。

 ピゴットが書いた本にはミッテ地区の「ワインバー・ルッツWeinbar Rutz」もしばしば登場する(http://rutz-restaurant.de/)。路面電車の走る大通りに面した店の壁にはボトルが天井まで立ち並び、スタイリッシュな内装に薄暗い照明のシックな店構えだった。2001年に開店したこの店の名を全国に知らしめたのは、2008年にソムリエとしてデュッセルドルフから移籍して来た当時27歳のビリー・ヴァグナーだった。有名無名にこだわらず、これは、と思う生産者に依頼したスペシャルキュベ「ルッツ・レベルRutz Rebell」シリーズは、ヴァグナーの考える個性的なワイン― ナチュラルでフレッシュな風味で、軽やかさと繊細さを備えた、大抵はビオロジックかビオディナミで栽培されたブドウから醸造したワインだ。中には依頼された生産者が普通はやらない、白ワイン用ブドウでマセレーション発酵を行ったものや、亜硫酸の添加量を通常のキュベよりも控えめにしたものがある(ドイツワイン通信Vol.28参照)。ヴァグナーは2015年にワインバー・ルッツを離れて自分のレストラン「ノーベルハート&シュムッツィヒ」(https://www.nobelhartundschmutzig.com/)を開店した。私は今回行かなかったが、地元ベルリンの食材と食文化にとことんまでこだわった10品のコース料理と、彼がこれまで培ってきた経験から選びぬいた、ワインだけではなくビールやスピリッツなど様々な飲み物を提供している。

 

ビールの都からワインの都へ
 実のところ、およそ20年前までベルリンではワインよりもビールがよく飲まれていたという。ピゴットが1994年にドイツワインの優れた生産者たちを詳しく紹介した最初の本を出版した当時、ベルリンではドイツワインを提供しているレストランは皆無なこと、そしてお客もみんな自国産のリースリングではなく、安くて味気ないイタリア産のピノ・グリを注文していることを、ピゴットは著書の中で大いに憤慨し嘆いている(Stuart Pigott, Die großen deutschen Rieslingweine, Econ 1994)。しかし90年代後半に狂牛病や遺伝子操作食品の問題から食の安全性が問われるようになり、ファストフードに満足出来ない人々が増えていき、質の高いレストランが増えるにつれてフランスやイタリアのように、どんなワインを料理と楽しむかが重要になった。やがてワインは料理をひきたてるだけでなく、それ自体を主役として楽しむことが出来るワインバーの人気が近年高まっている、とベルリンの地元紙は伝えている(Der Tagesspiegel 28.2.2014, Bernd Mattheis “Weinbars florieren in der Hauptstadt”)。

 そうした状況の中で消費者やレストランにこれはと思うワインを紹介し販売するワイン商たちが、トレンドの形成に少なからぬ役割を果たしているようだ。シャルロッテンブルク地区にあるワインショップ「ヴィニクルトゥアViniculture」は1984年に開店した老舗だが、2006年に現オーナーのホルガー・シュヴァルツが経営を引き継いで品揃えをナチュラルワイン中心に切り替えた。彼によればナチュラルワインとは、ビオロジックかビオディナミで栽培したブドウを手作業で収穫し、逆浸透膜法を使った果汁濃縮などの醸造上の操作を行わず、野生酵母で発酵し、総亜硫酸量は40mg/ℓ以下で、ノンフィルターで瓶詰めすることの多いワインである(https://www.viniculture.de/was-ist-naturwein/)。ヴィニクルトゥアではナチュラルワインがドイツで注目される以前からフランスの生産者のものを扱い始め、近年遅まきながら取り組み始めたドイツの生産者達、例えばバーデンのHuberty Lay、フランケンのStefan Vetter、ラインヘッセンのBianka & Daniel Schmittを販売している。入り口が広く入りやすい店構えで、月に一回生産者を呼んだセミナーなどを開催しており、私が訪れた日の前日も南ファルツとイタリアのエミリア・ロマーニャの生産者のセミナーが行われ、残ったワインのボトルが片隅にならべられて試飲に供されていた。

 

ベルリンのナチュラルワイン
 もっとも、いくらベルリン市民はビオロジックで栽培された農産物や食品への関心が高く、ビオ専門のスーパーマーケットや商店が至る所にあり、近郊のビオ農家が集まるマーケットが少なくとも8カ所あると言っても、ナチュラルワインはガストロノミー関係者やマニアの間で話題となっているにすぎない。創業30年以上になるシャルロッテンブルク地区のワインショップ「ヴァイン&グラス・コンパニーWein & Glass Compagnie」(http://www.weinundglas.com/index.php)では毎週テーマを変えて試飲テーブルを設置し、訪れた客同士がそのワインについてディスカッション出来るようにしているが、ナチュラルワインは扱っていない。大抵のショップでもドイツワインはVDP.プレディカーツヴァイン醸造所連盟に加盟している生産者のものが多く、無名で小規模な生産者をあえて紹介している店は少数派だった。

 そんなベルリンでも数年前から話題になっているのが、オーストリアとドイツのナチュラルワインに力を入れているワインバー「コルドバーCordobar」である。2013年にベルリン・ミッテ地区の車通りも少ない裏通りに出来た店で、ウェブサイトで見ると白い壁や木目を生かした丁度品が明るく牧歌的で居心地のよさそうな雰囲気なのだけれど、夜に行ってみると店内の照明は薄暗く、ビートの利いたBGMが大音量で流れているという、ほとんどバーかクラブのような雰囲気だった(確かにCordo”bar”という店名ではあるが)。色つきの黒縁眼鏡をかけ、短い髭を生やし、黒いTシャツから出た右腕に大きな入れ墨を入れた強面の男が、この店の共同経営者でソムリエのヴィリ・シュレーグルだった。オーストリアのシュタイヤーマルク出身で2014年にはソムリエ大賞を獲得しており、腕の入れ墨のモチーフが実はブドウの房で、背中には大きなブドウ樹が彫り込まれているとは後で知った。予約せずに立ち寄ったところ満席だったが、シュレーグルは「どうしても飲みたければここで立ってな」とカウンターの片隅を空けてくれた。ワインの品揃えはオーストリア3に対してドイツ2といったところか。クリスティアン・チダやピットナウアーなどが揃った14種類のグラスワインの中に、Bürgermeister Carl Kochという聞いたことのないラインヘッセンの生産者のリースリングがあった。それはナチュラルで穏やかな味わいで、そのワインバーのディープな雰囲気に少し昂ぶっていた私の気持ちを心地よく静めてくれた。料理も他にはない工夫がこらされたものだった。

 

ワイルドなベルリンのソムリエ達
 それにしても、コルドバーのシュレーグルといい元ワインバー・ルッツのヴァグナーといい、そしてヴィニクルトゥアのシュヴァルツもそうなのだが、髭面だったり入れ墨があったりよくサングラスをしていたりとワイルドなスタイルが共通していて印象的だ。気取ったエスタブリッシュメントへのアンチテーゼなのか、型にはまらず自分らしく生きることの表明なのか定かではないが、ベルリンのナチュラルワインとその売り手のざっくばらんでワイルドな外見は、切っても切れない関係のような気がする。そして表面的にはワイルドだが、内面的にはきっと生真面目で一途なワインへの情熱を抱いているに違いない。彼らの選んだワインがベルリンから最先端の、ある意味ファッショナブルなワインとして次第に各地で認知されるようになるかもしれないし、あるいは既に浸透してドイツワインを変えつつあるのかもしれない。ベルリンはそうしたムーヴメントの震源地に相応しい気がする。

(以上)

 

 北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。


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