Sac a vinのひとり言 其の八「カタルシス、あるいは満足感のマネジメント」
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建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
皆様は時代劇がお好きですか?
暴れん坊将軍、水戸黄門、必殺仕事人、御家人斬九朗、鬼平犯科帳、三匹が斬る、剣客商売、etc。
それぞれお気に入りの作品が有り、各々様々な作風で描かれていますが、有名な作品やヒットした作品には、必ずと言って良いほど「成敗!」や「此の紋所が目に入らぬか!」等の決め台詞と共に勧善懲悪の模様が映し出されます、なんて丁寧に説明しなくても皆様良くご存知かと思います。
昔に比べて翳りは見えますが、未だに根強い支持を誇る時代劇。 その魅力は何なのか? を考察をすると、やはりいわゆる「お約束」とも言われる予定調和の安心感やカタルシスでしょう。正義が勝ち、惡が滅びる。真面目な小市民が報われる。こういった光景は些か態とらしいというかあざとくも感じられますが、やはり万人の支持を集めやすいものです。 殊更に時代劇だけに限られたものではなく、例えば仮面ライダーの変身からの苦戦そして必殺技による勝利。例えばアメリカ人にとってはフィクションの中における米軍の特殊部隊に依る事態の解決。例えば健気なヒロインが最終的にイケメンと結ばれるドラマ。
長々と例を挙げましたが、何が言いたいかというと、
「何らかの共通認識、知識、文化的背景に依る予定調和は、かなり広範囲の消費者に打率の高い満足度をもたらす。」
簡単に言えば「予想、期待通りに実行された場合の満足感は非常に効果的」となります。
何をそんな当たり前の事をのたまうのか、という指摘は一々御もっとも。科学的にも人間は既に経験した、予想通りの体験をすると脳内に快楽物質が生じることが証明されています。ワインの場合の推移はジェイミー・グッドの『ワインの科学』にわかりやすく説明されています。
ならば、何を言いたいのか?
期待通りのモノを期待通りに提供する。これがサービスの基本であり、目標でもあります。
そこから一歩踏み込んで提案したいのが、「満足度のコントロール」。
アラカルトの場合は料理に対して、価格とのバランスを見ながらより良い働きをしてくれるワインを選べば良いのです。
デギュスタシオンメニューの場合は、前後の関係性や全体の流れからワインを選択していく。 之は以前にも述べたと思います。
その際、先程の「満足度のコントロール」を織り込んでいく場合は、何処にどのような”満足”を持って来るかをマネジメントしなくてはなりません。
例)
とあるフレンチレストラン クラシックで
[メニュー]
・秋刀魚のマリネ
・牡蠣の温製 ほうれん草のソース
・ドーバーソールのムニエル
・鳩のロティ ソースサルミ
に対する提案として、
クラシカルに行くならば、顧客の予想通りにサーブして順当に満足感を満たします。
・秋刀魚→プロヴァンスのロール(イタリアのヴェルメンティーノ)主体の白 。サラッとキレの良い酸味とぽってりとした果実味で、海辺のイメージ
・牡蠣→Montlouis sur Loire の、ふくよかな年。 残糖は無い方が好ましい 。出来れば5年以上の瓶熟成を。
牡蠣は食べ応えがあるため、たわわに実った果実のニュアンスも添えたい 。
熟成由来の抹香のタッチをほうれん草に沿わせる。
・ヒラメ→Meursault の新樽熟成 。余りミネラル感の強くない生産者で 筋肉質ではなく、やや太ましい大柄な飲みごたえのある物を常温で。
・鳩→Châteauneuf du Pape の乾燥した年の赤。 ムールヴェードルの比率が高いと尚良い。
血(ソースサルミ)にねっとりとした赤で、味覚を螺旋状に持ち上げる。
この様な提案が出来ます。
同様のロジックを用いて、例えば秋刀魚にはヴェルメンティーノやスイスのシャスラ、牡蠣にはギリシャのアシリティコなど違った角度からのアプローチも可能でありますし、ペアリングのコスト調整等の際に、別の候補を挿し込むことも必要なのですが、その時に先述した満足感に関するマネジメントが重要になってきます。
クラシックスタイルな店舗であれば、例に挙げたような組み合わせを挟み込んでいかないと、顧客の安心感と期待通りに提供されたという満足感には繋がりません。逆にコンテンポラルな店の場合は、所謂お約束を外した意外な提案をすることにより、「予想を裏切られる」という安心で満足させなければなりません。
ここまでは、皆様も普段から実践されていると思います。
之を下地にして私が普段使わせて頂いているテクニックが、「外す、すかす」こと。
クラシックな流れの中に急にアヴァンギャルドな提案、例えば先程の牡蠣にオーストリアのブラウンフレンキッシユの柔らかなタンニンと酸味で合わせてみたり、ヒラメに南アフリカのサンソー主体のロゼを合わせてそのムチムチした筋肉質な身と肉々しいニュアンスに沿わせてみたりと、期待通りのポイントからずらすことにより違和感を生じさせ、コンテンポラルならば敢えてクラシックなアクセントを入れて、流れを態と崩します。
何が狙いでこのような提案をするのか?
一つ目は、コースの構成と同じで、常に美味しい美味しいとテンションが高い料理が続くと、受け手側が食べ疲れすると言いますか、流れに変調が無いと幾らクォリティが高くても総合的な評価は高く成りづらく、又印象にも残りづらい。この様に変調を挟み込むと、印象に残したいポイントを明確に強めることができます。流れを崩してから王道な組み合わせを出すと、より大きな安心感と満足感を得られるし、クラシックの後にアヴァンギャルドを出すと、対照的にそのオリジナリティが際立つのです。
二つ目は、ソムリエ側にも、ペアリングの中に「之は!」という一押しや自信を持ったマリアージュが有ると思うから。人情としてその組み合わせは矢張り記憶に残って欲しいので、その際に満足感のマネジメントの感覚を用いればそれが容易になります。簡単に言えば、一度敢えて満足感を抑えることにより、次に来る一皿との満足感を相対的に上げるのです。之はペアリングのコストが掛けられない時に重要なテクニックであります。
満足感のマネジメントは有用なテクニックではありますが、お客様との距離感や信頼関係、更には店のスタイル等により、使えるか使えないかは流動的に変わってきます。
用法と容量を守って、正しくお使い下さいませ。
~プロフィール~
建部 洋平(たてべ ようへい)
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー。