ファイン・ワインへの道vol.14
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
「王様は裸だ!」と示した世界最優秀ソムリエの思想。
昨年、31歳の若さで世界最優秀ソムリエコンクール優勝。世界一に輝いた在NY、スウェーデン人ソムリエ、ジョン・アーヴィッド・ローゼングレン氏のパンク感と、鋭すぎる新思想をご存じですか?
先日、機会を得たインタビューでの会話は、例えばこんな風。
「あなたのお店のワインリストには、約160種類のワイン中、ボルドーの赤が、たった1種類しかありませんね!」
「いえ、まあ、まだ暑い時期ですし・・・・・」
「では、クリスマスの頃は5種類ぐらい、ですか?」
ニヤ~~~ッといたずらっぽく笑って、
「いや。3種類だね。今、世界中に無数に素晴らしいワインがある中で、限られたワインリストに、どうしても載せたいワインから優先してゆくと・・・・・・ボルドーの赤は1種類になってしまった。もちろん、リスト外にもストックがあって、ワインオタクの人とかウォール街の人とかがあれこれ言い出したら、対応できるんです。古いシュヴァル・ブラン、とかね。でも、リストにはボルドーは1種類でいい。もちろんブルゴーニュ、ローヌは充実させてます。他にももっと、例えばピエモンテ、ヴァルテリーナ、スペイン、さらにはアルゼンチンで南極に近いパタゴニア地方のビオティナミ・ピノ・ノワール、などなど・・・・・。お客様に是非試してほしいワインは、結果的にボルドー以外がほとんどになってしまいましたよ!」
と、明るく、屈託なく笑う。補足するなら、氏が勤務するNY、ウエスト・ヴィレッジのレストラン、チャーリー・バード(Charlie Bird)は、保守的フランス料理店ではなく、イタリアンなど地中海料理のニュアンスをフレンチに取り入れたリベラルな料理を出す。それにしても、世界一のソムリエの店で、ボルドーが1種類、カベルネ・ソーヴィニヨンはあと1種、ソノマがあるのみとは・・・・・・。
時代は、変わる時には瞬時で変わるものだ。
そのこと以外にも、アーヴィッド氏のワインリストはもう一つ、革命思想が反映されています。それは“ワインリストに書くワインの種類は上限160種類。価格も300ドルまで”というポリシー。
「ワインフリークじゃない、一般のお客様が来店されて、リストを開いて、いきなり500ドル、1,000ドル、2,000ドル、みたいなワインが大行列の分厚~~いリストを見ると、居心地が良くないというか・・・・・不快じゃないですか? 一日の来店者の中で、そんなワインを目当ての人は、実際何人いるのか? ということです。僕たちは、人々にもっと、ワインに親近感を持ってほしいと思う。いわば、ワインリストを民主化したい訳です。そのために智恵を絞ったのが、今のリスト。“160種類・300ドル以下”という掟です。
もちろん、先ほどお伝えしたように、富裕層の方には熟成したモンフォルティーノでもDRCでも、お出しできるんですが」
ワインリストの“民主化”とは、素晴らしく意義ある指向性じゃないですか。そして、氏のレストランはまた、インテリアやスタイル面でも大胆なほど“民主的”と思えます。何せ壁には巨大なヒップホップ・レコードの壁画(ビースティー・ボーイズの、デフ・ジャム時代のシングル)。さらにアーヴィッド氏を含むフロアスタッフ全員が、ジーンズにスニーカー、ネル・シャツでノータイというスタイルなのです。
「世界一のソムリエになったら、真夏でも暑苦しい黒服に革のタブリエ、首からタストヴァンじゃないとダメ、なんて決まりはないでしょう。僕は、お客様により楽しくリラックスしてワインを楽しんで欲しい。だからノータイ、ネル・シャツ、なんです」とは、清々しいばかり。ウエスト・ヴィレッジの住民が羨ましくなります。
そんな、アーヴィッド氏の慧眼はもちろん十分に自然派ワインにも向けられています。リストにはベレッシュ、ダヴィッド・デュヴァン、グラムノン、サリクッティ、リヴェッラ・セラフィーノ、ボルゴ・デル・ティリオといった辣腕生産者も、しっかりと存在感を放っていました。
もう一点、この日のインタビューで印象的だったのは、彼が将来ワイン造りの候補地として挙げたエリアでした。個人的には白ワイン好きだというアーヴィッド氏が、理想の白造りの地として挙げたトップ2エリアは、ハンガリーとギリシャ。ハンガリーは、特にユファルク(Juhfark)品種。ギリシャはやはりアシルティコが素晴らしいとのこと。アシルティコの偉大さはもう日本でも常識になりつつある域ですが、このユファルクという品種、“熟成に耐える高い酸を持つワインを造る”、“特徴あるブドウ”とジャンシス・ロビンソンが記し、アーヴィッド氏も「ハンガリーの雄、トカイを造るフルミントも素晴らしいが、個人的にはこちらが好き」と語ります。不勉強にも筆者はこのブドウを体験したことがなく、今後の探求課題として大いに興味が湧きました。皆様は、どうですか? ユファルク、飲んでみないと、ですね。
ともあれ、最初の話に戻りますが、とうとう現れてしまった、世界一のソムリエによる、ボルドーが1種類のみというワインリスト。これはもう実質、裸の王様に“王様は裸だ!”と言ってしまったにも等しいほどの・・・・・・衝撃、じゃないですか?
今、若いソムリエさんには、真に偉大な自然派ワインを無数に飲んでいるにもかかわらず「僕がまだ飲んだことがない有名シャトーは、もっと美味しいんだろうな。有名だし。高価だし」と忸怩たる思いを悶々と抱えている(いじけている?)人が多いと聞きます。
どうぞご心配なく。
世界一のソムリエも、トップ・シャトー(やそのセカンドも)を散々飲んだ末、カベルネやメルローは、ほぼ見捨ててますよ。自信を持って、今後もいい自然派ワイン探しを続けていただけばいいと思います。
もちろん今日も、日本の多くのワインショップでは「ボルドー○級格付け!」、「○Pポイント○点!!」、なんてポップやメールの嵐です。ゆえ、今回は最後をこのフレーズとしたいと思います。
“一番大きな音をたてるのは、空っぽの樽である”(フランスの諺)。
追伸:
アーヴィッド氏が働くNYのレストランは、場所も何やら恐ろしいほど暗示的。なんとNY、キング・ストリート5番地。とても短く、NYにしては細い通りであるこのキング・ストリートという場所、1980年代にハウス/ガラージ・ミュージックを生み、今も世界中のクラバーが別格・最大限にリスペクトする伝説のクラブ“パラダイス・ガラージ”があった通り。率いたDJは今も神格化続くラリー・レヴァン。この場所から生まれたハウス/ガラージ・ミュージックが、その後、世界の音楽を塗り替えた。ワインリストでも、キング・ストリート発の革命が世界を塗り替えるのか・・・・・? もしそうなれば、世界はきっと、より良くなることでしょう。
追伸2:
チャーリー・バードのワインリストはこちら↓
https://www.charliebirdnyc.com/#menus
今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
世界一のソムリエの店周辺での、
30年前のヘヴィー・ローテーション。
マニュエル・ゲッチング『E2-E4』
世界一のソムリエが働くNY、キング・ストリート。ここにあったクラブ・ラヴァーの神話的大聖堂“パラダイス・ガラージ”が発掘、世界に広めた歴史的名曲です。いわゆるダンス・トラックではなく、静かな浮遊感あるフレーズが微妙に表情を変えながらループするスタイルは、いわばフィリップ・グラスらに通じるミニマル・ミュージック的要素も。後世のテクノ、アンビエントに与えた影響も巨大でした。ともあれ、この圧巻にして超絶の浮遊感とトランシー度。20年ほど熟成したサンジョヴェーゼのアロマに少しふれた瞬間、意識が急激に切り替わるようなサイケデリック感とも、共通するものがある気さえします。
https://www.youtube.com/watch?v=lUiA0UOKIlc
今月の「ワインの言葉」:
「クラレットは若者の酒、ポートは大人の酒」
サミュエル・ジョンソン(18世紀イギリスの“文壇の大御所”)
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。
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