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合田玲英のフィールド・ノートVol.51 《 サントリーニ島 》

公開日: : 最終更新日:2018/02/05 ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート

《 サントリーニ島 》

サントリーニ島 遠景

 100年前には4800haあったと言われるブドウ畑も現在は1100haほど。観光局作成のビデオによると、帆船での航行が盛んな時代、島には現在の倍の人口である、3万人が住んでいたそうだ。1回の航行距離が伸び、ギリシャ本土に近代的な港が整備されるにつれて、サントリーニ島の重要性は落ち、人口は減っていった。そして1956年の大地震でさらに多くの人が島を離れた。
 1970年代から観光地として人気が高まり、農地としてではなくリゾート地としての土地の需要は一気にあがっていった。と同時にサントリーニ島のワインも知名度が上がり、島内でも観光客に消費され、ギリシャ国内外でも特に注目されているワイン生産地となった。

 カナリア諸島のテネリフェ島やエトナ山麓と同じように、海に近く建築に向く土地は農地から観光用地へと転換していった。それでも島に着くとやはり、ブドウ畑を始めとする農地は多いように思う。風が止むことがなく、暑く乾燥した環境ではブドウだけでなく、チェリートマト、オリーブ、ファヴァ(黄色いレンズ豆)は他のどんな地域にもみられない味わいだ。サントリーニ島の生産品はギリシャ国内でも国外のギリシャ料理屋でもしっかりと認知されている。

 農地としても観光用地としても、価値が高いので、サントリーニ島の土地の所有権はその家の重要な資産となる。売りに出されることがなく、相続の過程で畑の細分化が進んで行った。1100haほどのブドウ畑があるけれど、島全体でワイナリーは20もないそうで、協同組合や大ワイナリーが多くのブドウ栽培農家達からブドウを買っている。また栽培すればブドウが高値で売れる環境なので、栽培家達の栽培方法をより質の高いものへと転換していくことは簡単ではない。

アシルティコの畑

 けれど、もともと火山が3600年前に大噴火を起こしできた島で、標高が高い畑も多くあり、昼夜の寒暖の差が大きく、風も強い。何十メートルも積もった火山灰により、フィロキセラ禍を免れ、そのおかげで樹齢100年を超える古樹が簡単に見つかる。これからもその被害にあう心配はないので接木なしでの植樹ができる。他の地域ではみられない固有品種、特にアシルティコ、アイダニなどの白ブドウは唯一無二。優れた醸造用ブドウができる要素を挙げれば枚挙に遑がない。

 この地への愛情とワイン造りへの情熱を持つ人にとっては最高の場所だ。多くの可能性を秘めている。

《 ハリディモス・ハツィダキス 》
 2017年8月11日、ハリディモス・ハツィダキスが亡くなりました。猛暑と乾燥で2017年の収穫は例年よりもかなり早く、その収穫の2日目のことでした。
 サントリーニ島のあまりある可能性を見出した、ハリディモスがハツィダキスワイナリーを設立したのは、ちょうど20年前。彼が30になる年のこと。元々はクレタ島出身で、醸造学校を卒業後7年間、サントリーニ島、クレタ島のワイナリーで経験を積みました。畑での仕事、ブドウの品質がワインの品質に如実に影響を与えることを感じていたハリディモスは、島の栽培家達に薬品散布に頼らない栽培を指導し、高品質のブドウを手に入れることに多くの努力を注いできました。寡黙な人でしたが、少し子供っぽい仕草は、多くの友人を引きつけ、彼の情熱に心を動かされ、彼を助けてきました。
 泥臭い畑仕事が好きで、醸造知識も豊富な職人気質のハリディモスの生み出すワインは、とびきりの迫力と繊細さを兼ね備えています。

 以下は、ギリシャ音楽の演奏家でもあり、フランスのワイン雑誌、ル・ルージュ・エ・ル・ブランにも長年寄稿している、ソロン・ドゥリゲリス氏の文章の抄訳です。

 http://www.lerougeetleblanc.com/pages/articles.php?id=102

“ハリディモス・ハツィダキス。遺されたサントリーニ島”

 2017年、サントリーニ島での収穫は例年よりも早く、そして、ハリディモス・ハツィダキス不在のまま終わろうとしている。
 ハリディモスはいってしまった。50歳を目前にして、多くの仕事を残したままいってしまった。
 彼のことを知っている人ならば、才能と向上心にあふれ、寛容な彼の性格に隠れた、憂いを含んだ眼差しと、ある種の悲しみを帯びた微笑みに気づいたことだろう。
 私は彼と初めてあった時のことをよく覚えている。彼の住んでいたピルゴス村の近くの、ほんの小さなワイナリーで、もう15年以上も前のことだ。取材に同行した者たちは、彼の混乱と乱雑をきわめた小さなセラーを覚えているはずだ。
 「いったい、どんなワインを見せてくれることやら?」と私は内心疑っていた。
 彼は樽の上に登り、ピペット(クレフティス:ギリシャ語で泥棒の意味)を片手に、”このワインについてどう思う”と我々に尋ねた。そして、テロワールに情熱を注ぐこの魅力的な人物との意見交換は一日中つづき、つながりは深まっていった。
 詩人カヴァディアスは、サントリーニ島のワインを≪澄明なる光輝≫ と詠んだ。(注)
 まるでハリディモスのワインそのものではないか。樽使用、非使用の2種類のワインしか造られていない中、キュヴェn°15、ミロス、ニクテリ、ピルゴス、ルーロスなどのリュー・ディを見出した。
 彼の造ったワインは、何年後かに姿を消していくだろう。しかし彼の精神とこの島で生み出された数々の独創的発想は、サントリーニ島だけでなく、ギリシャのブドウ畑全体に息づいている。

ソロン・ドゥリゲリス

最後に。彼のような、才能に溢れ、多くの人に愛された人物が去ってしまったことは、残念でなりません。しかしソロン氏の綴っているように、ハリディモスの精神は多くの人に受け継がれています。今は彼が安らかな眠りにつけていることを、ひたすら願うばかりです。

ハリディモス・ハツィダキス 近影

 

(注)ニコス・カヴァディアスの詩“FATA MORGANA”(蜃気楼)より。原題のケルト語は、天災を予告する美女の象徴とのことです。そのなかでカヴァディアスは、「澄明に輝くサントリーニのワイン」と述べています。

 

~プロフィール~

合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2007年、2009年:
フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫
2009年秋~2012年2月: レオン・バラルのもとで研修
2012年2月~2013年2月:ギリシャ・ケファロニア島の造り手 (ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修
2013年2月~2015年6月:イタリア・トリノ在住
2017年現在、フランス在住

 
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