Sac a vinのひとり言 其の六「型があっての型破り」
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建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
先日、ふと目にしたとある資格試験の例題:
「次の四つの選択肢の中からComteに合うものを選びなさい」
1 Chablis Grand Cru
2 Marc de Bourgogne
3 Coteaux Champenois
4 Vin Jaune
とかいう問題だったと思う。 正解は4。
フランスで味わったマリアージュの中でも最高峰のものの一つであると思いますし、
クラシックな組み合わせを覚えるという意味では、とても重要なことだと思います。
ただ、一つ不安なのは、受験生が「なるほど。ComteにはVin Jauneが合うのだな」と刻み込むならいいのですが、
「なるほど。この組み合わせならComteが正解で、あとは不適解なのだな」と思ってしまうことである。もちろん、合わないなんてことはあり得ない。
熟成が12か月から16か月くらいのアルパージュ物で、少し野草のアフターを感じるComteをやや冷やし目(14℃くらい)でサーブした場合:
例えば2011年や2008年などのChablis Grand Cru、例えばLes Preuses等と合わせると、その相性は非常にチャーミングである。
24か月以上熟成でアミノ酸のシャリシャリ感のあるComteならば、大体12℃くらいにしてその食感と口の中に広がるうまみでMarc de Bourgogneと合わせ、
アペリティフにも、Barで大きめのグラスにたゆたわせながらやるのも、乙なものである。
3に関しては、白なのか赤なのかによって条件が違い過ぎるので明言はしかねるが、白ならば前述した1番と同じような扱いで大丈夫である(キンメリジャン土壌)。
と、このように、なにか合わせるものに対して、「これは最高!」というものは存在するし、それらは非常に打率が高い。そういう組み合わせがクラシックとして残っている、いわゆる「正解」である。
しかし、お客様が求めるものが「正解」とは限らないのが面白くも難しいところで、ケースバイケースと言えばそれまでだが、状況に即した答えはプロとして複数持っておきたい。
「正解」と「正答」が同じとは限らないのである。
例。
問い:「黒豚バラ肉のロースト マスタードソースに合うワインを提案しなさい。
ただし、 顧客Aには赤、Bには白、Cにはあなたのおすすめ、とする。
条件:顧客A 40代半ばから50代前半位の男性。レストランに慣れている感じの方
顧客B 30代後半くらいの女性、奥様?香水の匂いやや強く化粧は薄目。こちらも慣れた様子
顧客C 20代半ばの女性 やや緊張した様子で あまり慣れていない様子。連れてこられた?ゲスト?
状況:肉料理の前までChampagne Blanc de Noirsで通されて、メインに1本は多いのでグラスでお任せを、という」
さて貴方なら どのような提案をされますか?
〈クラシック〉に行くなら
赤 saint josephやFaugeres。ややスパイシーで飲みごたえのある赤
白 Chateauneuf du PapeやAlsace Grand Cru Pinot Gris。芳香性のメリハリの利いたやや甘いニュアンスのある白(甘い訳ではない)
〈お任せ〉なら
余り攻め過ぎず、味の主張がわかりやすいキャッチー、ある意味ではあざといワインを用意するとよい。CondrieuとかBeaujolaisとか。
で、 もし対象のお客様と信頼関係が出来ていて、一歩踏み込んだ提案をする場合:
赤 マスカットベリーAの樽熟成の物を大ぶりのグラスで。またはZinfandelの冷涼な年の物。
白 トカイフルミントドライを、リースリンググラス、またはアシリティコをモンラッシェグラスで。
〈お任せ〉グレコビアンコをキリッと冷やしたもの、マルサネロゼをやや冷やし目、軽めのバルベーなど
このあたりをお勧めしても面白いかもしれない。
ここでポイントなのが、二つ目のほうがより突っ込んでいてレベルの高いマリアージュなのだ!とかいうことではなく、こういう選択肢もあるというだけであり、一つ目と二つ目に優劣は存在しません。ただ満席で手が足りず、あまり一つのテーブルに時間が割けない場合や初めてのお客様の場合、クラシックな組み合わせは安心感があり満足度も安定している。
しかしながら、いつもそればかり出していては、常連のお客様に飽きられてしまう。
幅があればお客様に満足していただける、というわけではありませんが、プロとしてより多くの選択肢を持ち、どのような場面にも対応できるように準備を怠らない、とありたい。
そのためにも、一つのことに固執せず、頭を柔らかくしてワインに向き合っていきたいものだ。
コースに対するワインの選択
前回書ききれなかったコースに対するマリアージュの具体例を記していきたいと思う。
ここでは以前、実際に私が某店で提案していたペアリングの1バージョンを掲載したい。
稚鮎のベニエ 南高梅の泡のソース:
料理単体で見た場合、フランチャコルタやカバが良いが、食前酒で既に口にされている方が大多数のため、私は
― トスカーナのサンジョヴェーゼのロゼを、小ぶりのグラスでキリリと冷やして
マリアージュとしても美味しいが、それ以上に、一杯目にロゼを出す事により「今日は色々と変化をつけて出しますよ」という意思表示にもなる。ひとことで言えばジャブであり、お客様との距離感を掴むためのワイン。組み合わせとしても、鮎のほろ苦さとベリー系のサラッとした果実味が好相性。
白アスパラガスの冷たいスープ:
定石で行けばリースリングであるだろうが、それは甘みの強いジューシーな物の場合。こちらは若干のえぐみとほろ苦さが感じられるため、
― サヴォアのシャスラを15℃くらいで
提供すると、不思議なことにワインと生クリームの味が消えて、純粋なアスパラガスの風味だけが口の中に残る。是非一度試していただきたい組み合わせ。
真鯛と山菜のサラダ仕立て:
一見簡単そうに見えるが、様々な要素(魚の風味と旨み、山菜の苦み、えぐみ、水分)を内包しているためジャストで合わせるのが非常に難しい
ソーヴィニヨンブランやシャルドネを合わせる方もいると思うが私は
― プーリアのグレコ
のチャーミングな果実味、口当たりのいいかすかに感じられる甘みとキレのある酸味で、全体をまとめ上げた。
火烏賊[ヒイカ]のファルス(ジャガイモとチョリソ) ソースディアブル:
地中海を感じさせる一皿。ボリューミーな白を合わせた方が良いかと思われるが、その前までに白が続いているためここで一回展開を変えたい。そこで
― タラゴナのアンフォラ熟成のガルナッチヤ
を提供した。口にしていただくまでは皆様半信半疑でしたが、全員に太鼓判をいただいた自信をもって進められるマリアージュ。
烏賊の甘みとジャガイモのテクスチャー、チョリソの油脂と辛味が、地中海の風と太陽をたっぷりと浴びた甘みすら残るふくよかな赤にジャストミート。
アマダイの鱗焼き:
シャキシャキした鱗の食感とジューシーで控えめなうまみ。ここにあまり辛口で要素が強いワインを持ってくると、たとえ美味しくても料理の世界観を壊してしまう。
かといって、あまりフルーティーなものもそぐわない。よって少々変化球ではあるが、
― 前日抜栓して完全に泡を飛ばして、かつ常温に戻したプロセッコを、モンラッシェグラスで
提供した。甘くはないが発泡性ワインの持つ独特のリッチさを持ち、かつ、ぶれない酸味がある。鱗との親和性のため、あえて常温でサーブする。説明が必要ではあるが、出す価値のある一杯。
乳飲み子羊の燻し焼き:
今年の輸入再開を受けて、各地が沸いた食材。懐が広い食材のためいろいろな選択肢が考えられるが、ここはあえて、
― コートドニュイのピノ。年は2011とか2013。 この際は、マルサネをサーブ
と行きたい。普通すぎるとか王道過ぎる、という指摘もあるでしょうが、私はクラシックの持つ安心感と満足度、そしてコース料理の意味というものを尊重したい。
勿論ほかのワインでももっと合うものは有るかもしれないが、それ以上に大切にしたいのが「気持ちの落としどころ」である。
驚きや発見、感動は必要ではあるが、それと同様やそれ以上に安心感や納得という感情は重要で、ここできちんとストンと気持ちを落としておかないと、食べ終わった後の気持ちの落としどころがなく、なんとなく宙ぶらりんになってしまう――と、私は思う。物語はきちんと完結させないといけない。
ラインナップだけ見ると、ソムリエが前面に出過ぎているように見受けられるかもしれないが、実際に味わっていただくと理解していただけるのが、「コースペアリングとは、そのコースの主張をより理解しやすくかつ増幅させるもの」ということである。
之よりも美味しい組み合わせは幾らでも有るだろうが、このコースを最大限生かす組み合わせとして、之は人に自信をもって進められるペアリングである。
因みにこれらの組み合わせは全て某社のワインである。不正は決して無かった・・・はず?
~プロフィール~
建部 洋平(たてべ ようへい)
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー。