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ファイン・ワインへの道vol.12

シャンパーニュを巡る不思議(な法律)

 1リットルあたり24gもの白砂糖が、醸造時に毎年当然のこととして投入されるワイン。というか、この砂糖がないと、ワイン自体が成立しない有名産地といえば・・・・・・。
 はい。シャンパーニュですね。
 シャンパーニュの泡を作るために、二次発酵時に酵母と共に投入される蔗糖は、ななかなに立派な重量、です。酵母も、大抵の生産者は培養酵母になります。

24gの砂糖。ベースワイン1Lに対して添加され、シャンパーニュの二次発酵が始まる。

 先日来日した畏敬するシャンパーニュ生産者【ブノワ・ライエ】さんと、二次発酵時の砂糖と酵母の話をしていた時、「二次発酵を、貴方の畑のブドウ果汁の糖分で進めることはできないのか?」と尋ねた時、ライエさんは苦渋の表情で「それはAOC法で禁止されてるんだよ・・・…。僕らとしては、是非試みたいのだけど」と肩を落としていました。ちなみにブドウ果汁で二次発酵を進めることは、EU法では何の問題もありません。 この、二次発酵時の蔗糖の原料ですが、なぜかAOC法ではビーツとサトウキビに限定されている。つまりブドウのマストは違法。
 24g/Lもの砂糖が、ベースワインに添加され、約1~1.5%のアルコールに変わるとあれば、その砂糖自体の質がシャンパーニュに影響を与えるだろうことは、想像に難くありません。もちろん、ライエさんなど偉大な生産者は、この点にもしっかり気を配り、現在、氏は「様々な蔗糖を試した結果、今はオーガニック認証を持つ、ドイツ産ビーツ由来のテンサイ糖を使っている。サトウキビ由来の白砂糖は、うちでは使わないよ」とのこと。
 同時に来日した、シャンパーニュで最も長いビオディナミ栽培のワイン造りの歴史を持つ【フルーリー】でも、同じテンサイ糖を使っているそうです。
 ちなみにこのフルーリーさん、二次発酵時の酵母でも、非常に意義深く先駆的な試みを成功させています。それは、自社畑からの優良酵母を選別・培養した、オリジナル酵母「クオーツ」の開発。かの【エルヴェ・ジェスタン】の協力の元、2009年に生まれたこの酵母、来日したブノワ・フルーリーさん曰く「この地方のピノ・ノワールの特徴であり、大きな魅力である赤いフルーツのアロマを、素晴らしく美しく引き出す力がある酵母だ」とご満悦の様子でした。
 もちろん、二次発酵時の添加酵母問題については、ブノワ・ライエさんも現状に安穏としている訳ではありません。会話時、ひときわの眼力を込めて「2018年から、自社畑の酵母のみで二次発酵させる実験を始める予定だ。私も、大いに楽しみにしている」と語ってくれました。

 ちなみに先日、マスター・オブ・ワインとしては珍しく(?)、大の自然派ワイン党のイザベル・レジュロンが著した『自然派ワイン入門』には、シャンパーニュについてユニークな姿勢が見られました。それは、「(この本では)糖を加えず造られるワインだけを取り上げる」、「(シャンパーニュでは)二次発酵時の酵母添加が法律で求められている。全く馬鹿げた事態に思われるが、生産者はこのプロセス(瓶内二次発酵)のために新鮮なマストを使うことは許されない(AOC法上)」という理由を論拠に、約70ページ近くに渡って展開される、彼女推奨の自然派ワインのリスト中には、シャンパーニュはただの1本も含まれないのです。(例外的にマストでの実験を重ねているというアンセルム・セロスの他、ダヴィッド・レクラパール、フランク・パスカル、セドリック・ブシャールといった生産者は、名前だけはサラッとふれられていましたが)。
 二次発酵時の砂糖と酵母添加を元に、シャンパーニュを自然派ワインとしない、とはなんとも過激な見解。今後、大いに論議を呼びそうですね。
 少し話はそれるのですが、彼女の著書の中で有意義と思えた部分が一つ。それは、誰もが経験上知っていても科学的に説明できなかった“低亜硫酸塩添加ワインが、二日酔いになりにくい”という現象への、一つの回答を示したこと。論拠は英、サウザンプトン大学、人間栄養学科による「二酸化硫黄:グルタチオンを強力に除去できる物質」(1996年)という論文。このグルタチオンという物質、体内にあり、アルコールの分解過程で発生するアセトアルデヒドの分解に不可欠のもの。先の論文によると、人の身体に(ひいては楽しくワインを飲むのに)大切な大切なグルタチオンは、二酸化硫黄(亜硫酸塩)によってとても破壊されやすいのだそう。だから・・・・・・、
 亜硫酸塩たっぷりのワインは二日酔いになりやすい、もしくは(私のように)亜硫酸塩たっぷりのワインに口をつけないと、二日酔い知らず、だったのかも、です。
 さらにこの本、他にも科学的側面で興味深い記述がありました。
ローマ大学医学部、臨床栄養学科の研究で「亜硫酸の入っていないワインを飲むと“悪玉”とされるコレステロールが減る」。「オーガニックの果物は、ポリフェノールを最高で58%多く含む」という報告、イタリア、コネリアーノ醸造学校のディエゴ・トマージ博士の「化学物質を使わず、土を耕さず、剪定せず葉も取らずに栽培したブドウは、通常のブドウに比べてレスベラトロール(抗酸化物質)が目に見えて多かった」という報告などなど。
 皆さんが薄々(しっかり?)感じられていた、何だか自然派ワインって、美味しいだけじゃなく身体にもいい気がするって感覚に、少し論拠をくれていますね。この本は。

 あっと、今回はシャンパーニュの法律の話でした。
先に挙げた「マストでの二次発酵禁止」という法律は、どうにも“品質より効率優先”のための法律なのかな? と思われた皆さんに。もう一つの判断材料。
 フランスのブドウ栽培の北限であるシャンパーニュで、どうしてブルゴーニュなどよりも、はるかに高い収量が認められているのか・・・・・・という不思議です。
 シャンパーニュの法定収穫上限は年により変動し、基本10.5t/ha前後(2016年のような凶作年でも10.8t/ha)ですが、2011年のような豊作年には12.5t/ha。ヘクトリットル概算では通常67.2hl/ha,豊作年80hl/ha となります。もちろん、そのうちの約1/5となる二番絞り(タイユ)は使わない生産者もいますが・・・・・それでもシャルドネとピノ・ノワール、つまり高品質にはまず低収穫が肝要となるブドウ品種で・・・・・より温かいブルゴーニュよりはるかに高い収量を認めてしまうINAOの法律って、誰のためのものなんでしょうね? (消費者、というよりは、生産者のため?) これはもう不思議というか・・・・、謎? 闇??の域。
 思わず、かつてカーミット・リンチ(アメリカの自然派ワイン輸入業者の嚆矢。1980年代から輸入した、マルセル・ラピエールのワイン造りにも影響を与えた)が喝破した、
「INAOを現在動かしている連中は“斜面とは平野である”という考えを私たちに受け入れさせようとしている。非常識以上のことで、合法化された詐欺なのだ」との言葉を、思い出さずにはいられない、ですね。“合法化された詐欺”、すごい表現です。

 もちろん、当然安心してください。フルーリーさんやブノワ・ライエさんの収穫量は、法定上限よりはるかに低く50hl/ha前後とのこと。
 それゆえの、傑出して豊かな精神性と知性を感じさせる味わい、天女の羽衣が美しく何十枚も重なったような霊妙な奥行きは、ライエさん曰く「どんな先祖がいたかも含め、のべ200もの要素から成り立つのだよ。テロワールとは」というこの地の深みを、輝かしく表現してくれていましたので。
 と、とても回りくどくなったのですが、要はもう皆様お気づきのとおり。どうやらAOC法が守るのは消費者や高品質ではなく、量産志向生産者の利便と強欲、のようにも見える地域、シャンパーニュだからこそ、よりシビアでタフな生産者選びが必要だということですね。
当たり前すぎる結論? で恐縮です。

 

今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
インドネシア、宮廷音楽。
古典チル・アウトの風鈴感。

『ジャスミン・アイル ~ジャワのガムラン音楽への誘い』
(ワーナーミュージック・ジャパン WPCS-16053)

ガムラン? 騒々しいでしょって? いえいえ。インドネシア伝統音楽は、ブルゴーニュワイン同様に奥深いもの。少人数編成で静かな、ゆ~ったりチル・アウトできる音楽も、いっぱいあります。
まるで、風通しのいい森の家の縁側で、涼しくほのぼのと風鈴の音を聞くような、和み音楽。ジャワの貴族のための、宮廷音楽として発達した音とのことですが、エアコンのない時代、暑いインドネシアにいかに涼しく心地よい空気を、音で届けるかということに智恵を絞ったインドネシア人の叡智と、素晴らしい才能に、聞けば聞くほど敬意が湧きます。
冷たい白ワインやシャンパーニュと共に楽しむと、即、脳内ヴァカンス効果も、たっぷりですよ。

https://www.youtube.com/watch?v=_n-UQALC3UY

 

今月の「ワインの言葉」:
「今じゃ誰もが“空っぽ”に見えるワインを欲しがっている。昔は、ワインの透明度など気にしていなかった。フルーツジュースなら、透き通ってなきゃならんとは誰も思わんだろうが」
ジュール・ショーヴェ(マルセル・ラピエールの師で、現代フランスの亜硫酸無添加醸造の先駆的ミクロ・ネゴスにして化学者。1989年、84歳で没)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。


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