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ドイツワイン通信Vol.53

公開日: : 最終更新日:2016/03/02 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

知られざるモーゼル

 2月は逃げる、とはよく言ったもので、早くも3月の足音が近づいている。そして3月と言えば、デュッセルドルフのプロヴァインである。ドイツワインだけでなく世界各国から生産者が集結し、今や欧州屈指のワインメッセが今年は13(日)~15(火)の三日間開催される。ドイツの主要な生産者が加盟する生産者団体VDP.プレディカーツヴァインギューターはもちろん、各生産地域の生産者団体やエコヴィン、デメターなどビオワインの生産者団体の他、現在のドイツワイン業界に活気をもたらしている若手生産者団体も多数出展する。ドイツワインだけでなく隣国のオーストリアからも生産者が大勢来るので、会場の一部はさながらミニ・ヴィーヴィヌムといった様子だし、ジョージア、クロアチア、トルコなどマイナーな生産国も力の入ったブースを出しているので発見には事欠かないだろう。

  かく言う私はドイツに住んでいた頃は毎年訪れていたものの、帰国してからはご無沙汰している。というのも、この時期のホテル代が高騰して個人には負担が重すぎるからだ。ホテル側も業界向けイヴェントなので宿泊費は経費で落とされるものと鷹をくくっているフシがある。また新酒のリリースには時期が早すぎるので、試飲に供されるのは一昨年のヴィンテッジかバレルサンプルが多い。ワインの生産地域からも若干遠いので、メッセが終わった後に醸造所巡りをしようにも移動に時間と費用がかかる….と、イソップの狐のような言い訳を毎年考えている。ともあれ、行って損は無いので、興味を持たれた方はプロヴァインのサイト(www.prowein.comか日本語のprowein.messe-dus.co.jp)をご参照下さい。

 

 試飲イヴェント目白押しのドイツ

 もっとも無理して3月に行かなくとも、翌4月末にはマインツでVDPの大規模な新酒試飲会『ヴァインベルゼWeinbörse』がある。各生産地域の主要生産者の新酒の仕上がりを見るならば、むしろそちらに行ったほうが良い。今年は24(日)と25(月)の二日間で、約200の醸造所がドイツ全国から集結する。さらに23日(土)には、ラインヘッセンの生産者達がVDPラインヘッセンとコラボした『オルツヴァインOrtswein』の新酒試飲会が、やはりマインツで開催される。『オルツヴァイン』とはブルゴーニュで言うところの村名ワインで、ラインヘッセンでは特にオルツヴァインの品質を向上させることに力を入れている。オルツヴァインの上に『ラーゲンヴァインLagenwein』という単一畑のワインもあり、こちらの方が上の格付けになるものの、品質は生産者によってばらつきが大きく認定も自己申請なので信頼性に欠ける。ラインヘッセンなら『オルツヴァイン』がコストパフォーマンス的にも狙い目だ。ちなみに、オルツヴァイン、ラーゲンヴァインともに、ラインヘッセンの若手醸造家達がVDPの格付け制度を自主的に取り入れたもので、未だに果汁糖度が基準になっているドイツワイン法とは関係ない。

  ともあれ、3月がダメなら4月がある。そして4月がダメでも5月がある。5月8日(日)にヴュルツブルクでVDPフランケンの新酒試飲会があるのだ。そこでは各生産地域のワインを一度に、とはいかないが、仮に4月のマインツのヴァインベルゼに参加して全国の生産者の新酒を試飲する機会を得たとしても、私の場合は試飲能力をフルに発揮出来るのは午前中なので、結果的に得るものはそんなに大きくは変わらない(と考えることもできる)。試飲会でVDPフランケンを概観した後翌日以降個々の醸造所を訪問するのは容易だ。なにしろ生産地域の中心地で開催されるのだから。

  さらに5月が叶わなくても今年は6月4~6日にウィーンでヴィーヴィヌムVieVinumがあり、VDPが出展する。もっとも、そこではオーストリアワインが主役なのでドイツワインまで手が回らない公算が大きい。6月10~12日はモーゼル中部で『ミソス・モーゼルMythos Mosel』と題した大規模なワイン祭りが開催される。ユルツィヒ村からピュンダリッヒ村の複数の村の主要醸造所が訪問者に門戸を開放する試飲会で、村と村の間をシャトルバスが運行するので移動も楽だ(mythos-mosel.de)。さらに6月26日にはVDPアール、ナーエ、ミッテルライン、ラインヘッセンの合同新酒試飲会が、7月11日にはVDPバーデンの新酒試飲会がある。

  事ほどさように、ドイツは考えるだけでわくわくするような試飲会が目白押しなのだ。今年再開されたドイツワインインスティトゥート(DWI)の日本支部、ワインズ・オブ・ジャーマニー・ジャパンでは、ワイン産地の訪問支援制度を設けたそうだ。もっとも個人単位ではなく6人以上の団体が対象で、インポーターの買い付けに同行というかたちをとる他にも条件があり(3つ以上の生産地域に赴き、1日2醸造所以上をまわり、行程のどこかで1, 2時間程度DWIのレクチャーを受けること)、その上一人あたりの支援額は航空券代の大部分をカバーする程度なので中途半端な気もするが、もしも伝手や機会があって利用することが出来ればそれに越したことは無い。ドイツワインには限らないけれど、一度でも産地を訪れるとその地のワインに対する理解は一気に深まり、その後も親しい気持ちとともに思い出すことになることは、身に覚えのある方も多いに違いない。

  そんな訳で次の訪独をいつにしようかとつい考えていたのだが、まず現実に立ち戻り懐具合を考え、次に昨年の訪問体験もまだアウトプットしきれていないことを反省し、とりあえず予定を白紙に戻した。昨年4月のプレスツアーのレポートはヴィノテーク9月号に掲載されたので良いが、8月と12月の訪独はフェイスブックに手短に報告したに留まり、12月のモーゼルは一部をヴァン・ナチュール最新事情としてドイツワイン通信Vol.51でお伝えしたものの、取材してもテープ起こしが終わっていない生産者がいくつもあり、これらはいずれ早いうちに形にしなければと思っている。

  昨年12月のモーゼル上流訪問については、先日ささやかなセミナーを行うことで少し肩の荷を下ろすことが出来たけれど、ここでは少し視点を変えてお伝えしたい。念のため補足すると、ドイツワインにまつわる体験を伝えることは現地に住んでいたころからの習慣のようなもので他意は無い。何か伝え切れていないことがあると、便秘のようでどうもスッキリしないのだ。時間を割いてくれた生産者にも申し訳ないし、そういう形で不義理が積み重なると、いつかしっぺ返しが来るに違いないという気がする。小心者と思われても仕方が無い。

 

 知られざるモーゼル・石灰質土壌の上流域

 さて、モーゼル川はアルザスに近いヴォージュ山脈に水源を発し、ドイツ・ルクセンブルクの間を通ってドイツに入り、やがてライン川に合流する。フランスではロレーヌ地方の川沿いに二つ生産地域があるが(AOC Moselle, AOC Côtes de Toul)、ここで取り上げるのはドイツとルクセンブルクの国境となっている約42kmの両岸に広がる産地である。右岸にあるドイツ側の斜面は緩やかで、ルクセンブルク側の斜面はやや急だ。しかしモーゼル中流ほどではなく、そのスケールもやや小振りで箱庭に似た趣きがある。風光明媚で春から秋にかけての週末は、ブドウ畑やその周辺に広がる森や牧草地を散策する観光客達で醸造所に併設された居酒屋が賑わい、川面を遊覧船がゆったりと行き交っている。

  このあたりはパリ盆地の周辺部に位置し、ルクセンブルク側の1295haとドイツ側の827haのブドウ畑の土壌はどちらも三畳紀の石灰質を含む土壌が主体で、年間平均気温・降雨量・日照時間もほぼ共通している。だから自然環境的には二つの国にまたがる一つのワイン産地と言っても差し支えない。土壌は東に隣接するザールからモーゼル下流にかけて、ほぼ粘板岩一色となる。つまり、モーゼル上流地域はモーゼルの中流・下流とは異質な土壌が支配する、モーゼルであってモーゼルではない、いわば「知られざるモーゼル」である。

 

 栽培品種に反映される生産地区の事情

 栽培されている品種を見ると、ドイツ側はエルプリングとブルグンダー系が大半を占め、リースリングはごく少ない。一方ルクセンブルク側ではリースリングは12.5%を占め、他にミュラー・トゥルガウとブルグンダー系(ピノ・ブラン、ピノ・グリ、ピノ・ノワール)とシャルドネ、オクセロワ、エルプリングが栽培されている。つまり、ドイツ側はエルプリングとブルグンダーを、ルクセンブルク側はリースリング、ブルグンダー、それにオクセロワを重視している点にそれぞれの産地の特徴が表れている。

  ドイツ側でリースリングをほとんど栽培していないのにはいくつか理由がある。一つは栽培条件が不利なことで、冷涼で降雨量がやや多いうえに、地面が石灰質で白っぽい。暗色の粘板岩ならば昼間に吸収した太陽熱を夜間に放出して温暖な微小気候を形成するが、白茶けた石灰質ではそれがない。そしてブドウ畑の傾斜がゆるいのでモーゼル中流の急斜面ほど日照効率も水はけも良くなく、収穫期に雨が降ると湿気と黴で房が傷みやすい。早熟なエルプリングはそのリスクを軽減してくれるうえに量がとれる。昔クラインベルガーと呼ばれて中世以来盛んに栽培されていたのも、十分の一税を納めるのに都合が良かったからだ。

  一方、対岸のルクセンブルク側でこうした難しい栽培条件にもかかわらずリースリングが栽培される一つの理由は、自分の国のブドウ畑で栽培されたリースリングを飲みたい、という需要があるからだ。同じモーゼルの中流・下流では世界的に賞賛されるリースリングが生産されている。それなら自国のブドウ畑ではどのような個性を見せるのか試したいという熱意が原動力となって、傾斜が急で南を向いた斜面の、風が吹き抜けてブドウが乾きやすい区画でリースリングが栽培されている。

  ルクセンブルク産の優れたリースリングの収穫量は15~35hℓ/haと少なく、冷涼な産地らしい繊細さと軽さを備え、ファルツやラインヘッセンのリースリングに比べると小柄で愛らしい。小売価格は15Euro以上とドイツ側の生産者のエルプリングが5Euro以下からあるのに比べると高価だが、金融機関やEU関連機関が集中していて経済力があり、ワインの年間消費量も55.4ℓとドイツの2倍以上飲むルクセンブルクの消費者達は、好んで自国産のワインを購入するという。

 

 オーバーモーゼルに変化の兆し

 地元消費とスパークリングワインの原酒供給に依存していたドイツ側のオーバーモーゼルには近年変化が起きつつある。同じ石灰質土壌の冷涼な産地で、シャブリやシャンパーニュに比肩しうるポテンシャルがあるはずだと、ザールのファン・フォルクセン醸造所の初代醸造責任者だったゲルノート・コルマンは考えた。そこで10年ほど前に約3haの耕作放棄されていたブドウ畑を購入し、25種類のシャルドネのクローンの他にヴァイスブルグンダー、グラウブルグンダー、トラミーナー、ムスカテラー、ヴィオニエを植えた。これら異なる品種を同時に収穫して一度に圧搾し、容量約1200ℓの木樽で野生酵母により発酵し、2011年からリリースしている(Weingut Rinke, Langsurer Brüderberg Muschelkalk trocken。ラシーヌでは扱っていない)。スッキリとして軽く素直な辛口が多いオーバーモーゼルの中で、エキゾチックなフルーツのアロマのアクセントと深みのあるボディが印象的的なワインだ(詳細は拙ブログhttp://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/diary/201407160000/をご参照下さい)。

  ゲルノートの試みはオーバーモーゼルの可能性を示している。しかし一方で、彼の試みがオーバーモーゼル全体に適用可能かというと難しいように思われる。というのも、彼が栽培しているのは数少ない南向きの斜度50~75%に達する急斜面で、ルクセンブルクとの国境から離れたトリーア寄りのモーゼル川左岸にある例外的なブドウ畑なのだ。土壌は貝殻石灰質で共通していても、立地条件はモーゼル上流としては恵まれすぎている。オーバーモーゼルにはこれほど急な南向き斜面は皆無である。

  とはいえ、ゲルノートがこの畑の好条件を見抜いて再開発してみせた慧眼と、オーバーモーゼル地区ではシンプルなワインしか出来ないという先入観に逆らってプロジェクトを立ち上げたことは賞賛に値する。16年前にローマン・ニエヴォドニツァンスキーとタッグを組んでファン・フォルクセン醸造所を復興し、ザールの辛口系リースリングのポテンシャルを世に知らしめ、100年前のリースリングの栄光を現代に蘇らせた功績は、開業当時経験のまだ浅かったローマンを支えたゲルノートにも帰するべきところがあると思う。

  ルクセンブルクの生産者達の中には対岸のドイツのワイン村出身者もいて、産地全体の傾向としてはドイツ的な部分とフランス的な部分の両方がある。高品質を目指す生産者はリースリングもブルグンダー系もヘクタールあたりの収穫量を絞っているが、私が訪問した醸造所ではリースリングはステンレスタンク、ブルグンダー系はバリック樽で醸造し、リースリングは畑毎に、ブルグンダー系は複数の品種をアサンブラージュしてリリースしていた。スタイル的にはアルザスに近い印象を受けるが大柄ではなく、冷涼な気候故に繊細で品良くほどよい複雑さを備え、樽香も強すぎず料理に合わせやすく使いやすいワインが多い。レストランで食事をすることを好むルクセンブルク人の嗜好にぴったりと寄り添っている。

  一方、ドイツ側の生産者達がエルプリングとブルグンダー系に力を入れるのは、モーゼルの他の地区の生産者達とリースリングで勝負しても勝ち目は無いと考えてのことでもある。しかし温暖化と栽培醸造技術の向上で、かつては薄く味気なかったエルプリングも、近年は快適な果実味の理想的な食中酒が増えた。値段の手頃さも大きな魅力だが、ゲルノートに続いてオーバーモーゼルの秘められたポテンシャルを引き出したワインの登場が待たれている。

  かつてはラインヘッセンの大部分も、もともとがじゃがいもや砂糖大根の畑だったのだから優れたワインは出来るはずがないと思われていた。しかし現在は若手醸造家達がしのぎを削る、高品質な産地へと変貌を遂げた。ラインヘッセンのテロワールを信じた一部の生産者達が起こした変革が、産地全体を変えたのだ。オーバーモーゼルでもいつの日かそうなる日がやってくることが無いと、誰が言い切ることが出来ようか。

 (以上)

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。


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