ドイツワイン通信Vol.45
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北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
ドイツワインの基礎知識
6月13日から20日かけて、ドイツのブドウ畑では今年の花が咲いた。「これほど完璧な開花は何年ぶりだろう」と、ザールのファン・フォルクセン醸造所オーナー、ローマン・ニエヴォドニツァンスキーは6月18日にフェイスブックに書き込んでいる。温暖なグラン・クリュの畑では既に花は散って、結実したブドウの果粒は小豆くらいの大きさになりつつあるそうだ。その一方、ザールの川沿いを外れた冷涼な谷間にあるブドウ畑は今まさに満開で、えもいわれぬ繊細な香りに満ちているという。リースリングは結実から120日前後で収穫を迎えるが、今年は10月中旬頃になる見込みだそうだ。
早いもので日本に帰ってきてから既に3年と10ヵ月が過ぎようとしている。いま市場に出回っているのは2011年産以降のものがほとんどなので、私がドイツにいた頃に収穫されたワインは次第に見かけなくなってきた。ラシーヌで半年間、毎月ドイツワインセミナーをさせて頂いてからも3年が過ぎようとしているので、このあたりで一度初心に帰って、ドイツワインの基礎をおさらいしてみたい。まずドイツワインの特徴を形作る地理的・気候的条件を手短にまとめ、次にいささかやっかいな格付けについて概観する。最後に各産地のリースリングの個性を大まかに紹介して、ドイツワインにアプローチする手がかりとしたい。では、始めよう。
(1) 地理的・気候的条件
そもそも、ドイツという国は日本の緯度と比較した場合、どのあたりにあるのか? 答えは北海道よりも北である。ラインガウのあるあたりが北緯50度だが、それをずーっと東に辿ると樺太の真ん中あたりに行き着く。北海道よりも北国なのだけど、メキシコ湾流が南からの暖気を運んで来るので、ヨーロッパ西北部に位置するドイツでもブドウ栽培が可能となっている。
とはいえ、ドイツ全域でブドウ栽培を行っている訳ではなく、13あるワイン生産地域のうち、旧東独のザクセンとザーレ・ウンストルートを除く11がフランス寄りの南西に集まっていて、しかもその大半が川沿いに集中している。なぜ川沿いなのか? いくつかの要因が挙げられる。豊富な水量が夏場に周辺の熱を吸収して冬場に暖気を放出し、気候を穏やかにするという側面が一つ。数百万年かけて川の水流が削りとって形成した斜面が、陽光の照射角度を垂直に近づけ、太陽のエネルギーをより効果的に吸収できるブドウ栽培に適した温暖な立地条件となること。そしてまた、ドイツでは地中海性気候よりも遙かに降雨量が多いが、過剰な雨水が滞水せずに速やかに流れ落ち、もともと乾いた気候を好むブドウ樹にとって快適な土壌になるというメリットがある。また、渓谷の背後には例えばファルツならヴォージュ山脈から続くファルツの森が、ラインガウには川とブドウ畑の背後にタウヌスの山が、西から、あるいは北から流れてくる雨雲や風を遮り、適切な降雨量に抑えるとともに温暖な気候にしている。つまり、川の周辺はシェルターのようにブドウ畑を風雨から守る地形をしているので、晩熟なリースリングでも完熟出来るのである。その他にも、近世に至るまで河川は交易路として重要な役割を担ってきたので、ワインの輸送という面でも利便性があったことがブドウ畑の分布に意味を持っていたものと思われる。
(2) 土壌と品種
さて、ドイツの南西部にワイン生産地帯が集中していることは上述の通りだが、それは土壌によって大きく二つに分けることが出来る。一つはラインガウ、ナーエ、ミッテルライン、モーゼル、アールと続く北西寄りの生産地域である。これらの産地は約4億年前の海の底に泥が堆積し、粘板岩となって隆起したラインスレート山地に分布しており、土壌は主に粘板岩(英語:スレートSlate、独語:シーファーSchiefer)である。一方、ドイツとスイスの国境付近から始まり、アルザスとライン川を挟んだ対岸に南北に細長く伸びるバーデンと、アルザスの北隣のファルツとそのまた北隣のラインヘッセンは、表土に石灰を含むレス土(英語:Loess、独語:Löss)が広範に分布している。スイスのアルプスはカルクアルペンと呼ばれる通り石灰岩から出来ており、それが約2億5千年前の氷河期の猛烈な風に削られて運ばれ、ライン渓谷に堆積したのがレス土である。そしてレス土の下には貝殻石灰質が広範囲に分布し、所により雑色砂岩、コイパー、赤底統が混じっている。局所的に火成岩、変成岩もあるが、その地域は狭い範囲に限定される。
つまり、ドイツのワイン生産地域はラインガウ付近を境界として大きく二つに分かれ、石灰を含まない粘板岩主体の土壌の北部と、石灰質を主体とする南部となる。粘板岩主体の北部地域ではリースリングが主に栽培され、石灰質主体の南部、特にバーデンではブルゴーニュ由来のピノ系品種、すなわちシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)、グラウブルグンダー(ピノ・グリ)、ヴァイスブルグンダー(ピノ・ブラン)が主役である。バーデン北部とファルツ、ラインヘッセンではリースリングとシュペートブルグンダーという、南北を代表する品種が両方栽培され、それぞれ成功している。また、最北部の粘板岩主体の生産地域アールでは、狭隘な渓谷の急斜面にシュペートブルグンダーが主に栽培されている。
粘板岩土壌と石灰質土壌のリースリングとシュペートブルグンダーを比較してみると面白い。大変大ざっぱではあるが、石灰質土壌では緻密で中身の詰まった味わいが持ち味で、粘板岩土壌では繊細で縦方向への伸びやかさが特徴であるように思われる。シュペートブルグンダーの場合はとりわけ、粘板岩土壌でラズベリーを思わせるフルーティな要素が明瞭になるのが興味深い。
ブドウ品種にはその他にも色々あって、主要品種だけでも10種類前後あるが、ドイツワインを理解するには、とりえあずリースリングとシュペートブルグンダーをおさえておけば十分である。この二つを直球ど真ん中のストレートとするなら、他の品種は変化球に相当し、状況に応じて使い分けるのが良い。
(3) 格付け:品質の基準
のっけからこう言うのも何だが、今のドイツのワインの格付けはダブルスタンダードになっていて分かりにくい。一方には1971年のドイツワイン法が規定した基準がある。つまり、シャプタリゼーション(アルコール濃度を補う為の補糖)が可能な『クヴァリテーツヴァインQualitätswein』(数年前まではクヴァリテーツヴァイン・ベシュティムター・アンバウゲビーテ、特定生産地域呼称高品質ワインと呼ばれていたが、今は短くなった)と、シャプタリゼーションが禁じられている『プレディカーツヴァインPrädikatswein』(これも2007年まではクヴァリテーツヴァイン・ミット・プレディカートQualitätswein mit Prädikatと呼ばれていたが短縮された)がある。プレディカーツヴァインはさらに6つの肩書きに分かれ、『カビネットKabinett』『シュペートレーゼSpätlese』『アウスレーゼAuslese』『ベーレンアウスレーゼBeerenauslese』『アイスヴァインEiswein』『トロッケンベーレンアウスレーゼTrockenbeerenauslese』がある。
そして、これらの格付けとは別に、味筋の表記がある。フランスやイタリアだと特定のAOCなりDOCなりが甘口と決まっているが、ドイツの場合はどの生産地域でもどの格付けでも辛口から甘口まで、生産者の思うがままに醸造出来るので、辛口の場合は『トロッケンtrocken』(残糖9g/ℓ以下)、中辛口は『ハルプトロッケンhalbtrocken』(残糖10~18g/ℓ)もしくは『ファインヘルブfeinherb』(残糖値の基準なしのオフドライ)とエティケットに書いてあることが多い。多い、というのは味筋は必須記載項目ではないので、記載するかどうかは生産者の判断に任されるからだ。赤ワインは基本的に辛口なので味筋は書いていなくてもさほど困らないし、ブルゴーニュ系品種も余程の事情が無い限り辛口だが、甘味と酸味のバランスが魅力のリースリングでは、生産年によってはハルプトロッケンとあっても酸味が強く甘味が目立たなかったり、逆に酸味が緩くてトロッケンと書いてあるのに甘味が目立ったりと、その曖昧さで手こずらせてくれるが、味筋の表記は一応の目安にはなる。
これらの他に、地理的表示-生産地域、村名、畑名、区画名-がある。生産地域は必須表記項目なので、エティケットのどこかに必ず書いてある(例:モーゼルMosel)。村名と畑名に関しては、通例は村名の後に畑名が並んで表記されている。例えば『ヴィルティンガー・ゴッテスフースWiltinger Gottesfuß』なら『ヴィルティンガー』(ヴィルティンゲンの、の意)が村名、『ゴッテスフース』が畑名である。二つ並べて書いてあればわかりやすいが、生産者によっては畑名だけだったり、村名だけしか書いていないことがあり、こうなると地名を知っていないと判断がつかない。例えば村名の『ドーロンDhron』だけとか、畑名の『ホーフベルクHofberg』だけとかだと、ワイン通か地元民以外はどちらが村名ワインで、どちらが畑名ワインか見分けが付かない。口さがない生産者は「値段が高い方が畑名だから間違えっこないよ」とは言うものの、値札を間違えてつけてしまったらどうするのかという問題が残る(ちなみに、A. J. アダムは畑名は金色、村名は黒色と文字色を変えてはいるが)。
村名と畑名が出て来たが、この地理的表示が現在のドイツワインを一層複雑にしているもう一つの基準である。従来のドイツワイン法では上記の通りシャプタリゼーションの有無と収穫時の果汁糖度で格付けを行っていたが、2000年頃から『グーツヴァインGutswein』(=エステートワイン)、『オルツヴァインOrtswein』(=村名ワイン)、『ラーゲンヴァインLagenwein』(=畑名ワイン)と、地理的表示の範囲が狭まるほどランクが上がるというブルゴーニュ型の格付けを行う生産者が出て来た。その牽引役となったのがVDPドイツ・プレディカーツヴァイン生産者協会で、協会独自にグラン・クリュ(『VDP.グローセ・ラーゲ VDP.Große Lage』)とプルミエ・クリュ(『VDP.エアステ・ラーゲ』VDP.Erste Lage)を認定して、格付けが上がるほどのヘクタールあたりの収穫量の上限を絞り込み、リリース前には審査委員会が試飲を行って品質を保証している。しかしメンバー以外の醸造所がこれを模倣することを特に禁じておらず、ラインヘッセンでは産地の他の生産者と『オルツヴァイン』と『ラーゲンヴァイン』を共同プロジェクトとして推進している。一方、ラインガウでは同地の生産者連盟がグラン・クリュの辛口を『エアステス・ゲヴェクスErstes Gewächs』と命名し、VDPのグラン・クリュの辛口『グローセス・ゲヴェクスGroßes Gewächs』に張り合っている。これらの地理的表示を基準にした独自の格付けは、ドイツワイン法上の格付けでは辛口は一律に横並びの『クヴァリテーツヴァイン』であり、甘口には『カビネット』『シュペートレーゼ』など『プレディカーツヴァイン』の肩書きを併記している。
さぁ、こんがらがってきたのではないだろうか。大半の生産者はエティケットに『生産年』『生産地域』『ドイツワイン法上の格付け』の必須記載項目の他に『村名・畑名』『ブドウ品種』『味筋』を記載している。ブルゴーニュ型のラインナップを導入する生産者にはVDP以外にも若手が多いが、彼らもまたドイツワイン法の枠組みの中でエティケット表記しなければならないので、必須記載項目は同じである。ただ、たとえシャプタリゼーションをしていなくても辛口は『クヴァリテーツヴァイン』としている。中にはさらに徹底して、公的審査の必要ない日常消費用の地酒の格付けである『ラントヴァインLandwein』として、白ワイン用ブドウをマセレーション発酵したオレンジワインや亜硫酸無添加ワインをリリースしている生産者もいる。ちなみに、ラントヴァインには26のラントヴァイン生産地域があり、プレディカーツヴァインやクヴァリテーツヴァインと同様に、その地域名がエティケットには記載されている(例えばトロッセンの亜硫酸無添加醸造のプールス・シリーズは『ラントヴァイン・デア・モーゼルLandwein der Mosel』である)。
(4)味わいのヒント
ここまでで一応、ドイツワインの大枠はお伝えしたので、後は実際に飲んで頂くのが一番だが、いくつかの生産地域の辛口リースリングの味わいの傾向を、甚だ拙い表現で恐縮だが、一応のヒントとして紹介したい。
・モーゼル:繊細。ミネラル感が明瞭で縦方向に伸びる。スリム。スッキリとして見通しが良い。青リンゴ系の酸味に甘味が調和し、時々桃や白い花の蜂蜜のヒントがほのかに漂う。くっきりとして軽やか。高原の澄んだ空気。モーゼル上流で合流するザールのワインは冷涼で繊細、精妙。下流はより温暖でアロマティックでミネラル感に厚みを増す。灰色・青色・赤色の粘板岩の色によって味わいの個性に違いがあり、灰色が最も固く、青色が繊細で深く、赤色は華やかで親しみやすい。
・ラインガウ:モーゼルよりも重心が低い。どっしりとしている。ミネラルの厚みと存在感が落ち着いた印象を与える。西部と東部で土壌と気候が異なり、西部は粘板岩主体で東部はレス土と粘土が主体。年間平均気温も東部の方が約2℃高い。そのため西部のライン川下流はモーゼルの個性に近く、東部は厚みがありアロマティック。ラインガウ中部はその中間で、珪岩の割合が高い畑のワインには精妙なニュアンス感が加わる。
・ラインヘッセン:非固結性のレス土が広く分布し、南部・北部に石灰質土壌が、ライン川沿いの東部に赤底統の急斜面がある。レス土のリースリングは酒質が柔らかく酸味が穏やかで、石灰質土壌のものは青リンゴの果実味と厚みのある深いミネラル感が持ち味で、赤底統は華やかで繊細かつ上品。
・ファルツ:北部と南部で個性が異なる。北部は雑色砂岩、玄武岩、石灰岩にレス土と粘土が混じり、温暖な気候と相まって厚みのある力強い味わい。南部はレス土と粘土が主体で、ややフォーカスがゆるくなる傾向があるが、雑色砂岩・貝殻石灰質・コイパーの分布する山際の斜面のワインは、軽さ・柔らかさの中にも複雑さ、奥行きを備えたものもある。
とまあ、大体こんな感じだろうか。バーデン、ヴュルテンベルク、フランケンなど、その他の生産地域にもそれぞれの土壌・気候・文化と個性があり大変に興味深い。探求する価値のあるワインであることは間違いのない所である。いずれにしてもドイツワイン全体の傾向として共通するのは、冷涼な気候による繊細さ、軽さ、酸味のフレッシュ感、果実味の透明感と品の良さ、親しみやすさである。さらにアルコール濃度も控えめなので体への負担が少なく、酔い心地も穏やかでついついグラスを重ねてしまう。これからの暑い季節、冷えたドイツの白が益々美味しく、心地よいことだろう。
(以上)
北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。
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