合田玲英のフィールド・ノートVol.32
公開日:
:
ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート
Vol.32
《 ガッティ・カロリーナ 》
今月もまずは新しいワイナリーの紹介です。その名はガッティ・カロリーナ、プロセッコ生産者です。ガッティGattiはイタリア語で猫という意味があり、ラベルにも猫がデザインされています。
所在地はトレヴィーゾ近くの、ポンテ・ディ・ピアーヴェという町。プロセッコの2大生産地域、ヴァルドッビアディネとコネリアーノから南へ30kmほど下ったところで、ヴェネツィアからも20kmの近距離にあります。海抜30m前後の平野地域にあるため、昔から多様な農畜産業が営まれてきました。
低地のために高温多湿で、ブドウ樹はとても高く仕立てられています。ベルッシと呼ばれる仕立て法で、高さは2m以上、樹列は4~5m間隔。かなり空間を広く使っており、カンパニア州の一部地域の仕立てにも似ています。
樹は一箇所につき4本植わり、それぞれの幹からでた枝を、4方に伸びた針金に這わせます。今の時期は、枝が大いに茂って頭上に垂れ下がってきていますが、枝先はピンと太陽に向かって伸びています。まさしくビオディナミのテキストに記述されるように、蔓植物であるブドウの枝が太陽を求めているのが一目でわかります。ベルッシ仕立ては非効率とみなされたため、この方法で新しく畑を仕立てることは、数10年前から禁止されています。それゆえ現在は、樹齢30歳以上のものが地域全体で少し残っているだけだそうです。確かにこの高さだと、梯子でも使わなければ作業ができません。ガッティ・カロリーナでは、トラクターの荷台にのって選定などの作業をしています。
ガッティ家がこの地にやってきたのは、1800年代末。他の農家と同じく、作れるものはなんでも作ってきました。現在もワイナリーは牛1頭と、ロバ・ヤギ・鶏を飼っており、数年前まではバターなども作っていたとか。今ではワイン製造に力を入れています。
カロリーナは、ガッティ家の長女。ものしずかな弟と両親――田舎のおっちゃん・おばちゃんという感じ――とで、ワイナリーを経営しています。ホームページには、3歳のカロリーナが収穫に加っている写真が載っています。14歳にしてワイン造りへの道を目指し、専門の学校に通いはじめるが、授業で教わることと家での仕事があまりに違うので、先生と口論ばかりしていた、と笑いながら。片やバローロやバルバレスコに次ぐ高値で土地が取引されながら、ワインの出荷値は1本1.20ユーロという地域では、醸造学校の先生と意見がかみ合わないでしょう。ワイナリーに来るまでの景色には、住宅街か工場か、除草剤の撒かれた畑が広がっていました。背の高い木で囲まれ、周りから少し隔離されているガッティ家所有地へ着くと、少しほっとします。
所有する畑は、5ha。セラーは設備こそ充実してはいませんが、古いコンクリートタンクがところ狭しと並んでいます。プロセッコも、コンクリートタンクで温度コントロールなしで醸造され、発酵前に少しスキンコンタクトをしています。シンプルな造りで、色は少し濁ってはいますが、余計な味や過剰な香りのない、素朴な味わいが魅力です。
《 チェコ試飲会、ステファノ・メンティと 》
カロリーナのワイナリーを訪問する少し前のこと、メンティ・ジョヴァンニ社(以下メンティ)のステーファノが、チェコでの試飲会に誘ってくれました。
「プラハ・ドリンクス・ワイン」(プラハはワインを飲む)と題された試飲会は、今年で第2回目。参加生産者70社のうち半分がチェコで、その他ハンガリー、オーストリア、イタリアのワイナリーが参加しています。また、グラヴナー、フォラドーリ、セバスチャン・リフォー、シャンパーニュ・フルーリーなどの生産者を招いたセミナーも企画されていました。試飲会を構成するのは、いわゆる「ナチュラルワイン」生産者だけではありませが、イタリアやフランスからは見知った生産者が参加していました。企画したインポーターによると、チェコの生産者を啓発するのも、この試飲会の目的だそうです。セミナーでは、イザベル・ルジュロンMWと生産者が紹介され、ナチュラルワインとは何かについて言及されていました。
チェコでは、バーやレストランでもイタリアワインなどが結構置いてありました。が、涙が出るほどビールが安くて美味しい国で、日本と同じように日常的にワインを飲むことはあまりなさそうに見えました。セミナーで「ナチュラル」が論議されても、あまり興味がなさそうな人もかなりいたようです。
ステーファノは、ビオディナミ栽培の実践や、「ナチュラルワイン」と非ナチュラルワインの相違については、尋ねられない限り詳しく説明しない、と言っていました。相手の興味がわからないし、誤解や先入観を与えたくないからです。とくに今回のような括りのない試飲会では、むやみにその違いについて話さず、最低限の醸造と栽培の話に止め、自分のワインの味わいについて話すことが多いそうです。
話が変わりますが、ジャンシス・ロビンソンの『ワールド・アトラス・オヴ・ワイン』第7版が、去年8月に出版されました。ヴェローナワインのページでは、メンティのワインが紹介されていました。他のラベルと並んで、「どのワインもヴェローナが上質のワインの産地であると同時に、大量生産市場をも満足させている。上記3種の白ワインは、本格的でありながら、ブルゴーニュの同クラス・ワインに比べて、価格も高すぎない」(P163)と紹介されています。人によって捉え方はいろいろでしょうが、これはナチュラルワインであることだけに安住しない、ステーファノのワインへの取り組みの結果だと思いました。多くのこの地域のガルガーネガ種の白ワインを飲んだわけではありませんが、やっぱりステーファノのワインからは、Tipicity(地域の個性)を感じます。
メンティのワインのラベルには、「意図的に格下げされたワイン」を意味する、“Vino volutamente declassato”というスローガンが書いてあります。つまり、イタリアの地域呼称制度のDOC認証を取っていないワインです。地域呼称制度には批判も多く、必要を感じずに認証を受けない生産者も多くいます。そんな制度自体はどうでもいいとは思いながらも、「Tipicityを感じさせる共通点がある」というくくりの中では、気にしてみるのも悪くない、という気がしています。アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムールのワインを飲むと、僕はいつも美味しいだけでなく、シャブリらしさにも感心していました。しかし先日、彼らがAOCの認証をとることにもちゃんとこだわっているという話を母から聞いて、とても納得しました。メンティとアリス・エ・オリヴィエの話は、別々の話のように聞こえますが、ワインを知る上での大切な共通点があるような気がします。
合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年~現在≫イタリア・トリノ在住
- PREV 合田玲英のフィールド・ノートVol.31
- NEXT 合田玲英のフィールド・ノートVol.33