ファイン・ワインへの道vol.25
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
偉大な白ワイン大国としてのイタリア(前編)
「イタリア人は、単に、白ワインのことを真面目に考えないだけなのだ」。ばっさりと、そうマット・クレイマーが記してからたった10年(※1)。「この国は、上質白ワインの宝庫ではない」(※2)とヒュー・ジョンソンが言い切って20年。遅ればせながら興味深いニュースを耳にしたので、お伝えしておきますね。
それはイタリアで、とうとう白ワインの生産量が、赤ワインの生産量を上回った、というニュースです。もちろん、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリアからマルケ、シチリアまで。かの長靴半島にこそ“脱帽し、跪いて飲むべき”偉大な白ワインが無数にあることは、既に自明かと思います。また近年はソアーヴェ、ガーヴィといった、一時は“冷笑の対象”にさえなりかねず、「質より量」志向の典型産地とも思われた有名エリアから、英雄的とも思える一部の品質志向生産者の奮起により、いわばソアーヴェとガーヴィの再復興(=ルネサンス?)とも思える状況が生まれているのも、大変に嬉しいことです。
やはり、昔ながらの低収量で造られたガルガーネガとコルテーゼ、つまりソアーヴェとガーヴィの主要ブドウ品種の“潜在力”は卓越したものです。(かつて、“イタリアの白≒パッとしないワイン”との世評を大いに造ったのがこの両者で、また今、そのイメージを塗り替える無視できない力の一つになっているのも、この両者というのは、なんともイタリア的皮肉ですね)。ともあれ、是非、バカにしないであげてくださいね。今日の優良生産者のガルガーネガとコルテーゼ。
それに加えてもう一品種、北イタリアで近年、傑出して個性的な白ブドウ品種が脚光を浴びているようです。それが、ティモラッソ。ピエモンテ、アスティ~ガーヴィ周辺の固有品種なのですが、一時は絶滅寸前の品種だったそう。理由は、ガーヴィの世界的人気で一時、農家がせっせとティモラッソを引き抜き、より多産で売りやすいコルテーゼに植え替えていたから、とか。
そのティモラッソを、他ならぬロアーニャまでが、生産を始めたとあれば、どうでしょう? 初リリースは2014年。続く優良年2015年ものは、今年5月に現地アルバのワインショップで確認した際も、1本80ユーロ(世界に誉れ高き22%の消費税込み)と、立派なグランヴァン価格。ルーカ・ロアーニャ本人も「非常に興味深い品種で、今、大いに情熱を持って取り組んでいるワインだ」と、誇らしげに語っていました。
他にも、バローロ最古の生産者の一つボルゴーニョも、2015年からティモラッソ100%の白のリリースを開始。また、ブルーノ・ジャコーザで6年間セカンド・エノロゴとして活躍し、2014年にはイタリア最優秀若手エノロゴ賞であるジュリオ・ガンベッリ賞を受賞後独立。世界から熱く注目を浴びる気鋭フランチェスコ・ヴェルジオも現在、ティモラッソの古木が残る畑をなんとか買えないか、探査中だと語っていました。
そんなこの品種の特性は・・・・・・、北イタリアらしい涼しげなスタイルかな……?との予測を全く裏切る、意外なほど恰幅が良く濃厚な味わい。ロアーニャもボルゴーニョも、当然バリックなど一切無縁なのに、凝縮感あるトロピカル・フルーツと、ドライ・マンゴーのアロマに、極わずかにミントをかけたヴァニラ・アイスのニュアンス。余韻には白い花のアロマと、ほどよい酸、極わずかに塩気もあるものの、やはり大柄。
ゆえ、もはや魚介よりは鶏、豚、子牛など、白い肉向けの白ワイン、といった風情です。つまり魚介なら、繊細な白身魚じゃなく、ロブスターやホタテ貝のバター・グリルなどなら、悶絶ものというパターンですね。という意味では・・・・・・、さらにコメントを踏み込むなら、そこそこの生産者のムルソー1級(でも目を覆いたくなる価格が普通)などより、はるかに鮮烈、かつ深遠な奥行きと生命感があると考えると、デイリーとは全く言えない今の価格も、お買い得とも思えるほどです。
ちなみにこのティモラッソの栽培面積は、2010年時点ではわずか129haのみ。ボルドーの1級シャトー約1個分、ヴォーヌ・ロマネ村の全栽培面積(154.04ha)より狭い程度しかありません。今回のコラムの冒頭で、量の話をしたばかりなのに、結局は質に目が行った話で……、申し訳ないです。
あともう一点、量の話と言えば、冒頭でふれたガルガーネガの畑について。その本陣である広大なソアーヴェのすぐ東に隣接し、「よりガルガーネガらしさが表現されることが多い」とも評価されるDOCガンベッラーラの畑について。品質面での、そんな栄誉ある評価にもかかわらず、わずか600ha(ソアーヴェの1/10少々)ほどの彼の地のガルガーネガの畑は近年、減少傾向にあるそう。理由は、今まさに爆発的なセールスの伸びを謳歌するプロセッコ用ブドウ、グレーラへの植え替えが進んでいるから、です。
白ワインの生産量は増えても、一部では優良品種の畑は減少したり、または絶滅寸前ブドウが盛り返したり。あぁホントに。イタリア・ワインはややこしい(頭にくる?)、ですか?
だから楽しいとも、思えますよね。どうでしょう?
(来月・後編は、中~南部イタリアの白ワインの話に、続きます)
※1 マット・クレイマー『イタリアワインがわかる』
※2 ヒュー・ジョンソン『ポケット・ワイン・ブック 第3版』
今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
残暑を納涼。熱帯アジアのクール・ダウン・ラウンジ音。
TUTI MARYATI 『ALBUM KERONCONG ABADI Vol.1』
ボサノヴァ⇒アフリカ音楽と、ドビュッシーなど印象派クラシックのエッセンスの理想の融合形とはよく言われる話。インドネシアが誇る、歴史あるメロウ・ラウンジ音楽「クロンチョン」は、ある意味、そのアジア版。熱帯アジア歌謡のゆる~い脱力感と、ポルトガルやオランダ植民地時代にもらたされたヴァイオリン、チェロ、フルート、ウクレレみたいな3弦ギターで、なんともなごやかに展開する曲調。その優雅さは、アジアが世界に誇る、洗練のラウンジ音楽の至宝でしょう。ゆえ、まだまだ残暑が厳しい今、夕陽と冷えた白ワイン、なんてシーンを、倍・幸せにしてくれます。本当に、心地いいですよ~。
http://elsurrecords.com/2013/06/02/tuti-maryati-album-keroncong-abadi-vol-1/
今月の、ワインの言葉:
「亜硫酸の量を減らせば減らすほど、自分たちのブドウ畑がいかに多様なのかを噛みしめるようになった」 ティム・モンダヴィ
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。