Sac a vinのひとり言 其の十九「Manipulation -Environnement-②」
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建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
前回ワインを取り巻く環境について軽く触れさせていただいた。
触覚、視覚、嗅覚、聴覚。五感のうち味覚を除く4つの前提条件を述べたが、
今回はそこに味覚を加味して考えていきたい。
① 触覚と味覚 -温度-
ここではワインの味覚に対して最も大きな影響を及ぼす触覚由来の要素、温度から考えていきたい。
温度帯の変化で五味の感じ方に変化が生じるのは皆様ご存知のことかと思う。
基本的に、世間一般的に言われる「ワインの最適温度」は香りだけではなく、味わいのどの点を強調するのか又は感じにくくするのかを考慮、取捨選択した結果である。
重要なのは、飽くまでもワインにとっての「最適」な選択であって、必ずしも提供される側の、「最適」たり得るか否かは別の問題だということである。
例を挙げよう。
例) お客様の要望によりsancerreの白をボトルでサービスしている。
魚を食べ終えた段階で飲みきらず、この後に提供される鶏肉のバロティーヌ マスタードソースも
このまま合わせていきたいとのこと。
→ この様な場合にもしsancerreを「最適温度」で提供すると強調される味覚が
「酸味、塩味、修練性」であり、逆に抑制されるのが「甘み、苦味、ボリューム感」となる。
もし、前菜で冷製のバロティーヌならば、酸味を基調としたライトに移行させる味わいは目的に叶うが、メインの肉料理には満足感やボリューム感というものが重要視される。
よって、この場合は別のグラスに先に注いでおいてメインが提供されるタイミングで、通常よりも高い温度(この場合は14-15度)で提供することなどを提案することが可能である。
重要なのは、「提供されるシチュエーションに対しての最適温度か否か?」という考えを基に提供することである。
又、周囲の環境により、生理的に心地よく感じるかどうかということも留意しなければならない。高温湿潤な環境では、発汗によりミネラルが不足し、疲労感から甘みを求める傾向にある。
夏の猛暑の日にスポーツドリンクが飲みたくなるのと同じ理屈である。
ワインも同じベクトルの、残糖があり且つミネラリーなものを提供することが喜ばれる。
例えば、クラシカルな作りのvouvrayなど。
② 資格と味覚
1.色彩
もっとも味覚には関係ないように見えて、その実、甚大なる影響を及ぼす要素。
その説明にはワインの色彩譲歩をカットした状態でのレポートが、ネットを見れば幾らでもあり、且つこの場で論じる内容ではないと愚考するので、興味がある方は自身で検索して頂きたい。留意したいのが、ワインは飽くまで飲料であり、且つ自然由来の産物であるので、積極的に視覚的効果を使って味覚に作用を及ぼすというよりも、ネガティブな要素を可能な限り排除することを目的とすることである。
<排除すべき要素>
―グラスの汚れ
本来あってはならないのだが、ミスというのは必ず起きることであり、不注意は無くなることはない。 消費者がそれを見つけた場合、そのあと消費されるであろうワインに対する印象は「不潔、クリアーではない」などのネガティブなフィルターにかかることになり、えぐみや苦みなどの所謂「ネガティブ」な要素が発見されれば、殊更それを強く感じやすくなる。
―華美な彩色
ワインの色を愛でるというのは、これから実際に香りを楽しみ、聞し召した際の感覚を想像するというワインの楽しみの一つであり、欠くべからざるものである。
そのうえで留意したいのが、ワインの色彩というのは、それ自身のみで構成されるものでは無いということだ。穏やかな蝋燭の火に照らされたテーブルの上ならば、ワインの微妙なる色合いを存分に眺めることが出来るが、ミラーボールに照らされたダンスホールではそれを享受することは能わない(極端な例ではあるが)。木目のテーブルの上でヴィオニエに視線を落とすのは心地よいが、真っ青なランチョンマットの上にグラスを置いたとしたら、存分に楽しむことはできるだろうか?(清涼感や酸味を強く感じるので結果的に良くなることもあり得るだろうが・・・) また彩色でなければ問題が無いというわけではなく、
黒のモノトーンや肌色なども影響が大きいので、避けるべきであろう。
―光の方向
直接照明は可能な限り避けて然るべきだろう。集中力を削ぎ、
更に他の発する色彩や光を妨害してしまうから。
レストランなどでも余り直接照明が無いのも同じことである。
可能な限り関節照明やフィルターを通した光が好ましい。
同じ理屈で太陽も実は好ましくは無い。
③ 聴覚と味覚
ワインのポテンシャル自体には影響が少ないのだが、我々の身体への影響が半強制的にあるので、考慮には必ず入れなければならない(耳をふさいで飲むというなら話は別だが…)。
―大きな音
大きな音=大きな振動であるためワインにも、進退にも無視できない影響が出る。
振動により、若干ではあるがワイン自体も振動して澱が舞いやすくなり、モノによっては還元することも在りうる。人体へ影響も少なからずあり、集中力が削がれることが容易に想定され、特にプラスに働くであろう要素は皆無と言って良い。
ワインを揺籃するセラーの環境を考えれば、可能な限り静謐な方が良いと考える事が出来る。
逆手に取って”よろしくない”ワインの品質をごまかすことも可能ではあろうが…ここで議論することではないし、したくもないので割愛させて頂く。
―情報
聴覚由来で、良くも悪くも影響が大きいものが情報である。
好むと好まざるに関わらず、音というものの特性上享受せざるを得ないし、
説明してくるソムリエ乃至販売員の話を遮るのはなかなかに憚られる。以前のコラムにも書いたが、情報の有る無しは脳皮質から分泌される快楽物質の生成に影響するし、
受け取り手によっては飲む前から「〇〇は××という味わいである」というフィルターをかけてしまうことになる。その効力は甚大なので注意を払うべきである。
嗅覚に関しては、普段から皆様細心の注意を払われていることと存じておりますので、あえてここでは申し上げません。何故なら次回に述べさせて頂くテーマでしっかりと触れていくからです。
来月は更に踏み込んで、視覚と聴覚と味覚、
味覚を除いた全ての感覚の総体が味覚に及ぼす影響、
トータルの環境での考え方などに触れていきたい。
~プロフィール~
建部 洋平(たてべ ようへい)
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー