合田玲英のフィールド・ノートVol.22
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最終更新日:2014/12/26
ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート
Vol.22
今年の6月、南イタリアの3生産者を訪問しました。いずれの生産者も、この4月に取引開始が決まったもので、ワインは現地から出荷済み。なかには既に日本に到着しているものもあります。
訪問先のワイナリーは以下の3社です。
バジリカータ州:ムスト・カルメリターノ(Musto Carmelitano)
カンパニア州:グアスタフェッロ(Guastaferro) モンテ・ディ・グラッツィア(Monte di Grazia)
バジリカータとカンパニアの両州については、南ゆえに暑いのだろうくらいの知識でした。確かにトリノから夜行列車でカンパニア州サレルノに到着した時は少しだけ暑く感じました。けれども、ワイナリーのある内陸部の方へ車を走らせると、すぐに斜面を登り始め、風も強いため、決して暑いところではありません。ヴィニタリーの期間中にグアスタフェッロとムスト・カルメリターノのワインを飲んだ時にも、南のワインなのに暑苦しさやベタつき感がなく、冷涼地のワインのような爽やかな酸があったことを覚えています。収穫も10月に入ってからで、トスカーナや南仏に比べても収穫を始めるのがずいぶんと遅い。またヴェズヴィオ山以外にも多くの火山のあるカンパニア州には、フィロキセラ禍を免れた古い畑が少なからず残っていて、両ワイナリーでも樹齢が100歳を優に超えるブドウ樹が多く見つかります。
《ムスト・カルメリターノ》
バジリカータ州ポテンツァ県ヴルトゥレ地区マスキターノ村
ワイナリーのあるヴルトゥレ地区は、サレルノから東へ約100㎞に位置し、西のティレニア海と東のアドリア海の両海岸から等距離のど真ん中にあります。カンパニア州との県境に、モンテ・ヴルトゥレという標高1300mの休火山があります。そのふもと一帯は海抜600mほどで、山がちというよりは緩やかな斜面が一帯に広がっています。訪問した6月、北イタリアでは既にブドウの花が咲いていたのに対し、こちらではブドウの形が出来上がってきたばかりの小さな房がついていました。
エリザベッタとルイージの姉弟の経営するワイナリーは、2007年にできたばかり。祖父の代からブドウの栽培農家でしたが、エリザベッタはすでに10代のころから、高品質なワインの生産地としてヴルトゥレの名を広めたいというのが夢でした。それが父の後押しと弟の手助けにより、実現に踏み出しました。認証を取ることにしたのは2011年で、ワイナリーを引き継ぐと同時に栽培をビオロジックに切り替えました。醸造学校出身ではないので、醸造と栽培にアドヴァイスを受けながらのスタートとなりました。「理想とするワインは、ビオロジックで栽培されたブドウから、職人の手によって醸造される、自然なワイン。常により健全で、亜硫酸添加の少ない自然なワインを造ることを目指し、そのためには畑の中で多くの時間を過ごし、より良い仕事をしていくことが大切」と考えています。
栽培品種は赤のアリアニコ種が生産量の大半を占め、少量のモスカートを生産しています。樹齢は25歳から90歳のものがあり、2006年に建設されたセラーは、環境を清潔に保つことが目的でした。ステンレスタンクをよく使うのは、常に清潔に保てるから。しかし、最近は発酵槽としてのコンクリートタンクにも興味を持ち、実際に亜硫酸無添加の《セッラ・デル・プレーテ》は、より深みとまろやかな味を持たせるために、コンクリートタンクで醸造されました。バリックや大樽の数は年々増やしていますが、技術と経験が(特に清潔に保つことに)必要なことだと考え、一度に多くの樽を買うことは考えていません。
バジリカータ州は海側が賑わっています。が、ローマ時代の遺跡が多く、古くからワイン造りの歴史があるにもかかわらず、内陸部は観光客が訪れず、多くの人が北へ移住しています。試飲会でバジリカータのワインをあまり見かけないのは、そのせいなのかもしれません。アリアニコ・デル・ヴルトゥレは、アリアニコ種のタウラージとならぶ優良ワイン品種とされ、ともに「南のバローロ」と呼ばれています。が、実際に味わった印象は、火山由来の土壌と高地の気候を酸に感じる、涼やかなワインでした。
《カンティーナ・グアスタフェッロ》
カンパニア州アヴェッリーノ県タウラージ地区
写真はカンティーナのオーナー、ラッファエレと、樹齢150歳以上のアリアニコの古木。ブドウ樹の高さは優に3mはあり、今でも多くの房をつけるそうです。このような古い木が、やすやすとでは無いにしても、探せば見つかるところにカンパニア州の魅力を感じてしまいます。良いワインの生産のためには樹齢が40歳くらいまでがいいところだとよく耳にしますが、それは結局収量のみのはなし。樹齢50~60歳になって、ようやく高品質なワインを造るのに適したブドウが産まれる、と多くのナチュラルワイン生産者は言っています。
フィロキセラ禍の為に沢山の木が死に、また畑では上記のような言葉を栽培者が信じて、40年おきに植え替えられているのが現状です。にもかかわらず、このような古い木が残っているのは、本当に奇跡のようなことで、大切にしてほしものです。しかもそのような古木から産まれたワインがおいしく飲めるのは、本当にワインの魅力の一つだと思います。
ラッファエレはカンパニア州ポルティチにあるナポリ大学で農学を学び、その時に父の生まれたタウラージでワインを造るという考えが生まれました。母方の家族が古くからの畑を持っており、それを引き取って後にタウラージの町内にワイナリーを建設し、2007年に初醸造をしました。彼自身も1世紀以上もの年を経た畑を手に入れられたことは幸運であり、高品質なワインを作り出すためにとても重要なことだと、誇らしげでした。現在造られているタウラージのアリアニコの品質について、ラッファエレは疑問を持っていました。樽のきいた重苦しいワインではなく、涼しさに由来する美しい酸を感じられるアリアニコを作りたい、と考えています。1.5haの古木の他に8.5haの20~40歳程度のギュイヨー仕立てのアリアニコもありますが、古木のアリアニコもまだまだ実をつけるそうです。収穫と剪定のみが大変ですが愛着を持って育てています。
畑はリュット・レゾネで、ビオロジックやオーガニックにする予定はないが、除草剤の散布はしていません。セラーもまだ満足のいく状態ではなく、もう少し整えたいとか。個人的にはまだまだ良い方向へ変わる余地があるとは思いますが、亜硫酸添加量については、70㎎/Lで出荷するのは少なくともイタリア国内では難しいとのことでした。高品質のタウラージを多くの人に広めたい彼にとって、少しでもマイナスのニュアンスのあるワインを作るリスクを冒すことは難しそうでした。
《モンテ・ディ・グラッツィア》
カンパニア州サレルノ県トラモンティ
オーナーのアルフォンソ・アルピーノとは試飲会で何度か会い、彼のワインを飲んで感銘をうけ、畑の写真も見せてもらっていました。それだけに、見に行きたいと強く思っていました。トラモンティ村は海辺から10㎞もありませんが、海抜350メートルに位置しているのに、かなり涼しく感じます。
アルフォンソが最初に案内してくれたのは、レモン畑でした。スフザート・ダマルフィ(sfusato d’amalfi)と呼ばれるレモンはアマルフィの特産で、酸味が強くなくほんのりと甘みがあります。他のかんきつ類と同じくそのままでも食べられますが、アルフォンソは皮ごと食べていました。僕はレモンの生の皮は中々食べなれませんでしたが、刺激が少なくとても爽やかでした。レモンの皮をコーヒーに入れて飲んだりもしていましたし、皮をアルコールに漬け込んで作るリモンチェッロも有名です。アルピーノ家では、アルフォンソがワインを造り、奥さんのアンナがリモンチェッロを造っていますが、アルフォンソによれば「アンナじゃないとこんなにおいしいのは作れない」とか。アンナの両親もまた生前にレモン造りをしていて、今所有しているレモン畑は彼らから引き継いだものです。二人の住んでいた畑の真ん中にある家は、現在は物置や作業中の休憩場所になっていて、森に囲まれたとても静かなところです。綺麗な湧水の流れる小川があり、レモンをくり抜いた器で喉を潤しました。
この地域をよく分かるようにと、案内された高台から見ると、海の間近まで山と森が迫り、海岸付近は一面のレモン畑で、山に入るとブドウ畑が見られます。レモンは船での輸送に便利なように、海辺で栽培されてきました。山がちな地形に段々畑を作り、木は低めに、横に広げるように仕立ててあります。一つの枝にたくさんの実があるので折れてしまわないように、栗の木でしっかり組んだ棚に伸びた枝を任せるのが伝統です。山に住む人にとっては、海辺の人が持ってくるレモンはとても貴重なもので、お礼に山の水とワインを返したそうです。ワインは飲み水に入れて、水分を長く保存するためにも使われてきました。また、レモンとともに貴重だったのが、スパゲッティ・アッレ・ヴォンゴレに使う、パセリ。なんでも、レモンの木の下で育ったパセリが一番なのだとか。このパセリと上質なオリーブオイルが、おいしいヴォンゴレを作る秘訣だそうです。
ブドウとレモンのどちらが先に栽培されたのかは分かりませんが、ブドウの株もレモンと同じように、栗の木で組まれた棚に仕立てます(アルベラータ仕立て)。樹齢100歳以上の株が何本もあり、全て優良な株のクローンで自根なのです。枝や株の括り付けには、サリーチェ(ヤナギ科)というしなやかな木の枝を使うのが通例。垣根を組むための栗の木も地域で植林しており、毎年森の一部を切っては、また10数年後の為に準備をします。よって、海辺から内陸に向かってレモン畑、ブドウ畑、栗林という光景が広がっています。地域に住む多くの人々(年齢層は高いですが)は、いずれかの職業に従事しており、古い伝統のままに今も生きています。
アルフォンソが醸造を始めたのは、10年前。最初の数年は酵母添加をしていましたが、2010年から赤ワインを、2012年から白ワインを自然酵母で醸造するようになりました。彼がワイナリーを始める前の2000年に作った赤ワインには、酸化防止剤も選別酵母も入っていませんでした。「僕の原点はここだ」と彼は言っていましたが、色素が強く瓶に成分が大量にこびりつくティントーレ種や、ボトル内で沈殿物が析出するのを恐れワイナリーを設立してからは、ビン詰前にフィルターを通しています。しかし多くの試飲会に出るうち、沢山の人が自然酵母やフィルターを通していないワインに価値を見出しているのをみて、少しずつ考えが変わってきているようです。
トラモンティで栽培されている品種は、赤ワインはティントーレ、ピエディ・ロッソ、白はビアンカ・テネラ、ペペッラ、ジネストラです。どれも聞きなれない品種ですが、この地域の土着の品種で、どれも上記のアルベラータ仕立てで大きく広く育てられます。
《赤ワイン用品種》
*ティントーレ:色素の非常に濃いこの品種はしばしば、色使い(Tintore:色を与える人)と呼ばれる。
*ピエディ・ロッソ(赤い脚):茎が鳩の足のような暗い赤色になることからこのように呼ばれる。
《白ワイン用品種》
*ペペッラ:大きな粒が少しと、胡椒(pepe)のように小さな粒のような実を成らせる。
*ジネストラ:薄緑に反射させるブドウ果が、同名の薄緑色の植物(エニシダ)に似ている。
*ビアンカ・テネラ:果実がとても繊細で、柔らかい(tenera)ことから。
どの品種も、特にティントーレは樹勢が強いことから高く大きく、多くの房を成らせるように仕立てられています。畑はどれも山の斜面にあり、株同士の間隔は2.5mで一か所に苗を3つ植えています。一番低い畑は270m、高い畑は550mにあります。そのため、下の畑でブドウの花の開化が始まっているのに、上の畑では実がなったばかりというように、ミクロクリマの変化が畑ごとに大きく、それらを混醸することで複雑な味わいのワインが生まれます。
セラーはいたってシンプルで、アグリトゥーリズモの1階部分にあり、2つの中くらいのステンレスタンクと小さなステンレスタンク、今年2014年にようやく赤ワインの熟成用として大樽2000Lを買いました。生産量も年間8000本に満たず、医者(アルフォンソ)と看護婦(アンナ)の職業を現在も続けながらワイン造りをしています。
シチリアを除くと、初めての南イタリア訪問でしたが、いいものが沢山残っているのだからもっと注目をされてほしいと思いました。フランス映画をイタリア語版に焼き直した、“Benvenuto al Sud”(南イタリアへようこそ!)という映画があります。ミラノ近郊に住むイタリア人がナポリへ赴任することになり、ミラノの友人にさんざんあいつらは野蛮だのなんだの脅かされながら、最後にはナポリの友人と深い友情を築くコメディーです。映画の中での描かれ方はもちろん極端ですが、少しいい加減でその10倍楽しい人たちから出来るワインを、是非楽しんでほしいものです。みな(畑の作業はもちろん大変ですが)のんびりと暮らしています。しかし特に若い人たちが、より真剣に危機感を持って自分の住む地域と地域のワインのことについて考えている熱意が伝わりました。
合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年現在≫イタリア・トリノ在住
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