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ドイツワイン通信 Vol. 32

公開日: : 最終更新日:2014/12/26 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

ドイツのヴァン・ナチュール最新事情

 4月下旬に一週間ほどドイツに行ってきた。約2年半ぶりの「里帰り」である。今回の旅の目的は二つあった。一つはVDPドイツ高品質ワイン醸造所連盟が毎年4月下旬に二日間開催する新酒試飲会VDP Weinbörseに参加すること。ドイツ各地から主だった醸造所が180軒近く集まる試飲会で、前日にはラインヘッセンブドウ栽培者連盟の試飲会も開催される。新酒の仕上がり具合を俯瞰するには良い機会である。  もう一つの目的は近年ドイツでも次第に広がりつつある、オレンジワインと亜硫酸無添加醸造の現状を確かめることだった。このドイツワイン通信でもVol. 21 (2013.7), Vol. 28 (2014.2), Vol. 29 (2014.3)で取り上げたが、ネットで調べたりメールをやりとりしているうちに、実際に生産者に会って話を聞きたくなった。何より、ワインは飲んでみなければわからない。  今回あわせて9軒の醸造所に立ち寄ったが、全部がオレンジワインと亜硫酸無添加醸造がらみではない。だから本稿では以下の三つの醸造所を取り上げる:ルドルフ&リタ・トロッセン醸造所(モーゼル)、メルスハイマー醸造所(モーゼル)、そしてオーディンスタール醸造所(ファルツ)。いずれもビオディナミを実践する醸造所で、亜硫酸無添加醸造かオレンジワイン、もしくはその両方に挑戦している。また、ルドルフ&リタ・トロッセンはラシーヌ(株)で扱っている。

1. ルドルフ&リタ・トロッセン醸造所
Weingut Rita & Rudolf Trossen (http://trossenwein.de/)

 トロッセン醸造所があるキンハイム・キンデル村はモーゼル川中流にある。今年60歳になったルドルフ・トロッセンが父の醸造所で働き始めたのは1976年、21歳の時だ。その2年後の1978年にリタさんと結婚し、同じ年に父を事故で失い、醸造所を継ぐと同時にビオディナミに転換した。15歳位の頃から環境破壊や経済的搾取で世界がこれからどうなってしまうのかという不安に駆られ、色々な人に意見を聞いてまわった。その過程でルドルフ・シュタイナーの哲学に出会ったのだという。やがて1980年代初頭にモーゼル初のビオワイン生産者団体「オイノスOinos」を設立。村単位で行われるヘリコプターによる農薬散布に抵抗したり、ビオ農法の勉強会を開催したりしていた。1985年に全国から35の醸造所が集まってビオワイン生産者団体エコヴィンEcovinが結成されたときも、ルドルフは設立メンバーのひとりだった。エコヴィンは現在250あまりの醸造所が加盟するドイツ最大のビオワイン生産者団体であり、ビオだけでなくビオディナミのセミナーも主催している。後述するメルスハイマー醸造所のトーステン・メルスハイマーも、エコヴィンのセミナーでビオディナミに出会ったという。

 

ルドルフ・トロッセン氏と奥さんのリタさん。

 キンハイムのブドウ畑の急斜面を下り、モーゼルにかかる橋をわたった先の川縁にあるこぢんまりとした醸造所では、リタ夫人が菜園の世話をしているところだった。試飲室の窓から対岸のブドウ畑が見え、そのうち約2.5haをルドルフが世話している。2010年産から生産している亜硫酸無添加シリーズ「プールスPurus」は好評で、供給が需要に追いつかないそうだ(ドイツワイン通信Vol. 21参照)。フランスのヴァン・ナチュールのイヴェントに出展しないかと時々誘われるが断っているという。「『素晴らしい!売ってくれ』と言われても、『売るワインはありません』と答えなくちゃならんのでは、出展しても仕方ないだろう」とルドルフは言う。それではブドウ畑を増やしてはどうかと聞くと、現在の2.5haから増やすつもりは毛頭ないそうだ。「もう60歳だからね…リタも増やすなと言っているし。それに今の規模が丁度良いんだ。収穫作業も気心の知った仲間と臨機応変に対応できるし、昨年のような忙しい年には本当に助かった。10月下旬は雨が続いて気温が上がったから、あちこちの畑でブドウがみるみるうちに傷んで地面に落ちていったんだ。何十haも畑を持っている生産者は手が回りきらなくて大変だったろうね。私ももし畑を増やして醸造所の規模を大きくしたら、人を雇わなくちゃいけないし、色んな面でストレスが増えるだろう。畑とワインの世話を人にまかせて自分は世界中をセールスに歩いて、時々醸造所に戻って様子を見るなんて生活はまっぴらごめんだよ。今でも仕事は十分にあるし収入にも満足しているし自分の時間もあるし、全てがバランスしているんだ。私のワインの品質は多分、ストレスやせわしなさとは無縁な環境で造られていることと無関係じゃないと思う」と主張する。ルドルフには息子が二人いるが、一人は金融関係の仕事で成功していて、もう一人も確か福祉関係の仕事についていて、二人とも醸造所を継ぐつもりは今のところないそうだ。「もっとも、後継者のあてがないわけじゃない」と付け加えた。国際有機農業体験交流団体WWOOF(wwoofjapan.com)を通じて研修に来た人で、醸造所を継ぎたいと申し出た人物がいるそうだ。ちなみに、日本から研修に来た人もいるという。

 そんな訳で、トロッセン醸造所のワインは品薄が続きそうだが、亜硫酸無添加で瓶詰めする割合は増えている。2011年産はシーファーシュテルンSchieferstern1種類だったのが2012年産にピラミデPyramideとレイLayが加わり、2013年産でオイレEuleとムッケロッホMuckelochが追加された。「プールスPurus」シリーズはこれで5種類となった。全てリースリングである。発酵には伝統的なフーダー樽、ステンレスタンクあるいは数年使った後のバリックを用いて野生酵母で行い、澱引きした後一部は亜硫酸を添加し残糖を残したノーマルバージョンに仕立てる。残りをプールスシリーズ用に蓋が上下に移動するステンレスタンクに移して完全発酵する。そして注文が入ると、何十年も前から使っている瓶詰め器具――パイプに上から瓶を差して手前に倒すとワインが流れ込むシンプルな装置――を使って必要な本数だけ手作業で瓶詰めして、収穫直前まで時々瓶詰めをしては熟成を続ける。だから出荷ロットによって味わいが異なり、遅くなるほど酒質がしなやかになるそうだ。

プールスシリーズの瓶詰めに使う器具。手前の穴をタンクにつなげ、奥の細いパイプに瓶を差し込んで使う。

 2013 オイレ・プールスは除梗せず破砕して約2時間マセレーションした後、伝統的な1000ℓ入りの木樽で発酵。アルコール発酵に続いて自然に乳酸発酵が始まり、その後澱引きして一部を甘口カビネット用に亜硫酸を添加し、残りをプールス用にステンレスタンクに移した。試飲したプールスは酵母のうまみとリンゴを思わせる酸味が混じり合い、軽い汚れ感のある素朴な味で、昔自分でリースリングを手作業で潰して得た果汁をワインボトルに入れて放置したら出来てしまった自家製ワインを思い出した。2013ムッケロッホ・プールスは3年目のバリック樽とステンレスタンクで発酵したものをそれぞれ半分づつブレンド。オイレよりもわずかに力強くほのかにナッツのヒントがあって、酵母的な旨みと乳酸の余韻。2013ピラミデ・プールスはモーゼルらしいエレガントな酸味とミネラリティに、完全発酵しているはずなのに漂うリンゴの蜜のような甘みを思わせる香りと酵母のうまみ。そして2013シーファーシュテルン・プールスは口中で広がる繊細な香味が印象的だった。

 「何も添加しない。手出しをしない。アンタッチド・ワインだ」とプールス・シリーズをルドルフはすこしばかり自慢げに言うが、その一方でセラーのワインのことが気になって、ほとんど毎日のように様子を見に行かずにはいられない。「手出しはしないんだけど、発酵音に耳をそばだてたり、温度を測ってメモしたりして見守るんだ。子供が病気になったら、母親が熱を測ったり氷水を頭に載せたりしてベットにつきっきりで看病するだろう?あの気持ちに似ているね」と言う。

 ヴァン・ナチュールが次第にドイツでも認知され始めたことに関しては次のように語る。「消費者やワイン通は、培養酵母を使ったり醸造技術を駆使して作り出した人工的な味に飽きてきたんだ。ソーヴィニヨン・ブランみたいな香りがするシャルドネとか、バリックで熟成したリースリングとか、大声でわめき立てて少しでも目立とうとするような、あるいは厚化粧してバストをプッシュアップして飲み手に媚びるようなワインにうんざりしている。だからブドウが育った場所の味がする、素直なワインが求められているんだろう」。彼の造るワインはプールス以外も自然で素直な味がする。2013シーファーブルーメSchieferblumeは、ほっそりとしてエレガントな辛口。2013ジルバーモンドSilbermondは繊細で優しくほのかな甘味の中辛口。どちらも乳酸発酵して酸をおだやかにしている。2013マドンナMadonnaは深みのある複雑な味わいに夏みかん、酵母のヒント、非常に長い余韻。そして別のタンクで醸造しているマドンナの自根のリースリングは厚みと深みがあり、甘口の2013フォン・デア・ライVon der Layはやわらかくしっとりとした甘味・酸味が心地よかった。

 試飲後、マドンナの畑を見せてもらった。スレート粘板岩の積み重ねられた壁で囲われた斜面に、棒仕立ての葡萄樹から若葉が出始めていた。様々な草花が岩石の間から顔をのぞかせ、暖かな陽光につつまれ、平和で幸せな空気に満ちていた。

マドンナのブドウ畑

2. メルスハイマー醸造所
Weingut Melsheimer (www.melsheimer-riesling.de)

 トロッセン醸造所から車で20分ほどのライル村にあるメルスハイマー醸造所も、2011年から亜硫酸無添加のリースリングを醸造している。もっとも、2011年の収穫を伝統的なフーダー樽で醸造しているリースリングは、3年目を迎える今でもまだ発酵が完了していない。亜硫酸はもとより酵母も何も添加せず、収穫した2011年11月からずっと動かしていないというそのヴァン・ナチュールを、オーナー醸造家のトーステン・メルスハイマーは古樽とセラーの匂いが気になると自己批判するが、私には彼がバリック樽で仕立てた亜硫酸無添加のリースリング、「ヴァーデ・レトロVade retro」よりもずっと自然で好ましかった(ドイツワイン通信Vol. 28参照)。

 2m近い長身のトーステンは根っからのエコロジストだ。1967年生まれでルドルフ・トロッセンよりも一回り若い世代だが、彼が10代だった1980年代には環境保護と反原発・反核運動を展開していた緑の党の党員として、あちこちのデモに参加したという。やがてガイゼンハイムで醸造を学んだ後1994年に醸造所に戻ってきた時「ビオに転換しないなら醸造所は継がない」と宣言したそうだ。父はそれを当初から予想していたらしく黙認し、1995年からビオロジックを採用してエコヴィンに加盟。5年前からビオディナミに取り組み、2013年にデメターの認証を受けている。

トーステン・メルスハイマー氏。

 ライル村のはずれに所有する約11haの急斜面のブドウ畑ムライ・ホーフベルクを世話するトーステンは、「モーゼルではビオは不可能」という生産者の声を聞くと無性に腹が立つそうだ。「それでは私がやっていることは何なのか?私に出来て彼に出来ないはずがないだろう」と言う。確かに手間はかかるし収穫量は上がらないが、労力以上の報酬がある。「私は一人の農民として大地の一画に責任がある。それを次の世代に自信を持って引き継ぎたい。できれば自分が継いだ時よりも良い状態にして手渡すべきなんだ」と言う。ビオディナミは品質の向上を目指して採用したが「プレパラートを利用すること以外はビオと変わらない。マリア・チューンのカレンダーは参考程度かな。天気が良ければブドウ畑の世話をしたいし、特に収穫時期は晴れ間を利用しなければタイミングを逃してしまう。『今日は天体の配置が悪いから休む』なんて言っていられないよ」という。ただ、去年はビオディナミの効果を実感したそうだ。9, 10月に雨が多く晴れ間が少なかったので「太陽をこちらから迎えに行く」と水晶のプレパラートを散布したところ、周辺の畑のブドウがどんどん傷んでいるのに彼のブドウははるかに良好な状態だった。村には4軒ビオで栽培している生産者がいるが、ビオディナミを実践しているのはトーステンだけ。「一体どうやったんだ」と彼らに聞かれても「ビオディナミの成果だ」と正直に言ったものか少し迷ったそうだ。

 醸造は添加物を何も加えず、野生酵母により伝統的なフーダー樽で発酵し、温度調整せずに必要なだけ時間を与えることをモットーにしている。私が訪問した時も甘口以外はまだ発酵中で、9月以前に仕上がる辛口はないという。通常、ブドウ畑の野生酵母だけでは完全発酵には至らない。一冬越して春が訪れるとともにセラーの温度が上がり、10℃を超えるとセラーに住むセルヴィシエやバヤヌス属の酵母が増殖し、5月から7月にかけて14, 15℃前後になると自然に乳酸発酵がはじまる。それが終わってから9月以降に瓶詰めするのだ。昔のモーゼルワインはみんなこういうスタイルだったはずだ、トーステンは言う。

メルスハイマー醸造所のセラー。

 亜硫酸無添加リースリングに話を戻すと、トーステンは3年前にヨシュコ・ブラヴナーのワインを飲んで、こんなワインを自分でも造ってみたいと思いVade retroにトライしたという。アンフォラではなく木樽にこだわったのは、それがモーゼルの伝統だからだ。しかしフーダー樽の他にバリック樽を用いたのは、大樽では酸化の影響が少ないことと、瓶詰め前にワインをゆっくりと酸化させて安定させるとともに、バリックのフェノールでワインにしっかりとした骨格を与えたかったのだという。王冠ではなくコルクで栓をした上に蝋封をしているのは、1年以上木樽で過ごさせて安定しているからだという。もしも瓶詰め時期が早く、乳酸発酵が完全に終わっていないと瓶内でなんらかの微生物的反応が起こる可能性があるので、王冠で栓をする必要があるのだと指摘する。2011 Vade retroはバリック一樽のみ生産。4週間前に抜栓したというボトルから試飲したが、若干色が濃いが果実味は健在でボディもトーステンの狙い通りタンニンでがっしりとしていた。ただ、樽香が果実味を覆い気味だった。2012 Vade retroも3週間前に抜栓したボトルで、やはり樽香が気になったが果実味はしっかりしている。個人的には冒頭で言及したフーダー樽で醸造したものに好感が持てたのだけれど、トーステンはバリックを用いた醸造に満足しており、2013年産はバリック樽3つで醸造中であった。

 それにしてもモーゼルの伝統的なスタイルは、彼のワインのように乳酸発酵で角のとれたまろやかな酸味を伴うものだったのだろうか。現在一般に考えられている、キレのある酸味とフレッシュなリンゴや柑橘類が香るスタイルは実は歴史の浅い新しいものであるとしたら、野生酵母で木樽で発酵し、収穫翌年の夏以降に瓶詰めを行う生産者こそ、ある意味「本物の」モーゼルワインを醸造していることになる。モーゼルの伝統について考えさせられた。

3. オーディンスタール醸造所
Weingut Odinstal (www.odinstal.de)

 オーディンスタール醸造所はファルツの山の中にある。丁度ラインガウのエーバーバッハ修道院から遠くにライン川を見下ろすように、標高350mの斜面にある醸造所から、晴れた日には金融都市フランクフルトのスカイラインが見えるという。19世紀の初めにヴァッヘンハイムの市長だったヨハン・ルートヴィヒ・ヴォルフが週末を過ごす別荘をこの見晴らしのよい高台に建て、周囲に2haあまりのゲヴュルツトラミーナーを植えた。それがこの醸造所の始まりである。

 現在5haのブドウ畑は8つの区画にわかれ、段階を意味するシュトゥーフェStufeにそれぞれ番号をつけて呼ばれている。一番手前の右手にある区画、つまり斜面の下側で森に二辺をかこまれているのがシュトゥーフェ・アインツStufe 1と呼ばれる区画だが、この0.24haあまりで栽培されているリースリングは、2008年からかれこれ5年以上一切剪定されていない。長々と伸びた枝は上から垂れ下がるように弧を描いて揺れている。房はブドウ樹一本あたり60~80個あまり実るがコンパクトで小粒で、ブドウ樹の本能として鳥にみつけられやすいように枝葉の外側に実るので果皮も厚い。樹勢は畝の間に草花を植えてブドウ樹と競合させてコントロールしているという。病害虫の被害もなく、うまく栽培できているので2012年からジルヴァーナーの区画Stufe 4でも無剪定栽培を開始。現在合計約1.3haで無剪定栽培を行っている。

2008年から剪定されていないリースリング。 

 ブドウとは本来どのような成長をする植物なのかを考え、ブドウ畑が自分でバランスをとるようにしたんだ、とオーディンスタール醸造所の栽培・醸造責任者アンドレアス・シューマン氏は言う。地元ダイデスハイム出身の35歳だ。1998年に半ば廃墟と化していたオーディンスタール醸造所の地所を購入した、不動産開発事業を営むトーマス・ヘンゼル氏にスカウトされた。2004年のことである。

アンドレアス・シューマン氏。

 ファルツのブドウ畑は通常海抜200m以下に広がっている。オーディンスタールはそれよりも約150mも高く斜面も一部は北向きだったから、そこで高品質なワイン造りが可能だとは誰も考えていなかった。ただアンドレアスだけは玄武岩、雑色砂岩、貝殻石灰質、コイパーが分布するブドウ畑のポテンシャルを信じていた。2006年からはビオディナミに切り替え、今では500番、501番はもとよりシュタイナーの『農業講座』に出ている調剤を全部醸造所で製造し、夏には周辺の牧草地で牛を放牧して堆肥をつくっている。ビオディナミは独学だが、ガイゼンハイムの講師でビオディナミのコンサルタントをしていたゲオルグ・マイスナーと親しく、何かわからないことがあれば彼に気軽に相談できるという。2012年にはアンフォラを二基導入した。グルジア産のアンフォラは容量が大きく壁が薄いので輸送が難しいため、スペイン産の容量約180ℓのティナハである。また、白ワイン用ブドウを赤ワインのようにマセレーション発酵したオレンジワインや亜硫酸無添加醸造にも取り組んでいる。

ビオディナミに使うプレパラートの貯蔵部屋。もともと鶏小屋だった。

 訪問するまでは正直なところ、この醸造所がどこまで本気でこうしたある意味サブカルチャー的な醸造に取り組んでいるのか予想がつかなかった。無剪定栽培にしてもアンフォラにしても、ただ注目を集めるだけに導入したのかもしれなかった。破産した醸造所を購入した資産家が、マーケティングのプロにマニア受けするコンセプトをたてて造らせたということも十分考えられた。だが、その予想はよい方向に裏切られた。スタンダードな350NNシリーズにしても、ワンランク上の土壌名を冠したシリーズにしても、伸びやかさと精妙な軽やかさがあり、飲んでいて心地よい。オレンジワイン、亜硫酸無添加、アンフォラワインのひとつひとつが、それぞれに個性的で良質なヴァン・ナチュールだと思った。

 例えば無剪定栽培のリースリング2011 Riesling Stufe 1には独特のエネルギー感があり、筋肉質なタンニンにほのかな甘味(9g/ℓ)がよりそっている。試験的に同じワインに亜硫酸を添加せずに瓶詰めしたという2011 Riesling Stufe 1 No Sulferは、瓶内で再発酵して微発泡だったが、繊細で揮発しそうな軽さのあるワイン。微発泡についてアンドレアスは「再発酵が起こったとしても、それはワインにとってネガティヴなものとは限らないんじゃないかな」という。以前、コペンハーゲンのレストランGeraniumに納入したアウスレーゼが瓶内で再発酵して、微発泡状態になったことがあったそうだ。デンマークのインポーターに返品されたのだが、ヴァン・ナチュールフリークのそのインポーターは試飲して「発泡しているけど良いワインだよ」とレストランNomaのソムリエに紹介したところ、「いいね!」と全部引き取ってくれたという。生産年違いの2009 Riesling Stufe 1は非常にしなやかでやわらかく調和していた。

 2012 Amphora S (ジルヴァーナー)は無剪定栽培した区画の収穫を用い、約25%の果粒を圧搾果汁に混ぜてアンフォラに投入して、石の板を載せて粘土に灰を混ぜて密封し、あとは放置した。「畑では剪定なし、醸造もほったらかし。ミニマリスムの極致だ」と笑うアンドレアス。翌年7月の瓶詰め前に亜硫酸を入れるかどうか迷ったが、輸出することを考えてあえて30mg/ℓ添加。タンニンがフルーツに溶け込んでおり、複雑ではないがとても良い飲み心地で、余韻は若干短めにすっと消える。「日曜の午後にテラスでぼーっとしながら飲むのにうってつけさ」とアンドレアス。先日トレンティーノ・アルテ・アディジェから訪れた、やはりアンフォラ(オーディンスタールと同じティナハ)で醸造しているエリザベッタ・フォラドリさんと、醸造所のテラスで2時間かけてゆっくり楽しんだそうだ。

オーディンスタール醸造所。

 もともとアンフォラで醸造するつもりで果梗からはずしたものの、結局使わなかった果粒をマセレーション発酵した2012 Silvaner Orangeは、ワイルドでタンニンが豊富で、こちらの方がグルジアのカヘティ地方のアンフォラで醸したワインに似ていた。本来他のワインにブレンドするつもりだったのだが、上述のレストランNomaのソムリエ達が来訪したとき試飲して、ブレンドせずにそのまま欲しいと言われて瓶詰めしたそうだ。ただ、亜硫酸を30mg添加したことは後悔しているという。「次に醸造するときはマセレーションを長くして亜硫酸を添加しないつもり。亜硫酸はタンニンを硬くするからね」と言う。  醸造所では毎年6月末から7月上旬にビオディナミセミナーを開催しており、ワイン商やガストロノミー関係者や生産者、それにビオディナミの研究者達が来るそうだ。今年は6月30日にニコラ・ジョリーの講演があり、フランスからヴァン・ナチュールの生産者が数人来訪するが、参加する生産者は基本的に何か話をしてもらうきまりになっているのだという。招待状も送っておらず、しかも有料(一日券80Euro、約9600円)なのにもかかわらず、定員120人に対して既に100人の申し込みがあったそうだ。  気さくでエネルギーに満ちたアンドレアスは、地元の醸造家仲間やビオディナミの生産者達にも顔が広い。ファルツの人里離れた山中にあるこの醸造所は、ドイツのヴァン・ナチュールの震源地なのかもしれない。

3. まとめ

 以上、三軒の生産者からドイツのヴァン・ナチュールの近況を報告した。アンフォラ、オレンジワイン、亜硫酸無添加に取り組む生産者が少しずつ増えている背景には、ヴァン・ナチュールを好むレストランやワインショップの存在がある。最も有名なのはコペンハーゲンのNomaとGeraniumで、この二つに納入していることが一種のお墨付きとなっているようだ。もっとも、ドイツ国内では一般に亜硫酸無添加醸造はまだ受容されていない。伝統的生産国ゆえに「ワインはこうあるべき」という規範が浸透しているからだ。一方で北欧や、そして日本でも、ワイン造りの伝統と消費文化が根付いていなかったがゆえに、亜硫酸無添加に対する態度はオープンで、亜硫酸入りの一般的なワインと少しばかりスタイルの違うワインとして素直に受け止められたのではないか、とアンドレアス・シューマンは言う。しかし近年、ドイツでもケルンのla vincaillerie (www.la-vincaillerie.de)やオーディンスタールと取引のあるベルリンのViniculture (www.viniculture.de)など、ヴァン・ナチュール専門もしくはヴァン・ナチュールを肯定的に受け止めて積極的に扱うワインショップが増えつつある。そこから周辺のワインバーやレストランへと紹介され、認知度が上昇しつつあるようだ。また、今年3月に発売されたオーストリアのワイン・グルメ雑誌Falstaff (3/2014)でも、巻頭20ページでオレンジワイン特集を組んでおり、新しいテロワールの表現手法として注目されている。ただ、それが今後ドイツのワイン文化の中に普及・定着するかどうかは別のテーマであり、推移を見守りたいと思う。
(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。

 
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