ファイン・ワインへの道Vol.89
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ アルピアルト, バローロ, ラル—, クリュ, ジャコモ・コンテルノ
引っ越したグランヴァンの”生まれ故郷”、礼賛。
ロマネ・コンティの畑は1970年に、元々あった場所から約2km離れた場所に引っ越しました、 なんて話は、秘密裏にでもあるわけはないのですが。しかしバローロ では、実際それに似たような話が1978年に起こっているのですよ。
それも世に誉れ高い、バローロの別格高名ワイン、バローロ・モンフォルティーノ(ジャコモ・コンテルノ)で、です。
モンフォルティーノのブドウ供給源は、1978年にモンフォルテ村から、約2km 離れた現在のセッラルンガ村の南端、フランチャの区画に引っ越しているのです。そう。ワイン名こそモンフォルティーノと、まさに モンフォルテ 村で作られているような響きなのですが、1978年以降、モンフォルティーノにモンフォルテ 村のぶどうは一粒も使われていないのです。それが可能なのは、モンフォルティーノという名が、いわゆる”ファンタジーネーム”なので、このような大幅な裁量の自由(≒言った者勝ち)が、許されるわけですね。
そしてファンタジーネームといえば、バローロのクリュ名、カンヌービ、 ヴィーニャリオンダ、ロッケ・ディ・カスティリオーネなどなどの名前も、2010年にやっとDOCG法上での表記が正式に認められるまで、 約40年間も続いた 喧々諤々の論議の間はファンタジーネーム(つまり、非公式)でした。
もちろんこのコラムでお伝えしたかったのは、ファンタジー ネームの便利さと融通の良さではなく。モンフォルティーノが 20世紀前半から始まる歴史上、その偉大な名声を打ち立てて確固なものにした、 元々の区画、 引っ越し前の区画、生まれ故郷について、であります。
そのクリュこそが、レ・コステ・ディ・モンフォルテ(Le Coste di Monforte)、です。バローロDOCG地区の最南端で、最・高標高エリア の一つであるレ・コステ・ディ・モンフォルテ。標高370~500m間に広がる斜面はほぼ南向きですが・・・・ バローロのお約束である、複雑怪奇 に蛇行する 等高線はここでも健在で、 真南の区画から50m 歩くと徐々に斜面が東や 西に回り込み 始める、といった現象があるため、50.34haのクリュのすべてが南向きとは単純には言えないことを明記する誠意は大切ですね。 (このクリュ名はちょっと長いですが、バローロ村に別途、レ・コステという全く別のクリュがあり、混同を避けるために本稿ではレ・コステ・ディ・モンフォルテで統一します)。
クリュの土壌はモンフォルテ村に多いディアーノ砂岩ではなく、バローロ村やラ・モッラにも多い、サンタガタ化石泥石岩土壌が中心で、他のサンタガタ化石土壌よりも砂質が多め。それにより土壌の保温性は高く、保湿性が低く、高標高と相まってブドウがゆっくりと時間をかけて熟す立地と言われます。
それにしてもまあ、バローロ の地形は本当に複雑で、ブルゴーニュの比較的シンプルな 南東向き 斜面とは雲泥の差。ブルゴーニュの斜面の感じが、綺麗にカットされた焼肉用のロース肉を斜めに箸で持ち上げたような雰囲気だとすると、 バローロの斜面はまるで生センマイのように。ひだの中にまた別のひだがあり、複雑にうねっているような斜面とさえ感じられます。
ゆえ、わずか2000ヘクタールほどの栽培面積に、170ものクリュがあり、日照や標高などの条件に恵まれたクリュは真に傑出した威光を誇っている訳です。その威光、といえば、このレ・コステ・ディ・モンフォルテの威光は、”本当のネッビオーロ・ラヴァ―にのみ、限定的に届いている”といった(不憫な)状況でしょうか。
しかし。
信じてください。
優良生産者のレ・コステ・ディ・モンフォルテは、時折、最近のモンフォルティーノ以上に、本来の(昔の?)モンフォルティーノらしい香りと味わいを発揮することがあるのです。
昔のモンフォルティーノとは、筆者の試飲経験の中では1960年代~70年代中期までのもの。バラの花のドライフラワー、タール、なめし革、そしてオレンジピールとその油脂の香りが妖艶至極に入り組んで、セクシーなスパイス感と、重層的で時に甘みを帯びたミネラル感とともに壮麗な多元性と多層性が延々と続く姿は、まさに深遠かつ官能的メディテーション・ワイン、そのものでした。
近年で、そんな昔のモンフォルティーノの片鱗を感じさせてくれたレ・コステ・ディ・モンフォルテの一つが、2012、2013のファミリア・アンセルマ(Famiglia Anselma)。まだ熟成期間10年ほどの若さながらも、凛々しく貴族的なスミレのドライフラワーと、官能的なスパイス感が口と全身に華麗かつ重厚なオペラのように響き渡る味わいは、まさに幽玄の域。最近何度か試飲した、引っ越し後のモンフォルティーノからは感じ取りにくかった深遠さが、アンセルマのレ・コステ・ディ・モンフォルテから、現れていたようにさえ思います。
現在のレ・コステ・ディ・モンフォルテの所有者は他に、 ガスタルディ(Gastaldi)、アマーリア(Amalia)、ペッケニーノ(Pecchenino)など。もちろん、同じクリュでも、生産者の志と仕事の高低で、ワインの質にも天地の差が出るという”ワインの鉄則・第一条”は、ここでも同様、ですね。
そんな、いわば引っ越したグランヴァンの知られざる故郷的なクリュ、レ・コステ・ディ・モンフォルテに近年、新たな女性生産者が現れました。バローロの隣町とも言えるブラで、通称スローフード大学を卒業した2人の女性、ラーラとルイーザが立ち上げたワイナリー、ラルー(Lalù)です。
「このクリュは、石灰粘土に砂が豊富で、バランスのとれたタンニンとエレガントな構造をもたらす土壌。モンフォルテ村の他の重要なクリュとは異なり、ここではストラクチャーの重厚さではなく、大きなエレガンスとエネルギッシュなアイデンティティが現れる」と二人はこのクリュに心酔。その美点をピュアに表現するために、セラーではポンプ不使用、1ヶ月に渡る長期マセレーション期間は、サブマージド・キャップと言われる非常に古典的な果皮浸漬法(簀の子状の器具で、果帽を発酵タンクの中に押し込んで果皮成分を抽出する方法)も活用する。そして、酸化防止剤は瓶詰時のみ(!)の添加。
そんな高い志を見せるラルーのレ・コステ・ディ・モンフォルテの初ヴィンテージは2019年。数年後に古き良きモンフォルティーノに迫る華麗さを現すかどうか・・・・・・。皆様の自宅セラーで何本かを育て(熟成させて)、このクリュの真価が現れるのを楽しみにしていただくと・・・・・・、その期待と希望で日々の彩りが、また一つ、増えるようにさえ思えませんか。
参考文献:「Barolo MGA」Alessandro Masnaghetti
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
澄んだ慈愛の美声で、心を澱引き。
Arpi Alto 『Close to you』
日々の心と身体に舞う澱が、スゥ~~と澱引きされるような気持ちになる、特別な美声なのです(しかも、ノン・フィルターで)。ナナ・カイミ、カエターノ・ヴェローゾなど、傑出した美声で知られる大物アーティストにさえ匹敵する若き女性ヴォーカリストが、コーカサス山脈の国、アルメニア(ジョージアの南隣)から。コーカサス地方の伝統音楽以外にも幅広く、ゆったりとしたピッチ感で歌うボサ・ノヴァやスタンダード・ポップスと、不思議なほどの温かさを持つ声質の相性は、まさに天からの贈り物の域。この声を聴きながらワインを飲むと、個人的には目の前のワインの酸化防止剤量がやや少なく感じてしまうほどの美しさなのですが・・・・・・。その真偽、よろしければ一度ぜひ、お試しください。
https://www.youtube.com/watch?v=mnA-6vjPWT0
今月のワインの言葉:
「ワインは、アルコールではなく香水である」
―ジュール・ショーヴェ(化学者。醸造家。ネゴシアン)―
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。
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