ファイン・ワインへの道Vol.85
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ シャンパーニュ, パルマンティエ フレール・エ・スール, セック・ケイタ, カトリン・フィンチ, マルヌ
法の壁を、超人的決断で突破。 歴史を書き換える、純ナチュール・シャンパーニュ。
目次:
1.ベースワインの1/5を廃棄する勇断。
2.収穫時期と、瓶内2次発酵作業時期、正面衝突。
3.シャンパーニュの名を捨て、ヴァン・ド・フランスで??
1.ベースワインの1/5を廃棄する勇断。
その快挙は、映画史のカラーフィルムの完成、音楽史におけるバイオリンの完成に匹敵するほどの快挙、かとさえ思えます。それがついにシャンパーニュの製法で実現しました。
ナチュールワイン・ラヴァーにとっても、まさに長年の悲願達成、かつ人類史上初の純「ナチュール・シャンパーニュ」のうちのひとつかもしれません。
その快挙とは・・・・・・、シャンパーニュの瓶内2次発酵を、従来の砂糖または甜菜糖、濃縮果汁などで行う方法ではなく、ブドウ果汁だけで行う方法です。 シャンパーニュボトルに1本に対して約21g、 テニスボールより少し小さいほどの体積の砂糖を加えることによって、 ワインに泡を生むシャンパーニュの一般的醸造法は、長年、志あるシャンパーニュ 生産者が疑問視し、より 純粋にテロワールを表現する手法を模索してきました。
この難関に、満を持し成功した英雄的生産者のうちの1人が、シャンパーニュ・パルマンティエ フレール・エ・スールです。
その瓶内2次発酵手法は、ベースワインの翌年のヴィンテージのブドウ果汁の活用。すなわち、 2019年の ベースワインの瓶内2次発酵に取り掛かる際、収穫・圧搾直後の2020年の果汁で2次発酵を行うわけです。 ベースワインと2次発酵用果汁の比率は5:1。これにより 一般的なシャンパーニュと ほぼ同等の、5.8気圧前後のガス圧が得られます。
何とも ロマンティックな話の響きとは裏腹に。この方法を実現するにはAOC法の巨大な壁に対して、文字通り身を切る、おそらくは地獄の苦しみが生産者に課せられます。
この方法を貫徹するためには、前年度のベースワインの1/5を、泣きながら廃棄する必要があるのです。 それはシャンパーニュの厳しい生産量申告制ゆえ。生産者は毎年、その年に収穫したブドウの量および果汁を委員会に申告し認証を受ける必要があります。
ゆえ、翌年の果汁を加えた場合、 生産量が申告量より過多となり、超過分となるベースワインは廃棄するしかないというのです。 廃棄とは実際はベースワインを蒸留所に送ることになるのですが、 蒸留所からは素晴らしい果汁から作られ素晴らしい品質であると誰もが想像するマールの1本さえ、生産者には送り返されて来ない、そうです。
そんな大変な苦汁と、会計上の大損失を乗り越えてまで、当主ステファン・パルマンティエがこの方法を貫徹するのは、何よりも「シャンパーニュの純粋性を守りたいため。自分たちが最大限の情熱をかけて育てたブドウから造ったワインに、テロワールとは 何の関連もない砂糖を加えることが本当に嫌だった。精製濃縮マストという方法もあるが、これはイタリアやスペインの安価なブドウ果汁を濃縮したシロップのようなもの。いずれも私たちが所有する畑とは何の関連性もないものだ。私たちのシャンパーニュは私たちの区画のブドウ樹と自然が生んだものだけで、造りたい」と決然と語ります。
2.収穫時期と、瓶内2次発酵作業時期、正面衝突。
ここまで、前年果汁の1/5を廃棄するという異次元の勇断以外に、生産者にはこの製法上のもう一つの大変な難関が立ちはだかっているはず、と想像できた人は、かなりのワイン通です。
その通り。
2019年の瓶内2次発酵のために、2020年の収穫圧搾直後の果汁を使うということは、ただでさえ大変な収穫と圧搾、1次発酵の時期に、さらにまともに前年ワインの瓶内2次発酵の作業がバッティングする、ということになるわけです。(ゆえ、多くのメゾンでは、瓶内2次発酵作業は収穫の翌々年の春が普通)。そんなパルマンティエ家の9月は、想像を絶する重労働の連続、と書いたところで彼らの忙しさと、すり減る神経、そしてそれを支える偉大な情熱のごく一部も表現できてない気がします。言葉は無力ですね。相変わらず。
ともあれ。冒頭に少し記した人類史上稀に見る完全なナチュール・シャンパーニュという意味についてもご説明が必要かと思います。
ご存知の通りナチュラル・ワインとは、最も手短に申せば、ごく少量の亜硫酸 (フランスでは30mg/L以下)以外は何も添加せずに作られたワインとされています。しかしシャンパーニュは・・・・、仮にドザージュ・ゼロでも, 瓶内2次発酵のために砂糖と添加酵母を入れたり濃縮果汁を入れたり、ですね。
ゆえに例えばマスター・オブ・ワイン、イザベル・レジュロンの著書「自然派ワイン入門」では、スパークリングワインのリストに1本も シャンパーニュを含めない、との大変に論理的かつ理性的な見解が示されています。
3.シャンパーニュの名を捨て、ヴァン・ド・フランスで??
さらにもう1点、次の点に気づいた方は、上級ワインマニアまたは AOC 法制マニアです。
「シャンパーニュの瓶内 2次発酵を、果汁だけで行うのは違法」(なはず)。 実際にそのように記されたワイン専門書も存在します。しかし実は。たっぷりと先述したように、2次発酵用に添加した果汁と同量の前年度ワインを廃棄したことを公的に証明できれば、果汁のみでの2次発酵は可能なのです。
実は私も最初に彼らのこの製法を聞いた時、もしや彼らはシャンパーニュの名を捨て、ヴァン・ド・フランスのカテゴリーでスパークリングをリリースするのか! うわ、 スーパー・タスカンならぬ、スーパー・マルヌ(県)か!! とも思ったのですが・・・・・・、 逆にシャンパーニュでヴァン・ド・フランスをリリースすることは、これまた法律で禁止されているのです。
世界は本当に不条理かつ複雑怪奇ですね。私たちが思う以上に。
ちなみにこの製法を試みている生産者はパルマンティエ以外に、すでにオーレリアン・ルルカン、アグラパールなど、わずかに何軒かあるそう。早速、それぞれに問い合わせメールを送ってみたのですが、 現在すでに収穫期が近づき多忙なのか、今のところ返信なく。また返信あり次第、追ってお知らせいたします。またジャック・セロスも、この方法の試行錯誤に最も早い時期から試みた先駆の一人です。
ともあれ。まさに。シャンパーニュの歴史を書き換える、偉大かつ想像を絶する英雄的勇断が実現した、パルマンティエの純ナチュール・シャンパーニュ。
ファースト・ヴィンテージ 2019年は、現在まだ彼らのセラーで静かに瓶内で酵母が分解中。2020年は全てのキュヴェがこの製法です。
「試飲では、私たちの道は正しかったと実感している」とステファン。
味わうまでは、死んでも死にきれないと、私は思っています。心から。
もし皆さんが将来、誰かにシャンパーニュの歴史について語るなら、忘れてはいけないことでしょう。ステファン・パルマンティエと、その盟友であるオーレリアン・ルルカンの名を語ることを。
だって、もし高僧ドン・ペリニヨン師に「よりよいシャンパーニュを造るために、素晴らしいベースワインの1/5を捨てることができますか?」と尋ねたとしても・・・・・、答えはおそらくは「ノン」でしょう。しかしオーレリアンとステファンは「ウィ」、なのですから。
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
シャンパーニュの泡が弾ける音??
サハラ砂漠発、湿度ゼロの涼音・弦楽器。
Sekou Keita,Catrin Finch 『Listen to the Grass Grow』
別名アフリカン・ハープとも言われる、西アフリカの大型弦楽器、コラ。 美しく澄み切った透明感と飛翔感ある音は、まさに残暑の時期の心の除湿効果も別格なのです。 この作品は、コラの聖地マリの大御所演奏家と、イギリス、ウェールズで名誉あるキャリアを築いた女性ハープ奏者のコラボ作。 最初のワン・フレーズを耳にするだけで、スッと汗がひくだけでなく。 聞き進むほどに、この弦楽器の美しい音色が、まるでシャンパーニュの泡がはじける音のようにさえ、聞こえてきませんか。
https://www.youtube.com/watch?v=UDL8WZZq5gA
今月の言葉:
「私たちが自然について知っていることのひとつは、私たちは何も知らないということだ。私たちは一生、自然の生徒なのだ」
ステファン・パルマンティエ
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。
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