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ファイン・ワインへの道Vol.58

悲しきワインセラー内の瀕死のグランヴァンたち。

 アルマン・ルソーのシャンベルタン・クロ・ド・ベーズのボトルに、ピッカピカのライトが、少なくとも1日10時間ほどずっと当たり続けていたとすると・・・・・・、 そのボトルを注文しようとする方は楽天的といよりも、ほとんど自虐的かと……私なら思いますが、皆様はどうでしょう?
 レストラン内のその見目麗しきウォークイン・セラーには、ルソーの隣にドメーヌ・ルロワのワインも何本か、まるで南フランスの海岸でくつろぐツーリストのような雰囲気で電球の光を燦燦と浴びておりました。

 昔話、ではなくつい最近の話です。最近のバー、レストラン、ワインショップの取材でも、同じような光景を度々目にしました。一向に減りませんねぇ。減るどころか増えてる気さえしませんか。日焼けサロン形式? ワインセラー(ま、紫外線こそほぼ出てませんが)

 なぜ ワインの貴重さ、およびバーやレストランのワインへの情熱量と、セラーでの照明量(照度)が時には残酷(正確?)なほど比例するのか。 ワインファンにとっては長年に渡る断腸の思いでありましょう。
 悪いのはワイン保存に光は大敵という根幹中の根幹をしっかり教えることよりも、マイナー国のさして意味のないマイナー生産地を暗記させることに躍起になるソムリエ試験なのか、という理論はさておき。
 ”うちのお店はこんなスゴいワインを持ってるんですよ~!” と、セラーの中のワインをライトアップすればするほど、そのワインの美味しさと感動は、1日1日と減衰します。それは、ワインの自明の公理です。もちろん皆様もご存じの通り。
 そして賢明かつ文明的なワインラバーは、 いかに貴重なワインでもセラーでたっぷり電球の光を浴びたワインはオーダーしません。時折、憐れなビギナーがそんなワインをオーダーして、「有名なワインなのに、味はイマイチだったなぁ」と落胆する。そんな不幸のループは、どうも今も続いているようです。

 ワイン保管と光、といえばこんなこともありました。私が以前、某雑誌の撮影用にとある輸入元に掲載ワインの貸出をお願いした際、撮影後返却しようとしたのです。するとその輸入元のご担当の方は「撮影でストロボの光を浴びたワインはお客様には販売できませんので、試飲してもらって結構です」とおっしゃったものです。「ストロボ、5回ぐらいしか光らせてませんけど・・・・・」とお伝えしても「やはり強い光はワインに好ましくないと考えており、販売には向きませんので」とおっしゃいました。
 その際、実験的に同じワインを信頼できるショップからもう1本購入し、撮影用のストロボをあと何度か追加であてたワインと同時に開けて味を比較したのですが・・・・・。確かに。極わずかに。ストロボをあてたほうからアロマの精彩と余韻の整い方が削がれているように感じられたものです。

 また、ロンドン有数の巨大なワインストックがあると聞いて、かつて訪れたセント・ジェームズ・ストリート61番地「ジャストリーニ・アンド・ブルックス( Justerini&Brooks) 」 の本店は・・・・・、着いても普通の小さな、ディスプレイもほとんどない地味なワインショップ、という趣。 総額10億円を超えるストックを持ち、バッキンガム宮殿御用達、1749年創業の老舗とは微塵も感じさせない店構えだったのですが・・・・・。ドスンと渡された巨大な在庫ファイルは まさにグランヴァン百科事典の趣。「ご希望のワインがあればすぐにピックアップいたします。全てのワインは地下の真っ暗なセラーに保管していますから」と言われたものです。 

ジャストリーニ・アンド・ブルックス本店(ロンドン)はこんな風。フロアにボトルのディスプレイは極々少数のみ。

 同様に、今もアンリ・ジャイエや古いドメーヌ・ルフレーヴのストックをたっぷり持っていることで知られる パリの一つ星レストランも・・・・レストラン・フロアにはこれ見よがしのガラス張りセラーなんて一切ありませんね。
 こちらも全てのワインは地下の真っ暗なセラーに保管。リストからのオーダーに応じ、エレベーターで運びあげてくれます。だから、今でも1980年代のブルゴーニュやアルザスが、壮麗というか獰猛とさえ思えるほどのアロマと味わいの輝きを放つ訳です。 

パリ、某店のセラー。これでも極々一部。お客をセラーに案内(要予約)する際「明るくした」状態でもこの程度の明るさ。もちろん照明は案内終了後即座に消される。

 とそんな話をしている間にも、自宅のすぐ近所のレストランでは2005年の DRC が多数、セラーの中でも特に明るい光を浴びて並んでいます。そのレストランの客層からすると、多くのお客はワインに光は禁物ということは知っているはず。でも誰も店主に「ワインに光は当てないほうがいいんじゃない?」とはアドバイスしないのです。人間って残酷ですね、わりと。
 皆さんはピカピカ・ライトアップ・セラーを見られたら、どうされてますか? 時には少し勇気を出して「ワインに光を当てると美味しさが損なわれるみたいですよ」と助言してあげることは、少しワイン文化の未来を明るくすることに役立つような気は・・・・・しませんか?

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

海に乱反射する光のようなブラジリアン。
曲名は「古いワイン」。 

Domenico Lancellotti Vinho Velho

 ブラジルの卓越した作曲家であり、現代画家、造形作家としても活躍する偉才が今年3月に発売した最新アルバムに「古いワイン」という曲を発見。熟成した偉大なグランヴァン、ではなくセラーで忘れていたロワールのちょっとしたカベルネ・フランか、ボジョレが20年ほど熟成してより素朴に温かくなった、みたいなニュアンスが何ともほっこり。初夏にゆるく楽しめる楽曲です。それにしてもこの人の作風は、なんとも映像的、かつ絵画的。まるで海の波に乱反射するする夕日のような、きらめきと美しいゆらぎある曲作りは、 音楽大国ブラジルの中でも傑出した個性です。
 ぜひこのシングルだけでなく、最新アルバム「Raio」を通して聞いていただくと、さらに、古いワインも新しいワインも美味しくなりますよ。
https://www.youtube.com/watch?v=_t4k6WbxxJI

今月の言葉:

「人間の煩悩の中で虚栄心ほど恐ろしいものはない」
                                                                         瀬戸内寂聴

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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