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Sac a vinのひとり言 其の四十五「舌、langue」

 どんな業態かに関わらず、飲食に関わる人間にとって口にするものはとてもとても大事なものだと思う。基本的に肉体労働なので体が資本、腹が減っては営業という名の戦は出来ないので、活力の源として重要であることがまず一つ。厨房で料理を作成する人間は、普通の会社に置き換えて言うのであれば商品の研究と開発、作成を行う部門に勤めていることになる。
 開発する商品の品質や状態に関しては当然把握していなくてはならないので、味見という行為は品質の確認と検査の過程に当たるので、調理師の業務の中では最重要な意味合いを持っているといってもいいだろう。サービスマンや販売に当たる人間は会社における営業と渉外を行う人間であるので、当然自社の商品についての情報と見識を持ち合わせていなければならない。まぁ現実問題として完成品を味見する機会は現場に立っていると中々にめぐってこないのが・・・。とまぁ飲食に勤める人間の業務上の必然性というのがもう一つの理由。そして愉みや歓びを満たすためということが、もう一つの理由だろう。食べるのが嫌いだけど飲食に勤めています!などという奇特な方はいないでしょうし。
 とまあ自明の理というか、皆様ご存じの通り飲食に携わる人間にとって、食べたり飲んだりすることは日常生活の中で重要な位置付けにある。そして日々の積み重ねで我々の感性や経験が形作られる、いわゆる「舌」が形作られていく。この「舌」がアマチュアとプロフェッショナルを分ける一つの境目なのだが、その違いというものはセンサーとしての舌の優劣によってもたらされるものではなく、構築の方向性の違いからもたらされるものであると私は考える。もしセンサーとしての性能だけで判断されるのであれば、飲食に携わっていない方々の中にも我々よりも数段優れている方は散見されるし、その理屈でいうと味覚過敏でなければ優れた調理師に成り得ないという理屈が成り立ってしまう。では果たしてどういった「舌」がプロフェッショナルに求められるのか? タイプ別に分けて説明したい。

1 テスタータイプ
 これは毎日同じものを制作、提供するタイプの人間に備わっているタイプの性能。センサーとしての能力と分析能力に優れているタイプの「舌」である。老舗の洋食屋や昔ながらの一品、ウィスキーのブレンダーなどに見受けられる。飲食におけるプロフェッショナルの業務の一つに「同じものを提供し続ける」というものがある。これはこの後説明していく他のタイプも同様なのだが、この項で説明するタイプの業務に携わる人間は、その提供しなくてはならないスパンが尋常ではなく長い。レストランや割烹などではメニューは早くて1月ごとに遅くても3か月ごとに変更されるためそこまで長くないが、伝統の一品を売りにしている店などになると、場合によっては店舗が営業を続ける限り提供し続けなくてはならない。調理技術や機材の発展などで提供される料理や素材のブレは以前よりも少なくなってきているとはいえ、同じものを提供し続けるには高度な経験と確かな感度を持った「舌」が必要であると言える。職人的に生産される味というものは大量生産のスナック菓子やインスタント食品と違って(あれはあれで別の「舌」が必要になってくる)数値化が不可能な為、判断基準が現場責任者のシェフや女将の味見に委ねるしかない。人間である以上毎日の体調や年齢の推移、機嫌などで判断のブレが生じることは往々にしてあり得る。更に素材が昔から変わらぬ品質のままでいるという保証はどこにもない。所謂職人肌、頑固一徹などの、変わらないことが売りのタイプのプロフェッショナル特有の「舌」が、最近減って来つつ有るように見受けられて若干寂しい。なお大手グランメゾンのシャンパーニュのChef de Caveなどがもつ「舌」もこのタイプで、毎年違う作柄と所有する膨大なvin de reserveからその年必要とされる量をブレンドして作成するのは並大抵の技量と知識では出来ることではない。マーケットではどうしても限定キュヴェやミレジメに注目が集まってしまうが、普段何気なく飲んでしまうそのメゾンの顔である「Brut」にこそ職人技が発揮されているように私は思われる。

2 アナライザータイプ
 色々なものを試食、試飲するタイプの人間に備わっているタイプの性能。日々新しい料理やメニューを作成しなくてはならないシェフや、それをサポートするソムリエなどに多く見受けられる。酒屋さんなどもここに入ることが多い。飲食におけるプロフェッショナルのもう一つの大事な業務に「新しいバリューの提供」がある。新規店舗のオープン、既存店同士の熾烈な争いなどで我々飲食業は常に過渡競争の真っただ中にあると言わざるを得ない。その為大多数の店舗が新商品の開発や打ち出しに日夜励んでいる。新たなメニューの開発は日々の繰り返しの中から生まれうることもあるのだが、それ以上に重要なのが自身のもつ情報のアップデートだろう。簡単に言えば色々なものを食べたり飲んだりしなくては新しい一皿やペアリングの考案に中々たどり着かない。アィディアは外部からの刺激でより大きく膨らむものである。ここでポイントになってくるのが受け取った情報を正しく消化できるか否か?である。面白いと思ったものをそのまま使ったのでは単なる剽窃、所謂パクリと言われてしまう。しかし、感銘を受けたものの本質をしっかりと分析、理解をして自分なりの解釈を加えたうえで開発を行って提供されたものであれば、オマージュや本歌取りとみなされて発想のベースとなった商品も評価されるし、自身が開発した商品も新しいものとして顧客に受け入れられていくだろう。要するにネタ被りをしないためには、色々なジャンルの料理や飲料を分け隔てなく摂取していかないといけないということである。最近意識的に様々なジャンルの料理を食べるようにしているのだが、本当に様々なことに気づかされるし、自身の発見なども既に通過した場所で有ったりするので本当にいい刺激になる。

3 アマチュアタイプ
 上記の2種のタイプの「舌」が、皆様が考えるようなプロフェッショナルに必要な「舌」であると思うが、業種によっては其れが逆に目標の遂行に邪魔になってしまう状況が発生する。
 その場合に敢えて「舌」の使用の方向性を変えることで対応する場合がある。必要とされるのは酒屋さんや大規模店舗の購買、新商品の開発を行うスタッフなどである。
 プロフェッショナルの一つの性格として常に良いものを開発、発掘しようとするというものがある。必要なことであるし、ある意味では我々のRaison d’être, 存在意義でもあるのだが、気を付けなければならないのが「誰にとって良いものなのか?」ということである。極論してしまえば自分以外誰にも理解されないのであれば、どんなに優れたもの出会っても、そんなものに価値はないと判断される。もしかしたら死後に理解されるかもしれないが、今を生きる我々には余り意味はないだろう。別に訴求対象に媚びを売るようなプレゼンテーションをしたり、手を抜けという話ではなく、その顧客やマーケットがどのようなものを必要として欲しているのかを分析して、理解した上で開発や発掘を行わなければならないということを言いたいのである。
 これはワインに携わる人間に頻繁に見受けられるのだが、自身が持つ「舌」が世間一般の消費者がもつ「舌」と乖離しているという自覚を持っていない。ティスターとして素晴らしくまた知識も豊富なのだが、ややもすると一部の人間にしか理解されえない様なセレクトしかしなくなってしまいがちである。きつい言い方をすれば、顧客の顔が見えていない場合がある。私も一時期そのような状態に陥っていた。今では自戒の念を込めて、最初の一嗅ぎと一口は何も考えずにフラットな状態でワインに向き合い、誰が飲んでも美味しいか否か?を念頭に置くようにしている。まぁそんなことを言っておきながらどう考えたって万人受けしないのに妙な魅力のある商品をいっぱい買ってしまい、どうやって売ったものだろうか・・・と途方に暮れるのを懲りずに繰り返しているのだが。

 以上、大まかに3つに分けて説明をしてみたが、別に一人の人間が一つの性能の舌しか持たないわけではない。老舗の大将なのに驚くほど色々なジャンルの料理を食べていたり、買い付けの人間がちょっとした品質の違いに気が付くようなケースは頻繁に見受けられる。ただ我々プロフェッショナルはこの「舌」によって日々の食い扶持を稼いでいるのだから、せめて自分の舌がどういった性格のもので、どういったものが今後必要とされるのか、くらいはきちんと把握しておきたいものである。どこかの国の外交のように二枚舌、三枚舌と複数持っているわけではないのだから。

 

~プロフィール~

建部 洋平(たてべ ようへい)
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー


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