Sac a vinのひとり言 其の二十九「すれ違い」
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最終更新日:2019/07/08
建部 洋平の連載コラム, ライブラリー
料理のうたい文句に「素材の味を活かす」というものがある。季節の食材の持つポテンシャルを最大限に発揮させる。料理人の喜びであると共に、その義務である。
ルビンの壺という絵がある。ある人は「この絵は壺である」と言い、またある人は「この絵には向かい合った恋人達が描かれている」と言う。どちらが正しいということは無く、観点の違いが現れている。
何かの食材を目の前にした時、料理人はその職務を遂行しようとする。しかし、方法は必ずしも同じとは限らない。目的を同じくするにも関わらず、である。例えば鯛という魚を目の前にした時、和食の職人の方は頭を炊き、身を湯引きにする。フレンチのシェフは骨と頭からフュメドポワソンを取り、それをベースにしたソースを鯛のポワレに添える。ペルーでは、身は柑橘の汁と唐辛子の酢漬けと合わされてセヴィーチェとなり、中国では鮮度の良い鯛が蒸されて、その鮮度を喜ばれる。
その土地に合った調理法と言ってしまえばそれまでなのだが、それ以上に感じられるのが観点の違い、切り取り方の違いである。文化や人種、気候の違いなどがそれを引き起こすのであろうが、それだけではこの違いというものは説明しきれない。例えば、人種や気候を同じくする日本の中においても、鮎を、塩焼きを持って最上とする人もいれば、フライを至上と認識する人間もいる。そして最も重要なのが、提示される調理法が〝的確″であるのならばそれらの選択どれもが正解である、という点である。今までのコラムの中で繰り返し述べてきたことであるが、こと主観的に観測される、端的に言えば五感に訴えかける物事においては、〝最適解゛は存在しない。
各自が考える〝最適解゛が存在するのみである。そこが飲食に携わる人間が、最も頭を悩ませることで有り、また無上の喜びとすることでもある。ワインもまた然り。同じワインを楽しみ愛でているにもかかわらず、各自が考える〝最適解″は全く異なっている。
ここまでは、まだ良くある論説で有り、またテーブルを彩る楽しい話題でもある。なぜなら対象が一つで有り、観測するものの解釈が煩雑では無いから。しかし単体と単体の組み合わせのマリアージュ、そして更に連続性という概念が入り込んでくるペアリングとなると、各々の解釈の違いが極大化してしまい、煩雑となり認識のズレは埋めがたきものとなる。この認識のズレこそが各種のレストランやペアリングへの批判の第1要因であると言えよう。(技術や知識の不足は論外であるし、料理やワインが美味しくない場合もどうしようもない)
その認識のズレ、悲しいすれ違いを観察していきたい。
【ケース1】 鮎
シチュエーション:フレンチレストラン にて
提供方法:コンフィにしてカリカリに焼き上げる。柑橘のニュアンスと共に
前提条件:イカとトマトの前菜の後に提供。ラインガウのリースリングをサーヴ。
提供ワイン:フリウリのリボッラジャッロのオレンジ
この場合、もしお客様がナチュラルワインになれ親しみ、かつオルタナティブな組み合わせに寛容な場合は、満足度は高くなると考えられるが、普段からオールドワールドのオーセンティック系を常日頃から嗜まれる方だと違和感を覚えられるかもしれない。
このペアリングの核は、鮎の肝と皮目の香ばしさであり、同形質のテクスチャーでシンクロさせることを目的とした提案である。イメージとしてはビールでの合わせに柑橘の要素を更に組み込んだ感じと言えようか?この皿の前に出された以下の料理のフルーティーさと対照的に香りや味わいの芳醇さや情報量の多さでチューニングするペアリングである。
このケースで考えられるすれ違いは、顧客が鮎という素材に対して「清廉、爽やかさ」をシンプルな味わいで求めていた場合である。鮎自身の持ち味だけを楽しみたい方にとっては、例え的確な組み合わせであったとしても、先に述べたようなペアリングの提案は満足してもらえるとは考えづらい。 もし代替のワインを求められた場合は、軽く熟成したアルバリーニョや酸味を基調としたグリューナーなどで対応することが考えられる。
ただ、このような対応をすると、その後に続くワインも変更する必要性が出てきてしまう。小規模店舗ならあまり問題はないが、大規模な店で原価率の設定などもシビアな場合は、対応に苦労することが考えられる。
【ケース2】 和牛 A5ランク
シチュエーション:割烹にて
提供方法:甘辛いすき焼きのタレのような地(じ)で、温まる程度に火を通す
前提条件:お食事前の最後の一皿。ここに至るまで日本酒や白ワイン、赤ワインも一通り提供済み。
提供ワイン:ロシアンリバーの新樽比率の高いシャルドネ。温度は15度前後で
この場合は組み合わせというよりも、順序に関する価値観の相違がポイントとなる。組み合わせ自体は和牛の持つ甘い脂肪分にナッティーかつクリーミーなシャルドネでブーストするという、シンプルながら破壊力のある組み合わせである。問題点はクォリティや組み合わせの好みではなく、この1杯が「最後の1杯」であるという点である。
お客様がワインにあまり慣れ親しんでいない様ならばあまり問題は無いのだが、レストランに馴れ親しんだ方、とりわけワインを楽しまれる方だと中々難しくなってくる。何故ならマリアージュ又はペアリングにおいて、最後にサーヴィスされるワインは基本的にに「赤ワイン」である、という共通認識が根強くあるからである。
実際にこの組み合わせを提案したところ、お客様から「うん。とても良い組み合わせなんだけど最後はやっぱり赤ワインが良かったな」「なんで最後に白ワイン出すの?」「なんか赤を最後に飲まないと落ち着かないなー」等、組み合わせの是非ではなく、美味しいのだがしっくり来ない、締まらないなどのご意見をいただいた。どこにプライオリティーを置くかがすれ違うと、満足していただけないことを説明できる良い例だと思われる。
因みに私としては一押しの組み合わせである。
これ以外にも
「アオリイカ×カタルーニャのガルナッチャ←白が飲みたかった。」
「牡蠣×冷やしたガメイ←牡蠣にはシャブリと決まっているだろ!」
「カツオのづけ×クシノマブロのロゼ←魚には白ワインじゃ無いの?」
などなどソムリエをやっていると、自身がベストと考える組み合わせを否定されることが日常的に起こりうる。それは自身の勉強不足から起こりうることでもあるが、それ以上に顧客とのコミュニケーション不足から起こりうるものであるとも言える。そんな時に「わかってもらえない」と嘆くのは簡単である。 ただ一瞬冷静になって「何が気に入らかったのか?どこですれ違ったのか?」と考え得なければならない。この瞬間こそが我々を成長させてくれると私は考える。
人は楽しみたい、癒されたい、様々なものを求めてレストランにやってくる。我々はその望みを出来るだけ良い形で叶えられるように働いている。
願わくは双方のすれ違いが少なきことを。
~プロフィール~
建部 洋平(たてべ ようへい)
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー