マダム合田 ある先駆者からの学び
La Revue du Vin de France
Juillet /Aout 2026 No.702 -45
Art de vivre / Vu d’ailleurs
パスカリン・ルペルティエ(ニューヨーク・マンハッタン“Chambers”ソムリエ、フランス国家最優秀職人章〈MOF〉受章者)・寄稿
あまり知られてはいないが、彼女はフランスのナチュラルワインの情景において、きわめて重要な役割を果たした。
(以下本文、訳:塚原/木村)
その招待はあまりにも突飛で、その発想もあまりにも現実離れしているように思えたので、私は内容を間違って理解していないか確かめるため、メールを三度読み返した。
「2月にパリの“Restaurant Maison Sota”で、Racinesの30周年を祝うポップアップを開催します。1990年から2010年までのヴィンテッジを中心に、ナチュラルワインやシャンパーニュ約500本を航空便で送りました。パリで開催されるRAW WINE, Wine Parisなどの試飲会にいらっしゃいますか。私たちの催しにぜひご参加いただけたら嬉しく思います。」
続いて並んでいたのは、生産者の一覧だった。
ド・ムール、ライエ、シュレール、グラムノン、チュ=ブッフ、アルマン、コラン、メトラ、フリック、バラル、プレヴォー、ブロシェ、リショー、ヴエット・エ・ソルベ、エコノム、イアゴ、カッペッラーノ……。
マダム合田と、そのビジネスパートナー・塚原正章氏は、自らの輸入会社の節目を、華美な祝賀によってではなく、自分たちの哲学の核心を体験できる機会をつくることで祝おうとしていた。すなわち、「時間」「忍耐」、そして「耳を傾けること」が、ワインの魂を明らかにするという哲学である。

マダム合田という名前は広く知られているわけではない。しかし私は、彼女はフランスのナチュラルワインの世界において極めて重要な役割を果たした人物であり、さらに私自身がこうしたワインと向き合う姿勢にも、大きな影響を与えた存在だったと考えている。
私が初めて彼女に会ったのは15年ほど前のロワール。マルク・アンジェリのもとを彼女が毎年訪れていたときだった。端正な装いをした彼女は、ロワールの試飲会の空気の中で不思議な存在感を放っていた。静けさ、深い集中力、そしてほとんど言葉を発しない姿勢(しかもフランス語は完璧だった)。それぞれ異なるリズムで現れるワインのエネルギーを丁寧に受け止めようとしていたのである。

私は一言も口を挟めなかった。そのテイスティングに、圧倒されると同時に魅了されていた。やがて私は知ることになる。彼女は、このような方法でRacinesが扱うすべての生産者を(ともに[訳者・補])選び出していたのである。
1980年代にフランスで学び、当時まだごく限られた造り手しかワインの中に閉じ込めることのできなかった「振動」や「感情」をワインに求めていた彼女は、塚原氏とともに輸入会社を設立した。そして、日本において、添加物をほとんど、あるいはまったく用いないワインを扱う最初期の輸入業者の一人となった。当時、この市場はフランス国内でもまだ脆弱であり、国際的にはほとんど発展していなかった。
それにもかかわらず、彼女はそこへ身を投じ、多くの生産者にとって最初の海外パートナーとなった。それは単に経済的に安定した取引先というだけではない。彼女は彼らの仕事を深く尊重し、輸送・保管・熟成のあらゆる条件を最適化し、温度管理を徹底した。彼女自身の言葉を借りれば、それは「ヴィニュロンたちの作品」を守るためであった。
彼女はまた、1990年代から、グローワー・シャンパーニュの評価が高まることにも関わった。フランシス・エグリ、アンセルム・セロス、そして後にはエルヴェ・ジェスタンらと協力していたのである。その姿勢と献身によって、彼女は非常に多くのプロフェッショナルに影響を与えた。
今日のように、これらのワインが理解され、受け入れられるようになるはるか以前から、彼女は、こうしたワインをどのように感じ取り、どのように扱うべきかを身をもって示していた。
私はその後、ニューヨークでマダム合田に再会した。そこで彼女(実際は塚原[訳者・補])は、ワインのエネルギーを踏まえたサービスについて、見事な教えを与えてくれた。またロワールでは、シュナン・ブランの意義深い試飲の場で再会した。さらに東京では、偉大な酒造家である寺田本家のもとで、魔法のような時間をともにした。

Maison Sotaでのポップアップも、同じく忘れがたいものだった。熟成したこれらのワインを味わうことの、なんという喜びだろう。Racinesが何年にもわたり歩みをともにしてきた造り手たちのワインである。
その夜、ベルトラン・ゴトロー、ティエリー・ピュズラ、あるいはジュリアン&ハイディ・クルトワと語り合いながら、私たちは、時間だけが明らかにするワインの唯一無二の魔法を味わったのである。


おそらく、彼女の控えめな人柄のためなのだろう。あるいは、彼女が女性であることも理由の一つかもしれない。彼女はこのように、陰にいる存在であり続けてきた。
ベッキー・ワッサーマンやマルティーヌ・ソーニエと同じように。
しかし私は、私たちが今日このようにワインを飲んでいるのは、こうした信念ある女性インポーターたちの、表には出にくい地道な仕事のおかげだと思っている。
私は彼女たちに心から感謝している。
そして、ワインの世界もまた、彼女たちに感謝することを願っている。(以上)
