ジャン=ピエール・フリック来日セミナー
2026年2月24日(火)

第一部 気候変動とナチュラルワインの醸造
- 気候の変化にともなう収穫時期の変化
みなさんこんにちは。お集まりいただき、ありがとうございます。また、時間に正確にいらしていただいたことにも感謝いたします。それはとても貴重なことです。「時間の正確さは王の礼儀」とも言いますからね。
さて最初のテーマは、「気候変動によって、亜硫酸無添加のナチュラルワインの醸造は、より難しくなるのか」という点です。
私が子どもだった約60年前、収穫は通常10月5日から10日の間に始まりました。ところがこの10年ほど(2015年以降)は8月30日から9月5日の間に収穫が始まるようになっています。2025VTでは、クレマン用のブドウは早摘みをするのですが、9月18日に収穫が始まりました。変化が起きているのは明らかです。トランプは「気候変動は嘘だ」と言いますが、私たち栽培家は現場の人間として、「本当だ」と言えます。
気候変動は一種の“揺れ”として現れます。日本語で言えば「ヨーヨー」のような振れ幅です。昔から暑い年も涼しい年もありましたが、季節の移り変わりはもっと波のように穏やかでした。春はより湿度があり、夏は変わらず暑いが、冬はより寒い。ところが今は、異常に涼しい5月から、わずか数日で日陰で40℃の6月に跳ね上がるのです。2025年の6月初旬には、日陰でも40℃の日が2週間も続きました。畑で働く人は、朝6時に作業を始めても、暑さのため正午には作業をやめざるを得ません。では、土や植物のために何をすべきか。
- 土壌管理と微生物への配慮
今でも土を耕起したり草を刈ったりする人はいます。ナチュラルワインの造り手の多くもそうしています。しかし私たちのワイナリーでは下草が開花期に入っても刈り取らず、刃のついたローラーで草を倒して寝かせます。草を切るのではなく刃を下草へと押し当てることで、樹液の流れを断つことができ、下草は水を吸い上げなくなります。一方で倒された草は断熱材となるのです。表土が露出した土壌では草で覆われた土壌より10℃以上も温度が高くなります。
さらにその草の層は土壌の水分の蒸発も抑えます。露出した表土では毛細管現象により水がより多く蒸発しますが、草で覆うと小さな湿潤なゾーンが保たれます。その結果、微生物にも良い影響があります。通常、表土約10cmには酸素を多く必要とする好気性微生物が存在し、深くなるほど酸素を必要としません。表土が冷涼、湿潤に保たれることで表土の微生物に好適な環境が保たれます。持続可能な農業やブドウ栽培では、土をひっくり返してはならないのです。草の断熱層がないことで、表土の温度が10℃上がり、上層の微生物は早く死んでしまいます。農学的に言えば、気候変動に対処するには、表土は常に草で覆われているべきです。

- 自然酵母と発酵の困難
また温暖化はブドウ果汁のpHを上昇させ、pHが高いほどワインは脆弱になります。よって近年収穫の時間が早まっている理由の一つは、pHが上がりすぎる前に収穫しなければならないからでもあります。
この15年ほどで観察されているのは、自然酵母で発酵を最後まで(残糖がなくなるまで)行うことが以前より難しくなっているという点です。原因は正確には分かりませんが、空気や水の汚染、電磁的影響もあるのではないかと想像しています。
例として男性の生殖能力の話があります。精子のデータが50年間分析され、西洋社会では50年で男性の生殖能力が50%低下したと言われています。確証はなく想像の域を出ませんが、空気や水の質、電磁環境などが関係している可能性があります。
自然酵母での発酵が難しくなる一方で、赤ワインでは発酵停止が起きにくいことが知られています。なぜか。例えばピノ・ノワールは、やさしく搾れば白い果汁になりますよね?シャンパーニュに使用されるブドウの3分の2は黒ブドウです。赤ワインにするには、除梗するにせよしないにせよ、ブドウをタンクに入れ果皮と果汁を接触させます。私たちは除梗しないため梗も入り、その分、酵母の栄養環境がより豊かになり、醗酵もよりよく進むようになるのです。
その観察からまずはピノ・グリやゲヴュルツトラミネール、のちにリースリングなどでもマセレーションをするようにしました。マセレーションによって酵母が糖を最後まで食べ切りやすくなり、ワインに糖度が残らない可能性をより高くすることができるのです。
しばしば白ブドウのマセレーションのワインを見ると「きれいな色だ」とほめてくれますが、色は結果にすぎません。マセレーションの目的は酵母に糖を完全に食べ切らせることです。
- マロラクティック発酵との移行管理
糖が残らなければ、自然に存在する乳酸菌がリンゴ酸を乳酸に変えるマロラクティック発酵を安全に行えます。ここで前提を確認しますが、今私が話しているのは、亜硫酸や選別酵母などの添加物を入れないワイン造りのことです。マロラクティック発酵は始まると、亜硫酸を入れない限り止められませんし、添加物なしの醸造ではマロラクティック醗酵は必ず起こります。
よって課題は、マロラクティック醗酵が「糖がなくなった後」のタイミングで始まるように管理することです。少し技術的な話になりますが、この点が現代のナチュラルワイン醸造におけるもっとも繊細な部分ともいえるでしょう。ナチュラルワインの未来は、このアルコール発酵からマロラクティック醗酵への移行をいかに適切に、良いタイミングで行えるかにかかっています。そして、私にとってマセレーションはその2種の醗酵の移行をより良く管理するための回答の一つといえます。
- 人間の変化と人手不足
以上が近年の気候変動に合わせた醸造の変化です。本当は何時間でも話せますがこのくらいにしておきましょう。次にお話ししたいのは近年いっそう目立ってきた新しい難しさ、それは人間の変化についてです。気候だけでなく、人間も変化しているのです。少なくともフランスではコロナ以降、その変化は顕著です。
以前は収穫のために働きに来たい人が定員の2倍はいました。ところが今は、収穫要員の確保にとても苦労しています。2025年のように早く収穫しなければならない年に人が足りないのは問題です。20人の収穫人が必要ならば少なくとも25人は確保しなければなりません。なぜなら最初の3日で5〜6人が辞めてしまうからです。仕事が難しかったり、過酷だったりするわけではないにもかかわらず、です。
また人間関係の問題でチームがうまくいかないことがあります。「来年も来てほしい」と言っても、現場の人同士、馬が合わないことがよくあります。そしてまた、その本当の理由は雇い主である私たちには言ってくれないものです。
なぜこの話をしたかというと気候変動といった問題だけでなく、人間の性質の変化もあるということをここでお伝えしておきたかったのです。このように様々な要素が昔に比べ簡単ではなくなってきています。
- 害虫の減少と宇宙的視点
とはいえ良い驚きもあるということも、お伝えしなければなりません。1980〜1990年頃、有機栽培においては幼虫によるブドウの房の食害は大きな問題でした。しかし1990年以降、有機栽培の現場では殺虫剤を使っていないにもかかわらず、その幼虫の数はどんどん減っていきました。
ビオディナミの考えについても少し触れさせてください。地球に住む私たちは、様々な問題が地球だけから来ると考えてしまいがちですが、地球は太陽系全体とつながっています。月が28日周期であることはよく知られていますが、水星など他の天体には30年以上もの長い周期があります。そうした“宇宙の時計”の影響を研究する人はほとんどいません。
太陽フレアのような現象や太陽活動の強い時期があることは知られており、それが人間・動物・植物といった生き物の活動に影響を与えます。そして微生物達もこうした大きな動きと結びついています。
- 質疑応答:電磁環境と酵母
質問:空気、水、電磁的な変化の影響で酵母の働きが弱くなった。そのことへの対処として、ビオディナミ的アプローチや、全房のマセレーションをすることで、酵母の力が最後まで働くよう補っているという理解で正しいでしょうか。
回答:その理解で合っています。例をもう2つ挙げましょう。アルザスの採卵鶏の鶏舎で、200m先に5Gアンテナが設置されたところ、設置後90%の鶏が産卵をしなくなりました。鶏舎のオーナーは廃業し鶏を売ってしまったのですが、それらの鶏はアンテナのない場所へ移ると、再び卵を産み始めたのです。私たちの息子のトマはブドウ栽培を辞めなければなりませんでした。電磁波過敏症だった彼は10年間ワイナリーで一緒に働きましたが、配線の多いセラー内は電磁波が強く、彼にとって耐えられる環境ではありませんでした。そのような症状を訴える人は増えており、息子もその一人でした。
人や動物がこれほど影響を受けるなら、より単純な構造の生き物である酵母も影響を受けている可能性が想像できます。確証はありませんし、すべては説明できません。
しかし個人的、経験的観察の結果、「マセレーションをすると発酵がうまく進む」と言うことはできます。

第二部 新しいワインへのアプローチ
- アカデミックな語彙からの解放
フランスにはワインやテイスティングの教育が多くありますが、非常にアカデミックで語彙が記号化されています。しかし私はワインに興味を持ち始めた若い世代に対して、こうした学校的枠組みから出る必要があると感じています。それは「正しい表現を言い当てると点が上がる」という世界から離れるということです。
セラーで複数人のグループを交えて一緒にテイスティングをした時のことです。あるグループの2人はかなり芝居がかった飲み方をしていました。するとその2人のソムリエが「この香りはスミレだ」「いや、これは乾いたスミレだ」と言い争いをはじめたのです。しかしスミレか乾いたスミレかで争う必要は全くありません。そうでしょう?
テイスティングは進み4〜5杯目あたりで、静かに飲んでいたある男性は、香りを吸い込み「好きだ」と言い、「陽に照らされた砂丘が見える」と表現しました。アカデミックではありませんが、香りや味を分析しカテゴライズするのではなく、彼の感情から出た言葉であり、そこに価値があります。
- 技術と感情
音楽も同じです。私は楽器を演奏する機会が人生にはありませんでした。楽器も弾けず楽譜も読めませんが、いくつかの音楽は私を壮大な旅に導いてくれます。その旅は技術的な演奏を追う人よりも、より大きなものであることもあります。
技術的に完璧で欠点がなく清潔に出来上がっていたとしても、二口、三口で何も語らなくなってしまうワインがあります。ワインは感情によって物語ります。技術的に完璧でも感情に欠ける音楽やワインがあるのです。
しかし一方で、ワインのこの“振動するような個性”に敏感になる人が増えています。ワインは生きていて、一口目と四口目で変わります。均一ではありません。
- 記憶の図書館
私がお伝えしたいのは、テイスティングで「あなたはそう感じるのか、私は感じない」と言い争う必要は全くないということです。周りの人と同じように感じる必要はありません。
以前同じ訓練を受けた3人の若いソムリエがテイスティングに一緒に来たことがありました。東京出身、ノルマンディの海辺出身、フランス中央の牧畜の盛んな地域出身の、育った環境の違う3人組でした。皆25歳くらいだったでしょうか。ブラインドテイスティングをしたのですが、彼らの表現は三者三様、彼らの子供時代までへとさかのぼるものでした。東京出身の人は昆布や蕎麦の出汁、海辺育ちの人は発酵する海藻や潮っぽさ、山で育った人は牛の糞や、家畜や干し草といった具合に、幼いころからの嗅覚や味覚の「記憶の図書館」がそれぞれの表現の違いとして現れるのです。それらはしばしば生産者である私でさえも気づかなかった私のワインの側面でもあります。
このワインから感じるのは「花だ」「果実だ」「燻製だ」と言い争う必要はありません。三つすべてを感じる人もいれば、二つの人も、一つに集中する人もいます。
ビオディナミの観点では、人間も太陽系という大きな有機的システムの中にいます。誕生日や星座によって感受性が違うという感覚は多くの人が持っていますが、それだけで12通りの人の性質の解釈があります。さらに食べ物やワインを構成し生命の素となる四元素【空気・土・水・火】といったものがあり、加えて四つの気質【胆汁質・多血質・粘液質・憂鬱質】といった要素を組み合わせれば、少なくとも48通りの人の性質の解釈があり得ます。つまり意見は違って当たりまえ、言い争う必要はないということです。
- 試飲の順番とワインの紹介
時間も少なくなりましたが、試飲に移りましょう。まず試飲はより色が濃く赤みのあるものから始めてください。一つ目はラズベリーのような色あい、もう一つはよりオレンジがかっています。
◆Pinot Gris Macération – RM 2022 Sans sulfite ajouté
ピノ・グリ・マセラシオン エル・エム サン・シュルフィト・アジュテ
◆Gewurztraminer Macération 2022 – sans sulfite ajouté
ゲヴュルツトラミネール・マセラシオン サン・シュルフィト・アジュテ
両ワインともマセレーションをしたワインです。そしてどちらも辛口で残糖はありません。発酵は最後まで進み、マロラクティック発酵も終了しています。無濾過で亜硫酸をはじめとする添加物はありませんが、このワインは安定していると見なせます。「安定」とは変化しないという意味ではありません。私たちが年齢とともに成熟するように、ワインも変わり続けるのです。
- 一本で寄り添うワイン
1本目はピノ・グリ・マセラシオン2022。アルザス南部では、アミューズ、前菜、メインに合わせて三杯のグラスワインを提案する店が多くあります。しかし私の大まかな統計では、80%の人がボトルを注文したい、と言います。つまりソムリエは、2人のために1本でメニュー全体に寄り添えるワインを選ばなければなりません。
運ばれる料理はほうれん草のパイ、魚、鶏とさまざま、日本では蕎麦といったこともあるでしょう。それらの複数の料理に合う一本を、といったときに、辛口のマセレーションのピノ・グリはカメレオンのように、ほうれん草にも魚にも肉にも合わせられます。
ワインを飲むことは記憶の行為でもあります。ワインには8000年の歴史があり、さまざまな文明を生み、常に分かち合われてきました。友人と家でボトルを開ける、レストランでカップルがワインと料理を楽しむ、などワインはつながりを生みだすものです。SNSに300人の友達がいても実際に会って話すことはないでしょう。しかし一緒にワインを飲むと、互いに耳を傾け、お互いをより深く知ることができます。そんな時ワインは社会的なつながりを想像するのです。
2本目はゲヴュルツトラミネール・マセラシオン2022。マセレーションをしなかった多くの造り手が問題を抱えた年ですが、このワインも無濾過で亜硫酸の添加はありません。非常にスパイシーな香りのする品種で“Gewürz”はドイツ語由来で「香辛料」を意味します。スパイシーな料理と非常によく合います。
駆け足になりましたが最後に小話を。3週間前、75歳くらいの男性がテイスティングに来ました。医者に毎晩少量のウイスキーを飲むよう言われ、彼のコレクションを日替わりで楽しんでいたそうです。本当の話ですよ?しかしこのゲヴュルツ・マセラシオンを飲み、「週に1度のウイスキーはやめてこれを飲もう」と言いました。「その方がアルコール度数が3分の1だから3倍飲めるしね」と。彼は明瞭な精神と、ユーモアを備えた人でした。
以上です、本日はみなさんありがとうございました。

