*

イ・クストーディ エトナのブドウ栽培文化の「守り人」

2026年6月、シチリア州エトナ山のワイナリー、イ・クストーディの当主マリオ・パオルーツィが来日しました。エトナでのプロジェクトの立ち上げから現在に至るまでのドラマティックな物語、約20年の歩みを熱心に語ってくれました。本稿は、複数のイベントで語られた内容をもとに、マリオが見てきたエトナ山の変化と、イ・クストーディのワイン造りについてをまとめ、再構成したものです。

 

何を守るべきか

 イ・クストーディは、2007年に設立されたワイナリーです。もちろんワインを生産することを目的としていますが、このプロジェクトの根幹にあるのは、エトナのブドウ栽培文化を守るという考えです。それはエトナ山麓のブドウ畑の風景、とりわけアルベレッロと呼ばれる一本仕立てのブドウ樹、そして畑で働くコンタディーニ(農夫)たちが連綿と受け継いできた知識や技術を守る、ということです。イ・クストーディでは、醸造家サルヴォ・フォーティをコンサルタントとして助言を受けています。私は、単にワインの品質だけを考えるのではなく、畑で働く人から飲み手に至るまで、ワインに関わるすべての人に配慮する彼の姿勢に強く共感しており、現在に至るまで彼と協力してワイン生産をおこなってきました。
 私はもともとローマの生まれで、曽祖父は戦後、モスクワで初めてのピッツェリアを開いた実業家でした。多くの事業に携わる家系で、私自身実業家としてローマで仕事をしていましたが、その頃から週末にはワイナリーを訪ねたり、ワインを目当てに外食したりすることが何よりの楽しみでした。当時からワインに関わる仕事をしたいと思っていたため、そしてそれならばエトナだ、とも決めていたため2000年、26歳のときにカターニャへ移り住み、「イル・カンタンテ」というワイナリーの立ち上げに共同出資者として加わったのです。そのワイナリーに醸造家として招かれたサルヴォ・フォーティと出会ったのも、その時のことです。イル・カンタンテは数年で活動を終えましたが、そこでワインを造っていたブドウ畑を私が引き継ぎ、2007年にイ・クストーディを設立しました。
 「イ・クストーディ」とは、イタリア語で「守り人」を意味します。少し大仰な名前に聞こえるかもしれませんが、そこにはエトナの土地と文化を守りたいという、私たちの明確な意図が込められています。

 

 

なぜアルベレッロ仕立てなのか

 現在、エトナのワイナリーで、生産するワインのすべてを自社畑のブドウから造り、しかも全区画をアルベレッロ仕立てで管理している生産者は珍しくなりました。アルベレッロ仕立てには、いくつかの重要な利点があります。枝葉が360度、全方向へ開くため日照条件に優れ、風通しも格段によくなります。その結果、病害対策のための農薬散布回数を大幅に減らすことができ、これは畑で働く人にとっても、ワインを飲む人にとっても、非常に重要なことだと私は考えています。
 もう一つの特徴は、ブドウ樹一本当たりの収量です。同じ面積から同じ量のワインを生産する場合、機械化しやすい垣根仕立てとアルベレッロ仕立てとでは、一本の樹がつける果実の量が大きく異なります。アルベレッロでは一本当たりの収量が抑えられるため、ワインとなったときに感じられる凝縮感に違いが生まれます。
 一方で、アルベレッロは多くの人手を必要とする仕立てです。しかし私たちのエントリーレベルの白ワインと赤ワインである、エデスやピストゥス用のブドウ畑では、伝統的な樹間1mの密植ではなく、1.3mほどの間隔を設けています。これにより、小型の耕作機を畑に入れやすくし、作業性を高めるという選択肢もあります。そしてそれでも、人手に頼る部分が大きいことに変わりはありません。上級キュヴェだけでなく、エデスやピストゥスのような価格帯のワインまでアルベレッロ仕立てのブドウで造ることは、決して容易ではありません。

 

それぞれの斜面に植わる品種と、変化する市場

 エトナ山には長いブドウ栽培の歴史がありますが、銘醸ワインの産地として広く認識されるようになったのは比較的近年のことだと言えるでしょう。エトナの原産地呼称は1968年に制定されていますが、私がこの地域のワインに関わり始めた2000年代初頭以降、産地には多くの投資が行われ、瞬く間にイタリアの赤ワインの重要生産地の一つに数えられるようになりました。当初、投資の多くは北斜面で栽培されるネレッロ・マスカレーゼやネレッロ・カップッチョを原料とした赤ワインに向けられていました。しかし2020年頃からは、東斜面の主要白品種であるカッリカンテへの市場の関心が急速に高まっています。かつてエトナで造られるワインの8割以上は赤ワインでしたが、現在では赤用品種と白用品種の栽培面積はほぼ同程度になっています。数年後には、白ワインの生産量が赤ワインを上回ることでしょう。
 東斜面のミロ村周辺、とりわけ最良のコントラーダ(シチリアで用いられる畑の歴史的な区域名、クリュのこと)の一つとされるカゼッレでは、ブドウ畑でない土地を見つけることが難しいほど、カッリカンテの植樹が進んでいます。私は幸運にも、北斜面のフェウド・ディ・メッツォと、東斜面のカゼッレという、それぞれの斜面を代表するグラン・クリュともみなされる畑を手に入れることができました。現在、両斜面を合わせて約20haのブドウ畑を所有しています。そしてこれは20年以上にわたりエトナのワイン産地に関わってきたからこそ実現できたことであり、今から同じことをしようとしても、非常に難しいことでしょう。
 近年のカッリカンテへの関心が高まった理由は、大きく二つあります。一つは、イタリア国内で赤ワインの消費が減少する一方、白ワインの需要が伸びていることです。
 もう一つは、カッリカンテの優れた熟成能力に、多くの飲み手が気づき始めたことです。2000年代には、まずエトナの赤ワインに注目が集まり、白ワインへの関心はそれほど高くありませんでした。しかし、当時少量だけ造られていた白ワインを10年以上の熟成を経て飲んでみると、驚くほど高い品質を示すものがありました。それによって、カッリカンテという品種の可能性が広く認識されるようになったのだと思います。

 

カッリカンテを育む東斜面の気候

 そして確かにカッリカンテは、その評価に十分値する興味深い品種です。そのワインには、ほかのイタリアの白ワインにはない個性があるからです。エトナはしばしば「島の中の島」、つまりシチリア島の中にあるもう一つの島というふうに表現されます。それほど、シチリアのほかの地域とは気候も地形も異なるワイン産地なのです。特に東斜面は雨が多く、シチリアがイタリア全20州の中でも降水量の少ない地域である一方、エトナの東斜面はイタリアのワイン産地の中で最も雨の多い産地なのです。エトナの東に広がる海から湿った空気が入り、霧が発生したり、雲に覆われたりする日が多いのですが、カッリカンテはこのような環境によく適応しています。仮に赤ワイン用のブドウを東斜面で栽培したとしても十分に成熟させることはできません。
 また白ワイン需要の高まりを受け、北斜面にカッリカンテを植える動きもあります。しかし北斜面では、カッリカンテの潜在アルコール度数が容易に14%前後まで上がり、東斜面とはまったく異なる性格のワインになるので、私は北斜面には、カッリカンテよりもカタラットなどの品種の方が適していると思います。

赤品種の植わる温暖な北斜面

 北斜面は、北からの湿気を含んだ海風がネブローディ(Nebrodi)山脈に遮られるため、日照量が多く、温暖な地域です。同時に標高が高く、昼夜の寒暖差も大きいため、古くから赤用品種であるネレッロ・マスカレーゼとネレッロ・カップッチョの栽培に適しているとされてきました。
 気候変動の影響はもちろんありますが、体感としては単純に暑くなったというよりも、気候が熱帯的になってきたという印象があります。湿度が上がり、スコールのような激しい雨が降ることも増えました。2023年は高温と高湿度が続き、ベト病が蔓延しました。そのため赤ブドウは大きな被害を受け、収穫量は例年の約20%にとどまり、生産できた赤ワインも、エントリーレベルのピストゥスのみでした。

 

 

エトナ山第二のネレッロ

 ではイ・クストーディで生産されるワインとその主な品種について話を移しましょう。まず、ネレッロ・カップッチョについて話したいと思います。イ・クストーディでは、この品種の重要性を市場に伝えるため、2020年ヴィンテッジからネレッロ・カップッチョの単一品種ワインの瓶詰を始めました。エトナの赤ワインでは伝統的に、ネレッロ・カップッチョはネレッロ・マスカレーゼの補助品種としてブレンドされるか、同じ畑に混植されてきました。イ・クストーディでも、エトナ・ロッソには20%ほどブレンドしています。ただし、エトナ・ロッソにネレッロ・カップッチョを使用することが義務づけられているわけではありません。ネレッロ・マスカレーゼ100%でも法律上は、エトナ・ロッソを名乗ることができるのです。そしてネレッロ・カップッチョは果皮が薄く、病害にも敏感な品種です。そのため、畑を植え替える際にこの品種が選ばれることは減っていき、ネレッロ・カップッチョの植樹率は減少の一途をたどっているのです。
 しかしそれでは伝統的なエトナ・ロッソの姿は失われてしまうことになるでしょう。ネレッロ・カップッチョは、ネレッロ・マスカレーゼと比べると酸が穏やかで、スパイシーな香りと明るい果実味をワインに与え、エトナ・ロッソの熟成後により調和を与えると私は考えています。
 単一で醸造する場合は、イ・クストーディでは控えめなタンニンと、明るい果実味を活かすためステンレスタンクで発酵・熟成し、少し冷やして魚介類と合わせるのがお勧めです。私は生魚にも合うと思っています。現在、エトナには200を超えるワイナリーがありますが、ネレッロ・カップッチョの単一品種ワインを造る生産者は多くはありません。6社ほど、と記憶しています。

 

3つのエトナ・ロッソと3つのエトナ・ビアンコ

 イ・クストーディでは、3種類のエトナ・ロッソを生産しています。

ピストゥス
短期間の抽出を行い、ステンレスタンクで発酵・熟成

エトネウス
コントラーダ・ムガナッツィにある、樹齢100年を超えるブドウ畑の果実を使用

セクラーレ
北斜面のグラン・クリュの一つとされるコントラーダ・フェウド・ディ・メッツォのブドウを使用。畑には樹齢200年に達するブドウ樹も残されている

 エトネウスとセクラーレでは樽熟成を行っています。当初は225Lのバリックを使い、その後は大樽も試しましたが、最も官能的にバランスのとれていたのが500Lのトノーでした。そのため、2012年ヴィンテッジ以降はすべてトノーで熟成しています。木材はフレンチオークで、トーストはごく軽いものを選びます。新樽は使わず、10年以上の古樽も使いません。

エトナ・ビアンコも3種類生産しています。

エデス
カッリカンテを主体に、北斜面のカタラット、グレカニコ、ミネッラを20~40%ブレンド

アンテ
カッリカンテ100%。マスカリ村周辺にある2つのコントラーダのブドウを原料とする

インブリス
正式にはエトナ・ビアンコ・スーペリオーレ。ミロ村のコントラーダ・カゼッレにある単一区画のカッリカンテ100%を原料とする

 いずれの白ワインもマロラクティック発酵は行わず、カッリカンテに備わる酸と垂直的な味わいを活かしたスタイルに仕上げています。カッリカンテはアロマティックな品種ではありません。若いうちは香りが開きにくく、熟成によって第三アロマが形成されて初めて、その魅力を十分に感じられるようになります。そのため、瓶詰め前にも瓶詰め後にも、十分な時間をかける必要があります。
 エデスには比較的アロマティックな品種をブレンドし、若いうちから楽しめるスタイルに仕上げています。アンテとインブリスは、いずれもステンレスタンクで発酵・熟成。カッリカンテ100%であるため、瓶詰め前後に長い時間をかけ、収穫から最低でも3~4年を経てリリースします。ステンレスタンクでのシュール・リー熟成中にはバトナージュを定期的に行うことで、カッリカンテの酸の鋭さを和らげ、澱のうまみ成分を引き出すよう促します。そして長期のタンク熟成の結果として、インブリスはアンテに比べてタンク熟成期間が長い分、リリース直後からより落ち着きのある味わいに感じられるのです。
 またインブリスの原料となるブドウは、近年特に市場の関心が高まっているエトナ東斜面のミロ村、その中でもグラン・クリュとみなされるコントラーダ・カゼッレのブドウです。エトナ・ビアンコ・スーペリオーレという呼称は、現在のところ、ミロ村で収穫されたブドウを原料とするワインにのみ認められています。

 

20年を経て整った、畑とセラーの環境

 ワイナリーを設立してから、間もなく20年を迎えます。イ・クストーディは2haの畑から始まりました。設立当初から変わらず考え続けてきたのは、エトナのブドウ栽培文化をどのように次の世代へ残すかということです。
 当初は他のワイナリーのセラーを借りて醸造していました。しかし借りたセラーは手狭で、スペースを確保するためだけに、本来必要のないワインの移動を行わなければならないこともありました。2016年、コントラーダ・ムガナッツィに自社セラーを建設しました。丁寧に育てられたブドウを受け入れ、十分なスペースと時間を確保しながら作業できる清潔なセラーが整ったことで、ワインの品質と安定性は大きく向上しました。現在は17haの畑を所有し、数年後までに数haのカッリカンテの植樹を予定しており、年間の生産量は約10万本です。
 ワイナリーの規模は拡大してきましたが生産するワインの大部分はエデスとピストゥスが占めています。上級キュヴェ用の古樹が簡単に手に入るわけではありませんからね。アンテ、インブリス、エトネウス、セクラーレといった上級キュヴェについては、これまで生産量をほとんど増やしてきませんでした。畑と樹齢、そしてそれぞれの土地が与えてくれるブドウを尊重しながら、そのブドウにあった醸造環境と手法を取ることが大事なのです。

PAGE TOP ↑