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セップ&エリアス・ムスター来日セミナー

2026年4月20日(火)

ワイナリーの歩みと哲学の転換

セップ:まず、私たちのワイナリーの歴史、地域について、そしてどのような方法でワイン造りをしているのかを少しお話ししたいと思います。その後、皆さんにとっても関心の高いテーマである気候変動について触れ、最後に息子のエリアスがこれからの未来について話します。質問があれば、いつでも聞いてください。

私たちのワイナリーは1978年に、私の両親が購入しました。場所はシュタイヤーマルク州の南部、スロベニアとの国境近くにあります。当時、特に1970年代から80年代にかけては非常に冷涼で、質の高いワインを造るには、むしろ寒すぎるほどでした。

1990年から父とともに働くようになり、当初から高品質なワインとは何かを考えてきました。1990年以前は、あまりに寒冷で、高品質なワイン造りが難しい地域だとされてきましたが、私はワインをより深く追求し、品質に集中することに強い魅力を感じていました。私にとって重要なのは、ワインが複雑さを備え、その複雑さが繊細さやエレガンスから生まれていることです。幸いにも1990年代になると気候がやや温暖になり、良いブドウを得るための理想的な条件が整いつつありました。

そして1998年、その頃私たちは頻繁に旅をしていたのですが、妻とともにインドを訪れ、ニュージーランド人のピーター・プロクターのもとでバイオダイナミック農法の講習を受けました。これが私の農業観を大きく変えるきっかけとなりました。その後、オーストラリアでパーマカルチャーを学び、さらに福岡正信の思想にも影響を受けました。これらは異なるアプローチですが、最終的に行き着くところは同じです。つまり、「自然に逆らうのではなく、自然とともに働く」という考え方です。

 

自然とともに働く覚悟と次世代への継承

そして2000年、両親から正式にワイナリーを引き継いだことで、それまでに学んだことを実践できるようになりました。とはいえ、それらは単なる技術ではなく、むしろ農業に対する姿勢であり、ビオロジックやバイオダイナミック農法といった考え方に基づくものです。

私たちの地域は生育期に雨が多く、日本ほどではないかもしれませんが、収量を失うリスクが非常に高い難しい場所です。それでもバイオダイナミック農法に出会って以来、それ以外のやり方は考えられなくなりました。それは私の考え方を大きく変え、「自然とともに働く」という意識が自分の内側から強く湧き上がってきたのです。とても心躍るものであり、毎日が新しい挑戦です。そして、何かと戦う必要もありません。

2000年にワイナリーを引き継いで以降、私たちはこの土地で育つブドウをどのように最もよく表現できるかを探り続けています。2019年からは息子のエリアスも加わり、新しいアイデアをもたらしてくれています。私たちの築いてきた基盤の上に、さらに発展していくことができるのです。

私たちは、現在のこの地でワインを造れることを幸運に思うと同時に、この場所に対して強い責任を感じています。この土地を、私たちが始めた時と少なくとも同じ状態で、できればより良い状態で次の世代へ引き継ぐべきだと考えています。そして次の世代もまた、そのように考え続けてくれることを願っています。

 

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三つの気候と栽培方法の選択

この地域は、南西のアドリア海由来の湿潤で温暖な気候、北部のパンノニア平原からもたらされる暑く乾燥したパンノニア気候、そしてアルプス山脈由来の冷涼で乾いた気候という、三つの気候の影響を受けています。これらが毎年異なる形で混ざり合い、ヴィンテッジごとの様相は大きく異なります。

その違いは主に味わいに現れますが、エネルギーという点では変わりません。私たちが重視するのは、ワインそのものが持つエネルギーです。それが基盤としてあり、そこから香りなどの要素が立ち現れてくる、というイメージです。

私たちは一本ワイヤー仕立てを採用しています。この仕立ては、私たちの地域ではほぼ消えつつあり、一部のブドウ農家が畑を残しているものの、この方法のみで管理しているワイン生産者は地域で私たちだけです。ということで、ワイヤー一本仕立ては、もはや一般的な仕立てではなく、現在はグイヨーやコルドンが主流となっていますね。この仕立てでは、新梢は最初上に伸び、重くなると自然に下へ垂れ下がります。上に伸びている間は葉を形成して光合成に集中し、やがて重みで垂れ下がると果実へエネルギーが向かうようになります。この働きにより、他のワイヤーを用いた仕立て、たとえば垣根仕立てと比べて、糖度の上昇だけでなく、よりバランスの取れた生理的成熟を早く得られるのではと考えています。私が若い頃、父と一緒に近隣のブドウ農家を訪ねたことがあり、その際に彼がこのワイヤー一本仕立てを行っているのを目にしました。私も父もこの仕立てを大いに気に入り、自分たちの畑でも採用することにしたのです。

 

土壌管理と草生の多様性

土壌管理について私たちの地域は年間降水量が1100mmと多いのですが、耕作は行わず、草を刈るだけにとどめています。ただし、刈り込む高さは10〜12cm程度に保つことが肝要で、これによりすべての植物が再生し、多様性が維持されるのです。以前、何種類の植物が生えているのかを数えたことがあるのですが、種をまくことなく、約70種類もの植物が自生していることが分かりました。これはアルプスの高標高に見られる自然の草地と同様の状態です。

近隣のブドウ農家でも同じように草刈りのみを行う場合がありますが、多くの場合は2〜3cmまで刈り込んでしまい、そうすると植生の多様性は失われてしまいます。

また、耕作を行わない理由の一つは、土壌流出を避けるためです。さらに、この地域は降雨量が多く、ブドウの生育環境としては水分が過剰になりがちなため、草が余分な水分を吸収してくれるという利点もあります。

つまり、土壌管理の面で特別なことをしているわけではなく、やや高めに草を刈るというシンプルな方法にとどまっています。そしてそれは、観察に基づいた選択なのです。

仕立ての話に戻りますが、私たちは自然を模倣しています。野生のブドウは木に登り、上部に達すると横に広がり、そこから果実が垂れ下がります。上に伸びるものは葉に、下に垂れるものは果実に向かうというのが自然の法則です。

仕立ての支柱には、主に自分たちの森で育った栗の木を使い、足りない場合にはアカシアの木を用います。支柱の素材には金属やコンクリートなど様々な選択肢がありますが、私たちは温かみのある木を好んで使用しています。

土壌についてですが、この地域の土壌は「オーポク」と呼ばれる海成堆積土で、やや圧縮された石灰質および泥灰質の土壌です。私にとって土壌とはワインの味そのものというよりも、ブドウ樹の生育に影響を与えるものだと考えています。表土の少ない痩せた土壌や粘土質の多い土壌など様々ですが、下層土はワインにおいて重要である一方、私たちが変えることのできない要素でもあります。

収穫はできるだけ遅らせることが非常に重要で、十分な成熟と各要素のバランスを目指します。ただし、ボトリティスは歓迎していません。私たちは重く力強いワインではなく、繊細でエレガントなワインを目指しています。また、ボトリティスの蔓延はワインのエネルギーを低下させると考えています。

 

自然観察の哲学と“本物の食品”としてのワイン

今お話ししたことは、私たちの仕事の一例にすぎませんが、私たちの哲学の中心にあるのは「自然を観察すること」です。自然は非常に明快で、機能するものだけが残り、機能しないものはすぐに消えていきます。一方で人間は感情を持つため、本来うまく機能していないことでも続けてしまい、さらには慣れ親しんだものに固執する傾向があります。

このような人間の性質は、私たちのようなスタイルのワインにとって、市場において難しさにつながるかもしれません。というのも、多くの人は安定した味わいや既知の感覚を求めるからです。私たちのワインはそれとは対照的に、一口ごとに異なる表情を見せます。そしてそうした違いを感じ取ることこそが、「本物の食品」を口にする楽しみなのですが、そのためには、感覚を研ぎ澄ます必要があります。ワインに関わる人々はしばしば技術についてのみ語りますが、ワインに限らず、食品の本質は基本となる素材そのものにあり、私たちの仕事は、それを壊すことなく製品として保つことにあると考えています。

 

気候変動への観察に基づく適応

それでは気候変動についてですが、まず私にとってそれは特別なものではなく、そもそも気候とは常に変化し続けるものです。ワインの嗜好を簡単に変えられないのと同様に、私たちは既存の気候条件に慣れてきたため、その習慣から外れることに慣れていく必要があります。私は人間が気候を大きく変えられるとは考えていません。

ヨーロッパ、とくにドイツでは多くの電力源が閉鎖されてきました。しかし、大気中の二酸化炭素濃度のわずかな変化で気候を大きく変えることができるのでしょうか。私には、人間がそのような大規模な変化の主因であるとは思えません。結果として、石油や原子力由来のエネルギーを失い、二酸化炭素のレベルは変わらないまま、という状況が残るだけだというのが私の見解です。

ブドウ栽培における気候変動の影響についてですが、確かに温暖化の傾向は見られます。しかし同時に、冷涼さも感じられます。ある友人は高標高の土地にブドウを植えました。暑さは回避できましたが、今度は毎年のように遅霜のリスクに直面しています。私には気候変動の後を追いかけるように対策を講じ続けることが答えだとは思えない。より重要なのは、畑で何が起きているのか、自然がどのように反応しているのかを丁寧に観察し続け、植物たちが気候に適応し、私たちはその結果を享受するのです。

ブドウ栽培は非常に長期的な営みです。例えば5年ごとに品種を変えるといったことは現実的ではありません。むしろ私は古樹が好きです。古樹はよりバランスの取れたブドウをもたらします。より経験を積んでいるとも言えるでしょう。そのため、気候の変動にも適応しやすいのではないかと考えています。

気候の変化自体は確かに存在します。しかし、それが温暖化なのか冷涼化なのか、あるいはその両方なのかは断言しません。ただ、極端な現象が増えているというのがブドウ農家としての実感です。この10年で私たちの地域では3回の遅霜に見舞われましたが、40年前にはそのようなことはありませんでした。また、子どもの頃はTシャツで日中の太陽の下で遊んでいましたが、現在では日差しが強すぎて15分も外にいられません。それでもブドウは毎年収穫できます。つまり植物はこうした状況に適応しているのです。

一方でワインの味わいは変化しています。その味わいをどう評価するかは、皆さん自身が判断すべきことですし、必ずしも好む必要もありません。ただし、技術によって現在とは異なる気候条件の時代の味わいを再現しようとするのは誤りだと考えています。なぜなら技術はしばしば自然への対抗手段として働き、「自然とともに働く」という側面が弱くなりがちだからです。技術に過度に依存すれば、最終的には自分自身が工業製品の生産プロセスの一部になってしまいます。もちろんそれも一つの選択であり、多くの人がその道を選んでいます。しかし私は、残りの少数の人々に向けてワインを造りたいと考えています。

以上のように、気候変動について特別に多くを考察しているわけではありませんし、それに対応しようとしてブドウを植え替えるとしても、すぐにできるようなことではありません。また、温暖なヴィンテッジ自体はこれまでも経験してきましたが、将来的には潜在アルコール度数が17%を超える糖度のブドウが収穫されることもあるでしょう。そのような状況になれば、ブドウ樹の植え替えが必要になるでしょう。そしてその際には、30〜40年前には酸が高すぎ、糖度が十分に上がらなかった品種を植えることになるかもしれません。

 

Q.温度の変化についての言及がありましたが、湿度や雨量についてはどのような変化がありますか。

セップ:雨量については、1961年以降の観測記録を見ても、年間降水量1100mmで安定しています。湿度についてはむしろ “よくなって” おり、つまり低下傾向にあります。20〜30年前のほうが湿度は高く、ブドウ畑での病害管理にはより苦労していました。

温度はあらゆることに影響し、変化も分かりやすいため、どうしても温度の話が多くなりがちですが、先ほどお話しした極端な気候という観点でいえば、雹が増え、雨も降るときにはモンスーンを思わせるような豪雨になることが増えたと言えます。これらはブドウの収量に直接影響するため、大きな問題です。1980年代から90年代には、雹が降ることはほとんどありませんでした。ところが近年では、2〜3年に一度の頻度で雹が降り、2009年には5回も雹に見舞われたのをよく覚えています。。

非常に難しい問題ですし、私に雹をなくすことはできません。対雹ネットという方法もあり、確かに雹害対策にはなります。しかしそれは、ブドウにとってはまた別の環境をつくることにもなります。ネットで覆われた範囲では影が増える一方で、熱がこもりやすくもなります。その結果、糖度が上がり、ワインになったときの糖と酸のバランスはまったく異なるものになるでしょう。

したがって、ネットは雹害への対策にはなりますが、バランスの取れたワインの原料となるブドウにとって最適だとは限りません。何事にも慎重であるべきだと思います。

 

Q.気候変動に対して積極的に大きな対応はしていかないという風に理解したのですが、現実的に収穫量の変動はこの30-40年ではどのように変化していったのでしょうか。

セップ:収穫量は一定です。私たちは施肥をしておらず、果皮を利用したコンポストも畑には撒いていません。畑の状態を栄養過多にはならないように気を付けています。なぜならブドウ樹はそのような環境を好むからです。収穫量は毎年3000kg/haほどで、1kgのブドウからボトル1本のワインが出来るので、1haあたり3000本のワインが出来上がることになります。これは私たちのブドウを50-80年前に植えた人達も同程度の収穫量で、あとは天候によって収穫量は変動します。私たちに限ったことではなく、10,000本/haのワインを生産する造り手たちでも大きく変わらないことだと思いますよ。

大気中の二酸化炭素の上昇とそれに関連する不安要素への話題の方が注目されますが、二酸化炭素が植物の成長に不可欠だということも忘れてはいけません。現在の大気中の二酸化炭素レベルは多すぎず少なすぎず、通常の範囲の中の増減であるようにも思えます。植物にとっては二酸化炭素レベルが高い方が成長が促進され、ブドウで言えば収穫量が増える要因にもなります。これはとても面白い観点だと思うのですが、あまり語られる内容ではありません。私たちは自分が耳にする情報について慎重にならなければなりません。必要のない恐怖を作り上げようとする人たちがいるからです。いいワインを飲んで、いい気分でいる方がよっぽど健やかなことでしょう。

それでは過ぎてしまったことは置いといて、未来の話をしましょう。若い人が未来についてどのように考えているか、私も気になるところです。

 

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次世代の視点と継承される価値観

エリアス:皆さん、こんにちは。本日はお越しいただきありがとうございます。では、簡単にお話しさせていただきます。

このような機会では、しばしば「将来的にワイナリーで変えていきたいことはありますか」といった質問を受けます。興味深い問いではありますが、答えるのは簡単ではありません。まず私にとって重要なのは、この土地に対して責任を持つこと、そして現在ワイナリーと畑が持っているエネルギーを守ることです。そのうえで様々なことを試してきましたが、最終的には両親のやり方に立ち返ることが多いというのが現状です。自分の直感や本能を大切にしなければなりません。現代は情報にあふれており、気づけばそれに飲み込まれてしまいます。だからこそ、自分自身に忠実であることが重要です。

加えて、両親から受け継いだ畑の一部は長年にわたり良好な状態で管理されてきましたし、長く使われてきた木製樽は、樽由来の風味が強く出ない、極めてニュートラルな発酵・熟成容器となっています。出発点として申し分ありません。いくつかの古いブドウ樹は収量こそ少ないものの、今後20年は問題なく生産できるでしょうし、古樹はカビ由来の病害に対しても抵抗性があると考えています。例えば、古樹は樹勢が弱いため葉が小さく、その分風通しが良くなり、結果としてカビの蔓延を防ぎやすいのではないかと思います。

同世代の中でも同じ方向性に関心を持つ人が少しずつ増えており、彼らと知識を共有できることを嬉しく思っています。互いのワインを飲み交わすことができるのも、とても楽しいことです。というのも、この地域では私たちのようなスタイルのワイン造りは、まだ一般的ではないからです。

 

Q.父セップと同じスタイルのワイン造りを選ばれていますが、実際に一緒に働く中で、すごいと感じることや興味深い点はどのようなものがありますか。

エリアス:私はこのワイナリーで育ち、この方法がワイン造りの標準的なやり方だと思っていました。しかし、15歳から19歳まで栽培・醸造学校で学んだ内容は、家のやり方とはまったく異なるものでした。その上で、私は家のやり方のほうが自分にあっているし、美しいと感じるようになりました。

それと同時に、現在ほど「ナチュラルワイン」という言葉が一般的ではなかった時代に、そのようなスタイルのワインを造ることを選び、継続してきた両親の姿勢は、強い信念に基づくものであり、私が最も尊敬している点です。

 

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Q.陶器のボトルを使用している生産者みなさんに伺っているのですが、エアデのように陶器ボトルを選択した理由は何でしょうか。これまでには、マーケティング目的だという方や、アンフォラで醸造したため同質の容器に詰めたいという風に答えてくれた方がいました。

セップ:そうですね。まずエアデの生産は2005年に始めました。私たちにとって初めての白ブドウのマセレーションワインです。そして、ジョージアの生産者が陶器ボトルを使用しているのを見かけ、それが当時とても良いアイデアに思えました。そこで、すべてのキュヴェについて陶器ボトルでの瓶詰めを試してみたのです。2006年ヴィンテッジでは、各キュヴェ20本ずつ陶器ボトルで瓶詰めしました。

それらを数年かけて試飲した結果、タンニンの豊富なワインほど陶器ボトルでの熟成に適していると感じました。陶器ボトルのほうがタンニンの一体感がより高まる印象を受けたのです。エアデは1年間という長期のマセレーションを行うキュヴェであり、タンニン量も豊富です。そのため、タンニンをよりワインに溶け込ませやすい陶器ボトルの特性と相性が良いと考え、採用しています。

ただ一つ問題があるとすれば、陶器ボトルは見た目が美しいため、贈答用として購入されることが多い点です。しかしエアデは万人受けするタイプのワインではないため、贈り物としては必ずしも適しているとは言えません。そういう意味では、マーケティングとしては適切ではないかもしれません。実際のところ、マーケティングについてはあまり意識していませんが、陶器ボトルが結果的にマーケティング要素になっているという話は、各国のインポーターから聞いています。

また、ボトルの重量について指摘されることもありますが、ガラスボトルでも重いものはいくらでもありますので、その点はあまり気にしていません。重要なのは、中に入っているワインにとって適切な容器であるかどうか、そしてワインそのものが容器以上に魅力的であることです。

 

そろそろお時間でしょうか。さまざまな話をしてきましたが、少しでも皆さんにとって新しい発見や、新しいワインの見方のヒントになっていれば幸いです。

ありがとうございました。

 

 

付録:セミナー外のやりとり

 

ワインのエネルギーと非介入的醸造の思想

私にとっての出発点は、ブドウをできる限り自然なままに保ちたいという思いでした。バイオダイナミック栽培はその助けになります。ワインの「エネルギー」を高める方法だと考えています。ワイン造りの際にはそのエネルギーに焦点を当てており、知ってしまった以上バイオダイナミック栽培以外のやり方は選べません。

それはワインを飲んだときにも感じますし、食べ物でも同様です。あまりに工業的なものになると、私には美味しく感じられません。もともとは父とともにいわゆる慣行農法的な方法で畑を管理していましたが、そのやり方には常に違和感がありました。そして、ピーター・プロクターのセミナーに参加したとき、その違和感の正体がはっきりと理解できたのです。そこで学んだのは単なる農法ではなく、自然を観察すること、そして自然に逆らうのではなく自然とともに働くという姿勢でした。自然と戦うという考え方もありますが、私たちはそれを望んでいません。

亜硫酸についても同じ考え方です。硫黄は添加物であり、私たちは可能な限り何も加えないことを目指しています。培養酵母は使わず、清澄とろ過は実施していません。なぜなら、それによってワインが持つ生命的なエネルギーが大きく損なわれると感じているからです。

私の仕事は、そのエネルギーのレベルを保つことです。香りは自然が生み出します。年ごとの降雨量や日照の違いによって表現は変わりますが、それは自然に委ねるべきものです。もちろん、亜硫酸を使わずにワインを造ることにはリスクがあります。しかしそれは、消費者がどのような味わいを求めるかにも関わってきます。私はその点については非常にオープンで、可能であれば亜硫酸は使用しません。実際、私たちのワインのほとんど、約99%は無添加です。

たとえ5mg/Lのようなごくわずかな量であっても、加えるか否かで大きな違いがあると感じています。ただし、ワインを安定させるために、どうしても必要な場合もあります。また、瓶詰めから6〜7か月後に不安定になることもあり、その時点では手の施しようがありません。本来であれば添加しておくべきだったというケースもありますが、それを事前に判断するのは非常に難しいことです。

 

ナチュラルワインへの移行と市場との折り合い

2000年に私たちがワイナリーを引き継いだ当初、スタートは比較的慣行農法に近いものでした。そこから徐々に、バイオロジック農法やバイオダイナミック農法へと移行していきました。セラーにおいては、まず清澄やろ過を少しずつ減らすところから始めました。ろ過も次第に粗くし、場合によっては完全に行わないこともありました。しかし当時は、濁りのあるワインを販売することは非常に難しく、ほとんど不可能でした。

そのため、自分たちの目指す方向と市場の受容との間で、常にバランスを取る必要がありました。当時は無清澄・無ろ過・無添加のワインは時期尚早だったのです。ですが毎年少しずつ、その方向へと歩みを進めていきました。2007年には初めて、何も添加せず、ろ過をしない赤ワインを造りました。白ワインでは2009年が最初です。

2010年以降は、基本的に清澄剤や酵母、酵素などは使用していません。亜硫酸については現在でもごく稀に使用することがありますが、それもワインの安定性に不安を感じた場合に限られます。私自身の感覚では、亜硫酸を使わないほうが常に味わいは良いと感じています。たとえ5mg/Lのようなごく少量であっても、その違いは確かにあります。私たちはワインの「エネルギー」を重視していますが、亜硫酸を加えることで、そのエネルギーや本来の味わいが損なわれると感じています。この変化のプロセスは非常にシンプルですが、時間を要します。人は慣れ親しんだ味に戻ろうとするため、新しい味わいに慣れるには繰り返しの経験が必要です。

現在ではレストランのワインリストにもナチュラルワインが並び、比較的容易に楽しめるようになりました。しかし20年前には、それを見つけること自体がほとんど不可能だったのです。当時は消費者が新しいスタイルに触れる機会自体が限られていましたが、徐々にその味わいを好む人が増えていきました。

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