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オーストリア

合田泰子/塚原正章からのメッセージ

― この興奮と喜びをお伝えしたい ―

 ワインの世界には、常に可能性があります。なぜなら、ワインは人間とともに変化し、その可能性を発揮することができるからです。そして人間は、とてつもない可能性に恵まれており、その可能性を実現するように努めるのが、私たち人間の役割なのです。

 もし造り手の役割が、《特定の土地におけるワインの可能性[テロワール]を、最大限に引き出すこと》であるとしたら、インポーターの使命は、《ワインに体現された土地の可能性を正しく評価し、選び抜いた生産者の作品であるワインを、可能なかぎり良い[つまりオリジナルに近い]コンディションでもって消費地に紹介すること》でしょうか。

 私たちはこれまで、世界の新しい動向と伝統を踏まえながら、フランスとイタリアを中心とするヨーロッパ各地における優れた生産者とそのワインを、自分たちの感覚だけを頼りに選び、望ましいコンディションのもとに紹介する努力を、妥協せずに続けて参りました。20年近くに及ぶ、シャンパーニュのRM(レコルタン・マニピュラン)生産者/ワインと、世界に先駆けた自然派ワイン生産者との共同作業とその紹介、また近年のギリシャ産クオリティワインのご案内は、その一端にすぎません。

 でも、なにかを忘れていたような気がしてなりませんでした。
そこで、2011年9月以降今春にいたるまで、ひたむきにドイツとオーストリアを何回も訪れ、空白を埋めようとしました。まるで、「失われた時を求める」かのように。
そして、「ユーリカ!」(われ、発見せり)。つまり、自分たちが間違っていたことに嬉しくも気づき、悟らされたのです。

 オーストリアには、賢い【ピーター(マルベルク)】だけでなく、名家の後継者が手を組む【ピヒラー&クルツラー】夫妻が控えており、まさしく人材は中欧にあふれています。自然とワインを媒介するのが、人間の務めなのです。

ラシーヌの旅のありようを、別の形でお伝えすることにしましょう。


《開発者の言葉 Q&A》

Q. なぜラシーヌは、ドイツとオーストリアを、まるで新しいワイン産地であるかのように、本格的に追い求めたのですか。
A. 〈問題意識〉 これまで日本には、両国の優れたワインの現状が ―― 情報としても、ワインとしても ―― 正しく伝えられていないと予感していました。ラシーヌ自身も、充分に伝えるどころか、それぞれの国の一生産者しか、ご紹介してきませんでした。「過ちては改めるに憚ることなかれ」。2011年9月、第一回のオーストリア&ドイツ出張のなかで、私たちは即座にその可能性と実力を確信しました。現地では、ワイン・ジャーナリズムにも未登場の造り手たちが、新しい世界を開き始めていました。私たちにとっての「新しい世界」は、多くの方々にとってもまた、新世界同然なのではないでしょうか。オーストリアでもドイツでも、ヴァン・ナチュールの方向にむかう胎動も感じられました。どちらかといえば、オーストリアのほうが、既成概念に縛られずに「深く考える」造り手が多く見受けられ、地域全体で柔軟な姿勢が印象づけられました。

Q. どのような基準と方法で、生産者とワインを選んだのですか?
A. 〈初めに生産者ありき〉と〈現地主義―フィードワークとテイスティングは現場で行う〉という考え方は、これまでと変わりません。そこで、産地と品種をひととおり頭の中に入れたうえで、海外の単行本やインターネット情報あるいはブログなどを探りつつ、現地の実情に詳しいだけでなく強い問題意識を共有する内外の方々と語りあいました。このようにして予め評価した生産者を実地に歴訪し、現地で更に新しい造り手の可能性を探りました。

Q. 具体的には?
A. 〈ドイツ人がみた良いワインというような「国内基準」〉や、〈ドイツワイン批評家/愛好家が「良し」とする基準〉 をあえて省みず、ラシーヌが「よいワイン」であるとする基準をみたすワイン(の生産者)を選んだのです。むろん、私たち自身もまた、ドイツとオーストリアのワインに関する固定観念を拭き去り、まっさらな気持ち(タブラ・ラサ、白紙)で臨み、畑とセラーのなかの事実を探り、味覚だけでワインを評価しようとしました。既存あるいは輸入品のドイツワインに飽きたらなく思っていたので、「もっと優れた辛口ワインがあるはず」という仮定だけは忘れずに。「正しい問題意識をもった造り手が、ドイツとオーストリアにもいるはずだ」と確信し、結果やはりここにも正しい方向に歩んでいる信念をもった造り手がいることを悟りました。

Q. ラシーヌが選んだドイツとオーストリアのワインの特徴は、どのようなものですか?
A. どちらの国のワインにも、ラシーヌらしい味筋(テイスト・アイデンティティ)とクオリティ、そしてコンディションがあるはずです。が、もちろんテロワールとお国柄の特徴もまた、表れているはずです。具体的には――

Q. 選ばれた生産者の特徴は?
A. 若手の生産者、あるいは2000年以降に創立された若いワイナリーが多いことです。これは近年における目覚しい品質向上を、若手生産者が担っていることの表れでもあります。ただし「若いワイナリー」は必ずしも「若い生産者」とは限らず、他国あるいは他ワイナリーでの経験と実績を積んだ優秀な造り手が含まれています。他方で、ビオロジックやバイオダイナミックの栽培を早くから心掛けていた、問題意識の高い生産者が含まれていることも特徴のひとつです。

オーストリアについて:〈グリュナー・フェルトリナーだけが、特別なオーストリアの品種ではない。ヴァッハウだけが、優良な産地ではない。〉

 私たちが知らない、もっと多様で素晴らしい世界が、オーストリアワインなのです。それは、世界のクオリティワインに通じる、完成度の高いワインが各地にあり、各地の特徴を生かしているということです。1985年のディエチレン・グリコール事件で手酷い市場収縮にあったオーストリアでは、単にそれを乗り越えただけでなく、既成概念にとらわれない良いワインを追求する姿勢が目立つので、ワインを愛するものに深い共感を与えることができるのです。
 たとえば、ヴァッハウの新星ピーター・マルベルグ(2007年ファースト・ヴィンテッジ)のワインに、その地の奥深さと高貴さを感じました。また、オーストリア最南端のスロヴェニア国境にある、ズュート・シュタイヤーマルク地区のセップ・ムスターのワインには、稀にみる精神的な深さを感じます。セップの畑には、コンクリートや金属製の支柱、針金のケーブルや止め具は一切なく、栗の支柱と柳の若枝が使われています。枝先はカットせず、枝は針金線に這わされることもなく自然に垂れ下がり、「こうすることが一番この畑での栽培によいと考えるから」と伝統や常識にしばられずに、独自の仕立て方をしていました。ブドウの実を食べたときに、口に広がるなんともいえない清々しさ、美味しさ、端正さは、明らかに他の畑のブドウと異なります。畑を覆う目に見えない、でも明らかに存在する精気を感じ、妖精が住んでいるかのような、畑に込める造り手の愛情が触知でき、感激で震えました。このような畑がもたらすワインは、スピリチュアル・ワインとしか呼びようありません。確かに、テロワールの高貴さは重要な必要条件ですが、それ以上にワイン造りでは、「深く考え、愛情深いこと」が重要だと実感しました。
 これは一例にすぎませんが、根拠のない名産地伝説を内部から覆すような革命的な造り手(ヴァッハウのマルベルク)だけでなく、世界のクオリティワインの流れと同調しているような、本質的に正しくて美味なワインが多様な姿で、オーストリアにあることを、ラシーヌのポートフォリオのなかから実感していただけると、確信しています。

                                            2012年5月

   
       
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