ヴィニタリーに異変あり―ヴェローナにて。―

2012.03.26    塚原正章

 2年ぶりに2012年のヴィニタリーに来て、茫然とし、困りはてている。あの広大なメイン会場のあちこちで、いつものように慎重に試飲しようとしても、ワインの微妙な味わいが判定しにくい。それどころか、どのワインを試飲しても、ほとんどの場合、あまり美味しさを感じとれないのだ。10年以上も、せっせとヴェローナに通い続けていて、こんなことは初めてである。いったい、どうしたのだろうか? とうとう、私の味覚がおかしくなってしまったのか? 念のため、同行の合田にすぐ尋ねたところ、なんと同意見である。とすれば、もし、ワインと私たちの側に問題がないとすれば、会場の側に問題があるのだろうか? まだ、「フィエラ」が始まって二日目にすぎないので、だれもそのように極端な感想と意見を述べていないだろう。が、いささか勇み足の気味はあろうと、まずは関心があるはずの皆様に急いでお伝えし、あわせて私見を述べておきたい。

鳥のフン騒動
 会場のホールにたどり着いて、まず、驚いたのは、高い天井の長いほうの軸にそって、何羽かの鳥が悠然と、わがもの顔に飛んでいたこと。なんと、おおらかなことか。さすがはイタリアと思ったのが、そもそもの印象だった。出展者ブースで、とある生産者に訊いたところ、じつは彼らも困っていた。鳥のフンが、遠慮会釈なく、落ちてくるというのだ。もし、通路を行き来している、イタリア流におめかしをした男女の衣服を汚してしまったら、どうするつもりなのだろうか。と、余計な心配をしかけたら、「それどころではない。昨年は、大事な客のラップトップのキーボードを直撃した」とか。高さがあるから落下の速度と強度はかなりなものだろうから、少なからぬ被害を免れなかったはず。
 すぐさま主催者を通じて会場側に苦情を申し立てたところ、「鳥は会場の神聖な守護神だから、追い払うわけにいかない」と、門前払いを食わされた由。仕方なしに彼らは、自分たちの出展ブースの上に、白いカーテンのような薄い生地を張って、異物の飛来を防いでいるとか。たしかに、何箇所かに落下物の形跡がある。そういえば、他のブースでも同じような形の覆いを見かけたので、新しいデザインかと勝手に納得していたのだが、もっと実際的な理由があったのだ。

身体への影響
 件のフンが、ブースの中にいる来場者の頭やワイングラスを直撃したら、とんでもないことになるが、(鳥の数と会場の広さからして)たぶん命中確率は低いのだろう。その意味ではあまり問題がないかもしれない。が、問題は別のところにある。
 なぜか今回、ヴィニタリー会場でいつも私の耳の調子がおかしく、高い周波数のような金属音が、頭のなかを鳴りっぱなし。さすがに頭痛まではしないが、これまでこんな破目にあったことは、日本でもない。最初は体調不良を疑ったが、ほかに異常は感じない。とすれば、思い当たるのは環境、つまりは大型の会場設備くらい。昨年大規模に改修された各メイン会場の天井部分は、陽光をとりいれる工夫がされていて、たしかに気持ちがいいし、ワインの色調も冴えるだろう。けれども、高い(入場料ではなくて、天井高の)会場の横軸に沿って、空気噴き出し口を多数そなえた、アルミ製の太い空調パイプが堂々と貫通し、銀色に輝いている。それだけではなく、会場のいたるところに、金属製の構造物がある。なるほど機能的ではあろうが、空調設備と会場設営用に、金属物質が縦横無尽に張り巡らされていることに変わりはない。とすれば、強い電磁波が生じ、増幅されたとしても、不思議ではなかろう。これが、わが耳の異常の原因ではないか、と、まず、勘ぐったしだい。これが私の個人的な体調不良だけですめば、たいした問題ではない。

ワインへの影響は?
 肝心な試飲さえ順調ならば、わが耳鳴りなど、些事にすぎない。が、先に報じたとおり、総じてワインが美味しく感じられないことが問題なのだ。これまでの試飲とテイスティング会場の設営の経験からして、どのワインも美味しくないというケースには、共通した原因があった。①本人の体調不良。たとえば、二日酔いや睡眠不足、はては病気など、試飲者側の問題である。が、試飲会場が人体に作用することもあり、なかには電磁波などの影響を強く受けやすいタイプの人(たとえば小生)がいる。②ワイン自体の問題。これには、試飲会場に運ばれてくるまでの温度や振動などの影響という外来的な原因と、ワインの製造過程における過誤(要するに、下手な造り方に由来する不味さ)という内在的な原因の、2点が考えられる。③会場環境の問題。例えば、空気がよどんでいたり汚れていたりすると、間接的あるいは一時的なワイン汚染がおこり、会場におかれたワイン全体に共通した異変が生じ、美味しさが消えうせ、風味の持ち味や個性が失われる。④日時の問題。これは、バイオダイナミズムのカレンダー、つまりは月と地球の位置関係から説明できることで、「根の日」などでワインは本来の味を発揮しにくい。
 今回のヴィニタリーでは、メイン会場で共通した味覚異常を感じた。逆にいえば、同じ会場内でも、堅固な管理棟ビルの入り口付近(A2)に新たに設けられた、自然派ワインのグループ「VI VI D」では、そのような異常は感じ取れなかった。また、同時期に開催されている、VINI VERIやVIN NATURなどのオーガニック系ワイン集団でも、そのような現象は感じ取れなかった。とすれば、まず、ヴィニタリーのメイン会場(1~10棟)における原因③が疑われ、次に、それに由来する①の作用が考えられる。ただし、入場開始時などの早い時間帯では、抜栓直後のせいでワインの汚染や電磁波被害が少ないせいか、あるいは、体調がまだ健全さを失わなかったためか、比較的にワインの味が良好に感じられたこともあったことを、付け加えておこう。
 どうやら、会場環境が、まず、ワインに影響し、次いでわが身と味覚に作用したとおぼしい。さっさと会場を抜け出て、なつかしい店や素敵な店にたどりつき、旧知のワインに出会えば、なんと美味しいことか。だが、これは本末転倒もいいところ。なんのために、わざわざヴィニタリーに来たのか、わからない。やれやれ、タメ息がでるばかり。

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