本当のことを言う(続)

――放射性物質との、ささやかな格闘――

2011.6.27    塚原正章

はじめに
現代日本の最大かつ喫緊の問題は、いうまでもなく東日本大震災および津波と、東電福島第一原発事故である。「ツナミ」だけでなく、「フクシマ・ダイイチ」の名は、すでに海外ではチェルノブイリと同じくらい悪名を轟かせている。大震災と原発事故が起きたとき、たまたま私はヨーロッパに出張中だったが、ツナミとフクシマ・ダイイチは毎日テレビで連呼され、新聞紙面を飾っていた。おかげで、会ったワイン関係者の人たちから、日本の状況と安否を尋ねられ、深甚な哀悼の意を表された。こちらもまた、家族・友人・知人、同僚と取引先のことだけでなく、心ならずも人生から急退場を迫られ、あるいは築き上げてきた生活フレームや将来の希望から切り離されてしまった、未知の方々のことを、遠国で想わざるをえなかった。

帰国後すぐに私は、いやおうなしに水と空気の異変に気づかざるをえなかった。成田空港に入ったとたん、あたりに漂う異様に不快な空気臭に襲われ、蛇口から発した水道水からも同種の臭いを嗅ぎつけた。街の通り、居宅、オフィス、レストランもみな、異臭に覆われていた。それなのに、誰も空気の臭いについて触れないのが、不思議でならなかった。いまや、吸う場所を限定されているタバコの煙よりも、ずっと気になるのに……

その後1ヵ月足らずして、ふたたび訪欧と帰国を繰り返したのだが、やはり日本国内とヨーロッパの間で、あるいは震災の前後で日本において、空気と水の臭いと質が、まったく違うことを確信した。もし、私が嗅覚異常でないとしたら、感じとれる共通の異臭に同一の原因が想定されるわけで、それを原発事故に求めざるをえない。

ちなみに私の嗅覚は、特別に敏感であるとは思わない。が、飲食の場面における異臭(たとえばサーヴィス人やソムリエの腋臭[ワキガ]と、ブショネ臭)には、なぜか過敏。だから、抜栓していないワインボトルからもブショネ臭を嗅ぎ取ることが、しばしば。あるいは、レストランでの食事中に、同じ店内に漂ってくる臭いからして、どのあたりで飲んでいる客のワインのボトルあるいはグラスがブショネであると、ほぼ見当がつく(グランジュール・ド・ブルゴーニュでは、ヴォーヌ・ロマネ村の立派な試飲会場いっぱいにブショネ臭が立ち込め、えらく閉口した)。としたら、これまでに経験したことのない空気中の異臭に気づいたとしても、あまり不思議ではない。

ともかく、震災・ツナミ・原発事故という一連の巨大災害は、この国のだれにとっても-―少なくとも心理的には――他人事ではなくなってしまった。災禍への切実な関心を抜きにして、もはや現代日本について語ることはできないし、語っても無意味である。
しかし、だからといってモラリストに転じ、もっぱら身を慎み、すべての遊びを控えるのはむろん早計にすぎる。遊び心と心の余裕は、ユーモアとおなじく、苦しい時や状況のなかでこそ真価を発揮する。だいいち、禁じられて止めることができるようなものは、ほんとうの趣味や芸事の名に値しない。


私のばあい、ワインはとっくの昔に生活のなかに入り込んだだけでなく、趣味の域をこえて仕事と化し、ワインの世界にがんじがらめに取り囲まれてしまった。それでも毎晩、誰かしらとワインを飲みつつ、ときに自分とワインとのあいだで「自己内対話」を試みながら、ワイン固有の楽しみに興じている。ワイン談義に、声低く打ち興じることもある。

でも、どこか心の片隅に、東北日本を覆う苦しみと悲しみが宿り、ワインの愉悦にかげりを投げかける。わけても、巨大な利欲と非科学的な傲慢が招いた進行中の原発災害は、心をやすめさせることがない。ワイン界の一隅に身をおくからには、ワインと原子力発電や放射線問題とのかかわりについて、スタンスを決めておかなくてはならないとも思う。

たとえばマルク・アンジェリは、ヴァン・ナチュールに関わる者は、日本でも原発反対の意思表示をすべきである、とメッセージを寄せてきた。温厚篤実なピエール・フリックにいたっては、遺伝子操作ブドウの樹を、実力行使して抜去しただけでなく、原発反対のハンガーストライキを打ったとか。いずれにせよ、現在の環境は個々人に、自分個人の利益よりも人類の利害を念頭においた大義を考え、旗幟鮮明な態度をとることを求めている。

もし、ヴァン・ナチュールの精神を徹底しようとしたら、人工肥料・農薬・除草剤などの化学物質や、添加物と培養酵母の使用を控えるだけでなく、原子力どころか電気エネルギー依存型のワイン造りからも脱却せざるをえまい。言葉と行動が必ずしも一致しない、どこかの国の自称「自然派ワイン」生産者には、さぞかし耳が痛いことだろう。

こと、東京電力の原子力発電については、私は前職で関わりがあり、実地に見学もしているので、多少の知識と実感はある。原発のリスク・コミュニケーションのあり方については、電力会社の主催する研究会に参加を求められ、各分野の専門家にまじって議論したこともあった。だが、今回の事件が起きるずっとまえから、この問題について私の考えは固まっていた。そういえば、前職の文化サークルで、広瀬隆さんからじっくり話をうかがったこともある。端的にいえば、私の考えは単純で、「あらゆるエネルギーは危険である。なかでも、原理は簡単だが巨大装置を要する原子力エネルギーは、人間のコントロールできる域をはるかに超えており、原発は人類が作りだしてしまった、危険極まるモンスターである。それに対し、それに関わる日本の原子力関係者はといえば、あまりに卑小かつ尊大であるがゆえに、危険は極大化されている」、というもの。

だが、いまさらわが固定観念や偏見を披露しても、事故が起こってからでは意味がない。せいぜいのところ、きわめて個人的な「わが放射線対策記」を述べるあたりが、関の山だろう。まあ、眉にツバをつけてお読みくださいな。


私の密かな放射能対策
最近の『アエラ』誌などには、編集部が独自に調査した、恐るべき放射線測定記録が掲載されている。ちなみに、私たちのオフィスがある新宿区には、東京都でいまのところ唯一の公式放射線測定器が、百人町に設けられている。とはいえ、18メートルもの高さにあるからには、生活に即した現実的な測定値が期待できるわけではない。ともかく、われら生活者は、ひとえに五感を働かせながら、確実な科学的知識と健全なコモンセンス(常識)をもとに、バランスの取れた、しかし大胆な推論をかさねるほかはない。それにしても、美味しいワインと食事を愉しみながら、身を守ることは可能だろうか。

わが暫定的な行動原則 
① 放射性物質を含む「危険な」食品類を選ばない(か、最小限にとどめる)。
② そのために、測定技術を身につける(か、測定器を購入する)。
③ 体内にいったん吸収された放射性物質の排出を促す。
④ その他、可能なかぎり放射性物質を身辺から遠ざけるか、その濃度を薄める。

このような行動準則が、もし実行可能であるとすれば、だれにも異存はあるまい。問題は、それを実生活でどのように実現するのか。これらの問題すべてを私がクリアーし、手法を身につけているとまではいわないが、いくらかでも目標に近づく努力をしているところだ。


【① 放射性物質を含む「危険な」食品類を選ばない(か、最小限にとどめる)】
人体にとって一般的に危険(または有害)な食品類と、安全な(身体に良い)食品があることは、人類が貴重な経験によって学習してきた。現在は化学的な成分分析と、栄養学(これが結構あやしい)にもとづき、各国で独自の基準が設けられ、望ましいとされる食品類がある。けれども、ある人にとって効果的であっても、別の人にとっては有害あるいは効き目がない食品が存在することは、あまり知られていない。せいぜいのところ、アレルギー反応に個体差があることくらいしか、日常的には実感されていないだろう。たとえば、小麦粉やそば粉、卵や貝類の動物性食品には、かなり酷いアレルギーを起こす人がいる。たいていのワインに含まれている、SO2もまたしかり。でも、たとえばおなじ日本人でも、コメがアレルギーを起こし、人体に違和をもたらすことがある。「健康食品」とされる玄米ですら、万人にとって効用があるとはいえないとか。

じつは、私の身体にはコメが合わない。この事実に思い当たったのは高校生時代のこと。もともと米飯を苦手としていたのだが、柔道部の合宿で大盛りライスを目の前にして、気分が悪くなりそうになって、コメがわが敵であるらしいことに気づいた。そのとき以来、冗談半分に自分を「反米派」と称している。たしかに少量でもコメを食したあと、なぜか眠気に襲われ、頭の働きが鈍くなったと思えることがあった。コメが身体に合わないから、大学生時代から日本酒を避けて、ワインに親しむようになったのだろうか(事実はその逆で、ワインを先に飲みはじめ、他の酒はあとから知ったが、好みに合わなかった)。

なお、コメとの違和を抑える食品もあるよし。たとえばイチロー選手の身体にもコメは合わないが、カレーライスにするとスパイス類の作用で、コメによるマイナス反応を抑えられるために、同選手の大好物になっているとか。だから(というのは、あまり論理的でないが)、私もよくカレーライスを自作する。

 このように、各人が自分の身体に合うものと合わないもの、必要なものと不要なものを選ぶことが、生きるための知恵ではなかろうか。常に、食べ物が及ぼす身体反応に敏感であるようにもっていけば、いつしか食品の自己適合性がわかるはず。だから、味覚だけでなく、身体の違和感のもとになる内臓感覚を、いっそう磨かれたらいかがだろうか。

 食品が人によっては害を伴うことがあるのに対し、食品とは本来無縁であるべき放射性物質は、相手を選ばない本質的に危険な存在であり、核種と量しだいであるにしても、健康障害を起こしやすい。放射線が人体に及ぼす影響については、微量でも危険とする立場と、一定の範囲内ならば無影響とする立場に分かれるそうだが、私の見方は前者に属する。じっさい、なかには個人的な閾値が高くて、少量の放射性物質なら問題が少ない人がいるかもしれないが、遺伝子への影響と癌化促進作用を考え合わせれば、少なくとも避けるにこしたことはない。余談ながら、原発事故後に体調不良の人を多く見かけるのは、はたして事故と無関係なのだろうか。検証してみる価値がありそうだ。


【② 身体適合性の測定技術を身につける(か、測定器を購入する)こと】
自分の健康に合う食品や食べ物を選ぶのは、簡単そうに見えてもそう容易くはない。一つひとつの食材や加工食品を、そのつど自分の身体を実験台にして調べるのは、手間がかかりすぎるし、危険この上ない。

もしも、どういう食材や料理が自分の身体に適するのか分からなかったら、奥の手を使うしかない。そのひとつが、私にとっては、O[オー]リング・テストである。正確には、バイ・ディジタル・Oーリング・テストという。視覚対象物(目に見えたもの)がその人の身体に違和感を覚えさせるか有害であるばあい、視覚情報をもとに脳が有害性を判断すると、瞬時に一種の腱反射を起こさせ、手に組んだ指の輪が無意識のうちに開く――という原理だ。ニューヨーク医科大学・予防医学部教授(非常勤)である大村恵昭教授が発見して、アメリカで生物特許を得た医学的な手法であると聞く。詳しい原理と技法については、大村教授の著書『O-リング・テスト入門』(河出書房新社、2,009年)などを参照されたい。

6年前のこと私は、当時青森県・豊岡町にあった豊岡憲治医師のクリニックに、やく1週間ほど通院滞在したことがある。日本でも有数のO-リング・テスト通暁者である豊岡医師は、その専門的な手法(パッチ・テストに似たやり方。病原菌や変異細胞などを封じ込めた各種のサンプル小片を身体に当てて、「同種反応」の有無をうかがう。)でもって、すばやく徹底的に身体検査をおこなう。その結果にもとづいて、患者に適した漢方薬が処方された。

当時そのクリニックで豊岡医師は、O-リング・テストに関心のある患者に呼びかけ、その手法を無料で伝授したうえで、近所にあるスーパーマーケットで、商品選びへの応用法を実演してみせた。身体によい食品を医師がスーパーで選び、自発的研修生(つまり、私たち患者や信奉者の主婦たち)の目の前で、実際に一週間分の食料品を買い込むという、一種の模範演技である。それを間近で見て、不遜ながら私にもできるのではないかと思った。帰京後さまざまな食品類を相手に工夫をこらし、ようやく安定的な反応を得ることができるようになったので、いま食品はすべてこの方法で選び抜いている。

この、一見不思議にみえる手法については、賛否両論があることは承知しており、非科学的であるという見方もある。いずれにせよ、なにごとも無考えで信奉したり反発したりするのは、いただけない。懐疑的な精神と知的好奇心にあふれ、日ごろ自分でものごとを判断して行動している、実験精神が旺盛な人にだけ、この手法を試み、さらに応用してみることをお薦めしたい。

もし、この技法に習熟した人の技に接すれば、この技法がなぜか説得力をもつことに気づくはず。あたかも、シュタイナー理論によるバイオダイナミック農法のように。つまり、シュタイナー理論の是非を問うよりも、それにもとづいた農産物とワインという結果に照らし合わせて、理論の有効性を判断すべきなのだ。ただし、バイオダイナミックス農法は、ブドウ栽培についての原理と公式にとどまっているだけで、バイオダイナミック式のワイン醸造技法が確立しているわけではなく、人によって方法がマチマチだから、ワインの出来方にも天地の差がある。そのうえ、バイオダイナミックスの理論家(あるいは信奉者)必ずしも、優秀(あるいは正直)な実践家でないし、まして醸造技術については造り手の考え方の違いと上手下手がある。これに、輸送・保管条件等によるコンディションの差が加わるから、各国各地のさまざまな「ビオディナミ・ワイン」は、「千差万別」あるいは呆れるほど「玉石混交」な状態となって、消費者を悩ませる。同様に、O-リング・テストの実践家にもピン(科学者)からキリ(占い師や風水師)まであるから、ともかく科学的ないし分析的な思考力を身につけている人の、思考と実技に接することである。

その点、私は豊岡医師のオリジナルなエッセイから啓発され、実践活動の恩恵にも与ったので、いわばO-リング・テストの神髄に接することができた。おかげで、さまざまなヒントを受けながら、この技法を体得し、応用範囲を広げることができた。少なくとも私の身体にとってよい食品を選べるようになったと思う。たとえば、例の「放射性異臭」を発する空気と水は、私のテストでは明らかに問題があることを示している。もしもこの技法が、怪しげな宗教やオカルトとはまったく異質であり、科学的な信頼性と安定性(安定した再現性)があるのならば、積極的にあらゆる食品について、オーリング・テストをして損はあるまい。まして、内部被爆を最小限にすることができるとするならば。

 なお、豊岡憲治医師は、現在ご自身のホームページ(過去には邱永漢さん主催の「ハイハイQさんです」の専用ブログ)で、さまざまな応用技法と驚くべき知見を開示している。あとは信頼できるかどうか、ご自分で判断されたらよい。


【③ 体内にいったん吸収された放射性物質の排出を促すこと】
 このテーマについて、私の体験は重金属にかかわる間接的なものだから、放射性物質については類推にとどまることを、あらかじめお断りしておく。すなわち、豊岡医師によるO-リング・テストの診断と処方に基づいて、体内に蓄積された過剰な鉄や亜鉛などの重金属を、処方にしたがって各種の漢方薬を順次用いて、排出させたことがあるだけである。

その後、この技法を自力で応用して、その時々の身体状況や症状に応じた漢方薬を、自分で選んで服用することにしている。といっても、東洋に伝わる医学(中医学)の体系については素人同然なのだが、東西の医学に通じた、別のクリニックにも数年間通いながら、あらためて漢方薬の免疫増強効果に開眼しているところである。

なお、後述する水(純水)を飲用しはじめた初日から、身の周りにあった各種の漢方薬がOーリング・テストによって「不要」という反応になったのには、さすがの私もびっくりした。


【④ その他、可能なかぎり放射性物質を身辺から遠ざけるか、その濃度を薄めること】
放射性物質は、いわば降りかかってくる火の粉のようなもの。短年月の間に、根本原因(原発そのものと事故機)を除去あるいは無害化することができないとすれば、今後も当分のあいだ放射性物質の飛散と流出は続き、健康被害が高まる懸念がある。


環境だけでなく、当然ながら食事にもまた懸念材料が多い。最近スーパーマーケットで売られている食材の悪化に愕然とするだけでなく、たまに出かける築地の場内市場でも、魚もまた野菜に劣らず危険にさらされていると見受けた。それでは、流行の有機食品専門店などで買えば安心かというと、けっしてそんなことはない。すでに原発事故の起こる前から、自称「有機農法野菜」が薬剤などにまみれている形跡が、少なからずあったから、看板や謳い文句を軽々しく信用してはならないこと、「有機ワイン」と同様である。

ただ、食品そのものについては、先述したとおり、私はO-リング・テストによって選ぶことができると思っているが、問題は生命のもととなる水と空気である。


〈水の問題〉
残留放射性物質の検査結果によれば、東京都の水道水は現在「安全」ということになっている。これは、現在の検査方法では、件の放射性物質類は「未検出」というだけであって、存在しないという意味ではない。ちなみに、原発事故後に自宅やオフィスの水道栓から採取した水(タップウォーター)をO-リング・テストでチェックしたところ、事故後には一段と高いネガティヴ反応が出た。

それでは、事故後に自宅にある家庭用浄水器(家庭用としては、かなり高性能である)と、ラシーヌのオフィスに備え付けのプロ用浄水器に、放射性物質を除去する効果はあるか。これらの浄水器を通したあとの水道水でも、ネガティヴ反応は(やや低まりこそすれ)依然として解消されなかった。事故前の自宅とオフィスでは、浄水器をとおした水はどちらでもネガティヴ反応が皆無であったのに。

だとすると、「無害化」されたはずの都水道局の水は、発表どおりに「放射性物質が検出されない」としても、それを鵜呑みにするわけにはいかない。私としては浄水器でも濾過しきれない、人体に問題のある成分(たぶん放射性物質)が含まれているとみなさざるをえない。

明らかに問題は、原発事故後の水道水に対して、これまでオフィスでも自宅でも役立っていた高性能な浄水器では、(放射能)濾過機能が不十分であること。ちなみに、自宅用の小型浄水器のカートリッジを新品に交換しても、水質はさほど向上しなかった。となると、逆浸透膜法をもちいる特殊な浄水器、すなわち純水器を起用するしかない。純水器の問題は、a)高価で、b) 浸透膜を通過するのに時間がかかり、 c)濾過器の構造が大きいだけでなく、d)貯水容器も大型化せざるをえない(時間をかけて純水を貯めるため)こと、である。
それでも、水処理の専門家と相談しながら、やむなく純水器を買い求め、自宅の炊事場に設置した。早速テストしたところ、見事に厳格で鋭敏なO-リング・テストをクリアーした。やれやれ。それだけでなく、硬度がきわめて低い軟水が得られたので、お茶(ハーブティーや紅茶など)が美味になっただけでなく、極めて上質なダシがとれるという効果があった。

ようやく純水器製の水が安全で、かつ、ある種のお茶や料理の味わいを向上すると見極められたので、毎日少量ながらオフィスに純水を運びこんで、社員用のお茶などに供しはじめたところである。

もし、純水器に問題があるとすれば、テクスチュアは抜群でも、ミネラル分がまったく削ぎ落とされてしまい、風味が皆無なこと。だが、これには打つ手がある。上質の風味豊かなミネラルウォーターで割ればよいのだ。好みの硬水ミネラルウォーターを入手して、純水とのカクテルをつくるというわけ。ちなみに、浄水器や純水器を自宅に納入してくれた業者の方も、このようにして飲んでいる、とのことであった。

なお、純水器であれば、むろんのこと、どれでもよいとはかぎらない。逆浸透膜の種類や精度(穴の小ささ)と、全体的な濾過器のカートリッジ構成などをチェックすることだが、最終的にはこれらの機器(スーパーなどに設置されている大型の純水器をふくめて)から得られる「純水」の検査をするしかない。そこでまた、Oーリング・テストの出番となる。なお参考までにいえば、わが家にある純水器は、最近売れ行きがいいと聞く韓国製(乾式膜を使用)ではなく、湿式の逆浸透膜法とやらを用いるものだとか。

 かくして、私の本格的な水対策は終わりをつげた。が、さて、外食をどうしたものだろうか。仄聞すれば、おおかたの外食レストランは、浄水器を用いることはあっても、まず純水器を備えていないことは明らか。名のあるレストランですら、テーブルでとんでもない水にであうことすらあるくらい。とすれば、極力外食を控えるしかなくなる。だから昼には、弁当を持参するか、自宅に昼食を作りに帰るしかない。とかく忙しい朝方に弁当を作る余裕が乏しいとすれば、自宅に帰るしかない。さいわい、私のウィークデイの居宅はオフィスの近所にあるから、この問題は無理をすればクリアーできる。なお、できたら純水をプラスティック容器などにいれて持ち歩くか事務所などに置いておき、必要に応じて飲めるようにしたいところだ。

問題は、夜の食事であるが、まず、食材選びに厳しい店をえらぶこと。現在のポイントは、放射能汚染された魚や野菜などに手を出さない、眼力がある賢明な店を探すことだろう。なおかつ、店先に(備中炭のように)「純水器使用の店」と書いてあればよいのになあ。ともかく、名前を信用せずに、店の内情を精査するしかあるまい。また、できるだけ汁物以外のメニューを選んだほうが無難だろう。そして、帰宅したら、純水を飲んで、体内汚染を薄めることが望ましい。つけくわえれば、もっとも安全な外食法は、思想的にいさぎよく、絶対に嘘をつかない造り手(たとえば、マルク・アンジェリのような)による、優れて美味な自然派ワインだけをえらんで、水と食事の代わりに飲むことである。(冗談!)

次なる問題は、炊事、洗濯と風呂。私からすれば原水は極端に汚れているので、飲用どころか、食器に付着することすら厳禁。浄水器の水ですら、食器洗いには役不足である。そのため、使用した食器類は、原水か浄水で一時洗いしたあと、最後に少量の純水で流し洗いするのがベストである。

洗濯は、もっと厄介である。原水を使った自動洗濯機で脱水工程までおわったあと、脱水した衣類を多量の浄水または純水に漬けて、付着した放射性物質をできるだけもみ出してから、ふたたび脱水機にかけるという丹念な作業を、私はしている。

 風呂もまた厄介。仮にシャワーで済ませるとしても、放射性物質までも除去できるシャワーヘッドはないし、蛇口に取り付けて大量の純水を供給できる器具も見当たらない。とすれば、風呂(情けないことに、量を要するから原水を沸かすしかない)または、シャワー(同じく原水)をつかったあと、浄水(できたら、そのあと純水)でもって身体や頭を流すしかない。そのためには、前もってきれいな水を沸かしておき、同じきれいな水で割るという工夫をしなくてはならない。


 といったぐあいで、水の問題はおおかた解決されることになったが、そのために生活のプロセスにえらく時間がかかることになってしまい、自由な生活時間が少ないのが現在の悩みである。


最終課題は、空気
 空気の問題は、水よりなお厄介で始末が悪い。高機能のマスクは不便なので一日中しているわけにはいかない。それよりも、根本的には、室内に放射性物質と悪臭をともなう空気を、できるだけ入れないことが基本のはずである。もちろん、洗濯物は室内で乾燥させるべきだが、空気自体を純化しなくてはならないのだ。けれども、現在ひろく流通している空気清浄機の類いでは、その役に立たなさそう。だとすると、さて、どうしたものやら。とはいえ、世の中に解決できない問題は少ない、というのが私の確信あるいは信念である。諦めないぞ!

というわけで、困りものの空気の浄化が現在の課題である。お知恵があったら、ぜひともご教示くださるよう、お願いします。
なお、今回のテーマについてのご質問やご意見がありましたら、できるだけお答えしたいと思いますので、気軽に私のメールアドレス(tsukahara@racines.co.jp)に直接お寄せください。

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