合田 玲英のフィールド・ノート

2013.7    合田玲英

《 フェルディナンド・プリンチピアーノ 》 訪問記
 バローロを訪ねたのは、6月の初め。
 いま滞在しているヴェローナではようやく夏が始まったという雰囲気で、1週間雨が降らなかったのは、4月にイタリアに来て以来、初めてのことでした。バローロでも同じようで、訪問日は運良く晴れていたけれども、当主のフェルディナンドは、「こんなに天気のいい日は、ここしばらくなかった。君は、とっても運がいいなあ』と言っていました。こんなにも長く、初夏になってまで雨が降り続いたことは、フェルディナンドの記憶には無いそうです。この季節に、遠くに見えるアルプスにまだ雪が山の中腹まであることが信じられない、とも言っていました。

 彼の父親によると、1971年が、2013年の気象条件とよく似ていていたそうで、6月まで雨がよく降り寒かったけれども、中旬になって降りやんでからは、収穫までずっと雨が降ることがなかったそうです。長く続いた雨により病気が多く発生し、収量は落ちました。しかし、自然に選果されて残った果実は、とても美しかったそうです。2013年も、病気の被害はすでに出ていて、茶色くなってしまったブドウのつぼみが見られました。つぼみの病害対策として、硫酸銅を例年の2倍以上散布しているそうです。また、病気だけでなく、雹による被害もあります。今年はまだ5mmほどの小さな雹しか降っていないので、今のところそれほどひどい被害はないと言っていました。ただ、雹だけはどんなに天気が良い時期でも、突然降ることがあるので油断できないし、対策もこれといってしようがないそうです。本日6月25日の時点では、ヴェローナはカラッと晴れています。昨日、一昨日と、大雨が降りましたが、それ以前もずっと晴れの日が続いていました。この天気が収穫まで続いてほしいです。

 彼の所有する畑は、バローロ地区内でセッラルンガと呼ばれる南東の区画に位置していて、バローロの中では比較的重要ではない区画とされてきました。起伏が多いため、より中心部にある平らな区画と比べると作業は大変で、生産コストも多くかかったからです。結果、中心部には林や森は残らず全てブドウ畑となりました。彼の区画には、北向きの斜面には特に森が残り (日照時間が少ないため、耕作地に向かない) 、虫も動物も多く見かけることができます。と同時に獣害の問題もありますが、それよりも畑の周りに多様な生態系があることの方が重要です。と、話していると一匹の小鹿が道路を横切りました。が、フェルディナンド によるとおそらくハンターが猟のために放したようで、土地固有の生物ではないようです。畑の周りに森が残っています。写真右に写っている森には小川が流れています。

Barolo DOCG Boscareto
ボスカレートを醸す、樹齢80歳近い畑。周りには森が広がる。おじいさんの代からの畑で、樹齢も高いことから収量こそ少ないが、美しい果実を実らせます。

南向きの斜面の畑で、作業は鍬による除草から収穫まですべて手作業。ブドウの株の周りの草を除くだけで、通路の真ん中の草は生えっぱなしです。地面を少し掘るとひんやりとして、湿気もあります。フェルディナンドにとって最も大事な畑の一つでもあり、畑を広げる際、この畑のブドウの株から採った枝を植えるのです。

「普通は、畑の中のいい株に印をつける。葉が出てから実がなるまで綺麗な状態を保っているものに、目印をつけて苗木として植えるためにね。でも、この畑は、状態のいい株の方が圧倒的に多いから、元気のない株にだけ赤いテープを括ってある。」と誇らしげに語ってくれました。

 フェルディナンドが醸造を始めたのは1994年。当初は従来の近代農法だったのですが、土地に対して化学物質の散布によるストレスをかけ、同様に醸造中にブドウに無理な抽出を強いることに、疑問を感じるようになりました。なによりもワインを売るため奔走する自分に必要以上のストレスがかかり、自分の仕事は今自分がいるこの場所にあって、畑の外にあるのではない、と強く思ったのです。2004年に畑での化学物質の不使用を決断。ただ、一度に全部やめるのではなく、徐々に減らしていったので、従来の農薬の使用を止めた時に起こりがちな、病気の大発生も無かったそうです。そして亜硫酸の使用も、毎年徐々に減らしていき、2009年からは全量、ビン詰時に添加するのみとなりました。家の地下にあるセラーは、一年中温度管理なしに低温に保たれ、とても清潔でした。染みひとつないという感じで、フェルディナンドは力強く「いいワインを作るには、良い環境の畑で良い仕事をするのと同じくらい、清潔な環境を保つことが大事だ」と言っていました。

合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール:
1986年生まれ。東京都出身。

《2007年、2009年》
フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル)で
収穫
《2009年秋~2012年2月》
レオン・バラルのもとで生活
《2012年現在》
ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで生活中
《2013年現在》イタリア在住

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