合田 玲英のフィールド・ノート

2014.3    合田玲英

1.《 アンジェ・モンペリエ試飲会 》
 1月末から2月初めにかけフランスでは沢山の試飲会が開かれます。数年前はモンペリエとアンジェでそれぞれ2つ、3つずつだったものが、現在では「ヴァン・ナチュール」の集まりだけでそれぞれ5つほど開かれており、「ヴァン・ナチュール」運動の活発さが伺えます。それに伴い若い生産者が各試飲会にたくさん参加しており、来場者も年々増えています。
 若い新しい生産者たちには、代々ブドウの栽培農家で、自分の代から”ビオ”の栽培に転向すると同時に醸造を始めた生産者もいますが、もともと別の仕事をしていて、”自然派”ワインに出会い、ワイン造りを始めた生産者も多くいました。3年前にドメーヌ・レオン・バラルに滞在していた時にテレビの取材でやってきたスタッフの一人が、婚約者と共に南仏に あるワイナリーを買い取り、生産者として生活を始めていたのには驚きました。そしてやはり、それほどレオン・バラルでの体験がとても強烈な印象だったのだと思います。ワイナリーを選ぶ際も、ディディエ・バラルを初め「ヴァン・ナチュール」を知っていく中で知り合った生産者達が大いに手助けをしてくれたと話してくれました。
 彼ら以外の生産者にも、セラーも改装中で、畑も購入以前は慣行農法をしていたので、まだまだ思うような質のブドウが採れなかったり、収穫や醸造が毎年大きく違う手探り状態でありながらも、話をしていると情熱をもってワイン造りをしているのが伝わります。また醸造初年度から亜硫酸無添加のワインを造ったり、長い期間のマセレーションを行ったりと、とても発想が自由で挑戦的だと感じました。
 また「ヴァン・ナチュール」以外の試飲会も勿論あるのですが、どちらにも参加する生産者によると、年々「ヴァン・ナチュール」に転向する人も増え、どちらにも参加している生産者も、より規模の小さく、そしてより興味深い訪問者の多い「ヴァン・ナチュール」のイヴェントのみの参加となり、それにつられ更に訪問者もこちらに流れてきているという状況のようです。イタリアで4月に開催されるヴィニタリーも少量生産の生産者のブースを集めたヴィヴィットが数年前から設けられ、今年はさらにそれとは別にビオワインという括りの大きなブースも設置されると聞きました。

アンジェの試飲会の様子左から、Anonymes de vin, Renaissances des appellations, Les penitents

2.《 マルク・アンジェリ 》
 言わずと知れた、アンジェの試飲会「ルネッサンス・デ・ザペラシオン」の中心的生産者。ワイン造りのみにとどまらず、環境保全運動に取り組み、既存のシステムに対する強い批判を持ち、常に現在から未来のためにと考え行動し続ける、”自然派”ワイン運動そのもののような人だと感じました。
  ルネッサンス・デ・ザペラシオンではかつてフランスの植民地であったマダガスカル島への支援を進めていて、会場で配られるテイスティングノートにも2009年からの活動内容が記されています。2009年には5頭の牛を買うのみでしたが、2013年は太陽光発電パネル1,600基と配電の整備、100haの植林を行いました。支援内容は毎年少しずつ変わるものの、植林だけは毎年続け、植林面積も増やしていく計画です。現状はげ山になっている面積に比べたら決して沢山の面積ではないが、50年後にはここに写っている山は全て森になっているだろうと、写真を見てニヤリとしていました。 一人の農民として、気候の変動を敏感に感じるマルクは地球温暖化に対し強い危機感を持っており、南仏などの気温の高い乾燥地域では、果実が熟れることなく乾燥してしまう例も多く報告されているそうです。
 「現在の生活システムの中で、二酸化炭素を排出せずに暮らしうる人がいるだろうか」と話すマルク。彼と話していると、または彼ら「ヴァン・ナチュール」生産者を見ていると、おそらく彼らだけならば、全く人工のエネルギー消費による二酸化炭素を排出せずに暮らすことは、難しい事ではないように思います。ですがマルクと話をしていると、それだけでは足りないのだと思いがひしひしと伝わってきます。例えば、マルクの住むアンジェからパリへ車と電車を使い、パリから飛行機でマダガスカルへ渡る には一人当たり相当量(マルクは正確な数字を教えてくれましたが、メモに見つからず)の二酸化炭素を排出しますが、植林運動によって得られる二酸化炭素の吸収量はそれをはるかに上回ります。となれば、マルクは行動するのみです。ちなみに南仏からパリまでトラックで輸送によるボトル一本当たりの二酸化炭素排出量は、フランスの港から東京の港へと船で輸送するよりも、多いと言っていました。
 また海上輸送についても、正に二酸化炭素の排出ゼロの帆船による輸送を呼びかけていて、実際に実行できる輸入業者はほとんどいません。が、一昨年のデンマークへの輸出については、ギー・ボサールやピエール・フリックなどの生産者と共に、帆船による海上輸送を行いました。その船会社( Trans Oceanic Wind Transport。「従来コンテナ船は20ノットで航行していたが、数年前に燃料の消費量を減らすために15ノットでの輸送が一般的になった。じゃあ帆船が8~10ノットで航行するのは悪くない案だろ?」とあります)はまだ利用者が少なく、船も小さいのですが、帆船での海上輸送を少しでも広げるべく活動をしています。ただ、様々な記事を読んでも冷蔵輸送にかんして言及している記事が無く残念でした。ブルターニュからデンマークからならば温度上昇による品質劣化の心配は少ないかもしれませんが、日本への海上輸送は赤道近くを通るので、気温はかなり高くなります。かといって冷蔵輸送をするとなると大きな船で他のコンテナと一緒に一括で冷蔵する方が結果、二酸化炭素の排出量は少ないかもしれません。
  マルクは、何にせよ既存のエネルギーを大量に消費するシステムから外れ、次の世代のためにより良いシステムを残すためのアイデアには、積極的に取り組んでいます。またマルクは会う度に、ロワールには耕作放棄されたブドウ畑がたくさんあるからワインを造らない?と聞いてくれます。現在はヨーロッパ中に耕作放棄されたブドウ畑がありますが、彼は退職したら、融通が利くお金でブドウ畑を買い、ワイン造りに情熱のある若者に管理を任せることのできるような人脈を作り、具体的にどのような生活になるかまで詳しく話してくれます。なんでもロワールでは、3haの土地で真面目に働けば年に一ヶ月は休暇が取れ、贅沢は出来ないけれども休暇中に旅行に行くだけのお金を稼げるそうです。
 最後にマルクのもう一つの試みを紹介します。現在彼のワイナリーLa Ferme de la Sansonniereでは、ほとんどの株はアメリカ品種の根に接木されています。アメリカ品種の根はフィロキセラに食べられないのですが、それは枝生えた根っこの場合で、種から育てた場合に生える根はその限りではないそうです。そうと聞いたらすぐに試すマルクは、14年前に既にプレス後のマールから種を集め、発芽させたものを他のものと一緒に植えました。現在もちろん14歳の畑なのですが、種から発芽させた株は、フィロキセラやその他深刻な病気などの被害にあうことも無く成長しています。が、どれも他の接木された株よりも2回りも小さく、14年間実をつけたことはないそうです。春には枝を伸ばし、花も咲くのですが、実をつけない。そしてもう一つの特徴としてうどんこ病の被害を特に受けるそうです。数年のうちにもう少し大きくなったら、その株に接木をして、様子を見ると言っていましたが、もしその接木された株が実を成らせるとしたら、アメリカの品種ではない台木でのブドウ栽培が可能になります。それが味にどのような変化をもたらすかは分かりませんが、枝から生える根と、発芽した種から生える根とでは、根の生え方が違うと聞きます。枝から生える根は比較的周囲に広がるように生えるのに対し、種から生える根は下方に一本の太い根が生え、そこから細かな枝を生やします。土地が違えば味が違うように、その土地から成分とエネルギーを吸収する根が違えば、また味も変わりうるかもしれません。それに種がその土地で栽培されたブドウからのモノなら、土地との親和性もあったりするかもしれないと、色々想像が膨らみます。ただ現状、接木なしの状態ではうどんこ病にも弱く、株も小さく、実もつけない、と、そう上手くはいくものではなさそうです。

 たった3年前からアンジェの試飲会に来ているだけですが、大小さまざまな試飲会が、「ビオ」や「ヴァン・ナチュール」という括りで開かれ、今年は特に”自然派”ワインがより大きな動きになっていると感じました。イタリアでも試飲会はたくさん行われています(特に1月・2月は毎週末大きな都市では「ヴァン・ナチュール」の試飲会が開かれています)が、フランスはやはり規模が大きいのが特徴です。イタリアの試飲会の企画者と生産者たちも、フランスの生産者達がいてくれたからイタリアでもここまでやってこれた、と話していました。
 ただ、それと同時に「ヴァン・ナチュール」や「ビオ」という単語が栽培・醸造上の、ワインを造る上での技術として語られていて、思想や哲学では無いと感じることが今回、少なくありませんでした。「ヴァン・ナチュール」に厳密な定義が無いことは周知の事実で、目に見えないことをテーマに話すのはとても慎重な作業です。イタリアで通っていた語学学校で2回、ワインの説明会の真似事のようなことを半分遊びでさせてもらいました。1度目は試しに”自然派”ワイン(Vino Naturale)ということで、ワインについて話をしました。ですが、自分でも何かわからないものを説明するのはとても気持ちが悪かったし、聞いてくれている人には、良く分からないけれども”自然派”ワインは美味しい、という誤解されてしまったように感じました。2回目は、Vino Artigianale(職人のワイン)という表現にしたところ、ただの言葉の上の事ですが、より思っている感覚に近い表現だと感じました。それにこちらの方が生産者による個性をより感じられ、説明を聞いてくれる人にも何が言いたのか伝わりやすいと勝手に満足しています。
 色んな生産者と「ヴァン・ナチュール」ワインの話をしていて、たまに話題になるのがシャンパーニュについてです。いわゆる”自然派”ワインは健康なブドウを栽培し、そのブドウだけで醸されるワインということで大体いいと思います。シャンパーニュは一次発酵を終えた後に、瓶内二次発酵を行いますが、その際にリキュール・ドゥ・ティラージュと呼ばれる糖分と酵母を混ぜた液体を添加します。これはどのシャンパーニュも例外なくだと思います。このリキュール・ドゥ・ティラージュについて話題に上がることがよくあり、話題に挙げる生産者は他に方法が無いならまだしも、と否定的です。
 他の方法とはたとえば、メトード・アンセストラルと呼ばれる、1次発酵を瓶内で終了させる方法や、干したブドウの果汁を足すことや、翌年収穫されたブドウの果汁で瓶内二次発酵をするなどの方法です。メトード・アンセストラルを用いた場合は、アルコール度数が下がり、泡も弱くなります。ヴエットゥ・エ・ソルヴェでは、過去に一度だけ翌年のブドウの果汁を使用して瓶内二次発酵を行ったそうです。出来上がったシャンパーニュは、香りはとても美しかったのですが、奇妙だけれど泡がとても荒かった、と言っていました。シャンパーニュに否定的な生産者の中にも 、誠実に仕事して高品質なシャンパーニュを造っている生産者もたくさん知っているから、一概に否定するつもりは全くないと言う人も多くいます。ですが「ヴァン・ナチュール」というのは技術ではなく、考え方や生き方自体であることが、マルク・アンジェリのような生産者の生き方を見ていると、改めて思い知らされます。



合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール:
1986年生まれ。東京都出身。

《2007年、2009年》
フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル)で
収穫
《2009年秋~2012年2月》
レオン・バラルのもとで生活
《2012年現在》
ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで生活中
《2013年現在》イタリア在住

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