合田 玲英のフィールド・ノート

2013.11    合田玲英

1.《 ワインの造り手 》

 今年は、北部イタリアでは、寒い春が続き、初夏まで沢山の雨が降りました。南部、東部フランスでも同じでした。今年の4月から、主な期間をヴェローナの近くのワイナリーで過ごしましたが、ヴァルポリチェッラでは、5月の終わりに嵐があり、8月の終わりに局地的に雹が降りました。長期の雨は、カビの原因となるので、例年より多くの農薬(ボルドー液など)の散布が必要です。芽が生えてしばらくたった時期に嵐が来ると、ある程度成長したブドウの木の枝が折れてしまったり、他の枝や鉄線に叩き付けられ、枝自体に傷がついてしまいます。そうするとブドウの株はより多くの種子を残そうと反応して、新たに芽を出し、つぼみをつけ、1ヶ月以上遅れて果実をつけ始めます。それらの果実が 熟すころには、雨のよく降る秋が始まり、水で膨れるか、カビるかしてしまうので、通常収穫されることはありません。
 また収穫の直前の時期の雹は、熟れ始めたブドウの実に甚大な被害を与え、醸造に堪える果実は激減します。雹は当然、ブドウの葉にもダメージを与え、これは来年の収量にも大きく影響を及ぼします。葉自体が落ちてしまったり、穴だらけの葉ばかり株は冬を栄養たっぷりの健康な状態で越すことが出来ないためです。もともと状態の悪かったであろう株で、実はつけたものの、雹により葉をほぼ落とされてしまい、そのまま枯れてしまった株も見ました。

 ただそんな年でも、ワイン生産者達は出来ることを淡々とやるだけです。「畑に立ち、その時々対処してきた、生産者だけ が良質なブドウを得られた。確かに難しい年ではあったけれど、質の問題ではなく量の問題だ」と話すメンティのジョヴァンニとステーファノの親子は、いつもと同じように天気予報を見て、雨が降り始める直前に、畑に入り、対湿気用の農薬を撒きます。ちなみに農薬はボルドー液や、何種類ものハーブのハーブティー、ホエイなどなど生産者によりますが、化学物質由来の農薬との違いは、雨の前に撒くか後に撒くが大きく違います。

 自然派の生産者で使う農薬は前に使うものの方が多いです。そしてワイン醸造に向かない果実が多ければ、選別に時間をかけます。たとえばワイナリー、モンテ・ダッローラではヴァルポリチェッラのアマローネ(パッシメントが必要)は、多くの果実が一斉に熟れる2週間ほど 前からアマローネ用のブドウの収穫を始めるのですが、通常は1週間ほどで収穫を終え、また1週間、残った果実が熟れるのを待った後、ヴァルポリチェッラ・クラッシコやスーペリオーレ用のブドウの収穫を始めます。ただ今年は2週間まるまる、アマローネ用のブドウの収穫にあて、果実の選別により多くの時間をかけました。また同様に雹の被害を受けたワイナリー、ラルコのルッカは、今年は上級キュベを作るつもりはないと言っていました。それでもパッシメントをする必要があり、それに堪えるブドウを選ばなければいけないので、畑でまず綺麗なブドウを選び、さらにそれをセラーで選別します。

 今年は難しい年ではあるけれども、そうであるほど気を付けるべきこと、勉強になること が沢山あります。モンテ・ダッローラのカルロや、モンテ・デイ・ラーニのゼノは、特に、言いたいこと、大切なことが次から次に溢れてくるという様子で、収穫作業中も話が止まりませんでした。中でも「ブドウの木について沢山のことを知っていれば、知っているほどいいワインが出来る」と考えるゼノの「ブドウの木はワイン用の美味しいブドウの実を成らそうと思っているわけではない。人間がワインを作りたいんだ」という言葉が印象的でした。  




2.《 E lasciateci vendemmiare! 》

 インターネットの記事でこんなものがありました。E lasicateci vendemmiare!(エ ラッシァーテチ ヴェンデミアーレ! 好きなように収穫させてくれ!)というタイトルの記事です。イタリアでは、特に北部で厳しいのですが、正式に契約を交わした労働者以外による収穫を取り締まっています。法律自体は何年も前からあるそうですが、厳しく取り締まりだしたのはこの2,3年だそうです。記事のなかでワインの造り手である筆者は、子供の頃から祖父母の家で収穫の手伝いをして、村の皆や、村の外からの友人と一緒に行う、ブドウの収穫はお祭りだった。皆が楽しんでこの時期を過ごした。と書いています。僕が今年手伝わせてもらえたワイナリーでも、海外の取引先のお客さんや、単純に彼らのワインの愛好家から是非収穫を手伝わせてほしい、もちろん無償で!という申し出が沢山あるそうですが、彼らはNonと言わざるを負えないのです。例え1日のうちの午後の何時間かを生産者と一緒に収穫をしたい、だけでも、労働管理局に見つかれば多額の罰金を払わなければなりません。三親等までは問題ないそうですが、実際に僕が、作業を手伝わせてくれ、とお願いしてもこういう理由だからと、断られもしました。また、手伝わせてくれた生産者も、畑のたくさんある地域から外れた畑での収穫でした。そして、ここまでするかとも思ったのですが、収穫作業中も監視のプロペラ機がパトロールをしています。フランスでは、飛行機から写真を撮って、あとから写真と共にやってきて、契約されている人数よりも多いと、罰金を取っていくそうです。不法滞在者の契約なしでの労働に対する、法律のようですが、そうでない人の、ワインへの情熱 や、労働することへの喜びを奪っています。そのインターネットの記事はこう結んでいます。
 「お願いです。私に友人たちと畑で一日を過ごし、収穫をする機会を与えてください。私たちの好きなように収穫させてください」



合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール:
1986年生まれ。東京都出身。

《2007年、2009年》
フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル)で
収穫
《2009年秋~2012年2月》
レオン・バラルのもとで生活
《2012年現在》
ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで生活中
《2013年現在》イタリア在住

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