2013.11 ワインライター 北嶋 裕
日本では今年は台風の当たり年だと言う。毎週のように南方の海から北上しては激しい風雨をもたらしているが、ドイツでもまた、台風ほどではないにしても時折激しい雨が降っている。
周知の通りドイツでは今年は開花が例年よりも約3週間遅かった。5月は肌寒く月末から6月上旬にかけてヨーロッパ各地で大雨と洪水があったのは記憶に新しい。その後ようやく天候が回復した矢先の6月20日、モーゼル中流で雹が降った。それから数日後の25日頃にリースリングがようやく開花した後も、一週間ほど雨勝ちで肌寒い日が続いて花震いが起きた。
モーゼルの状況
モーゼルでは7月3日からは一転して真夏日が続いた。連日気温は30℃を越え、7月24日まで一滴も雨が降らず、若いブドウ樹は葉を黄色く変色させて渇水を訴えたが、根を深く張ったブドウ樹はそれまでの遅れを取り戻すかのように急速に枝葉を伸ばした。8月上旬には最高気温は35℃を越え、40℃に届こうかという勢いだった! 週に一度は雨が降り、波乱含みの幕開けとなった2013年は、ハッピーエンドを迎える可能性も出てきた。9月に入り、6日に30℃を越えたのを最後に次第に秋めいてきて、中旬のまとまった雨で畑によっては灰色黴が広がり始めた。下旬に入ると午前中は霧に包まれ、午後は晴れあがるという典型的な秋の空模様が続くとともにブドウは次第に熟し、約2週間ほど遅れていた収穫の開始が目前に迫ってきた。
クレメンス・ブッシュ醸造所から直線距離で約5キロほどモーゼル川上流の、ライル村にあるステッフェンス・ケス醸造所では、10月6日(日)にミュラートゥルガウの収穫をはじめた。当主ハラルド・ステッフェンスはブログ(http://www.steffens-kess.de/cms/blog/)で収穫の様子をこまめに伝えているが、一部に灰色黴などで傷んだ果粒もあったものの、手作業で取り除くのに大した手間はかからなかったという。だが、3, 4, 5日と雨が降った後3日間曇り空が続き、9, 10, 11日と雨が降ったり止んだりしているうちに、生産者たちは次第に神経質になって行った。
今にも雨が降り出しそうな13日(日)、ライル村から直線距離で約35キロほど上流のケステン村の若手醸造家マティアス・マイアラーは、伝統的な棒仕立ての畑では傷んだ房の割合が5~10%前後に留まっているのに対して、近年普及している垣根仕立ての畑では20~30%にも及んでいることに気が付いた(http://wuertz-wein.de/wordpress/2013/10/15/mosel-2013-weingut-meierer-update-2/)。垣根仕立ては葉を日光に対して平面的に配置するので光合成の効率が良く、果汁糖度の上昇が棒仕立てよりも早い。この時も約5°エクスレほど垣根仕立ての方が高かった。ここにまた雨が降れば水ぶくれして薄い果皮が裂け、そこから滲んだ果汁は黴にとって絶好の繁殖地となる。また過剰に施肥を行った畑でも、成長力を強化されたブドウは果汁糖度を速やかに上げることはできるが、逆にブドウの種が茶褐色に染まりアロマが十分に蓄積されて収穫に適した状態にたちするには、施肥を抑制した畑よりも時間がかかるという。そして今年は肥料で成熟を急がせた畑の黴の被害は深刻だったという。
マイアラーが危惧していた通り14日夜に土砂降りの雨が降った。その翌日も雨が降り、さらに悪いことに次第に気温が上昇しはじめた。黴と腐敗が広がり、一部では果梗が傷んで房ごと地面に落下を始めていた。当時リースリングの平均果汁糖度は80°エクスレ前後、酸度は16g/ℓ。酸度から言えば収穫にはまだ早い。2週間前には20日過ぎの収穫開始を予定していたのだが、もはやこのまま手をこまねいてはいられない状況だった。「今週末にかけて気温はさらに上昇して、状況はさらに深刻になるだろう。果汁糖度や総酸度の如何にかかわらず、ブドウの健康状態のみ配慮し、速やかに収穫作業を行う必要がある」と、ラインラント・ファルツ州の農業支援局は16日(水)付の生産者向けニュースレターで指導している(www.dlr-mmosel.rlp.de, Kellerwirtschaftlicher Informations-Service (KIS), Mosel 2013 Nr. 11)。
10月18日(金)に雨は止んで午後から晴れ上がった。それまでの数日間傷んだ房の除去作業を行っていた生産者たちは一斉に本収穫を開始した。当初予定していたよりも2, 3日スケジュールが前倒しされたので収穫作業者の到着が間に合わず、少人数でとりあず収穫を始めた生産者もあったようだ。
過去の生産年を振り返ってみると、2012年は6月、7月の低温と雨で花震いとペロノスポラの被害があり、収穫期も低温でなかなか酸度が下がらなかったものの天候には恵まれ、10月10日頃から11月初旬にかけてほとんど選別の必要もなく収穫出来た。2011年は9月20日から晴天が続き10月中旬には既に収穫を終えていた。2010年は8月から9月下旬まで肌寒く雨がちで、10月中旬まで酸度が下がらなかった点では今年と似ている。除酸を行った生産者が多かったが、結果的には飲み応えのある高品質なワインが少なくない良年となった。
上図:ラインラント・ファルツ州農業支援局の2010年~2013年のリースリング果汁分析データ。トリーア周辺のブドウ畑。左が果汁糖度、右が総酸度の推移で、赤い折れ線が2013年の状況を示している。果汁糖度の上昇が例年より遅く、酸度も10月21日の時点で過去3年の中でも最高値となっていることがわかる。(www.dlr-mmosel.rlp.de, Kellerwirtschaftlicher Informations-Service (KIS), Mosel 2013 Nr. 12)
2013年もまた、生産者にとって楽ではない生産年となっている。10月18日の収穫開始からは時折晴れ間はあるものの、変わりやすい天気で気温20℃前後と暖かく、灰色、桃色、青色、緑色をした黴やペニシリン黴に酢酸菌といったバクテリアの繁殖を伴う腐敗など、招かれざる微生物にとって理想的な繁殖条件が整っていた。「本当は傷んだ房を選別しながら収穫するつもりだったが、果たしてそこまでする余裕があるかどうか」とハラルド・ステッフェンスも20日付のブログに書いている。実際19、20日の土日に降った雨でブドウは水を吸い、薄くなった果皮は裂け目を生じ、傷口から滲んだ果汁が菌類を招いていた。21日(月)の午後から広がった青空は22日まで続き気温も24℃まで上昇した。天気予報は水曜から週末にかけて雨と伝えていた為、ラインガウのバルタザール・レス醸造所では22日中に出来る限り急いで選別しながら収穫して、醸造所に持ち帰ってからさらに健全な房を選りすぐってグローセス・ゲヴェクスにする予定の果汁を得たという。予報通り23日(水)は雨で夜から豪雨となった。この原稿を書いている24日は時折晴れ間があるものの、来週も変わりやすい天候が続くようだ。
「今年はシュペートレーゼやアウスレーゼは少ないだろう。雨の被害は深刻だ」とファン・フォルクセン醸造所の醸造責任者、ドミニク・フェルクは21日付の地元紙トリアリッシャー・フォルクスフロインドに語っている。この週末までに収穫作業をほぼ完了する予定の生産者が多い中で、ファン・フォルクセンの収穫作業はあと2週間前後続くそうだ。ラインガウのエヴァ・フリッケも同様だ。恐らく収穫作業で手が離せないだろうと思いつつ、22日にいくつかの醸造所に出した問い合わせの中で、彼女の醸造所から以下の回答があった。「エヴァ・フリッケはあと2週間収穫作業です。その後ヴィンテージレポートを顧客の皆様にお届けする予定です」
生産者たちの声
問い合わせの翌日モーゼルのルドルフ・トロッセン醸造所、クレメンス・ブッシュ醸造所、バーデンのシェルター・ワイナリー、アンデレ&モル醸造所から回答を頂いた。多忙を極め、恐らく昼間の収穫に続く夜の圧搾醸造作業で寝不足が続いているであろう状況の中で対応して頂いたことに感謝しつつ、今後彼らのワインを飲む時は、一層心して味わおうと思う。
まず、ブルグンダー系主体で収穫がモーゼルよりも早かったバーデンの、シェルター・ワイナリーのオーナー、ハンス・ベルト・エスペ氏の回答から紹介しよう。2004年にガレージワイナリーとして設立された醸造所で、バーデン南部のブライスガウにある4haの貝殻石灰質土壌の畑でピノ・ノワールとシャルドネを栽培している。
「2013年の収穫はまだ完了していない。24日(木)と25日(金)に最後のブドウを取り込む予定だ。収穫がこれほど遅く、また長引いたのは設立以来初めてだ。この地方では大抵は9月か、遅くても10月初めに収穫する。だが今年は10月2週目になってようやく収穫を始めた。天候の推移を注意深く見守りながら忍耐強く冷静に待ち続けることが、今年最大の試練だった。10月上旬の好天が完熟に最後の一押しを与えて大分救われた。ブドウは今のところとても良好な状態で腐敗もわずかだ。5月の大雨と低温で収穫量は少なくなったが、その分品質面では期待できそうだ。成熟期間はとても長く、多量のアロマを蓄積することが出来た。今年はエレガントで重層的な、そしてフレッシュな酸が特徴のワインとなるだろう」
次にアンデレ&モル醸造所。ここも2007年に若手醸造家二人組が設立した醸造所で、シェルター・ワイナリーと同じブライスガウの2ha余りの貝殻石灰質と雑色砂岩の畑で主力のピノ・ノワールを栽培しているが、他にもミュラー・トゥルガウ、グラウブルグンダー、ヴァイスブルグンダー、オクセロワや混植されたゲミシュター・ザッツの畑をビオディナミで栽培している。村の生産者は長年協同組合にブドウを納めるだけだったが、アンデレ&モルのワインで地元の畑のポテンシャルに気づき、近年では自家醸造する所も増えてきたそうだ。このあたりについては今年9月下旬、丁度ミュラー・トゥルガウの収穫中に醸造所を訪問したBertrand CelceのブログWine Terroirsに詳しいので、是非一読をお勧めしたい
(http://www.wineterroirs.com/2013/09/enderle_moll_munchweier_baden-wurttemberg.html)。
さて、共同経営者のフロリアン・モルからの回答である。
「今年の収穫は、いや、今年は一年を通して、ここ数年で一番難しい年だった。その原因はいくつかある。一つはゆっくりとした、しかも非常にばらつきのある房の成熟。もう一つは湿度の高い秋の天候。そして最後にブドウの実を餌とする蛾の幼虫が、いくつかのブドウ樹で発生したことだ。こいつにやられると、たちまち実が腐ってしまう。
我々はいつもブドウ畑で長い時間過ごして丹念にブドウ樹の世話をしているから、準備万端整えて適切な時期にすぐに収穫を始めることが出来た。準備作業としてはブドウの葉の茂り具合を丹念に整えて、房が健全な状態を保ち、腐敗せず均等に熟すようにした。収穫量は毎年低く抑えているし、樹齢とブドウ樹の状態にあわせた房の数を残しているので、我々の畑は他の大抵の生産者よりも早く熟す。そうやって秋の冷たく湿った天候で果粒が腐敗しはじめるのを防ぐんだ。
ところが今年はフェロモンカプセルを配置していたにもかかわらず、果粒に卵を産み付けて、実の中で孵化した幼虫がブドウを全部食べてしまうという小さな蛾が、白ブドウを栽培している二つの区画で発生した。食害された果粒はすぐに腐り始めるので、幼虫を探して一匹ずつ寄生した果粒から取り除いてやる他なく、大変な手間がかかったよ。でもその甲斐あってオクセロワから素晴らしいブドウを収穫出来た。これは今年新たに借りた、バーデンで一番古いというオクセロワのブドウ樹の畑なんだ。ピノの収穫には今年もとても満足している。現在ピノは発酵の最中で、あと2週間は続くだろう。その後バスケットプレスで圧搾してバリック樽に詰め、12~15ヵ月そこで寝かせるんだ」
無数にある房を一つ一つ、しらみつぶしに蛾の幼虫を探すなど考えただけでも気が遠くなるし、品質への強い意思がなければ出来ないことだろう。
そしてモーゼルのクレメンス・ブッシュ醸造所では、オーナーのクレメンス・ブッシュ氏は収穫作業で手が離せないということで、リタ夫人が回答してくれた。周知の通り11ha余りのモーゼル川沿いにそそり立つスレート粘板岩の急斜面のブドウ畑で、ほぼリースリングのみをビオディナミで栽培している。
「今年の状況はかなり厳しいわ。本当は10月末に収穫を始めるつもりだったけれど、雨と暖気でボトリティス菌が多量に発生して、傷んだ房を予定よりも早く取り除いてしまわなければならなくなった。それで追加作業がすごく増えた。収穫量はかなり少なめ。それでも来週は、もっと良い品質のブドウを収穫できると思う。ただ、雨が早く上がることを心から願っています。
今年の生産年について今から言えるのは、アルコール濃度が低い生産年になるだろうということ。でもそれが決して悪いことではないことは、2008年産が示している通り。今の時点ではこれ以上のことは言えません」
ファン・フォルクセン、クレメンス・ブッシュなど、リスクを背負っても完璧な収穫を目指す生産者は、11月上旬まで幾度もブドウ畑に入っては、選りすぐりながら収穫を続けるのだろう。
最後にモーゼルのビオロジックの草分けで、1978年から約2haのブドウ畑をビオディナミで栽培しているルドルフ・トロッセン醸造所のオーナー、ルドルフ・トロッセン氏の回答を紹介する。他の生産者と同じ様に大変な中にも、仕事を楽しんでいる様子が伺える。
「今は丁度収穫でとても忙しい。今日(23日)はとても暖かくて気温は24℃、そしてここ数週間は雨が多かった。ブドウは熟して果汁をたっぷり含んでいるから、畑で樹に成ったまま酸敗しないうちに、出来るだけ急いで収穫しなくてはならなかった。収穫チームにはありがたいことに熟練した作業者が何人もいるし、余裕をもって早めに始めたので、ブドウの大部分はすでに取り込んであり、今はセラーで力強く発酵している。
全て手作業で収穫するので丁寧に選別することが出来るから、腐敗したり未熟なブドウは圧搾機には入らない。魂のないハーヴェストマシンが叩き落として収穫したブドウか、それとも本物の人の手がブドウ畑で喜んで収穫したブドウかで、ワインは違ってくるものだ。
今年の果汁は美味しいよ。酸はまだ多くてピリリとしているが、アロマティックな長期熟成型のワインになるだろう。酵母の上で十分時間をかけて熟成させれば二次発酵、つまり乳酸発酵で酸の調和がとれる。生産年としては2010年に似ているが、ブドウの量はあれほど多くはない。キンハイムにある私の畑は6月に雹の被害を受けたから。
下は先週の金曜日に撮った写真だ。私は帽子をかぶっていて、隣に座っているのが収穫チームのために最高の料理を作っている妻だ。お蔭でみんなとても上機嫌で笑い声が絶えない。それに発酵中の新鮮なフェーダーヴァイザー(濁り新酒)が頭、心臓、そして手を活気づけてくれる。この雰囲気がブドウにも移って、ワインの品質を高めるんだ」
10月18日、キンハイマー・ローゼンガルテンの畑でくつろぐ収穫チーム。
(写真提供:ルドルフ・トロッセン)
10月22日、収穫中のルドルフ・トロッセンとリタ夫人。
(Foto: Oliver Brenneisen, http://obcn.zenfolio.com/theartofwine)
なんだか腕っぷしの強そうな女将さんだが、それはともかく、難しい状況のなかでもゆとりを忘れない姿には、なんだかほのぼのとした気持ちにさせられる。ワインの味や品質には、生産者それぞれの生き方が反映されている。結局のところ、ワインは彼らの一年の畑仕事と、それに続くセラーでの仕事の集大成にほかならない。最終的に瓶詰されるまでには無数の決断と、手仕事と、気分と、哲学など、携わった人々の日々の営みが、良きにつけ悪しきにつけ影響を及ぼしている。そして彼らに決断を迫る最も重要な要素の一つが、収穫時のブドウの状況と天候の推移なのである。
2013年は決して容易な生産年ではないが、今後幾年にも渡って我々を楽しませてくれる製品が、熱心な生産者たちの手で今年も造られることは間違いない。それは「最低最悪の年」と収穫時から言われた2010年ですら、出来上がったのは素晴らしいワインが多かったことからも、我々は生産者たちの手腕を今年も信じて良いように思われる。そしてまだ収穫を続けている人々のために天候の回復を祈りたい。
(以上)
北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」(http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。