2013.05 ワインライター 北嶋 裕
それにしても、どうにかならないものか、と私は思う。
ドイツワインの格付けのことだ。格付けとは本来、消費者がワインを選ぶ際の手がかりのはずなのだが、近年ではマーケティングが先行して一層の混迷を深めているような気がする。ドイツワイン通ならばセレクション、クラシックといった呼称を知っているだろう。十数年前にドイツワイン基金が提唱した呼称で、前者は収穫量を抑えた高品質な辛口、後者は辛口から中辛口のバランス良くそこそこ高品質なワインという、ドイツワイン法にも採用された規格であったが、その浸透度には心もとないものがある。
ドイツワインの品質を、カビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼといった収穫時の果汁糖度で語ることのできる時代はとうの昔に終わっている。このコラムやセミナーなどで何度も触れたが、いわゆる気候変動の影響で、ブドウが毎年完熟するようになったからだ。1980年代までは確かになかなか熟さなかった。例えば1984年や1987年の醸造専門誌『デア・ドイチェ・ヴァインバウ』Der deutsche Weinbauなどを見ると、カビネットまでしか収穫できず樽売り価格も底値という、暗澹とした状況を伝えている。
しかし、それも今は昔。ブドウが容易に熟すようになり、1971年に施行されたドイツワイン法の格付けシステムが意味をなさなくなってもなお、未だに抜本的な改正がなされないのは、極東の一消費者としては理解に苦しむことである。察するに、古き良き伝統を大切にするドイツ人の保守的な気質の表れであるとともに、肩書きさえつけてしまえば、どんなワインもそれなりに高級品に見えるという、販売上の優れた特質に由来するメリットを失うことを、少なからぬ生産者-とりわけ大醸造会社や酒販企業-が恐れているからだろう。
新たな格付け基準とは
さて、温暖化でブドウが完熟し、果汁糖度による格付けが意味をなさなくなったのならば、それに代わり得る格付けの基準は一体何か。ワイン選びに有効な手がかりがなくては、消費者は選択に戸惑うばかりで決断が下せず、他国のワインに流れてしまうだろう。果汁糖度に変わり得る格付けの基準は何か。何がドイツワインの品質を左右し、市場価値のヒエラルキーを構成する座標軸となりうるのか。
答えはわかりきっている。勿論、ブドウ畑あるいはテロワールである。生産地域、村名、畑と呼称範囲が狭くなるほど生産可能な栽培面積が減少し、必然的に希少性が高まり、従って価値も上がるというブルゴーニュでおなじみのシステムだ。希少となるに従って品質も高まらなければ格付けとしての有効性を欠くことになってしまうので、そのための保証がヘクタールあたりの収穫量の制限である。現行のドイツワイン法ではこれが100hℓ/ha前後と品質の保証から程遠い。2009年にEUワイン市場改革で「保護地理的呼称g.g.A.」と「保護原産地呼称g.U.」の導入が決まった際も、後者に村名、畑名という格付けを導入して段階的に収穫量を引き下げようという主張がVDPドイツ高品質醸造所連盟(以下VDP)を中心にあがり、一時は実現するかに見えたのだが、いまだに昔のままである。私は機会あるごとにこれを紹介して、ドイツワインはもうすぐ変わるなどと主張してきたので、狼少年のような後ろめたさがある。しかし、モーゼルのゲルノート・コルマンなど一部の醸造家はまだあきらめずに大手醸造会社と折衝し、州政府に法改正の働きかけを続けているというから、希望が無いわけではない。
VDPの自主基準
さて、果汁糖度に代わる格付けの基準をドイツワイン法が提示出来ないのであれば、自主的に規定して世に問う他に道はない。VDPが行っている格付けがそれだ。ベーシックな『グーツヴァインGutswein』、ヴィラージュワインにあたる『オルツヴァインOrtswein』、そしてグラン・クリュの『エアステ・ラーゲErste Lage』で、それぞれヘクタールあたりの収穫量も段階的に絞り込んでいる。2012年産からは『エアステ・ラーゲErste Lage』が『グローセ・ラーゲGroße Lage』に置き換わり、生産地域によっては『エアステ・ラーゲ』を『グローセ・ラーゲ』の下位に位置づける(バーデン、フランケン、ラインガウ、ファルツ、ザクセン、ザーレ・ウンストルート、ビュルテンベルク)。
図1:2012年産から適用されるVDPの格付けヒエラルキー。全ての生産地域がVDP.ERESTE LAGEを導入するわけではない。
どうせならドイツ全国で統一して欲しいものだが、生産地域毎に地理的条件や考え方に違いがあり、全国VDP連盟としてはそれぞれの意見を尊重したい、という。さらにややこしいのが『エアステ・ラーゲ』を導入している生産地域では、『グローセ・ラーゲ』と同じ畑から『エアステ・ラーゲ』もリリースしていることだ。グラン・クリュとプルミエ・クリュが同じ畑から出来るなんて、常識的に見てもありえない。だが、今度の4月28, 29日にマインツで開催される全国VDP連盟主催の試飲会ヴァインベアゼWeinbörseのカタログを見ると、例えば『ヴュルツブルガー・シュタイン VDP. Erste Lage』と並んで『シュタインVDP. Große Lage』があったりする。まぁ、見た目は違う。恐らくグローセ・ラーゲの『シュタイン』は、アエステ・ラーゲの『ヴュルツブルガー・シュタイン』の中でもとりわけ優れたワインが出来る区画なのだろうという見当はつく。
図2:2013年の全国VDP連盟主催の試飲会Weinbörseのカタログから抜粋。Würzburger SteinがVDP.ERSTE LAGEでSeinがVDP.GROSSE LAGEに格付けされている。
もともとVDPでは『グローセ・ラーゲ』に使う畑名は『グローセ・ラーゲ』にキープしておいて、その他のワインに使うことを禁止していた。ロマネ・コンティはあくまでもグラン・クリュであって、それ以外であってはならないという、当然といえば当然の考え方である。ところが、ドイツではそれが難しい。なぜなら有名な単一畑は面積が広いのである。例えば上述のヴュルツブルガー・シュタインは71ha、バーデンのカイザーシュトゥールにあるイーリンガー・ヴィンクラーベルクは117haもある。これは1971年のドイツワイン法で、知名度の低い畑を近隣にある有名な畑に統合した結果であり、だからドイツワインの畑名がワインの個性を語る指標になりにくいことは、前々回のこのコラムに書いた。その上単一畑と一般の消費者には区別のつかない、複数の村にまたがる総合畑(グロースラーゲGroßlage)まであるのだから困ったものである。
VDPに『グローセ・ラーゲ』(ドイツワイン法のグロースラーゲと間違っても間違えないように!)この点について聞いてみると、『グローセ・ラーゲ』の畑名の使用をグラン・クリュに限定する方針に変更はないという。ただ、現在は移行期間だという。『グローセ・ラーゲ』を厳密に表現するため1971年以前に使われていた区画名を復活して、公的に認可されたブドウ畑名の登記リスト(Weinbergsrolle) に登録する作業を進めているのだが、これがお役所仕事で手こずっている。2015年までにはきちんと整備したい、とのことであった。
さて、ここで一度おさらいしておこう。今まで述べたのは「畑の格付け」であった。『オルツヴァイン』『エアステ・ラーゲ』『グローセ・ラーゲ』はそれぞれヴィラージュ、プルミエ・クリュ、グラン・クリュで、ブルゴーニュのヒエラルキーと一緒だ。これまでは『エアステ・ラーゲ』がグラン・クリュに相当していたのだが、2012年産から『グローセ・ラーゲ』になった。「グローセGroße」はドイツ語の形容詞で「大きい」とか「偉大な」という意味で、「ラーゲLage」は「畑」とか「立地条件」の意味なので、『グローセ・ラーゲ』はグラン・クリュと等置出来てわかりやすい。
畑の格付けか、ワインの格付けか
ところで、VDPの格付けには他にもあるが、ご存じだろうか?
『グローセス・ゲヴェクスGroßes Gewächs』である。これは誤解されやすいというか、誤解しても仕方がないと思うのだが、畑の格付けではなくワインの格付けである。その前提条件には二つあり、一つは「グラン・クリュからの収穫であること」。もう一つは「辛口であること」だ。つまり、辛口でなければ『グローセス・ゲヴェクス』とは名乗れない。ここがポイントで、そこに「何が何でも、最高の辛口を造ってやる!世界に冠たるドイツワインの辛口があるということを、見せつけてやるんだッ!」という、VDPのかつての意気込みを読み取らねばならない。
かつての、と書いたが、それは今を去ること20年位前、1990年代のことである。1980年代後半から辛口の消費が増えて、ドイツではバリック樽を使った濃厚な辛口赤やシャルドネがもてはやされていた。ドイツワインよりイタリア、フランスが好まれ、一般のドイツ人はグラウブルグンダーとピノ・グリッジョがワインリストに並んでいればまず確実に後者を選んだし、レストランも辛口のドイツワインを置いているところは皆無だった。ドイツワインといえば老人が飲む甘口で、全然オシャレじゃなかった。どうやったらドイツワインの高品質な辛口を消費者にアピールできるのか。その問いに対する一つの回答が、グラン・クリュの辛口だったのである。
追いつき追い越せと目指したのはフランス・イタリアワインだったので、格付け畑からのワインはまず最初に辛口ありきで、甘口は眼中になかった。1971年のドイツワイン法では辛口の差別化が困難で、シュペートレーゼ・トロッケンやアウスレーゼ・トロッケンではワインの品質を十分表現しきれないというフラストレーションが、辛口を得意とするファルツ、ラインガウ、ラインヘッセンの生産者にあったようだ。一方、ラインガウでは既に1984年からカルタ同盟が、優れたブドウ畑からの食事にあわせて飲むタイプの辛口を推進していた。19世紀にラインガウからイギリスに輸出された一級ワインが『ファースト・グロウスFirst Growth』と称され、ボルドーそのほかの世界のグラン・クリュに並び賞賛されていたことにちなんで、格付け畑からの辛口を、ファースト・グロウスの訳語である『エアステス・ゲヴェクスErstes Gewächs』としてリリースする準備が進められていた。
ところが、1999年にラインガウの生産者全体を統括する公的団体であるラインガウ・ブドウ栽培者連盟が『エアステス・ゲヴェクス』を、ラインガウのみに適用可能な格付けとしてドイツワイン法に登録したため、その他の生産地域は2001年に『グローセス・ゲヴェクス』という格付け名称を新たに創出しなければならなかった。以来、グラン・クリュの辛口がラインガウとそれ以外で異なる呼称を持つという、なんだかすっきりしない状態が続いていた。やがてグラン・クリュに辛口しかないのはおかしい、というモーゼルの不満から2003年に制定されたのが『エアステ・ラーゲ』である。ワインの味筋に関係なく、純粋にブドウ畑だけの格付けが成立したのはこの時点のことだ。
右往左往のラインガウ
ところが、昨年『グローセ・ラーゲ』導入を機に、ラインガウのVDP加盟醸造所が辛口のグラン・クリュを『エアステス・ゲヴェクス』から『グローセス・ゲヴェクス』に乗り換えると発表した。従来のグラン・クリュだった『エアステ・ラーゲ』が『グローセ・ラーゲ』の下位に入るので、『エアステス・ゲヴェクス』ではなんだか『グローセス・ゲヴェクス』よりワンランク下みたいで都合が悪いと言うのである。それを聞いたラインガウ・ブドウ生産者連盟は、どうせなら『エアステス・ゲヴェクス』から『グローセス・ゲヴェクス』に名称変更してそれをドイツワイン法に反映させる、と言い出した。そうなってはVDPはもとも子もない。長年手塩にかけて育ててきたブランド『グローセス・ゲヴェクス』を横取りされた上に、VDP加盟醸造所以外のラインガウの生産者も『グローセス・ゲヴェクス』をリリースすることが出来るようになってしまう。そしてその質は、『エアステス・ゲヴェクス』の近年の評判が示すように、必ずしも芳しいものではない。
なんだか、傍から見ているとおもちゃの取り合いをしている子供の喧嘩のような塩梅だが、VDPにとって幸いなことに、ラインガウ・ブドウ栽培者連盟は結局『エアステス・ゲヴェクス』に留まることにした。とはいえ、これまで『エアステス・ゲヴェクス』の約9割をラインガウのVDP加盟醸造所がリリースしてきたので、それが『グローセス・ゲヴェクス』に移行した後は、ごく少数の小規模生産者が細々とリリースするマイナーな格付けとなる見込みが大きい。VDPとしては「もしも加盟醸造所以外でも『グローセス・ゲヴェクス』をリリースしたいのなら、我々の審査に合格すれば許可することにやぶさかではなかった」という。とはいうものの、ラインガウ・ブドウ栽培者連盟が『グローセス・ゲヴェクス』に乗り換えていたら、VDPはまた新たな格付け用語を創出する必要に迫られたはずである。
発展途上の格付け制度
かく言うVDP自体、実は『グローセ・ラーゲ』の全体像をまだ把握できていない。現在各生産地域のVDPが策定にあたっていて、個々の『グローセ・ラーゲ』の面積すらわからない、という。さらに興味深いのは、VDP加盟醸造所は最低でも一つは『グローセ・ラーゲ』を所有しているという点だ。どうやら『エアステ・ラーゲ』よりは厳密にその範囲を設定するらしいが、200余りの加盟醸造所がことごとくグラン・クリュの所有者というのも首をかしげたくなるが、それは実際にリリースされたワインを見てのお楽しみ、といったところか。
総括
そんな訳で、2012年産からは『グローセ・ラーゲ』の辛口を『グローセス・ゲヴェクス』と称する。カビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼなどの肩書きがあれば、それは甘口である。『グローセス・ゲヴェクス』はドイツワイン法では公認されていないので、エチケット上には『GG』と畑名の後に略号があったり、ボトルの首に『GG』のレリーフがついたり(下右写真参照)、キャプシュルに『VDP.Grosse Lage』と書いてあったりする(下左写真参照)。キャプシュルに『VDP.Grosse Lage』と書いてあっても、エチケットに畑名だけで『GG』とも『Kabinett』などの肩書もなかったら、それはオフドライと思って間違いない。
上:キャプシュルに表記されたVDP.GROSSE LAGE。 | 上:グローセス・ゲヴェクスのレリーフ。 | 上:エアステ・ラーゲのロゴ。2011年産まではこれがグラン・クリュの印だった。 |
2011年産以前も同様である。『エアステ・ラーゲ』のロゴである数字の『1』にブドウの房が並んでいるマークがエチケットやボトルにレリーフしてあっても、エチケットに畑名だけで『GG』となければ、それはオフドライと思って間違いない。もっとも、オフドライにも幅があって、ほとんど辛口と変わらないオフドライもあれば、やや甘いオフドライもある。とはいえ、ブドウ畑の個性が感じられるワインには仕上がっているはずだ。
あぁ!それにしても、なんと複雑なことか。
それだけ紆余曲折を経て今日に至る格付けというわけである。ちなみに、200余りのVDP加盟醸造所が所有するブドウ畑を全部あわせても、ドイツ全体のブドウ畑の約5%にすぎない。その上グローセ・ラーゲはドイツ国内でも、大抵一本20ユーロ(約2600円)以上する。従って我々が日本で口にする機会は滅多になく、『グーツヴァイン』か『オルツヴァイン』を飲むことが多くなるだろう。むしろその方が食事には合わせやすく懐にも優しいし、グラン・クリュはまた、飲まれる機会と人を選ぶ。並酒を日ごろから飲みつけていてこそ、偉大な酒に出合った時に感謝の気持ちが湧くのだと、だれかが書いていた気がする。となると、頁数を費やして何をここまで書いて来たのかわからなくなるが、それがドイツワイン好きの悲哀というものかもしれない。
(以上)
北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」(http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。