ドイツワイン通信 Vol. 10


2012.07    ワインライター 北嶋 裕

ドイツワインとアジア料理の相性をめぐって

ドイツの「中華料理」
 「リースリングは中華料理に合う」と、時々ドイツ人に言われることがある。確かに合わないこともないだろうが、中華料理にも色々あるし、それ以前に彼らがどんな料理を思い描いているのかが問題だ。それは我々が考えている中華料理と同じとは限らない。

 実際のところ、中華料理はドイツに定着している。よくもこんな田舎にまで、と思うような小さな村にも中華料理店があったりする。そしてドイツ語と漢字で書かれたメニューには、決まって「甘酸っぱい風味の」(ズュース・ザウアーsüß-sauer)のスープやソースが載っている。これがリースリングとの相性を彼らに連想させているようだ。他にカレーソースやオイスターソース、ピーナッツソースもしばしば登場するけれど、カレーソースはココナッツミルクの香味が強くて全く辛くない。ほんの少しでも辛みがある場合は「アハトゥング!シャーフ!(Achtung! Scharf!) 」(注意!辛い!)と明記して注意を喚起している。というのも、ドイツ人は辛さが大の苦手で、我々には心地よいわさびのツーンと鼻に抜ける刺激に耐えられない人が多い。お客が豚、牛、鶏、鴨、魚、野菜のいずれかと味付けを選ぶと、揚げられるか野菜と一緒に中華鍋で炒められた後、上記のソースをからませて出てくる。ドイツ人にとっては安くてヘルシーでエキゾチックなのかもしれないが、私にはどうも違和感があって好きになれなかった。

 だから、食習慣や嗜好が我々と異なるドイツ人が「リースリングは中華料理に合う」と言う時、どんな料理を想定しているのか一考の余地がある。ドイツの中華に北京、四川、広東、上海などといった地方色はない。逆に国境を越えて中華、タイ、ベトナム料理が混ざり合い、変容したものだ。またドイツでは本国と同じ食材は手に入らないか、あっても高価だ。中国では当たり前に入手できる野菜は、ある程度似ていて廉価なもので代用することになる。豚肉の味も匂いもソーセージやハムにすると美味しいのかもしれないが、我々の感覚からすると強くてクセがある。そうした様々な制約の中で、それなりの「らしさ」とドイツ人の嗜好に合わせて試行錯誤して行った結果がドイツの中華なのだろう。

アジア料理とドイツワイン―リー女史の説―
 そもそも、アジアの料理はヨーロッパとは全く異なる食文化に属するものであり、ワインに合わせることを前提としていない。ワインはその産地の食材と料理が最も自然に調和するし、隣接する食文化圏の料理もさほどの困難もなく合わせることが出来る。しかしアジアの料理とヨーロッパのワインとなると、出会いというよりも異文化のぶつかりあいがそこに生じる訳で、双方の接点を見つけて折り合いをつけなければならない。これがなかなか難しい。

 そこで、韓国や中国の日常的な食文化を熟知するジーニー・チョー・リーMWの意見を、やや詳しく紹介したい。韓国生まれで香港在住のワインコンサルタントであるリー女史は、昨年ドイツワインインスティトゥートとコラボして、アジアの料理とドイツワインのマリアージュについての本“Perfect Pairings: German Wines and Asian Flavours“を書き、世界各地でセミナーを行った。彼女のサイトでも料理とワインの組み合わせについて述べているので参考なるだろう(www.asianpalate.com)。欧米でアレンジされた料理をもとに提案されたワインとの組み合わせ論より、少なくとも日常生活の中で中華料理を熟知した彼女の意見は傾聴するに値する。

 女史の主張は、味覚の基本要素である甘味・酸味・塩味・苦み・うまみの度合いに応じて、適切なワインを選ぶことである。例えば、素材の持つ甘味や甘味のある調味料が使われている場合、料理の甘味がワインの甘味を打ち消す。どの程度かは双方のバランスにもよるが、リースリングを例にとると、甘味が持ち味の料理で辛口リースリングは酸味が際立ってしまうが、中辛口はほどよい辛口に、ファインヘルブは若干辛口気味になる。同じことが酸味についても言える。料理の酸はワインの酸をマスキングするので、もともと酸が控えめなワインは平板になりがちだが、フレッシュな酸味が持ち味のドイツのリースリングはかえって柔らかく、親しみやすくなる。

 では、塩味とはどうか。とりわけ醤油やオイスターソースなどの塩味と旨みが強い調味料が効いた料理には、それに対抗できるだけの香りの豊かなワインが必要だ。この場合、葡萄が熟した年のドイツの赤で、タンニンの柔らかいものが合う。ポルトギーザーやドルンフェルダーでも良いが、ワインとして出来の良いものは少ないので、ピノ・ノワールがお勧めだ。とりわけドイツのピノ・ノワールがよい。というのも、ブルゴーニュの上等なピノ・ノワールでは酒質が強すぎ、並酒では味が薄く料理に負けてしまう。また、塩味は渋みを強調するのでバリックの効いたものは避け、なるべくタンニンのこなれたものを選ぶのがポイントだ。一方、カリフォルニアやオレゴンのピノはアルコール濃度が高めな上に果実味が強く、今度は料理が負けてしまう。そこにくるとドイツのピノ・ノワールは一般にアルコール濃度は控えめで酒質が柔らかく、適度な酸味とフルーティなアロマがある。そして塩気は酸をマイルドにするので、醤油を使った日本料理と合わせると新しい発見がある。

 また、ピノ・ノワールに限らず、冷涼な気候の産地のワインはアルコール濃度が控えめだ。アルコール濃度が高い南の産地のワインの場合、甘味のある料理にあわせるとワインの甘味がマスキングされてアルコール感が目立つようになる。また、スパイスや辛みの効いた料理にアルコール濃度の高いワインを合わせると、今度はアルコールが燃料のように作用してスパイスや辛みが舌の上で燃え上がり、すぐに酔いが回ってしまう。一方でドイツワインは新鮮な酸味、心地よいフルーツのアロマ、控えめなアルコール濃度で飲み疲れもせず、和食や中華に理想的なパートナーなのである。

 もっとも、私個人はそれほど組み合わせに気を遣うこともなく、晩御飯には単純に辛口リースリングをあわせることが多い。そして飲む度に、ドイツやオーストリアのリースリングほど個性豊かで懐が深く和食に合うワインはないと思うのだが、それがまだ日本であまり知られていないのはつくづく勿体ないことである。

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」(http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

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