2012.02 ワインライター 北嶋 裕
例えば、見知らぬ町を訪れたとしよう。どこに行けば何があるのか、皆目見当がつかない。勝手がわからず、後で高い買い物をしたことに気付いたりするのは、よくある話だ。だけど、しばらく歩いているうちに、だんだん方向感覚がつかめてくる。そして何週間か住んでいると、魚ならここが新鮮で安いとか、野菜ならここ、といった具合に様子がわかってくる。
ドイツワインも同じことだ。飲み始めたばかりの頃は、何がどうなっているのか皆目見当がつかない。まるで目隠しされてさまよっているようで、手に取ったワインが一体どういうものなのか、さっぱり見当がつかない。しかし慣れ親しんでくるうちに、次第に勘所がつかめてくる。頭の中に地図が出来上がってきて、自分なりのワインの位置づけが出来るようになる。
とはいえ、全く情報なしにイチから価値観を構築するのは、不可能ではないが無駄が多い。無駄どころか、下手をすると見当違いな思い込みにはまりこんで、そこから抜け出せなくなる危険性もはらんでいる。嗅覚や味覚は主観なので、誰かの思い込みを第三者が客観的に否定することは難しい。しかし、なるべくなら共通理解のもとで対象を認識し、喜びを共有したい。
さて、そこで必要になるのがドイツワインの道しるべである。
残念ながら、今のところ日本語の適当な本はない。私がドイツワインを飲み始めたころ、何度も読み返した伊藤眞人氏の『新ドイツワイン』は1984年出版。今から28年前で、その当時からドイツワインに限らず、世界は相当に様変わりしている。
ドイツワインの今を知るため、何か一つ情報源をあえて挙げるとしたら、毎年11月下旬に新しい版が出る、このガイドブックをお勧めしたい。
◆Joel B. Payne 編, Gault & Millau WeinGuide Deutschland 2012 (2889円、2012年1月現在amazon.co.jp。価格は以下同様)
残念ながらドイツ語だ。でも、たとえドイツ語が読めなくても十分参考になる。各生産地域ごとに、醸造所が葡萄の房の数(最高で5房)でランキング評価されていて、醸造所のホームページとEメールアドレス、所有する葡萄畑と広さ、土壌、品種構成、平均収穫量、加盟醸造団体、生産しているワインとドイツ国内の小売価格などがわかる。このガイドで5房と4房に評価されている醸造所は、ドイツを代表する醸造所として衆目の一致するところだ。機会を見つけて、なるべく多く試飲したい。逆に3房以下に評価されている醸造所の評価は、頼りにしなくてよい。房のない醸造所、あるいはこのガイドブックに掲載されていない醸造所の中にも、優れたワインを造っている生産者がいる。それでも、とりあえずの情報源としては十分使える。
「よいワインは、よい生産者から」という原則は、ドイツワインに限らないと思う。そして生産者を知ることが、ドイツワインを理解する第一歩である。より深く生産者の情報を得るために、最も手軽なのは醸造所のホームページを訪問することだ。大抵の場合、英語の情報もそこにある。しかし出来れば、ドイツ語だけれど、この本にも目を通しておきたい。
◆Stuart PIgott 編, Wein spricht Deutsch. Weine, Winzer, Weinlandschaften, Fischer 2007 (8249円)
イギリス人でベルリン在住のワインジャーナリスト、スチュワート・ピゴットが4人の同僚と共に著した720ページに及ぶ大作だ。ドイツ、オーストリア、スイスなどドイツ語圏のワインと生産者が、見ごたえのある写真とともに紹介されている。2009年に、生産地域ごとに分けて改訂出版されている(Stuart Pigotts Weinreisen, Scherz 2009。Baden/Elsass, Pfalz, Rheinhessen/Nahe/Ahr, Rheingau, Schweiz, Österreichがある。1800~2000円前後)。
まとまった情報となると、どうしてもドイツ語になってしまうので申し訳ないが、この本も現在のドイツワインを知る上で欠かせない一冊。
◆Dieter Braatz/ Ulrich Sautter/ Ingo Swoboda 編, Weinatlas Deutschland, Hallwag 2007 (6514円)
ドイツの葡萄畑の格付け地図である。生産地域の歴史と現状とともに、葡萄畑を3段階に格付けし、広さ、方角、傾斜、土壌、ワインの特徴などを細かく解説している。葡萄畑の写真も美しい。
本だけでなく、近年ではインターネットの情報も多彩だ。
ホームページ以外にツィッター、フェイスブックで情報を発信している醸造所も多い。しかしドイツワイン初心者の場合、まず押さえておきたいのはジャーマンワインインスティトュート(www.deutscheweine.de)とVDP高品質ワイン醸造所連盟(www.vdp.de)のサイトである。英語によるドイツワインの一般的情報が充実しているし、メールアドレスを登録すればニュースレターが配信される。また、ワイン情報サイトWein Plus (www.wein-plus.com)のドイツワインガイドも参考になる(ドイツ語・英語)。ワイン業界ニュースサイトのYoopress (www.yoopress.com)も、最新情報があるのでおすすめだ(ドイツ語・英語)。
また、ワインジャーナリストのサイトも参考になる。ジャンシス・ロビンソンのサイトにある、ドイツワイン入門 (www.jancisrobinson.com/articles/a2008090519.html)は一読の価値がある。また、ロバート・パーカーのスタッフ、デイヴィッド・シルドクネヒトのドイツワインレポートは評価が高く、その試飲能力と評価、記憶力はドイツの醸造家からも尊敬を集めている(www.erobertparker.com/info/dschildknecht.asp)。シルドクネヒトは毎年現地を訪れ、朝から晩までのハードスケジュールで、非常に集中して試飲を行うと聞いた。情報が有料なのもやむをえないかもしれない。アメリカ人ワインバイヤー、テリー・テイズのドイツワインカタログ(http://www.skurnikwines.com/msw/terry_theise.html)も、情熱的な筆致でドイツワインの魅力を語っている。
ドイツワインに関する情報は、当然ながらドイツ語が最も充実している。ワイン雑誌(Vinum, Falstaff, Weinwelt, Fineなど)やワイン情報サイト(Captain Cork, best-of-wine.com)など数多い。ワインのネットショップ、例えばPinard de picard (www.pinard-de-picard.de)、Febers und Berts (www.fub-weine.de)などで、どんなワインが扱われているかを見るのも参考になるだろう。
日本語のドイツワイン情報は、私が知る範囲ではドイツ在住のワインジャーナリスト、岩本順子さんのサイト(www.junkoiwamoto.com)が最も充実している。また、手前味噌で恐縮だが、私のブログ「モーゼルだより」(plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)とホームページ「ドイツワイン紀行」(homepage3.nifty.com/mosel2002/)も、ある程度参考になるかもしれない。この他には、ワイナート、ヴィノテーク、ウォンズなど雑誌のバックナンバーに現地取材記事が散見される。
いずれにしても日本語による情報が乏しいのが、残念ながら現状だ。ドイツワインの今を反映した、日本語による新たな道しるべの早急な設置が望まれる。
北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」(http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。