『ラシーヌ便り』no. 88

2013.2  合田泰子

《合田泰子のワイン便り》

 1月25日からフランスに来ています。空港から、すぐにロワールへ。パリは氷点下で、芯から冷えます。3軒ほど造り手を訪ねましたが、テイスティング時のセラー温度は3度。これほど冷たいと、赤ワインはとても収斂性が強く感じられるのですが、それでもいいワインはタニンがやわらかで、ロワールの赤ワインによくみられる青さや渋さが全くありません。最低限の道具でもって、古い農家の納屋のようなセラーで、素敵なワインが造られています。ひたすら品質を求めれば、近代的な醸造環境など意味がないことに、つくづく驚きます。 寒さで胃が縮みそうですが、暖かくして体調を整えて旅を続けたいと思います。

パリのクスクス

日曜日のパリで、私はよく、クスクスを食べます。6区のメトロ・レンヌ駅近くにあるLe Tourne Bouchon (ル・トゥルヌ・ブション) がお気に入りなのですが、今日は新しい試みで9区のl´Atlantide (ラトランティード)へ。4人連れや7人連れのテーブルでは、いろいろ分け合って楽しそう。タジンを注文すると、スープたっぷりの野菜クスクスが食べられないけれど、これは1人では仕方ないですね。それは別としても、残念ながらお味はいつものル・トゥルヌ・ブションの方が、はるかに美味しい。ラトランティード は脂っこくて塩がきつく、野菜の優しいあまさがない。Figaroのクスクス特集の2位なのですが残念。来て見なければわからないですね。Le Tourne Bouchon は木曜日、金曜日、日曜日のランチのみですが、是非お試しあれ。
[参考] ~Le Tourne-Bouchon~ 71, boulevard Raspail 75006 Paris / tel: 01 45 44 15 50

本年の新しいご紹介・第二弾 
《ドメーヌ・ド・ラ・ビュイシエール/造り手:ダヴィッド・モロー氏》
(フランス/ブルゴーニュ/サントネ)

 サントネの固定観念をくつがえす驚くべき造り手が、世代交代に伴って彗星のように現れました。ダヴィッド・モロー、28歳。祖父ジャン・モローから2009年にドメーヌを相続した、新世代です。

 アペラシオンを聞かずにブラインドで飲めば、シャンボール・ミュジニかモレ・サンドニの1級産のワインと思っても無理はありません。素直で純粋で、テクスチュアがきめ細かくて優美きわまる印象。不自然に造りこんだ形跡はみじんもなく、よほど手練れの名手が難なくこしらえたような印象すら与えます。20数年にわたる私のブルゴーニュ通いを通じて、このような資質をあわせもつワインに私は出会ったことがないと断言できます。

 ダヴィッド本人については、まだ十分にはその人柄をつかみきっていないのですが、まっすぐに相手を見つめて話す様子から、思慮深い資質と、瞬時に決断ができる用意、しっかりとした日常の思考の深さと強さを感じました。祖父からドメーヌを継ぐやいなや、すぐさま大胆に栽培と醸造方法を変え、経験から学んだ方法を実行したからには、おそらくワイン造りに大切なこととしてはいけないことが、明確にわかっていると思われます。

 サントネについては、赤ワインは、タニンが強くて土っぽく、荒々しい味わいで、せいぜい良質なものでも期待するほどのものでないと一般にいわれています。けれども、ダヴィッドのワインは、ブルゴーニュならではのピノ・ノワールの上質な魅力をたたえて、飲み手に深い喜びをもたらしてくれます。

 ダヴィッドは1999年、ボーヌの醸造学校に入学、ディジョン大学でエノロゴの資格を所有するまでの10年間、さまざまなドメーヌで経験を積みました。2003年のシャトー・ド・ボーカステルに始まり、2005年にニュージーランドにわたり、新世界のピノとシャルドネを学びました。ブルゴーニュではドメーヌ・ユベール・ラミ(2004年と2007年)とドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(2008年)で修業しました。ドメーヌを受け継いだ直後から、自然な栽培に取り組んでいます。

 いつも思っていることですが、優れたワインの条件は、誰がどのように造るかであって、テロワールが優れていることは必ずしも最重要ではありません。むろん、優れたワインがさらに複雑さと奥行き、深い味わいを表現できるためには、テロワールの質や格がものをいう。とすれば、コート・ドールの最南端にある、ぱっとしないアペラシオンのマランジュとサントネのワインを、コート・ドールの優れたクリュのワインと比べるのは格違いだから、無理というもの。せいぜいのところカリテ・プリどまりで、いいヴィンテッジの1級畑を選べばお買い得ぐらいなもの、ということになるでしょう。

 しかし、ダヴィッドのワインを味わって、驚嘆せずにおれませんでした。ジャスパー・モリスは『ブルゴーニュワイン大全』の序章でもって、ブルゴーニュの精髄を体得していた巨人モーリス・ヒーリーの次の名言を引用しています。「私が人生で出会ったすばらしいものといえば、数本のみごとなブルゴーニュだ。別にグラン・クリュだったわけでもなく、偉大なヴィンテッジだったわけでもない。だがそのワインは最初のひとかぎだけで、造り手が、その年のその畑にできたブドウで、あらん限りの仕事をしおおせたことを如実に示していた」。

 私にとってダヴィッドのワインは、まさに人生で出会った数本の見事なブルゴーニュです。ラシーヌ創立10周年を迎える今春、このようなワインをご紹介できることの幸せで、いま胸がいっぱいです。3月のリリース(予定)に、ぜひご期待ください。


合田 泰子

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