『ラシーヌ便り』no. 8

2006.3  合田泰子

 例年になく厳しい寒さも、ようやく日ざしに暖かさが感じられるようになってきました。3月のご案内をお送り申し上げます。

ブルゴーニュ異色の新人戦略家ベルナール・ファン・ベルグ/ル・サン・ルージュ・ド・ラ・テール
注目の第1作が入荷


 ベルギーの著名な写真家ベルナール・ファン・ベルグは、長年ブルゴーニュを取材に訪れて同地のワインをこよなく愛するようになり、2001年にムルソーの村に小さな家と畑を買い求め、馬で耕しながらヴィニュロン生活を楽しみはじめました。
 2003年がファースト・ヴィンテッジで、収穫量は15-20hl/haと極少。格付けは《ブルゴーニュ・グラン・オルディネール》ですが、純粋な味わいの中に深さと暖かさを感じさせる優品です。ただし、表ラベルには呼称表記すらなく、「ル・サン・ルージュ・ド・ラ・テール」(大地の赤い血)とだけ記され、「ベルナールが造るブルゴーニュ・ルージュと覚えてもらえればいい」と本人は割り切っています。

 畑の選び方と立地に、まず彼の戦略と個性が現れています。隣人と接していない独立した区画であるため、ムルソー周辺にある1.8haの自社畑は、隣人による農薬散布の影響を受けず、庭を手入れするように畑は大切に栽培されています。収量だけでなく生産量もまた極端に少ないために値段は高くならざるをえず、お手ごろな実力派のワインとは一線を画しています。繰り返すまでもなく、アペラシオンは単なるブルゴーニュ・グラン・オルディネールなのです。正気の沙汰ではないと思われるかもしれませんが、私はこういう生産者の行き方にも共鳴できるところがあります。
 骨のある考え方に裏打ちされた、雑念をまじえずにゆくりなく楽しめるワインと向かいあってみてください。ブルゴーニュに失望続きの私を少し驚かせてくれたワインです。

*ブルゴーニュ・ワイン : ピノ・ノワール界の模索と混迷のなかでかつて私には、ピノ・ノワールの味わいについて長いあいだ自問自答を繰り返していた時期がありました。当時はロマネ・コンティ、ルロワ、アルマン・ルソーほか数人の造り手と、次のクラスの造り手とのあいだで、実力の差が大きく開いていた時代でした。時は変じ、最上の造り手に限られていた《低収量、無清澄・ノン・フィルターでビン詰めする上質なワイン造り》は、いまやブルゴーニュ中で当たり前になりました。この間に、様々なテクニックを駆使して、本来のピノ・ノワールの醸造法では得られないような濃醇でハイ・ローストの新樽の味わいの強いピノ・ノワールが登場したかたわらで、ドメーヌ・プリューレ・ロックを初めとするヴァン・ナチュール生産者が優れたワインを造り始め、色は薄いけれども、エキスの深いピノ・ノワールを世に出すようになりました。
 最近の歓迎すべきニュースは、ブルゴーニュでも有機農法による栽培を実践する造り手が急速に増えてきたことです。さらに、馬で耕作する造り手も現れてきました。栽培方法が変わってきた理由は、フランスとわけても日本の市場に勇気づけられた新世代の造り手たち(ディーヴ・ブテイユや、ニコラ・ジョリー率いるラ・ルネッサンス・デ・アペラシオン・グループのメンバー)のダイナミックな動きによって、「ヴァン・ナチュールの考え」に賛同はしないまでも、まちがいなく大きな影響を受けたせいでしょう。
 「タニックで極端に濃い味わい」と「色は薄いけれど、エキスの深い」二つのピノ・ノワールの極端に異なるスタイルが同時進行するはざまで、この10年間、30代・40代の「考える造り手たち」は、ブルゴーニュのピノ・ノワールのあるべき姿を探し求め、大きく揺れ動いています。  最近のブルゴーニュ・ワインの値段は、高くなる一方です。他のアペラシオンや他国の実力派ワインの価格を考えれば、「異常なほどの高価格」になってしまいました。それでいて、この地でそれほど心惹かれるワインに出会えないのも現実です。ピノ・ノワールの聖地ブルゴーニュで、高貴でフィネスにあふれ、クラシックな味わいの中にみじんの野暮ったさもなく、暖かさと奥底からたちのぼる核になる味わいに支えられた至上のピノ・ノワールを手がける新世代が、そろそろ登場してくれることを望むばかりです。
 このようなことを考えながら、最近の私は「誰か、ビーズ・ルロワほど凄みがなくてもいいから、別タイプの個性的なおいしいワインを造らないかな」と希望を託しつつ、ブルゴーニュ探訪を続けています。そういう旅路のなかで、新着の「ベルナール・ファン・ベルグ」は失望続きの私の渇きを癒してくれたワインです。


新入荷 
ヴァン・ペティヤン・ナチュレル(2004/ノン・フィルトレ)
造り手:シリル・アロンゾ


 マコネとボジョレー地区の境にある街、ロマネ・シュトランでワイン造りを営むシリル・アロンゾから、軽やかで、チャーミングな味わいのペティヤン・ナチュレルが入荷しました。
 シリル・アロンゾの名前を初めて聞いたのは、ビュジェ・セルドンの最上の造り手であるラファエル・バルトゥッチに会うためジュラを訪ねた2000年のことでした。甘くてフルーティが持ち味であるこの地区で、一風代わったシリルのセルドンは一部のファンから熱狂的に愛されていましたが、シリルはワイン造りをやめてジュネーヴでヴァン・ナチュールの輸入の仕事に携わっていました。もう、彼のワインは楽しめないのかと、シャントレ村にあるシリルの両親が営む美 食家の間で名高い「ラ・ターブル・ド・シャントレ」でわずかに残っていたセルドンを何度か味わいました。シリルはすっかりワイン造りから離れてしまったと思いこんでいたのですが、実は近隣の友人のセラーの片隅で、ワインを造りつづけていました。ヴァン・ナチュールをこよなく愛するシリル・アロンゾが新作をリリースするというニュースは瞬く間に広まり、日本にも昨年来入荷しています。今回入荷のヴァン・ペティヤン・ナチュレルは、ヴィリエ・モルゴン産(2004年 ヴィンテッジ)のガメ100%、「ビュジェで醸造されたセルドン」ではないので、「セルドン」でなく、ヴァン・ド・ターブルになりますが、醸造方法は 「ビュジェ・セルドン・メトード・アンセストラル」と同じです。

醸造方法:
 タンク内で補糖せずに野生酵母で発酵。「密度1030」、すなわち「糖度70g/リットル」になった発酵途中でビン詰め。ビン内でさらに発酵がすすみ、 発生した炭酸ガスが飽和すると発酵が止まり、この時の残糖は40g/リットルで、ドゥミセックな味わいになります。通常のセルドンはビン内発酵により生じた澱を《de bouteille a bouteille(ビンからビンへ)》(泡を保つための方法)で除去し、翌春に出荷されますが、このペティヤン・ナチュレルはさらに一年熟成させ、澱をとらずに出荷されます。収穫からビン詰めにいたるすべての過程で酸化防止剤を使用しないのが、シリル流です。この上なく自然で優しい味わいに加えて、澱と 同居した14ヶ月間熟成による深みがともない、ヴァン・ナチュールの真髄を知り尽くした造り手「シリル・アロンゾの世界」が楽しめます。  厳しかったこの冬もようやく終わりに近づき、春はもう間近か、素敵なロゼ・ペティヤン・ナチュレルで「花の季節」をお迎えください。


ニュース
「マルク・アンジェリと仲間たち/ロゼ・ダンジュールの新しい展開」


 マルク・アンジェリから、新しいお知らせがあります。2005年、マルクは「ロゼ・ダンジュール」を商標として登録いたしました。一般的な商標登録の目的とは異なり、マルクは商標を独占せず、ワイン哲学を共有する仲間に声をかけて醸造方法を伝えた結果、11人の造り手が各自「ロゼ・ダンジュール」を造りました。
 2005年12月6日、アンジェに近いレストランで、ビン詰めしたばかりの、あるいは、タンクからサンプルを詰めた「ロゼ・ダンジュール」を互いに審査する会が催されました。審査会は造り手11人以外に、「ルージュ・エ・ブラン」の編集者であるサロン・ドゥリジュリ、フランソワ・モレル、ヴァン・ナチュールを専門に扱うカヴィストほかワイン関係者6名が出席し、愛情を持って互いの意見を交換しました。私もその会に出席いたしましたが、若いヴィニュロンが素晴らしい「ロゼ」を作っていたのには感激しました。着実に新世代が育ってきている、という実感を新たにいたしました。

 マルクの「ロゼ・ダンジュール」は、実は原料ブドウがオリヴィエ・クザンから借りていた畑のものが大半でした。が、オリヴィエが「ロゼ・ダンジュール」を造ることになったため、マルクの生産量が大幅に減りました。そのため、今後皆さまにご案内できる「ロゼ・ダンジュール」の数が大変少なくなってしまいました。オリヴィエの畑は平地にあり、マルク自身の畑は斜面にあり、より小粒のブドウです。また、2005年ヴィンテッジという良年のため、今年のマルクの 「ロゼ・ダンジュール」は、酸が美しく、骨格が感じられ、色も例年に比べかなり深い色調です。

新世代の「ロゼ」は、4月以降に入荷いたします。楽しみに、お待ちください。

なお、ラシーヌに入荷するロゼ・ダンジュールの新しい造り手は次のとおりです。
・ディディエ・シャッファルドン
・エルベル・ロラン
・ダヴィッド・フランソワ/シャトー・パッサヴァン
・ブルーノ・セルジャン

合田 泰子

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